Re:決して孤独にはさせない

何時も甘えったれのマイクで恥ずかしい限りです
でもこれがマイクのあるがままなので これでしかマイクではあり得ませんので このままでお付き合いください

確かに生き地獄を意識しすぎると自覚はしていますが これこそマイクを不安に落とし込む妄想であり 原因でもあります
しかし何れ QOL や トリアージと言ったレベルで判断する問題になりますが 主観的で とても手に負えない難問ですが 確実に訪れ 確実に悩ませられるのです
それがいつかも分からず 成るようになれとはいかないのがマイクです

もう一つよく使うのは疫病神です
家族はそのように見る目をしませんが 辛い思いであることは確しかです
他人は他人です
そう見て そう見られて当たり前です
勿論そのような人ばかりではありませんし 神様や仏様のような方も多くいます
マイクが篭りがちになるのは現実役病神視されることが次第に多くなっているように思ってしまうからです

生き地獄の問題はマイク個人の問題です
しかし疫病神は他人を見る人権問題です

と言うのは マイク自身にもそのような差別的思いがあるのではないかと気づいていて 実はマイクが安楽自死支援施設を終末期の老人に限るようにしているのは 人権問題として論ずるのを避けようとしているずるさからなのです
しかし今のマイクは 当の本人になったのですから 避けて通ってはいけないのです

いまはまだこの程度にしておきたいのですが 何れ真剣に論じたいと思います
ベッド隣には 生き地獄ではと思える患者さんが とても頑張っておられるとは思えない静かな状態でおられるのですが マイクはそれをどう見るか 見ているのか どう思ったらいいのか
マイクの目が 心が濁っているのではないか
修行の場でもあります

そして甘えったれのマイクに 家族や周囲の方々に寄り添う姿勢をとるべきではとのお言葉をいただいたことは 全くその通りです
ネガティブマイクそのもので 逃病と同じく直ぐに逃げ篭ろうとするのです

この病院で 3月10日詰まりアイクが死にたい盛りの頃に 難病カフェに参加して会ったSBMAの方(沈み込んでいるマイクを心配していただいて 名前をしっかり覚えていてくださった)も入院されていて 難病者同士で色々教えていただいた
その方は発症20年63歳 7年前認定され 手足口不自由でも 車椅子で遠くへ一人で行動され 難病患者同士 また同士だけの繋がりと支援に生きがいを感じておられます
同病者が多いことと 理解し合えるのは同病者に限るとも言われ 同病者の世界に篭っておられる

マイクは同病者を見るのも辛い人間なのでしょう
篭るなら一人 或いは そんな自分を卑下してしまい消えた方がよいと考えてしまうネガティブマイクなのです

しかしお陰様で 神様仏様に助けられ 当面の生きがいをいただいて 腰痛リハビリに期待をかけて励んでいます
外出許可をもらった昨日は 自宅での晩酌を大いに楽しんできました

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Re:死に方の選択、生き方の選択

清水さんの 2019.4.13の「死に方の選択、生き方の選択」に マイクは感激し直ぐにコメント欄に返信しましたが 表に出るように投稿し直します

『夢のある人は あるいは人生に意義など考えもせずに生きていられる若さ溢れる人も 当然 死とは無縁でいいのですし 自死など考えることも無用で当たり前です
しかし現実には 自死しかできない悩める若者や もう死にたいが死ねない老人が多くいるのです

詰まり 死や自死は ALS患者だけの問題ではないのです
そのため 一般論として自死を捉えられると 例えALSであっても否定されるしかないのです

生き方は多様です
信念で最期を生きられたお父様の凄さには畏敬の念を感じます
死に方も多様なシチュエーションがあって然りなのですが 死に際に自己決定(西部邁の言う自裁死など)の余裕がある筈がありません

死に方はシンプルでいいのです
自然死ができる人はラッキーですし 不運な事故死は別として どんな病気でも いつでも 最後の最後に 安楽死さえできるならば 思い切りの闘病もチャレンジし易いし ずるい生き方かもしれませんが 逃病としてでも安心して選べるのではないでしょうか

尊厳死は確実に苦しみますし 自死がなくならないのは 自死する者の悩みの辛さを自分の事として考えられない非情な社会だからなのです

自然死と安楽死しか要らないのです

安楽死を支援する施設の必要を説いてきたマイクは 支援することが幇助罪になるならと思い 昨年から安楽自死と言い換えています
自分の意思でスイッチを入れるだけの駆け込み寺なのです
勿論誰でもと言う訳にはいきませんので 終末期老人に限定していたのですが 弱者にまで思考を巡らす資格がないと思って避けたのです
しかし悩める若者や 死にたい老人にも 赤ちゃんポストが社会的非難を受けながらも役目を果たしているように 駆け込み寺で いつでも死ねると分ったなら 多くの人は再起をすべく努力をし救われるのです

弱者にまで論ずる資格がないと思ってた去年と違って 自分が弱者になった今 自死を否定するだけの社会に反旗を振って言えるかも知れません』

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決して孤独にはさせない

マイクさん

ぼくは何よりも、マイクさんがこの場にたくさんの思いを書き込んでくれていることを、とてもうれしく思います。突然ご自宅にまで押しかけて、いろんなお話をさせていただき、マイクさんを決して孤独にはさせないし、そのためにも外の世界とのパイプにぼくを使ってくださいなどと、大層なことを話した自分を、何を偉そうなこと言ったんだろと少々自嘲もしていました。でもマイクさんがこの場を使って繰り返すたくさんの発言・発信を目の当たりにして、ああこれをはじめてよかったと率直に思っています。だって、明日にでも死んでしまいたいなどと思わせるようなことを言っていたマイクさんが、こんなにパワフルだなんて。ちょっと驚いてしまいました。

このブログ、はじまったばかりですが、予想をはるかに上回る大勢の人が見てくれています。それだけでもマイクさんは孤独ではないと言えます。注目すら集めていると言っても過言ではないかと。

マイクさんが繰り返し使われる言葉に「生き地獄」があります。思うに、症状が進行した後の閉じ込め症候群や、このALSという病がどんなプロセスをたどって、つまりどんな苦しみを味わいながら亡くなっていくのかがはっきりしない不安を抱えた毎日がこれに当たるのだろうと。それはぼくだって同じです。自分がどんなプロセスをたどって死んでいくのか。それを考えると不安でたまりません。それを解消するのは、病を確実に治すということが第一だと思います。でもそれが今の時点で不可能だったらどうか……、そう考えた時そこに残るのは周囲の人の支えではないかなとも思います。そのためにはまず、自分が抱える病の事実やそれに対するご自身の思いを伝え、理解と共有を求めていくということが大切ではないでしょうか。

きっとマイクさんは言われると思います。

「理解と共有を求めるためにも、このALSという病気の事実を正確に知らなければならない」

と。その通りだと思います。だけどぼくは、たとえALSという病気の事実が正確にわからなくとも、マイクさんの場合ご自身でもおっしゃっているように、周囲の人やご家族からすると少々ネガティブな発言が目立つのではないかと気にしています。前回の書き込みで明らかにしたように、ぼくは決して安楽死を否定する立場にはありません。マイクさんだって無条件に死にたいと思っているのじゃないということは知っています。だったらもう少しだけ、周囲の人々やご家族の想いに、マイクさんから寄り添ってみられたらどうでしょう。

マイクさんはご自宅に自分の居場所がないと、だから入院を望むのだと言っておられます。だけどぼくが聞いている話では、自宅で療養生活を送ることは可能だし、ご家族はそのように環境を整えつつあると聞いています。ただ前にも書きましたが、大切なことは現実の暮らしを維持しつつ療養生活と必要な介護を維持するということです。ここでもマイクさんから歩み寄る、寄り添うということが大切になるような気がします。
確かに、マイクさんのご家族の愛情表現は少々独特のものがあるかな、とも思います(ご家族の皆さん失礼、ごめんなさい)。でも心配し、できる限りのことをしようとしておられることに疑いを挟む余地はありません。
「生き地獄」を回避するために安楽死をという想いに100%理解を示した上で言います。ネガティブな発言をする前にひとつ深呼吸をして、周囲の人々やご家族に少しだけ歩み寄り、思いをあわせてみてください。それでやはり孤独かどうかを考えてみてください。

それからもうひとつ。ALSの原因究明や治療法確率に向けて医療の現場で大きな努力が払われている一方で、リハビリテーション工学という分野では最新テクノロジーを駆使した閉じ込め症候群の解消に向けた研究が続けられていることにも触れておきたいと思います。先だって私の知人である研究者から、閉じ込め症候群に近い症状のALS患者さんに単語発信を可能にするシステムの実験に成功したとの知らせがありました。詳しくは、日本ALS協会のホームページに掲載されています。以下からどうぞ。

http://alsjapan.org/2019/03/26/post-2211/

このように、患者さん個人の周辺だけではなく、大勢の人が決して孤独にしない、させない取り組みを前へ進めています。どれだけ時間がかかるかはわかりません。マイクさんの症状進行にそれらが間に合うかどうかもわかりません。でも希望はあるということです。それだけはどうぞ忘れないでくださいね。

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一ヶ月前には遺影と辞世の句を準備

先月のこの日は「安楽自死の計画」を急がなければならない位にあやぶいマイクでした
その様子を マイクスタンディングのブログ2019.3.14の転記でみてみます

「決めていたのに全く今頃になって」
『「完全自殺マニュアル」で探して 迷惑が少なく確実なのは首吊りだと決めていたのですが 今頃になってサイトで 自殺の後処理について調べてビックリ
体から出るものが出て後始末が大変で 病院か警察で検視され 家族の負担は大きいとある
簡単には死ねないと言う事でした

それでも急ぐべきと思い今夜は 孫に着物を着たマイクの遺影を取ってもらった
それと HPの「私の解脱道」にあるマイクの辞世の句を色紙に書き込みました

太田「道灌の山吹伝説」で有名な
七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき
を本歌取りした

山吹の 花も実もなく ただ幹の 燈明にてや 片隅照らさん

です(幹と明は マイクのファーストネームから)

まだこの程度の余裕があるとは思えないのですが 自死しかないと思っているマイクにまたセーブが入り またまた悩みが深くなりそうです』

かなり深刻だったのですが 家族のこと考えると 世間から理解されることもない自死を マイクが選べるはずがない`
在宅療養したくないマイクにはどんな死が約束されているのか
自分の症状がどう進むのか そ以上に 生き地獄をどこで迎えるのか 先行きの見えない不安に悩んでいたのです
しかし マイクが天命をいただいていることと エンジョイデスの精神はどこかに必ず残していました

自死の3条件を満しかねないマイク

2月6日のALS確定後 ALSの特殊性を認識しても 死を覚悟することには苦労はなかった
78歳まで充分楽しんだ人生に満足し 思い残すことはありません
それより何よりどうせなら 生き地獄になる前に また家族の負担を考えると少しでも早い死をと覚悟を決めました

しかし天命としてのマイクの死に方を 詰まり 安楽死を実践するべく考えるようになると 現実には当然不可能と知ることになる
それで直ぐにでもとなると自死しかないのです

その頃のマイクは 自死しか考えられなくて 「完全自殺マニュアル」雨宮処凛 太田出版 を読み直したり その準備や遺書まで用意しました
しかし家族のこと考えると思い留まるしかないとの結論しかありません
命の電話に電話してみました
警察で自死の始末を知ろうと行ってきました
また3月24日に いのちの電話主催「もしも『死にたい』といわれたら」と題した講演会を聴講してき ました

その講演で 国立精神・神経医療研究センターの精神科医 松本俊彦氏が 「自殺」と言う言葉が言いやすい自殺社会になった 次に目指すのは死にたいと思っている人が「死にたい」と言え それを聞いてくれる人がたくさんいる社会です と語られた
マイクは「死にたい」立場で聞いたのですが 自殺願望者の心理をうまくとらえ 教えられることが多かった
自殺を否定するのではなく また聞き出すばかりでもなく 原因解決すべく支援資源にまでつなぐところまでをと
マイクの場合には 自死願望の理由は 先行きの不透明感であり 他の死に方が見つからないからで それを解決しなければ 直ぐにでも やりかねないのです

講演で松本氏は 自殺には3条件あって 潜在自殺能力(死の怖さが少なくなる)と 孤独感が高まった時と また 疼痛がある時の3条件が揃うと危ないと

マイクは腰痛持ちで疼痛状態 また死の怖さはすでになく 布団の中とか家で一人っきりの時 3条件が揃うのだと納得しました

このことを清水さんに話したら マイクには家族があり孤独ではないし 清水さんとか社会との繋がりを大切にして欲しいと言われました
ありがたいお言葉に感激し 今日今の交換ブログに至ったのです
勿論 清水さんのような神様とか まやちゃんのような仏さんの他の方からも 死にたいマイクを見守り励ましていただけるのは嬉しいのですが 本当は篭ろうとするマイクなのです
今のうちはいいのですが 生き地獄になったら篭るしかないのです

マイクのALSは天罰でもあり天命でも

この交換ブログの開始前に考え思いついた マイクの特殊性をお伝えした方が良いかと思いましたので 少しづつ転記などで

マイクスタンディングのブログ 2019.2.4 を転記します
「マイクのALSは天罰なのです」

『マイクがなぜALSにと考えた時に 天の悪戯とか サイエンティスト・マイクらしく 誰にでも起こる唯の偶然と思い込むことが大いに気休めになります

ところがそうではなく 腰痛に右手の不自由と口腔の痩せによる呂律障害が重なった 身体的3重苦になりました

加えて 家計的にこの12月と言うタイミングに 企業年金18年が切れ 企業年金は退職金を全て積み増したもので そのため現役並収入として18年間高い健保・住民税で150万払ってきたのはいいのですが それが来年8月まで続くのです 高齢健保負担30%も

この3重苦に加え 家庭的に妻の社会奉仕的な稽古ごとにこれまでの高額の年金も殆ど使い果たし 加えて稽古場ばかりの家で 在宅医療ができないに加え 来週妻の一世一代の大きな披露会を開くために マイクのことを嘆く余裕がないと言う このタイミングで3重苦が重なっているのです

3重苦が三つ 九重苦がこの時期に重なることは偶然でもなく確実に天罰なのです

閻魔さんフアン 仏教フアン を自称するマイクです
何の天罰かは地獄へ行ってからでないと分からないのが辛い

個人的なことを書き込んで家内に叱られるに決まっていますが ALS患者の中でも最悪のマイクなのに間違いなく 安楽自死を考えるのも無理ない事なのです』

もう一つ転記します

マイクスタンディングのブログ 20192.24
「続いてマイクのALSはマイクにぴったりの」

『ALSが 九重苦のマイクへの天罰であることに加え ALSがマイクならではの病であることもマイクは認識し これも天罰どころか 天からの恵みなのかと自覚しています

それは このブログで 須原一秀さんの「自死という生き方」を読んで 能天気過ぎる死に方を批判してきた後 自分ならの死に方を考えだし 終活本を読み漁り その後個人の死ではなく 社会的な問題として 赤ちゃんポストのように 死にきれない末期老人に安楽自死を支援する施設が必要との考えに至りました

マイクのような個人の思いの頼りなさに嘆くばかりで 何れ 知識人の誰かが自然死などを実践し 或いはマイク自身がそうすべきかとまで思い始めたその頃に マイクが得た天からの使命がALSだったのです」

マイクがALSを発症し確定した2019.2.6から その死までを覚悟をするのに殆ど苦悩はありませんでした
安楽死を 安楽自死を10年来考えてきたマイクに ピッタリの天命だと直ぐに認識したからです
ところが使命を果たすにはと考え出した3月頃からは 現実を振り返り その難しさを目の当たりにし慌てふためいたのです
それが 社会的矛盾であることを当事者として認識し 当事者としての苦しみを味わうようになり 直ぐにでも死にたいと思い始めたのです

死に方の選択、生き方の選択

マイクさん

ぼくはひとつ気づいたことがあります。何かというと、マイクさんの自死、安楽死についての言及についてです。
ほとんどの人が「後ろ向き」だととらえているし、ネガテイブ思考だと指摘しているはずです。そんなんじゃダメだ、もっと前向きに生きて欲しいと。たとえALSで命の時間を限られようと、最後まで精一杯生きて欲しいと。実際ぼくもそう思っていました。マイクさんご自身もネガテイブマイクと仰いますね。

でも、ほんとうにそうなんだろうかって思っているのです。
マイクさんが求められているのは平穏な死なんですよね。いずれ死ぬってわかっているALSという病気になってしまった以上、症状が進み身体が衰え、ただじっとして死ぬのを待つより、地獄のような閉じ込め症候群のような状況になる前に、自ら進んで、安らかに死にたい。そういうことなんですよね。それなら、ありかなと。

父の話をします。
父は肺がんで亡くなりましたが、がんが見つかった時は既に手の施しようがなく、一般的にいうと余命半年だと宣告されました。父は医師の言葉通り半年を待たずに亡くなりました。その父の最期はとても壮絶なものでした。父はモルヒネの投与を拒みました。寝てるうちに死ぬのは、自分もわからないうちに死んでしまうのは嫌だと。医師は「苦しさは大変なものだ。到底無理だ、お父さんを説得してくれ」と何度もぼくに頼みました。しかし父から「みんなに囲まれて、これで最期だと自分で納得して死にたい。がんかて笑て死ねるわい」と言われた時、ぼくは説得を諦めました。父は自分の言葉通りの最期を迎えました。長年連れ添った妻、息子、孫、曾孫に看取られて、苦痛に表情を歪めながらも、一人ひとりの手を取り、頷くような仕草を見せ、最後に大きく息を吸い込み目を閉じました。ぼくは父の死を納得して受け入れました。父は後に遺る家族に自分の死を納得させようとしたのだろうか、ぼくは今もそう思っています。それどころか、最後までよく頑張ったなと、父を誇らしく思っています。元気なころは、顔を合わすと必ず喧嘩になる大嫌いな父でしたが。

父の死に方も、ひとつの死に方だと思うと、マイクさんの言う安楽死もひとつの死に方なのかなあと思いました。父の嫌がった、モルヒネで眠らせて苦痛なく最期を迎えさせる。これはまさに安楽死だと思いました。それにマイクさんからはオランダやフランスの事情も聞きました。避けられない苦しい死なら、安楽死という選択肢があってもいいのかも、と。何と言っても、当事者のつらさなんて決してわかるものじゃないと思いますから。
だったら絶望的な状況になったとわかったら、安楽死もその選択肢のひとつに加えてもいいのじゃないかと思いました。しかしここで明確にしなければならないのは、絶望的な状況とはどういう状況かということです。そこにぼくは、安楽死と自殺の明確な差異を求めたいと思います。それはおそらく家族や周囲の人々の納得ということも含まれるかと。絶望的な状況を誰が見てもそうだと思えなければ、まだまだ生きられるのに、死を選択するという余計な死や、家族に迷惑をかける厄介な死もありえるんじゃないかと。

諦めという意味では父は明らかに生きることを諦めていたと思います。その上での死に方の選択だったと思います。敏秀も、前提として病気からは逃れられないと、そこは諦めていたと思います。その上での生き方の選択だったと思います。難病であっても、重い障害を持っていても、寝たきりになって何もできなくても、生き方の選択はできる。そう言いたかったのだと思います。ぼくだって、おそらくぼくはこのがんという病気で死ぬんだろうなあという予感はあります。それでも、この病気と向き合ってできるだけ長く生きて死ぬという選択をしたいと思っています。そうして死ぬまで社会と関わりを持って、発言をし続けたいと思っています。これがぼくの生き方の選択であり、死に方の選択だと思っています。つまりぼくは、死に方を選択するなら必ず生き方を選択しなければならないと思っているのです。生きた上での死だと。

マイクさん

「闘病と逃病」ってとっても面白いと思いました。ぼくもこんなややこしい病気からさっさと逃げ出したいと思います。だけど逃げられない。じゃあどうするか、たっぷり考えないとと思います。その果てにマイクさんのいう安楽死、尊厳死という選択もあるかもしれません。ただしぼくの選択肢には自死、自殺というものはありません。
ここまで考えると、マイクさんのいう安楽死、尊厳死に限っては、決してネガテイブでもなく、後ろ向きでもなく、選択肢のひとつとしてとらえなければならないと思いました。その上で、生き方の選択とセットにして考えなければならないとも思いました。

マイクさん

この場所をどうぞお好きなようにお使いください。そうしてぼくに考える材料をたくさん見せてください。ぼくにもやがて死が訪れます。ぼくがぼくなりの生き方をしてぼくなりの最期を迎えられるように、たくさん考えるチャンスをください。

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諦めた夢にもう一度

若い難病患者の轟さんや 癌で闘病される清水さんとは 高齢で残された人生に夢持つことを諦められるマイクとは 闘病に価値を見いだせるお二人と それよりも逃病しか考えようとしないだけのマイクに 大きな違いがあります

それでも今のマイクは 清水さんから準備頂いたこのブログのおかげで 夢を持つことができました
それがどんな夢なのかを考える必要があります
清水さんから ALSに苦しむ私マイクには まして死についての社会的矛盾を考えてきたマイクには 社会と繋がり続け それを発信する義務があるのではと問いかけられ 諦めていたこれまでのブログでの限界に再チャレンジする気持ちになったのです
清水さんと言う後ろ盾にご縁を頂いた幸運を無駄にしたくはありません

それにしても マイクは難病ALS患者の症例としてというより 長年考えるだけだった安楽死についての思いが先行してしまいます
何しろ当の本人になったのですから

いつも清水さんの症状のことにも 名文を頂いたお礼もせず 自分のことばかり勝手に書き込んでしまいますことお許しいただけるでしょうか
まだまだ余裕や修行が足りません

ALSの3つの矛盾に苦しむ

ALS患者に安楽死できる権利があれば 高齢のマイクには何よりの病だとこの前に書き込みました

しかし現実は安楽死どころか 韓国に先を越された尊厳死の法制化もされていません
マイクがどれほど苦しんで死ぬのか それを考えると また考えても生き地獄が浮かぶだけです
それを避けるには 生き地獄レベルになる前に 自死するしかないのです

2月初めのALS確定の後は 主治医を決め 難病認定の手続き 介護認定など複雑な仕組みに悩みながら 病人なのに多忙な日を送った
それでも自死しかない事を知ってしまっているマイクは 自死の覚悟と準備にも夢中でした

それでも落ち着いて考えることを清水さんに諭された今 何に苦しんでいるかを思い直してみます

これからが次第に生き地獄状態になっても 日本では安楽死ができない事
また自死は社会的に容認されていない事
これらはALSにとって共に社会的矛盾なのです

そのためマイクの選択肢は尊厳死しかなく 病院で死にたいのですが 療養型の病床は少ないのです

詰まり 三つ目の矛盾は マイクの個人的事情から在宅医療ができないし したくないことで マイクの最期の看取りが 尊厳死できる病院なのか何処なのか 不確定なことに不安がある事
それは財政難の医療制度が変わってからの病床不足なのですが マイクには悲運では済まされないもう一つの社会的な矛盾なのです

フランスのALSでは 専用の施設があると聞いています
無料でも 多分延命の割合は少ないのではないでしょうか
オランダではALSで安楽死を選択する人が20%で 全死亡の2%の10倍だとか

どうしても静かになると 安楽死のことを考えてしまいます
成るようになると思って済ますことができるかどうか 自信がありません

「ALSを楽しめる筈なのです」

マイクスタンディングのブログ 2019年04月07日 を転記してみます

「いよいよ明日からリハビリ入院2週間が始まる
本当はそのまま尊厳死出来るまで 詰まり死亡退院を望んでいるのですが 強制退院させられます
昨日はそのようなALSの3つの矛盾を書き込みましたが ALSが悲運だけでなく 大変恵まれた病であることを述べてみます

高齢の78歳のマイクは普通なら 平均余命はあと10年です
ALSで人工呼吸器拒否しても 3から5年と言われています
老化スピードが倍3倍なのと 割とはっきりしていることです
筋萎縮でじわじわと力が衰えるのですが 生活機能に不便ではあっても また感覚は失われることもないし痛さは全くありません
不思議にも床ずれもないらしい

ポックリ死どころか 計画死ができて 知人親戚とのお別れと 断捨離も楽しくやれるのです
生き地獄になったら安楽死できるなら それ迄悩むことなくALSを楽しめるのです

しかも生き地獄が近づくのは高齢化で誰でもとは言いませんが皆が覚悟すべきことです

だからと言って誰もが生き地獄を体験して死ぬべきとは考えなかったマイクは 延命治療の後の選択ぐらいは本人の権利で 出来れば安楽死を支援できた方が安心だとの考えを持ってきたのです

尊厳死法案すら成立せず 世界趨勢の安楽死は程遠く 日本人の矛盾に対する見て見ぬふりの倫理に 特にALS患者は被害を受けるしかないのです」

もう一つ転記します
「韓国にも遅れる思考停止日本」
マイクスタンディングのブログ2018年06月19日
『数日前の毎日新聞に 韓国の尊厳死法の記事で「8500人延命中止 尊厳死法施行4カ月」とあった
韓国で今年2月から、回復が見込めない終末期の患者の延命治療を、法律に基づいて取りやめることができる制度が導入された。国から制度運営を委託される財団法人によると、今月までの4カ月間で、高齢者ら約8500人の延命治療が取りやめられた。尊厳死を法律で認めた制度といえる。日本と同様に高齢化が急速に進む韓国で、終末期医療が転換期を迎えている。
そのうち韓国では安楽死もと思うと 日本人の思考停止を情けなく思う』

エンジョイデス できるの筈のALSでも 安楽死できることが前提です
せめて尊厳死でも容認されなければ マイクはALSの矛盾の犠牲になって見せるしかないのです
プライドある令終(立派な死に方)のためには