プライドの守り方

マイクさん

昨日の書き込みで マイクが生き地獄になった自分を卑下するような人間であることを白状しました
しかも まだ生き地獄とはどんな状態をマイクが思い込んでいるかも分からず 唯なんとなく惨めな自分を想像するだけなのに

で、辛いというマイクさんの気持ち、よくわかるような気がします。自分が実際どんなふうになるのかわからないけど、どうやらそれは生き地獄のような状態らしい。そうなったら自分も惨めだし、家族の負担にもなるし、それならそうなる前に……。マイクさんの中では至極当然の帰結だと思います。

QOLを弱者や他人だけでなく、自分自身の元気な時と生き地獄になった時とで絶対値比較で捉えようとするのもうなずけます。ただし命をコストでとらえることについては以前同意しかねる旨の書き込みをしましたので、ここで再び書くことはやめておきます。

ぼくは、自分のことにかぎって言うなら、絶えず二項対立の間を揺れて生きていると言っても過言ではありません。

生:死
強:弱
若:老
動ける:動けない
健康:病気
惨め:立派
……

この延長が自分の外に出た時、他者に対する同情、見下し、シンパシー、アンティパシー、さらには区別、差別などという感情に繋がっていくのではないかと思っています。すべては自分の中の好まざる自分への見方の投影だと思っています。

マイクさんの同室の患者さんへの見方は、まさに

ちゃんとしたマイクさん:生き地獄のマイクさん

という二項対立がそのまま投影された結果だと思います。マイクさんが「生き地獄になった自分を卑下するような人間」だと吐露されている通りです。

マイクさん
これから先、マイクさんがどのような予後が待っているのか。マイクさん自身がどのような道をたどるのか、準備としての知識の蓄積、心算としてはっきりしたいというマイクさんの気持ちは痛いほどわかります。しかし他者の姿を見て想像することはひとつの手段ですが、マイクさん個別の状況をきちんと前提にしたマイクさんの道を、主治医の先生にちゃんと説明してもらう必要があると思います。

もちろんすでに、主治医の先生にはおたずねになっているでしょう。これはぼくの知人である医者の言葉ですが、「そういう予後の説明はしにくいもんだ。あくまでも一般的なコトしか説明できない」と。でもそれでは死に方の選択ができないじゃないか。それがぼくの感想です。ちゃんと生きて、自分が思い描くような死に方を選択するためには、どうしてもそれを知らなければならないし、知る権利があると思います。逆に医療側にはそれを説明する義務があるのではないでしょうか。

ある意味医療の現場に波風を立てるかもしれませんが、マイクさんの辛さを取り除くにはそれが大前提になると思います。ちょっとした闘いになるかもしれませんが、自分自身がこの先どうなっていくのかちゃんと知っておきたいというのは当然のこと。それを訴え続けましょうよ。それは生き死にの問題だけではなく、家族への介護負担をどう軽くするか、どのような終末医療が受けられるのか、そういう問題も含めてですね。そこには目下の医療制度や、介護制度、行政の対応なども含めての話になるかもしれません。

多分、プライドというのは、そうやって徹底的に闘ってこそ守られるものだと思います。

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プライドは捨てられません

癌というギャンブル的病気と闘っておられるだけに また色々な状況を経験されておられれるだけあって 何時もいつもお教えいただくお言葉には毎回毎回目覚めさせられます
11条は 国民の生きる権利と国の義務を説いています
マイクは死ぬ権利ばかりを義務かのように思ってしまっていたのかも知れません
確かに生きる権利があるならば 生きるべき義務もあるのを気づかせていただきました

マイクのALSは 地道ですが計画的な逃病を許された地味な しかも確実性の高い病なのです
発症から暫くは人ために 家族のためにと断捨離に精を出し 迷惑や苦労を少なくしようと色々の手続きを済ましたりしましたし その余裕がありました
しかしこの先は確実に自分を惨めに思うようになり 家族にも負担になるのが確実な病です
それでも生きているだけで満足する家族もあるでしょうし でも多分私の意思を大事にしてくれるのがマイクの家族だと信じています

昨日の書き込みで マイクが生き地獄になった自分を卑下するような人間であることを白状しました
しかも まだ生き地獄とはどんな状態をマイクが思い込んでいるかも分からず 唯なんとなく惨めな自分を想像するだけなのに

また 自分自身を差別視すような人間だから マイクがそんな人間になるくらいならと自死を覚悟してしまうのも容易だったのです
このような弱者を見捨てるようなマイクが本当なのではと思い知ってしまうのです
こんなマイクに九重苦を天罰としてALSをもらったのかも知れません

マイクのこう言う性格はどこから来たのでしょう
弱者差別は 社会的には 文化や倫理観から生まれるにしても 個人の生まれ育ちにもよるのでしょう
黒人差別は白人のエリート意識
知識人もその傾向がないとは言えない
それと理系のマイクは なんでも価値観で比較しようとする
QOLを弱者や他人だけでなく 自分自身の元気な時と生き地獄になった時とで絶対値比較で捉えようとするのです

生きる価値を生産性と人件費で考え 命をコストで捉え 赤字の命を許さない
勿論そうならなうように対処策を実践するための捉え方としてはいいにしても 冷徹すぎて 人権無視と批判されるに決まっています
しかしそのようにするしかない時代が来るとカール・ベッカーも言っている
マイクまでこんなことを言っていると 誰にからも看取って貰えないに違いありません

街を歩いていてもお年寄りを見るにつけ何時もこんな見方をしてしまう
そうでなくとも この難病病棟にはいっぱいいるのです
隣のベッド方はまったく動かず反応もないのに 確かなのは家族のためにだけ生きておられる
ご本人に意思があるようには見えないのです
ご本人とご家族が選択されたと言うより 成るように任せただけの結果のように思えてしまうのです

今 週2回の風呂を済ませてきました
マイクは自分で洗えますが 洗ってもらう人ばかりです
隣のベッドの方はストレッチャーに乗せられたままのスチームバスでしたが その下肢は見るに耐えない細さでした
そう思ったマイクは 自分の右腕の下腕筋の細くなっている自分自身に気づいてしまい寂しくなる

この問題はマイクには辛い課題なのです

いま点滴中です
看護師に山田さんの点滴パックの写真を見せたら 「やめて下さいよ 私らには生活に関わりますよ」と大笑いされました

Re:生きる義務はない?

マイクさん

おっと、油断してたら、ネガティブマイクが戻ってきましたね。明るいマイクさんも、暗いマイクさんも、どちらも本物のマイクさんでだと思います。というか、この振れ幅というか、揺れ幅というか、そのすべてがマイクさんなんだと思います。

ぼくは、人は誰でもポケットの中にいろんなものを突っ込んで人生という道のりを歩いているのだと思ってきました。そうしてその日の気分によって、ひょいとその中のひとつを取り出す。それが生きる喜びであったり虚しさであったり、死への願望であったり恐怖であったり、希望であったり絶望であったり、愛であったり憎悪であったりするのでしょう。
ぼくもそうです。がんなんかで死なないと思ったり、ああ、ぼくはがんで死ぬんだろうなあと思ったりです。明るい日もあれば暗い日もあります。生きている人間ですから、当たり前のことじゃないでしょうか。そう、それが生きているということだと思います。

でもぼくは、マイクさんのALSという病気のことを思うとき、マイクさんにどう声をかけたらいいのかすら見失うことがあります。愛だとか、支えだとか、抱きしめるとか、寄り添うとか、そんな言葉がマイクさんのこれから人生を、これからの時間を、どれだけ楽にするかと考えれば、とんでもない無力感に苛まれます。結局ぼくはどうでもいいようなことをしようとしているのか。ひょっとするとマイクさんの心の揺れ幅を、いたずらに大きくしているだけかもしれないとさえ考えてしまいます。もしそうだとしたら、ぼくはとんでもない間違いをしているのかもしれません。

でもぼくはすでに、マイクさんが揺れながら生きようとしている言葉、姿の中に、自分が生きて行くための希望を見出そうとしている自分に気づきはじめています。マイクさんにとっては大変な迷惑かもしれません。どうぞお許しください。こうやって言葉を交換することで、自分の中の生死に対する思いが深まり、自分自身のこれからのあり方を、自分自身で考えて行く。これがぼくが言う希望なのです。簡単に言えば、たとえそれが死ぬ日であっても、自分の明日は自分の目で見届けたいということです。

生きる義務ってなんでしょう……。
マイクさんの言葉に触発されて、生きる義務ってなんだろうと考えてみました。自分の中で浮かんだ答えは「人のために生きる」ということでした。誰かのために生きるということです。大切なのはもちろん、それが誰かということですが。
マイクさんの場合は、それがご家族やアオヤンさんのような親しいお仲間になるのじゃないでしょうか。その人たちのために生きるという人生があってもいいのではないでしょうか。生意気ですがぼくはそう思います。

いえ、ほんとうのことを言うと、この間何度かぼくのポケットの中で「死」というやつが暴れだすことがありました。でもそいつがポケットからひょいと顔を出しそうになった時、何人かの顔が浮かび、ああ、この人たちのためにもうちょっと生きたいなと思わせてくれるのです。
誰かのために生きてみるという人生も、ぼくは素敵じゃないかなと思っています。

前に父の話をしましたが、今日は母の話をしたいと思います。
母は今年95歳になりましたが、40歳代で子宮がんになりその後がんによる手術を6度経験しています。今のような腹腔鏡手術などではなく大きく開腹するという手術を繰り返してきているので、身体は切り刻まれた状態になっています。母はそれを「満身創痍や」と笑っています。そんな母にたずねたことがありました。死んでしまいたいほど苦しくはなかったか、と。それにも母は笑って答えました。

「あんたやらお父ちゃんを残して死ねへんさかいな」

と。それがほんとうだとしたら、母はぼくら家族と共にあることを生きる義務としてとらえていたのでしょう。
ぼくは母に自分の将来の姿を見ています。ぼくもいずれああなると。
その時ぼくを支えてくれる人がひとりでもいれば、ぼくはどんなに苦しくても生きる方に顔を向けたいと思っています。

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生きる義務はない?

昨日の埼玉のニュースに刺激され マイクには無縁と思っている人工呼吸器のことを 今朝もサイトで見てみました
学術論文や 患者さんの病歴と活動報告の詳細さとレベルの高さにビックリです
それと政府に対する陳情書など福祉活動に関わる現場の人たちの努力を知り頭が下がりました
何も知らずALSを生き地獄と決め込んでいるマイクとは別の世界観を見ているように思います
まるで人種が違うような

勿論です 今届いた返信「うれしい仲間」にあるお言葉通り こんな真似できそうもない人の真似なんかできませんし マイクは在るが儘 と言うよりもっとマイクらしく エンジョイ・デスのプライドにかけて 但し 生き地獄の前までは生続けて見せます

愛を信じられる 愛に甘えらえる人もいれば 逆に篭りたくなることもありました
その原因は自分にあるのかも知れませんし 寄り添うことを忘れた身勝手かも知れません
弱者を見る目は その人の何によってかは分かりません
社会の文化度の違い 倫理観の違いでもあるのでしょうし 環境や育ちによるので人それぞれで当たり前です
だからと言ってそれで済ます訳にはいきません
お互いに愛や優しさに頼らなければ社会は成り立ちません
そのような気持ちが誰にでも また元々マイクにもあったのか
いや マイク自身が 自分の生き地獄のさまを 卑下しているのを自覚しない訳にはいきません

憲法11条や14条を取り上げるまでもなく 弱者にも等しく人権をもっているのです
その権利は生きる権利だけでなく死ぬ権利でもあるのです
しかも生きる権利はあっても 生きる義務は必ずしもないのです?
また死ぬ権利はあっても 死ぬ義務もないのです?

好きなように最後は自分で決めたらいいと 憲法は保証しているのです?
死にたがりのALSのマイクの自死願望の話に素直に納得されるのは 医療・介護の現場の実態や矛盾を知る方々です
だからと言って その方々は絶対自死幇助をしません
それなら 西部邁の言う自裁死なる自死を許せるのでしょうか
死を自分で決める権利があっても 実際にできる 或いはしても良い死に方はあるのでしょうか
現実にはそれがないから 西部邁は単なる自死を 幇助者まで殺人罪にしてしまうしかなかったのです
それは世間が11条を無視しているからなのです
マイクも 家族を考えると自死できませんのも世間との矛盾の被害者なのです
こう考えると 安楽死は権利であり支援することこそ尊厳に値するのです

暫くはこんな話から遠ざかろうとしていたように思います
如何したことかついつい書き込んでしまいましたが 安楽死を考えることから離れられないマイクなのです
効くか効かないか分からぬリルテックやラジカットではなく 効き目のある新薬を待つよりも マイクには 安楽死を世間が認めるようになる方が早いような気がしています
しかし マイクが生き地獄になるより早いとは思えないのが悲しい

うれしい仲間

マイクさん

ええ感じになってますねえ。ぼくは思いますけど、すごい人もすごいことだけでできあがっているわけではなくいろんな側面があって、それがひとつにまとまってひとりの人をつくりあげているんでしょうねえ。マイクさんだって、その研究実績はすごいものがあると思いますけど、アオヤンさんとの会話を見ると単に酒飲みでエロいおっさんに見えます(笑)でも、その一方ですごく大きな苦悩を抱えている。不安を抱えている。だから人間って面白いんじゃないかと思います。

人の真似なんかする必要はないと思います。確かにすごいと思う人はたくさんいます、でも影響を受けることと模倣することはまったく違うことです。真似なんかする必要ないです。

でもアオヤンさんって面白いし、いい人ですね。ぼくには彼がマイクさんのことをほんとうに心配して、ほんとうに元気にしようとしていることがよくわかります。ぼくにもそういう友だちがいます。ぼくが大腸がんの手術を受けた時、家族のような顔をして付き添ってくれて、入院中も何かと世話を焼いてくれた山ちゃんという友だちです。そう、いまこのブログをシステム面で支えてくれている彼です。

山ちゃんは、入院中、ぼくを笑わせるためにいろんなことをやってくれました。その最たるものが点滴の容器に酒のラベルを貼るというおイタでした。あるいはお茶のペットボトルに酒のラベルを貼ったり……。これはさすがに看護師さんが蓋を開けて匂いを嗅いで確認していました(汗

あるいは手術の翌日、まだベッドの上でウンウン唸っている時に、大好きな酒を差し入れてくれた飲み屋のマスターがいました。看護師さんは少々眉を潜めていましたが、彼なりの早く元気になって飲みに出てこいというメッセージだととてもうれしかったことを覚えています。

こんな嬉しい仲間がいるのです
若い彼に今夜は相当甘えてしまいました
既になんでも享受してしまって思い残すことはないと言っていたマイクですが
後暫くは希望を持たなければ面目ないと思います

その通りだと思います。いいお仲間がおられるじゃないですか。
ぼくもアオヤンさんと、やりとりに登場するボインさんと引き合わせてください。
一緒に飲みましょう。焼酎1本ぶら下げてまいります。

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忘れていました 嬉しさを素直に

少々驚かしてしまいましたが これも質の悪い類いの マイクのエンジョイ・デスなのです

今日のテレビや新聞に 埼玉吉川市のALS患者が24時間介護の申請で職員から暴言を浴びたとありました
ついでにJALSA埼玉支部の人工呼吸器の方々の活動を調べてみてびっくり
立命館の生存学研究センターの個人活動のページには 京都の呼吸器の増田英明・高田俊明・杉江真人のお三方や全国多数の療養や活動活躍が詳しく載っていました
凄い人ばかりですが マイクには真似できないし また先のこととしておかないと とても寝付けません
こんなことを 成るように成るなんて思える筈がないマイクですが このブログでこのことを語る日がくるとは今は思いたくありません

「ぼくは思っています。人は決してひとりでは生きていけないと。大勢の人に支えられて生きているんだと。
支えてくれている人に感謝するのはもちろんだけど、だったらもうちょっと甘えてパワーをもらったらいいんじゃないかとも思います。手を借りる、知恵を借りる、何かをしてもらうだけじゃなくて、その人の力を自分の力にしちゃうんです。人一人の力なんてたかがしれてます。でもその力をたくさん集めたら、たくさんの人の力を集めたら、それは突然大きなパワーになるはずです。自分はそんなパワーに支えられてるんだと、そう思うことでずいぶん元気が出るんじゃないかな。」

頂いたこのお言葉に返信しようとしていたら オヤジダンス仲間の若いアオやんからSMSで 次々と止まらぬSMSをもらいました
今夜はそれを転記するだけにしておきます
転記するだけで消灯時間になると思いますので
若い彼の マイクに対する思いを大切にしたいと 懸命に自由の効かない右指で懸命にガラケイ往復返信をしました

こんばんは、マイクさんのんびりしてるー?お酒飲んでるー?近いし あそびにいきたいけど、いやー?18:24
****嬉しい限りです!!1時から8時までオッケー。お待ちしてます。4棟103です!!
了解!!こっそりお酒持っていっていい?
****分からんようにお願いします
無論うまく行けば、ボイン連れて行くしなー!
****待ってます
まかしときー!上手くするからー!
****いつきてくれるかな!?
ボインによるんですよね、、、また連絡しますよ!18:43
****待ってます
てか、連絡や病院行くのが、忙しい状況だと悪いなって思って。忙しくさせたくないんすよー。で、酒は何がいいですかー?
****ワンカップ一本で!!
それでいいんかい!こっそりシングルモルトのソーダ割りをお茶のペットボトルに仕込もうと想ったのに!
****ベリーグッド!!
2リットル。たまにはエエもん飲まんとねー
****多すぎるとバレるからNG
大丈夫、うまくやりますよ。むずかしいのは、オッパイですよね。19:00
****期待してます
頑張ります。
****サンキュー
結果じゃなくて、ネット情報より、結構長生きするみたいやし、享受してください。僕らの憧れですから! と知り合いの看護師がいってました。
****もう一度嬉しい!!ありがとう
だってw 俺たちのほうが早く死ぬ
****まさか!?
人生なんて分からんじゃないですか。マイクさんは分かってる風やけど、突然死してる知り合いおおいからー。
****その通り!!マイクこそそれを望んでいるのです!!
なんか悔しい。
****今はそんなマイクです
暖かいとか、硬いとか、フカフカとか、なんで、オッパイは偉いのでしょうねー。
****マイクに聞くんですか!?
いや、オッパイは選べないんですよね。お願いしないと、、、一応打診してみます
****頑張りを期待します
だいぶん頑張らねっば!
****その調子でお願いします
頑張る!19:34
****お待ちしてます
退屈やもんねー
****その通り!!ありがとう
遊びに行くー!
****お待ちしてます
仲間じゃん!
****だから嬉しいのです
エロ運べるよう、頑張りまーす!
****羨ましい!!マイクはあれから食欲性欲物欲もなくなったのです?寂しい!?
マイクさんはチンチン振り回さな!看護婦いてこませ!
****そんな元気あるかな?
こっそりオッパイ触るだけで十分! 7号車!20:05
****意味不明
痴漢!
****分かりました。思い出します
特定の女の子にしてたんですか?
****来てから話します
それは楽しみです20:11
****と言うことで
はい、お休みくださいー。まだなんか話す?
****ありがとう。よく眠れそう
ノンビリーしてください。近所の不良、そのうち顔出します。お休みやすー20:17

こんな嬉しい仲間がいるのです
若い彼に今夜は相当甘えてしまいました
既になんでも享受してしまって思い残すことはないと言っていたマイクですが 後暫くは希望を持たなければ面目ないと思います
でもまた出そうです 余計な一言が
今日は遅いので 堪えさせてください

Re:生け贄なら喜んで

マイクさん

びっくりしましたよ。何がって、「生け贄なら喜んで」というタイトルが目に飛び込んできたからですよ。昨日あれほど元気そうだったのに、一夜明けたらまたまた超ネガティブか!と身構えてしまいました。しかし最後まで読んで、笑わせてもらいましたし、なんだか心の奥の方がホッと暖かくなりました。4人がかりで点滴をされ、笑いながら身を委ねるマイクさんを想像して、ぷぷぷと笑ってしまいました。ほんと余裕ですね。

それはきっと人を信じる、人との関わりを信じるところから生まれてきた余裕だと思いました。マイクさん自身も言ってますね「愛を感ずる繋がり」は力があることを実感したと。ぼくは思っています。人は決してひとりでは生きていけないと。大勢の人に支えられて生きているんだと。
支えてくれている人に感謝するのはもちろんだけど、だったらもうちょっと甘えてパワーをもらったらいいんじゃないかとも思います。手を借りる、知恵を借りる、何かをしてもらうだけじゃなくて、その人の力を自分の力にしちゃうんです。人一人の力なんてたかがしれてます。でもその力をたくさん集めたら、たくさんの人の力を集めたら、それは突然大きなパワーになるはずです。自分はそんなパワーに支えられてるんだと、そう思うことでずいぶん元気が出るんじゃないかな。

タブレットとこのブログは、大勢の人たちとつながるための入り口、装置にすぎません。この装置をマイクさんがどう使うか、それこそが大きな意味を持つとぼくは思います。マイクさんが言う「このタブレットに向かう時間が、希望を探す時間になっているのです」という言葉に、ぼくは希望を感じました。この装置の向こうで、マイクさんやぼくの言葉に耳を傾けてくれている大勢の人がいます。そう言う人たちの存在が、マイクさんに「希望」という言葉を使わせたのだと思います。これをはじめて良かったと思った瞬間でした。

理解し合えるのは同じ苦境を生き、同じ苦しみを共有する当事者だけだとはよく聞く言葉です。ぼくはそのことを決して否定しません。その人の苦しみはその人にしかわからない。当然のことです。当事者でない者はその苦しみをほんとうに理解することは難しいでしょう。しかし当事者でなくても、苦しんでいる人、悩んでいる人を支えられないわけではないと思います。寄り添うとは、思いやるとはそういうことではないでしょうか。当事者とそれを支えようという大勢の人たちが寄り添うところに希望が生まれると、ぼくは繰り返し言いたいと思います

どうぞ外に向かいたいという気持ちを忘れないでください。自分の気持ちを外に向けて主張するということをやめないでください。そのために用意したこの場所です。ご自分の思いの丈をあからさまに書き込んでもらえたらいいです。遠慮は必要ありません。
自分をあからさまに表現するということは、それだけ批判も受けるということになるでしょう。でもそれを恐れていたのでは何もできないということは、よくご存知だと思います。徹底的にやりましょうよ。

それでも、そこに家族や寄り添ってくれる大勢の人がいるということを、どうぞ頭の片隅に置いといてくださいね。自死をしようとして「現実との矛盾に気づき悩み悩んで決行できなかったのは、家族がいたからでもあり、また打ち明けた友人からのマイクへの愛ある叱責でした」とも書いておられます。このことはこれからも長く続くはずです。そうして「兎にも角にもマイクは多くの友人の愛で生きているのです」という状態も長く続くはずです。
大勢の人の手を借りながら、その愛を実感して生きていくのも、素敵な人生だとぼくは思います。

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生け贄なら喜んで

3月の直ぐにでも死にたく気力失せていたマイクが 今は信じられないくらい元気です
リハと点滴だけなら退屈で 難病病棟ですので周囲を見ると マイクの先行きを見るばかりで 要らぬことを考えてしまいます
とても成るように成るなどと悠長な気持ちにはなれません
しかし今は このタブレットに向かう時間が 希望を探す時間になっているのです

愛を感ずる繋がりに こんな力があると言うことを実感しています
それでも今は殆どお一人のお陰で ある意味病気持ちふたりの同じ水脈の世界に閉じ篭っているのかも知れません
そうではなくマイク自身は 自分のことばかりを言いたい放題しているだけで 自分の病室に閉じ篭っているだけの元気なのかも知れません
折角 外との繋がりを深めるためにごお用意して頂いたのに 自分のことばかりでしかありません
勿論このブログを通して多くの繋がりをセットして頂いていることは忘れてはいません

病棟の隣の部屋に SBMAの方がおられて その方は難病者同士の繋がりだけを大切にし交流や支援に生き甲斐を持っておられていることを14日Re:決して孤独にはさせないに書き込んでいます
彼はまた同病者が多いことと 理解し合えるのは同病者に限るとも言われ 同病者の世界に篭っておられるのです
マイクにもそうすることを勧められましたが 気乗りがしません

できれば外に向かいたいマイクは昔からだったのです
引きこもりよりも 顕示欲があったのかも知れません
60になってホームページで日本をダメにしたサラリーマンを訴え始め 10年前から安楽死をブログで考え始めたのもそうだったのです

でもそれは元気な頃の話で 今は全く消え失せたかのように思っていたのです
ALS確定後は 食欲性欲物欲など全くなくなり 気力が失せました
自死の条件の一つが先ず満たされたのです
それでも現実との矛盾に気づき 悩み悩んで決行できなかったのは 家族がいたからでもあり また打ち明けた友人からのマイクへの愛ある叱責でした

兎にも角にも マイクは多くの友人の愛で生きているのです
嬉しくもまた有難いことばかりです

ちょうど今ほど点滴の時間でした
3日前の点滴針のまま今日の分を繋いだのですが 痛みがあるので 新しく針からやり直すことになった
聞くと2年目の看護師だったので心配そうな顔をしてみたら ベテランや新人やらで4人がかりで点滴をしてもらうことになった
生け贄になってと言われて覚悟をしましたが 笑いが止まらずに点滴を受けるほどの余裕があったマイクでした

同じ水脈を生きる者として

マイクさん

返信ありがとうございます。
ぼくは今日のマイクさんの返信を、胸をチクチクさせながら読みました。
はじめてマイクさんに会って話をした時、マイクさんに対して「関心が湧きました。興味をそそられました」とお話ししたことを覚えておられますか? その時のぼくの本心を正直にお話ししますと、ぼくの文屋根性に火がついたことは確かです。
そういう意味では、ぼくをマイクさんとのお付き合いに駆り立てた動機はとても不純で、愛などというものとは対極にある、打算であるとか、魂胆であるとか、そういうドロドロとしたものでした。ですからぼくの行為を肯定されたり感謝されたりすると、ほんとうに胸がチクチクするのです。

でも、この往復書簡でマイクさんのどうしようもない不安や絶望のようなものに触れるにつけて、マイクさんのその思いに寄り添いたいと思うようになり、今となっては「死亡退院」の主人公敏秀を見ていたような抱きしめる思いさえ抱くようになりました。なぜかと言えば、敏秀やマイクさんが抱える不安や絶望のようなものは、ぼくが抱えているものと同じようなものであり、マイクさんとぼくは限られた命という同じ水脈を生きる者同士だというふうに思えるようになったからです。

それに、ぼくにはぼくを抱きしめる思いで見てくれている人たちがいます。そういう人たちに支えられて、ぼくはこれまで自由にいろんなことを、思い通りにやってこれたのだと思っています。この人たちの愛情や思いやりがなければ、ぼくはここまで生きてこれなかったかもしれないし、これからも生きていこうなどという気になっていなかったかもしれません。
同じ水脈を生きる者としては、マイクさんにマイクさんを抱きしめるような思いで見つめている人たちの眼差しを感じて欲しいし、愛情と思いやりを実感して欲しいと思っています。余計なことかもしれませんが、ほんとうにそう思っているのです。ここに至って、ぼくの文屋根性は儚くも消え去ってしまったのです。

ですからどうぞ本心でお付き合いください。
ぼくも本心でお付き合いさせていただきます。

マイクさん
最後の余計なひと言を、飲み込まないでください。どうぞすべてをぶつけてください。

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Re:愛を信じましょう。

この交換ブログを始めてそこそこになるのですが 気にしていることがあります
それはマイクがマイクのことばかりを懸命に書き込むばかりで 清水さんの病気のことを知らないわけでもなく 気にしていないわけでもなく 不確かなことしか分かっていないので でもそう思いながら それは言い訳で ついつい自分のことばかりを書き込んでしまいます
お許しください
気配り いや愛が足りないのです

マイクは北陸生まれで 元々シャイなため 話し下手ですが聞き上手なつもりです
それがこのALSになると自分のことばかりを伝えようとしてしまいます
このブログでも同じなのです

この悲運 この特殊性は本人でないと分からないと思ってしまい お茶飲み仲間との集いでも マイク独断のデス・カフェにしてしまいました
暗い面白くもない話をするマイクに 気持ちの持ちようで直せとか言うのは良いとしても 回数を重ねると 明らかに疫病神を見る目をされたりもしました
思い違いでなく
それは当たり前なのだとマイクは理解できています
だから自分から去ったのです
彼らを恨んではいません
彼等の立場になったらマイクもそうしないとは言えません
それに今のマイクには 仲間といつもしていた茶飲話には全く関心がなくなってしまい自分のことばかりを聞いてもらいたくなっていたのです
迷惑な話だと気がついたマイクから慮って去ったのです

明らかにマイクは 家族や友人に対しても 概して冷徹なのではないかと自覚しています
でも家族からは 家族には何と言っていいか分からぬ辛い思いがあるのは 家族からの愛を 今改めて確実に感ずるからです
マイクが友人知人に満遍なく愛を注いでいるとは言えないし 誰からも愛を感ずることも普段はありませんが ALS確定以降はもうマイクとの関係は多々で また複雑なのと 次第に離れて行くように感ずることも少なからずあるのです

多分治る可能性のある癌とは違う目があるのかも知れません
それ以上はまだ深く考えていませんので分かりません

でも確実に マイクに希望を持たせようとされる方がいることをマイクは知っています
その愛に応えるだけのマイクの愛を育みたいとマイクは誓います
そうでなくとも マイクを以前に変わらず心配し メールや手紙で問いかけていただく方も沢山います
愛を感じないマイクではありません
これまで何もできていなかったマイクに 嬉しい限りです

そうです
癌には希望があって ALSには希望がないかに思っているマイクに 今日のお言葉は心を刺激していただきました
愛も希望も忘れかけていたマイクに ALSも忘れられると語られているようですね

でもでも・・・・・・(余計なひと言)マイクは・・・・