6/12最期は麻薬漬けの人生だった

朝夕5時の投薬時は看護師はお大きな声で「麻薬の時間です
お名前確認します」と言って部屋中に聞こえるような大声です
ゼーゼー音が息苦しいのです
これがモルヒネの麻薬効果で緩和されるのか
何方にせよこれがないと苦しくて生きてはいけない
麻薬漬けの人生そのもなのです
こんな風になるとは・・・・・

6/11これ式のことで/ゼーゼー音のことを

次第に activity of daily life ADLが 日に日に低下する
男なら堪えて見せよとの声が聞こえてきている
こんなことに
こんなようでは
その通りです
最期は明るく笑って
感謝と謝罪をして
家族には悪い印象は残したくない

これまでのままでは 死にたいばかりの言葉しか残らない
家族と言っても命は誰の物でもない個人のもの
本人以外 最期の最期の死は どうしようもない
疫病神の存在でどれだけ家族を辛く悲しませているか

また生前葬までしてもらい
社会に向けて思いを繋げてきたのも
皆さんのお陰で それに応えなければならないと頑張ってきました

そのことを早くお礼を済まさないとと・・・・

もう既に1日でそのような時間がほんの少しになりました
昨日からは鬱病専門医からのより強力な睡眠剤を21時にとることに
その前19時までには痰吸引でしっかり落ち着かせるよう横になっている
ところが昨夜21時に痰が溜まり吸引したら その後全く寝られず 眼圧が高くなった気がするし頭痛もする
結局一睡もせず
朝と夕方の5時に麻薬で呼吸の苦しみを鎮める?薬をとるほか全て 食前に色々薬を胃瘻から入れる
三食の流動食に4時間以上かかります
テレビやラジオをセットし難くなり 今月は全く見ていません
指が役に立たない
気切のゼーゼー音を痰が少しでもたまると看護師に吸引のナースコールをする
排便排尿もベッドの上になり・・・・・辛い
べっどを背もたれにする時間を増やして痰が上がりやすいようにしなさいと言われて その時間に座ってタブレットを
指の上下が既に少なく・・・・・ミスを

6/10病院生活が不自由なだけではなく/息苦しいのです

気切のカニューレに溜まる痰のゼーゼー音で 息苦しいのです
その呼吸の苦しさが 直ぐにでも死にたい気持ちにさせるのです
回診の時にも 麻薬使用の家族説明の時にも死にたいを連発しています

主治医は昨日一昨日と 精神科の担当医をふたり 発作と鬱
心理療法士を1人問診に回して頂きました
これまで何度か要求して断られましたがどうしたことか一挙に3人も

でもマイクの思いを雑談で語らすだけで終わります
先生に何ができるのかをはじめに問い詰めるのですが 黙ってしまうのです
医師の立場からのガード精々です
文字盤ではそれ以上は疲れるが続けてもらう意味身があるか疑問ですがお願いしました

人生に未練などない経験をした79歳の老人がこれ以上苦しみ生きる意味があるのか
医師には答えられないのです

6/9顔を伺いながら・・

6/4の午後 気管切開以後のゼーゼー音に感ずる息苦しさを何とかならないかお願いしていたのに対して 主治医医から娘2人を含めて モルヒネを使う家族説明があった
軽い種類と量なので安心とのこと
咳込みの息苦しさに麻薬とは?
違和感がありますがそれより何よりしゅじいのていあんをことわるなんて・・・・すぐ始めて欲しい

6/7朝までは 主治医の指示通り 1日3錠4時間以上間隔で飲んだつもりが 看護師は患者自身が容態に合わせて要求したら 投与するつもりでいて まさか患者がと思い月曜朝まで半分も飲んでいないのに気がつく
看護師長に当たり散らし 主治医は昨日の晩から新しい薬に変える事になる
それれでもゼーゼー感と モルヒネの痛み緩和とでは違和感が・・・・
何はともあれ兎も角・・・・・

息苦しさは変わらず喉の吸引は30分毎で 顔を伺いながら・・・・
看護師は鬼ではない!
でも生き地獄・・・・

6/7でも生きるしかないのです

「苦しむ姿は、生きようとする姿」とは 死にたい老人には残酷過ぎませんか
清水さんのお父さんのモルヒネ拒否で苦しみ通されたのは 何日間だったのでしょう
マイクが呼吸能力を次第に落とすには つまり呼吸器拒否までに半年掛かるでしょうし それまでの半年を厄病神マイクの生き地獄をお見せ出来ます
でもそんな辛いことを長く耐える意味があるようには思えません
弱い人間マイクなのかも知れません
清水さんとお父さんに比べられるのには耐えられません

6/4午前に 半年前造設した胃瘻の交換を今度はここで胃カメラで済ました

昼からは 次女と長女に 家族説明があった
気切手術後ゼーゼー音で苦しんでいるのを緩和するため モルヒネを使うためです
なんとなく違和感がありますが 何でもすぐやって欲しいとお願いしました

弱い効果でも慎重にやらねばならず5mgを 日に4時間開けて3回服用の条件でした
患者が要求する時間に飲むと言われたが 患者に任せるのは可笑しいので 初回は看護師にお任せしました
ところがその後シッカリ服用されていると思っていたのに 昨日の晩 昨日は全然使っていないと判明
看護師の伝達ミス 新人看護師 土日の手薄 ・・・・
何方にしても 違和感と 幸先の・・・・・

昨日次女から 清水さんからお借りしているタブレットの充電が遅くなっているのを知って新らしいのを買ってきました
新しいのは相当苦労すると思われますが 娘の思いに感謝してやってみます

苦しむ姿は、生きようとする姿なのです


マイクさん

〈しかし酸素吸入のまま寝転んで朝食を注入した後は元のようにゼーゼー音に戻る。また塞ぎ込んでしまう。これでは生き続ける意味があるとは考えられないと思うばかり〉

苦しそうですね。しんどそうですね。辛そうですね。ほんとうにそう思います。でもね、口ではそう言ってても、そう、その苦しさがさもわかるようなことを言うことはできても、ほんとうにその苦しさを分かち合うことなどできないのです。できることなら共有したいと思います。そうして苦しさ、辛さ、しんどさが半分になればいいなと思いますが、多分そんなことは不可能なんだろうなと思います。
繰り返しになりますが、「わかりますよ」と言ったところで、慰めにもならないし、マイクさんの辛さや苦しみが和らぐわけではないとも思います。僕にできることは、僕だけじゃない、他の誰かにできることは、その辛さ苦しさに寄り添うことだけだと思います。


〈本人の問題は本人が解決すればいいのですがもう力がありません〉

僕は、ちょっと前の返信の中で、「辛さに立ち向かうべきは、苦しさに立ち向かうべきは自分自身」だと書きました。僕は思います。今、マイクさんが抱えている問題、僕が抱えている問題、つまり生きる意味とは何か、生きる意味があるのかなどという問題は、決して解決できる問題ではないと。
死ぬことですべてが解決するとは思えません。これらの問題には向き合い続けるしかないのです。とことん徹底的に向き合い続ける。できるのはそれだけだと思います。

〈苦しむ姿を家族に見せたくなくとも、何もできない。本人よりもっと辛いと思います〉

苦しむ姿は生きようとするからこその姿じゃないでしょうか。それがわかるからこそ、僕は父が苦しむ姿をちゃんと見続けることができました。父は苦しみながら生きようとしていたのです。そういう父を見て、誇りに感じることはあっても、辛くて目を背けるなどということは一切ありませんでした。マイクさんのご家族だって、生きようとしてもがき苦しむマイクさんの姿は見ることができても、辛いから、生きている意味がないから、死んでしまいたいと口走るマイクさんを見ることは、はるかに辛いのじゃないでしょうか。

苦しむ姿は、生きようとする姿なのです。

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6/3 気持ちはわかるが・・幇助者には

今朝4時に目が覚めたら 就眠中に酸素注入パイプをカニューレに取り付けてあった
喉のゼーゼーも少なくウント楽でした
しかし酸素吸入のまま寝転んで朝食を注入した後は元のようにゼーゼー音に戻る
また塞ぎ込んでしまう
これでは生き続ける意味があるとは考えられないと思うばかり

生き地獄を救ってくれるのは医師でもなく・・でもなく 困っている人をたすける・・自殺幇助者しか

・・には友人にも助ける気持ちがあっても それを世間が邪魔するのです
医者にその気があっても生き残るためには 仕事優先の決まりに従うしか

世間からは 厄病神を醜いものを見捨てる風土風習があって 無視され嫌われるだけで救いはないのです
本人の問題は本人が解決すればいいのですがもう力がありません

苦しむ姿を家族に見せたくなくとも 何もできない
本人よりもっと辛いと思います
如何しようも無く辛いのです
済みません

今 心理療法士のカウンセリングを受けてきました
話を聞くだけでなく 早く死ぬ方法を ・・幇助者が欲しいだけである事を分かってもらいたかったのですが 出来ないのに分かって貰えたように思えた
それは彼女の認知症の父の死での体験を話されたことで感じました
文字盤の左手がもう疲れて 動かなくなるくらいでした
・・・

6/3心配させないようこれでも我慢しているのです

清水さんからの昨日の便りは 死に掛けマイクにまたもグサリときました
一つは清水さんご自身の大腸癌術後2年半検査とポリープの切除の大仕事についてのこと
もう一つは そんなお身体でマイクの自死願望振り返し徹底的に厳しく批判いただいていること

最後にある
「死にたいのなら、まず生きることからじゃないでしょうか。徹底的に生きないと、ちゃんと死ねない。「死にたい」がただの泣き言に聞こえる。僕はそう思います。」

確かにマイクの泣き言
確かにボヤキのマイクそのものでしかない恥さらしなのです

先程立命館の立岩さんとのコンタクトを進めたく 尊厳死法案反対の方だからこそ 生きろと言われるからには 死に方にも安堵できる死の妙案がある筈で 触りでも急ぎ知りたいと 研究室のdr.Yに催促したら 次のように返事があった

研究室は死にたくなる病や社会を捉えるが 死に方を考え出そうとはしていない
そういう方が如何生きるか そう言う社会に生きられるにはを考えようとしているのですと
マイクは呼吸器拒否を目標に生きているのです
その為の死に方は論外だとキツイ返信がありました

それはそうなんでしょうね
でも一言ありました
辛さ現実を吐き出してくれるならトコトン付き合いますよとも

さっき主治医の回診で苦しんで生きる意味がないと言ったら モルヒネを使った薬を投与すると言っていただいた
どんな意味があるのか呼吸が苦しく問い返せなかった
文字盤挿すのもシンドイのです

徹底的に生きないと

下部内視鏡の検査結果

マイクさん

〈清水さんのご様子が気になり……〉

僕は5月28日に、大腸がん手術後2年半の下部内視鏡検査を受けました。その直前のCT、血液検査では異常がなかったので少々たかをくくって臨んだのです。下部内視鏡検査というやつは、検査自体より時間をかけて下剤を飲んで腸内を洗浄するという手続きがけっこう大変で、あまり気が進まないのですが……。今回も耐えました。その上で辱めを受けるわけです。仕方ないですが。

結果として、見つかりました、10mm大のポリープが。即座に切除し、縫合して、クリップで止めて処置はすぐにすみました。それが良性か悪性かは生検の結果を待つことになります。悪性だったら、その時はまた何か治療の方法を考えないといけないのでしょうが、今はそのことについては忘れようと思っています。気にしても仕方ないですから。それこそなるようになれ、なるようにしかならない、ですね。

内視鏡での切除とはいっても、一応手術ではあるので、いろいろと制限をつけられました。あれを食べたらだめ、これを飲んではだめ、はもちろんですが、お腹をよじってはいけないとか、お風呂に浸かってはいけないとか、そうそうもちろんお酒は2週間はだめということでした。その上で、腹痛や下血があればすぐに病院に連絡するようにと。

で結局2日目の夜に激しい腹痛に見舞われ……。

いろんなことがありますが、これが僕の人生だとこの頃は肯定できるようになってきました。〈なんで俺だけ何度も何度もがんの不安にさらされないとならないのか〉と腹が立ったり、失望したり、嘆いたりしてましたが、最近では〈まあしゃあないね。逃げても、後ろ向きになってもしゃあないしね〉と思えるようになったのです。がんが見つかり、治療をし、また見つかる。僕はきっとそんなことを繰り返して生きていくのだと思います。そうやって生きて死んでいくんですね。

すると不思議な感覚になりました。死を肯定することで、生をも肯定する。そんな感じだなあと。裏を返せば生を肯定することって、死を肯定することなんでしょうね。でね、マイクさんの最近の書き込みを見て思うのですが、

〈早く死ぬようなことはできないのに ・・・・・〉

に象徴されていると思いますが、マイクさんは自らの〈生〉も〈死〉も肯定できてないのかなあと。
僕はマイクさんの〈死〉を肯定したいと思います。そのことでマイクさんの〈生〉を肯定したいと思います。すると人はなぜ生き、なぜ死ぬのかという問いが見えてきます。それこそが僕自身が僕の明日を生きていく燃料になるのです。そうすることで誰の〈死〉も決して無駄にはなりはしない。そんな気がします。僕の〈死〉もマイクさんの〈死〉も。

マイクさん
死にたいのなら、まず生きることからじゃないでしょうか。徹底的に生きないと、ちゃんと死ねない。「死にたい」がただの泣き言に聞こえる。僕はそう思います。

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