叱り飛ばしてくださいね

マイクさん

ここのところマイクさんの投稿を読ませてもらって、たくさんの元気をもらっています。ありがとうございます。
とってもいい感じですね。まわりの人のサポートももちろんですが、それに応えようとしてすべてを前向きにとらえようとするマイクさんの姿勢がとってもいいなって。

ぼくはといえば、少々不安に満ちた時間を過ごしています。先だってお話しした前立腺の白い影ですが、泌尿器科の専門病院を受診しました。当日再度採血をしてPSAの数値を計り直しましたが、やはり微妙に高い数値でそのままエコー検査を受けました。その結果を見て医師はこう言いました。
「前立腺はあまり肥大していないようだし、それでこの数値の高さはがんを疑うべきだろう」
ちょっとしたショックでした。おそらく自分は、このがんという病からは逃げきれないのだろうなと薄々は思っていましたが、こんなに早く次のがんの影が迫ってくるとは思ってもみませんでした。
同日のうちにMRIを受けましたが、結果はまだ聞けていません。不安で悶々とした時間を過ごしています。

そうしてマイクさんのことを思った時に、マイクさんの不安はどれほどのものだっただろう、どれほどのものだろうと思いおよんで、ぼくの不安など取るに足りないものだと自嘲しながらも、やはり不安に押しつぶされそうになっている自分が情けなく思えて心が折れてしまいそうになりました。

マイクさん
ぼくはマイクさんがとても羨ましいです。家族に囲まれ、大勢の人に支援され、その大勢の人たちがマイクさんの困難な日々に手をさしのべ、一緒に乗り越えようとしている。ほんとうに羨ましいし、マイクさんは幸せだなあと思いました。前回の返信にも書きましたが、それはすべてマイクさんがこれまでされてきた社会活動の結果なのだと思いました。ちゃんと社会に、大勢の人たちに関わってこられたということなのですね。

どうやらぼくはずいぶん自分勝手に生きてきたようです。なんだか今になって孤独な闘いを強いられているようで……。
そんなぼくがマイクさんに、社会とのパイプは閉ざさないでほしい、そのパイプ役をぼくがしますなどと、そんなことよく言えたなと、これまた自嘲を重ねています。
でも、マイクさんに関わることが、ぼく自身が社会と関わりを持ち続けるためのパイプなんだろうなとも思います。

27日に京都に参ります。29日には「ENJOY DEATH 生前葬パフォーマンス」に参加させていただきます。
大きな不安を抱えていくかもしれません。もしそうだったら、
「何をネガティブになってるんだ!」
と叱り飛ばしてくださいね。お願いします。

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どう感謝したらいいのか悩むマイクです

今日は昼からMBSミントのテレビの取材があった
29日本番の前撮りとしてALSダンサーマイクの入院の様子を見せるのですが スーパーALSには及びもつかない新参者ですから 全く見栄えがしなかったかも知れません

ALSについてはホーキングと言うだけでイメージして貰えるほどの知名度があります
マイクがALSになっても 難病中の難病であることを多くの方が既にご存知でしたが 実際にはそこまでであるのは当然ですね
マイク自身も告知少し前までは同じだったのです
去年の12月には慶応で iPS創薬治験のニュースがあったのに マイクには関心ありませんでした
今年の3月には 京大でiPSを使って白血病治療薬での効果を治験するニュースはで 知人友人から次々と教えられただけでなく 京大に問い合わせてくれまでした摩耶観音様には敬服の至りでした
(残念なことに 球麻痺先行のマイクは対象外でした)

最近のことですが 名大のALS研究に対するファンドを見つけて寄付したダンス仲間の事を 6/11のここに書きました
昨日また 今度29日の赤字覚悟の「生前葬」パフォーマンスで マイクに関した物品販売などで利益が出たら ALSに関係したファンドに寄付したい由 摩耶観音から打診がありました
勿論嬉しい限りですし よくぞここまで考え至ってくれた事に 愛ある親切を感じて震えました

こんなに気にしてくれている仲間に如何感謝したら良いのか ありがたい悩みとなります
でも実際にマイクは直ぐにでも死にたい時期があったことは忘れない積もりですし 今がある訳も忘れるなんて出来ません
その感謝 お礼としてしなければならないのは自分を曝け出すことでありそれが 難病だけでなく 自死願望者の救いにもなれるような気がします
憧れのトルストイのように⁉︎になって 広く弱者の立場に立って 矛盾や課題を見つける事で お二人のほか多くの支援を頂いている皆さんに応えなければと思います

清水さんがマイクにご期待いただいておられる様に できるかなぁ⁉️

今日のインタビューの最後に 鋭く29日は皆さんに何を訴えるんですかと聴かれました
こんなにして頂けるなんて考えてもいなかったマイクに 人を愛し信ずることの大切さを教えてもらったことへの2人の神様と仏様と多くのご支援をいただく仲間に感謝を述べたいのと そして何よりも マイクが誤解し逃避しそうになったような世間ではなく 優しい人が皆さんの周りにいっぱいいる事を 改めて知って頂きたいと思っている事を告白したいと申しました

弱者を見る目が自らを育み 自分ばかりか世間も優しくなるに違いないと信じられる今のマイクです

愛ある親切で絶望から救われました

昨夜の清水さんへの返信の後 第2水曜日24時30分から20分の人気番組「絶望名言ミニ」を聴きながら寝ました
50分番組の「絶望名言」は第4日曜日28時台にもあって ネガティブマイクを大不安(ファン)?にさせます
単行本 「NHKラジオ深夜便絶望名言」頭木弘樹 飛鳥新社 (2018/12/11)もあります

(病気、事故、災害、あるいは、失恋、挫折、そして孤独……
人生における受け入れがたい現実に直面した時、人は絶望します。
古今東西の文豪たちもまた、例外ではありません。
絶望に行き当たり、絶望を見つめ、絶望の中で書き留められた珠玉の言葉たち。
本書では、そんな文豪たちの「絶望名言」から、生きるためのヒントを探します。)

カフカや太宰にも感激しましたが 先月のトルストイには 理想を求める何時迄も若き?マイクと 晩年 何でもオープンにしたがり 周りを困らす文豪とがダブって 聴き惚れてしまいました⁉️

昨夜は いつもの根暗とはちょっと違っていて 人類に対する絶望と皮肉と愛情を シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した 現代アメリカ文学を代表する作家の一人 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut、1922年11月11日 – 2007年4月11日)でした
紹介された名言を調べてみて なるほど言えるワード的な 真からの深みのある内容に感心しました

( “Love may fail,but courtesy will prevail.”という科白(台詞)が『ジェイル・バード』という作品の中に出てきます。「愛は負けるかもしれないが、思いやりはなくならない=愛は負けても、好意は消えない」みたいな意味でしょうか。「愛は負けても親切は勝つ」という訳もあります。
これは戦争という悲惨な状況(中でもとりわけ凄惨なドレスデン爆撃)を経験したヴォネガットが導き出したテクニカルな教訓なのでしょう。
考えてみると、愛のために争いは起きますけど、親切心や礼儀正しさ(courtesy)のために争いが起きることはありませんよね。つまり、争いが起きないことを一番に考えるなら、大切なのは愛よりも思いやりだということです。シンプルですが、深い知見です。)

難病患者が求めるのは 表面的な愛ではなく 芯からの親切なのでしょうか
かなり打算的にも思えるのですが 先が見えている焦りからくる実利選択なので 無理もないのです
確実にエクセルで計算した先を見透ししないと我慢できない これは育ちによるのかとも思います

マイクが2人の神様・仏様から夫々に精神的な延命措置を申し出られた事に 愛も感じましたし 加えて確かな思いやりと好意と親切とを信じられたからです
絶望の危機から救われて今があるのは

エクセル育ちは変えられません/我儘も

久しぶりに清水さんの返信を読んで お身体のことが気になりながらも 言葉をかけようにも戸惑うところがあって 何時もの様に自分の事ばかりになってしまい 素直になれないマイクは パートナーとしてこれでは不味いと思うばかりの毎日でした
ひとまず安心させて頂きます
そして何より久しぶりに読んだ清水さんの文章の読み易さと内容に これまた恥ずかしい限りと思わされました
随分前に SMSでの長通話してここに全部転記した4/17の青ヤンが 見舞いに来てくれて その時マイクの文章の読み難さと 起承転結の無さを指摘されたのを白状します
言われるまでもなく自覚していると言い訳したいところですが 実は彼が中々上手い例えで 清水さんとマイクの文章の違いを言い当てました
ワードとエクセルの違いだと
文学部と理学部の頭の質の違いなのですが何時ぞやも マイクが此処で 文系と理系の違いが 死生観の違いにもなるのではないかと述べた

マイクは 現実を見て 現実を知り 客観的に 或いは直感的にせよ 数字化できるところはそれに務め 相対的にも全体的にも把握できないと次に大事な妄想の精度と信頼性に期待できないのです
とは言えマイクの欠点は妄想自体を楽しんでしまい 些末な思い付きを起承転結を忘れ大事にしようとエクセルの升目に留めて置いてしまうのです

そんなマイクは毎日の入院先で見る患者と看護師の対応と言葉を 結構楽しんで見聞きしているのです
痛い辛いの患者と 人間として仕事としての看護師の葛藤が丸見えなのですが 両者にそれぞれに余裕がある内は 第3者から見れば滑稽でもありそれで済ませられるのですが どちらかに明らかに余裕がなくなる場合もまあまあでなく しょっちゅうあるのです
そんなとき時々思うのは 患者は殆どが素人で 看護師は玄人の立場です
患者には新米が優しく ベテランは安心ですが・・・とか
この程度なら 我儘とかなんとかの話にはならないのですが 現実は 我儘にうまく対応される看護師を見ていると ナイチンゲール以上に崇めたくなります
そうでなければ長くは務まらないと思いますし 先日書きましたように 家に帰られたら 変身されるのかと心配するくらいです

病も様々 患者も様々です
自力本願のギャンブラーに向いた病には そのような方なら 卒なく乗り越えられるでしょう
他力本願で逃げ切ろうとするしかないと思うような病には 不平不満も出やすいかも・・・・

判ったか 判り難いような 何時ものようになりました

難病患者だけがわがままか!?

マイクさん

いろいろ充実のご様子、その姿を思い浮かべて、ぼくはうれしくなりました。
それにしても生前葬パフォーマンスやマイクさんの療養生活をサポートしようという人がなんと多いことか。なんと心強いことか。それは、これまでマイクさんが人のため、社会のためにいろんなことをされてきたことの裏返しだと思いました。いい人生を送ってこられたのですね。そうして思いました。人は支える側も支えられる側も、決してひとりでは生きられないのだと。人は自分が思うほど、孤独ではないのだと。

これを介護する側と介護される側にあてはめて考えてみたいと思います。「ALS患者は我が儘か?」ついての考察です。被介護者のわがまま、介護者のうんざりはよく語られるところであり、映画「こんな夜更けにバナナかよ」の中でも描かれていましたね。それはぼくの拙い作品「死亡退院」の中でも何度もくり返し登場するテーマでもありました。

例えば主人公、ディシェンヌ型筋ジス患者轟木敏秀がぼくの自宅に泊まった夜の話。
何が食べたい? 何でも好きなものを食べさせてやる。贅沢言っていいんだよと言うぼくに、彼は「目玉焼き」と答えました。寿司でも、ステーキでも、もっと贅沢言っていいんだよと言いかけて、ぼくはハッとしました。一度に大量の調理をしなければならない病院食で、当時1個ずつつくらなければならない目玉焼きは、決して口にできるものではなかったのです。こんなものが贅沢になるなんて……。ぼくは喉が詰まりそうになったことを覚えています。

逆にその夜一晩中体位を変えてくれと要求する彼にうんざりしたことも。「ゆっくり寝させてくれ」と言うぼくに、「ぼくは身体が痛くて寝られない」と訴える彼。介護、介助をしてやるから泊まりに来いと促したぼくに、身を委ねて泊まりに来た彼。ぼくはどちらがわがままなんだろうと思いながら一晩を過ごしました。

こんなこともありました。
病院で食事介助をしていた時のことです。予て好物だと言っていた冷やし中華がトレイに乗っていました。それを彼の口に運ぼうとすると、振れない首を横に振ろうとして拒絶したのです。どうして? 好物じゃないの? そうたずねたぼくに彼はこう答えました。
「切り刻んであるでしょ。麺を食べてるという気になれないの」
通りかかった看護師さんに、どうして切り刻んであるのかとたずねたら、喉に詰めたりしないようにですよとさらっと答えました。すると敏秀が、
「食べやすくじゃなく、食べさせやすいようにだよ。しかも事故を起こさないような危険回避もね。患者のためじゃない」
と吐き捨てるように言ったのです。
多くの患者を限られたスタッフで介助、介護するには仕方ないことなのかもしれませんが
「麺を長いまま食べたいと言ったら、わがまま言うなと前に言われた」
という彼の表情はとてもさみしそうでした。

危険回避と効率。それが背景にあるなら被介護者はまだ納得できるかもしれません。だけど、もし介護者に「ここまでやってやってるのになんだ……、まだ要求するのか」という思いがあるとしたら、そしてそれがもし職業として介護に携わっている人ならとても残念だし、その思いは介護される側に必ず伝わるはずです。


被介護者、介護される側は要求が多くて当たり前です。だって自分でできないことをしてもらうために介護、介助を要求するのですから、ほどほどなんてことないのです。そういう意味でいうと、被介護者であるALS患者はわがままではないとぼくは思います。ほどほどの介護で満足してなさいという介護者の方がわがままだと思いますが、いかがでしょう。

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パフォーマンス順調に/クラウドファンドに涙

9日に29日に控えた「えんじょいデス」(マイクの生前葬)公演の稽古場に顔を出しました
マイクが何もしない内に 全てKDE(京都ダンスイクスチェンジ)の仲間が企画制作してくれていて 患者のマイクに負担を掛けないように ソロと入退場の仕掛けだけであとは 当日参加でサプライズさせて頂けるようです
マイクのボランティア仲間が「チーム・マイク」を結成し当日手伝いをしてくれるのも感激です
こんな仲間がいたのに 2・3月は孤独感で危険状態だったのです
今思うと実に恥ずかしい限りだったのです
その中の1人が 稽古の帰りに手渡ししてくれたキーホルダーの意味も分からなかったのですが 調べると ALSに関するクラウドファンドのリターン品だったのです
お礼状にある名前から次のように判りました

ALS発症のメカニズムを解明する、世界初の細胞活動の解析装置をつくりたい!2016年名古屋大学未来社会創造機構客員教授宇理須恒雄と申します
https://camp-fire.jp/projects/view/100487
10万人に1人が発症すると言われるALSをはじめ、世界には難病指定されている神経疾患がたくさんあります。なかなか治療法が発見されないのは、発症のメカニズムが解明されていないから。このプロジェクトは、そのメカニズムの解明に欠かせない、世界初の「細胞の活動を解析する」装置をつくるためのものです。
2月 プロジェクト開始 目標200万円(総予算)
4月 プロジェクト終了 達成336万円(167%)パトロン 227人
5月 解析装置完成(予定)
お礼のお手紙、キーホルダー送付(予定)
研究室の見学(額による)
6月 記者発表(額により同席)

直ぐに彼にどこで知ったのかを確認しましたら SMSでたまたま知って ALSだから寄付したと言う
マイクにとって涙ものの御守りです
「第4代JALSA会長が足で描かれた白虎」のパネル絵付きです
彼にから こんな思いを頂いて マイクはただただ幸せです

点滴のお陰で 今日から3ヶ月目/天敵は許せない

暑かった5月とは言え 入院中のマイクにはあまり関係なかった
しかし窓の外の曇天の庭を見ていると 症状が進行しそうで滅入ります
それでも今日は久しぶりに 主治医回診があり 今日から3クール目の 平日10日2週間の点滴が始まり その効果?か進行がゆっくりなのではとのお言葉を頂いた
その話の流れに乗せて 4クール目はありですかとの質問にすうっと答えて頂いて 確約頂いた
それと 何度か話して頂いている 主治医の開発されたメコバラミン筋肉注射が来年から使えるようになるのを期待して欲しい由 今日も付け加えらました
このまま来年9月まで主治医のお世話になる?
いや スーパーALSまで⁉️

3クール終わりで 3ヶ月になりますが 休薬期間にうまく29日の「えんじょいデス」公演をやれるのもラッキーなのです
その公演のMBSテレビ取材に合わせて 14日にも入院風景を撮るについては主治医からOKを頂いているばかりか 当日は個室でとの配慮まで頂きました ラッキー‼️

さて 基本的にALSは在宅で 入院は1ヶ月 長くて3ヶ月を転々とするものだと理解していますのに 不思議なマイクです
それなのに 向かいのベッドの震えがきつくまた不規則なパーキンソンの方が3ヶ月になり退院されるのです
マイクに色々と教えて頂いた有難い方なのですが ご本人は覚悟されているように振る舞っていますが マイクにはとても在宅独り住まいは無理にしか思えません
そのことと思いますが数日前も陽気で繊細な彼が涙し 今日もそうだった
気の持ち方ぐらいしかお話しできませんでしたが 如何しようもなくて辛かった

昔 と言っても2年前のマイクのブログを転記で付け足して置きます

2017/7/14「新しいカテゴリーを」(他人の死をも考えねば)
このブログは 自分の死を考え初めてもう長年になり 自分のことだけでなく社会的に安楽死センターが必要な時代になると予感して発展させてきましたが 考えるだけではなく 実践を急がねばならないと焦ってきたこともあって カテゴリー「最期はセルフネグレクト」で 自死の具体的な状況作ろうとしたのでした

このブログでも度々紹介し 死に方の本を多く出し また京都で「自分の死を考える集い」を主催する中村仁一老人ホーム「同和園」附属診療所所長のことを 尊敬申し上げますが よく考えると 中村さんは 老人の個々の方の死についてを考えておられるだけで 社会的な問題として 安楽死センターなどの必要性については全く述べておられない
(この交換ブログ5/18に ALSのマイクに自然死してみて欲しいと言ったことを書きました許せない医師です)

マイクとしては 個人の死は個人の問題で 最期はセルフネグレクトすれば 他人に何の迷惑もかけないとかの死に方が出来るのですが 実際は 誰にでもそう出来る訳でもなく ヘルプも必要なのです
詰まり自分の死よりも 社会的に 他人の死に方にもっと関心と支援を必要とするのです
『他人の死を支援する』『他人の死を考える集い』などが大事なのではないか
そう思って 今日から カテゴリーを新しくしてみました

(天敵は 他人に 無責任に自然死を勧める 苦しもうと我関せずというのは 自死者を見て見ぬ振り 弱者支援救済放棄で 閻魔様に裁かれます)

ALS患者は我が儘か?格好いいか?

入院していて感ずる人間関係について 感ずる少しを纏めてみます
患者同士の個人差は症状の差と相まって 当然ですが多様で 刺激されます
だから個室にいるよりも他の部屋までオープンに接触できて退屈せずに確実に楽しい
楽しいばかりでなく全く動けぬもう・・と思われる人や いつも騒ぎ立てる我儘なのか苦しいのか考えさせる患者もいる
臨終に近い人など見るのが辛いのではと思っていましたが 次第に慣れてくる自分のことの方が気にかかるくらいです
医師の序列 看護師の技量差と患者扱いの習熟差 など 見てて楽しいほど多様な人間性観察ができるのです
ベテランでなくとも患者へのあしらいをやっていけなければ勤まらないストレス溜まる仕事なのです
それにしても患者にあんなに優しい言葉の看護師が 家に帰って旦那を如何あしらっているのか聞いたことがあるくらいです

ALSのマイクとして言い難いのですが ALS患者を見て来た看護師や療法士からよく聞く言葉に ALSになる人は賢い人が多いと
確かにそう思うのは パーキンソンの人と比べてだと思います
そう見える理由は ALSの死の迫り方の早さだと思う
それが深刻度の違いとなって ALS患者は メメント・モリする哲学者に見えるからです
それがまた格好いいALSとまで言われているサイトもあるので紹介したくなる

PRESIDENT Online 政治・社会 2017.4.23 #ALS #病気のサイトで
ALS患者・藤元さんの死は”美談”ではない ノンフィクションライター 山田 清が解説
3月31日、ALS患者の藤元健二が入院先の病院で亡くなった。54歳だった。
闘病生活を赤裸々に綴った手記『閉じ込められた僕』(中央公論新社)の発売が3月25日、その日から正確に1週間後、藤元は天に召されていった。関係者の多くは美しく計算された演出を見せられた気分だったに違いない。かっこつけの藤元らしい最期だった。

賢いからか またこうも言われているらしい
ALS患者は我が儘だとも
弁えのあるマイクは ここではそんな風に言われたことはないが ネットにはいくつかある

ALS患者の我が儘について
サイト「介護求人ならカイゴジョブ」のQ&A
ゆず胡椒さん 2015-02-10 10:13:41
Q有料介護で働いていますが、ALSの患者さんが我儘すぎて困っています。・・A・・・

2019/4/16産経新聞
ALSを患う埼玉県吉川市の男性(43)が16日、県庁で記者会見し、男性は高田泰洋さん。弁護団によると、24時間態勢で介護サービスを受けられるよう市に申請している。12日、申請に関する調査で自宅を訪れた障がい福祉課の男性職員から「寝返りはできますか」と聞かれ、高田さんが文字盤を使って回答していると、職員は同席の弁護士に「時間稼ぎですか」と発言した。弁護士が抗議したが、その場で謝罪はなかった。
高田さんは会見で「ただただ悔しい。許せない」と訴えた。藤岡毅弁護士は「コミュニケーション障害を抱える全ての人への侮蔑で、心理的な虐待だ」と指摘した。
障がい福祉課の加藤利明課長は、発言は高田さんではなく同席の弁護士に向けたものだったと説明。「誤解を招く発言があったことは謝罪したい」とした。

今年2ヶ月前 「難病の人は可哀想な人」という“常識”に立ち向かうこの報道を このブログで取り上げています(2019.4.17忘れていました嬉しさを素直に)

善かれ悪しかれ ALSが 話題になっているのです

最後に付け足しで
Core Ethics Vol. 9(2013)立命館大学大学院先端総合学術研究科
在宅 ALS 患者の身体介護の困難性 ― ホームヘルパーの介護経験から―
https://www.r-gscefs.jp/pdf/ce09/nm01.pdf 西 田 美 紀
要旨:
在宅 ALS 患者は増えてきている。しかし、進行性疾患である ALS 患者の身体介護の困難性や、家族の介護負担や独居者の介護を担うホームヘルパーの研究はされていない。本研究は、ALS の身体介護の困難がいかにして生じ ているのか、その困難を踏まえた上でいかに対処しているのかを明らかした。研究方法:ホームヘルパーにインタ ビュー調査を行った。結果と分析から以下の困難性が明らかになった。ALS 患者の身体介護は、様々な補助具と組 み合わせた微調整が必要となる。しかし、身体が急速に変化する時期は介護が予測できなくなる。コミュニケーショ ン方法が変化するとさらに予測困難となり、ALS 患者と介護者との関係性が悪化していく。こうした困難に対し、 ヘルパーは当事者と身体介護を模索し続け、ときにはその場を自然に切り替え流していく方法も取り入れながら、 ALS 患者との関係性を再構築していたことが明らかになった。

快適なここに何時まで?

今晩は 梅雨入りのように鬱陶しい窓の風景でしたので 大人しくマイクの入院先のあらましをお伝えするだけにして置きます

入院中の患者管理(マイクの場合)

バイタル・チェック 1日1回朝 体温 血圧計測 排便有無記録

投薬 朝食前 夕食前 リルテックス 就眠前 ルネスタ+サインバルタ
看護師が毎回持参し 氏名確認と 錠剤名呼称し手渡し 服飲確認の上 袋回

点滴 朝10時から針をルートセット(原則3日毎)ラジカット200CC1時間点滴14日 14日休薬を1クール マイクは3クール目に6/10から

食事 3食 潰し粥 +おかず3品+ 果物ジュース +ゼリー

配膳 朝8時 昼12時 夜6時 @病室または食堂

医師回診 1日1回?(不定期週2〜3回) 主治医+担当医

入浴 週2回

床拭きゴミ回収 1日各1回

シーツ交換 週2回

リハビリ 毎日各20〜30分 S(スピーク)T・P(理学)T・O(作業)T(セラピー各療法士)

消灯9時 点灯6時

朝の蒸しタオル

面会 1時〜19時

休診 土日祝日(10連休はリハのみ2日あり)

病棟数 4棟

第4棟 ベッド数50(無料テレビ・トイレ付き個室10・4人部屋10)

看護師 昼 患者数の4分の1以上 夜 15分の1以上 @ナースセンター

と言ったところですが ごく普通の事でしょうか
入院経験の少ないマイクには比較しようもありませんが 在宅介護看護ではできない安心感と食べ易い食事と清潔感と24時間監視に満足し快適です(この病棟は古い方らしくエアコンでなく空調は寒すぎる今です)
それより何より マイクは球麻痺が進み 飲食での咳き込みが多く 2ヶ月の間に吸引3回経験していて 下手すると嚥下窒息で死亡の可能性もあると脅されています
しかしここにいれば大丈夫と主治医からお墨付きを頂いて安心なのです

外出許可も取り易く マイクは土日自宅外泊し 平日もイベントによって何度も外出しています
一つだけ儘ならぬことは 院内での飲酒許可をもらえないことです
これさえOKなら ここでの死に方考えたいほどのアイデアが浮かぶのです

14日に 29日の本番に付帯して 入院の様子をMBSが撮りに来るのに 点滴だけより リハで女性の療法士に指導を受けている場面をと思って 本人2人に説明しましたが 1人は撮られたがっていましたのに当日代休ということで残念がってくれました
もう1人は そんな筈のない子だと思っていたのに断られ こちらはまだアイデア浮かびません

老人は美しくセルフネグレクトを❓

2年前は ゴミ屋敷がテレビを賑わす
それを老人の自己否定とか自己放任とか言って嫌老社会を煽っていたのを思い出します
拡大自殺もトーンダウンしたかと思うや 高齢者事故で次々と叩かれ続けています
そこで思い出したように 2年前のセルフネグレクトを老人の死に方問題として見直します

2017.4.27「セルフネグレクトを放任するのではなく」(最期はセルフネグレクト)
このカテゴリーを「最期はセルフネグレクト」としたのは ごみ屋敷の原因を 病的扱いとするところから出来た異常症候群の一つの表れとしたことと マイクの思い願う終末期は同じであるべきではないかと直感したからです

小学館/デジタル大辞泉によると『セルフネグレクト』とは
成人が通常の生活を維持するために必要な行為を行う意欲・能力を喪失し、自己の健康・安全を損なうこと。必要な食事をとらず、医療を拒否し、不衛生な環境で生活を続け、家族や周囲から孤立し、孤独死に至る場合がある。防止するためには、地域社会による見守りなどの取り組みが必要とされる。自己放任。

とある
ところが 一般には ごみ屋敷に限定されているかのように使われていて 恰も汚れて汚いもののように思われているのが残念です
老人の生活能力が衰えるのは避けられず それでも象が死に場所に向かうように 美しい最期を迎えたいとの思いを大事にしているのかもと思います

ネグレクトを意識する→自己価値認識(自己否定)→セルフネグレクト(自己放任)→習慣化→症候群
次は 周囲から放任されると →ゴミなどに価値を認めて友人知人の様に安心する→ごみ屋敷

このような症候群状況になるのは避けれれない
それを避けるには マイクが必要と考える安楽自死センターの 一つの機能として セルフネグレクトサポートも大事だと思うこの頃です

2017/3/13「積極的なセルフネグレクトを」(最期はセルフネグレクト)
孤独死やゴミ屋敷の問題と「セルフ・ネグレクト(自己放任)」がとても密接な関係にあるとある
「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」「アスペルガー症候群」など 発達障害や「セルフネグレクト(自己放任)」「統合失調症」「認知症」と言われる精神疾患の可能性もあるとか
指導・叱責しても無意味なばかりか 余計なプレッシャーを与えて逆効果の場合もあり 凶暴性があるとも

マイクが考えるセルフネグレクトは 性格の優しい人ほどなり易い 他人に迷惑を掛けたくなくて孤独によって解決しようとするケースを想定しています

このカテゴリの前は(死は他人事ではない)でした
死を自分のことであることを忘れてはいけないとの思いが 実際に家内の弟の死に接した最近のことで身に染みました
優しい一人身の彼の最期に 何の手伝いもできなかったことを悔やんでいますが メメント・モリの機会を深めたことを感謝するばかりでした

厭世や精神疾患でセルフネグレクトになるようなことではなく マイクは もっと積極的なセルフネグレクトを 安楽死と絡めて考えてみたいと思います

最近の精気が低下しているマイクには ボチボチになるかもしれませんが・・

( )は2019.6.6追記
(ボチボチなどと こんな生気のないことを書き込んでいますが 2年前にはまだ元気そのものだったマイクには こうなると言う予知能力があったとしか考えられません)
(2年前はゴミ屋敷問題がよく取り上げられていて 無責任な住人心理を世間はこう説明して批判するだけでした)
(自分自身を断捨離するべく死に逝く老人が そん風にワルになるべきではないことを思いながら 積極的に美しいセルフ断捨離をさせてあげるべきと2年前には思っていたのです)
マイクは(ALS確定前には)養子でもないのに家内から養子以下の扱いをされ 子供や孫からもネグレクトされているのを感じています
(ALSはそんなに悪い病ではないと前に書きましたが(このブログ2019.4.12) 個人的には 家族が激変して優しくなったというメリットもプラスするのです)
(或いはマイクのように老人性ALSになって→自己価値認識すると→セルフネグレクト→自死願望症候群)

(何を言おうとしているのか分かり難かったことをお詫びします
実は 自分を見失ったゴミ屋敷高齢者が 嫌老社会を煽るのでなく 彼等の最期を象のように美しく導いてあげる施設としたかったのです 安楽自死支援施設を)
(そしてまた付け足しますと 自己否定や如何でもいいなどと思わせないように 人生最期までに出来なかったことを バーチャルでもいいから叶えてあげたかったのです)