濃縮に生きるなんて/見栄張ってでも❗️

高齢化に浮かれるだけで 老後が希薄になるならば 長寿を無条件に喜べません
だからと言って自分から程々にと言い切って 積極的に自死を実践したのは マイクが改めて見直している哲学者須原一秀くらいです
しかしマイクはALSという天命を得て 積極的ではありませんが 自らの死を設計し 計画的に 濃縮感と使命感で満たされるべき運命を任されたのです

ALSを3重苦3つも重なった9重苦が マイクへの天罰と受けとめながらも これをチャンスとして 天命と思い直すことができたので救われたのです
チャンスを得て 多くの方の支持とご支援で 果たすべき責務を負うのですが やれるかやれないかを掛けて 出来るだけやってみたく思います

3年前のマイクのブログ2016/4/2「生きているよりも死ぬ方がめんどう」(終わりよければ全てよし)を見直してみました

マイクには悩みがあります
家内とマイクとどちらが先に死ぬべきか
どちらが先の方が経済的で また面倒が少ないか

時々考えることがあるが 結論に至っていない
家内は稽古事での社中や付き合いも広く そこそこの葬儀を必要とする
そんな面倒なことをマイクはさせられたくない
現役でもないマイクは 自分が死んでも親戚葬だけでいいのだが 家内は体裁上それで済ますことはないだろう
葬儀と言うのは中々思うままにならないのです

どちらが先と言うよりも 関係者が少なくなるまで長生きして秘かに死ぬしかないように思う
或いは行方不明になるとかの方法も考えられるが 生きているよりも死ぬ方が面倒だと言うのは確かなようです

もう一つ 7年前のマイクのブログ2012/8/29「面白かったと言えない人に」(楽しい死とは)に

「ああ面白かったと言って死にたい―佐藤愛子の箴言集」佐藤愛子 海竜社(2012/7/1)
老人の価値は若者よりも沢山の人生を生きていることだと私は思う。失敗した人生も成功した人生も頑固な人生も、怠け者の人生も、それなりに生きて来た実績を抱えている。波瀾万丈の日々が紡ぎ出した人生の真実。

88歳の老人賛歌を 今朝の朝日放送ラジオのオハパソで道上洋三がこの本を紹介していた
美しいことだけを覚えていればいいのだと言う
終活本の類いですが 生きていて楽しかったと言える著者のような人だけに言える言葉で そう言えるくらいの人なら好きなように死んでゆかれるでしょうから 放っておいてもよいのです
しかしそんな人ばかりではない筈です
世の中には辛くて死にきれない人が殆どだから 皆ついつい長生きしてしまうのです
だから殆どの人に 最後だけだから出来る 許される楽しい死に方があるので それで長生きを諦めたらと教えてあげたいのです
そして皆 「ああ面白かった」と言って未練なく死ねる筈です
死にきれない人の為のことを考えるマイクなのです

こちらの本は
「一〇五歳、死ねないのも困るのよ」篠田 桃紅 幻冬舎 (2017/10/12)
とは言いながら 誰でも 幸福な一生になりえると言う ラッキーだけなのかは知りませんが 稀なハッピーを羨ましく思います

現実は
「死ねない老人」西浦敏之 幻冬舎 (2017/2/28)
「はやく死にたいよ」忍び寄る“老後悲劇”の足跡―他人事では済まされない!高齢者医療に25年間携わってきた医師が明かす「死にたくても死ねない高齢者」の悲惨な実態。

更にビックリ
2014/11/2「ヨハネの黙示録第9章にびっくり」(心満たされて死にましょう)
ヨハネの黙示録第9章に 「その時には 人々は死を求めても与えられず 死にたいと願っても死は逃げて行くのである」とあります

生きる事よりも 死ぬ事の方が儘ならぬことだけは確かなようです

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出来るか分からなくってもやって見たい

程々に生きて 長生きできるとは思ってもいなかった筈なのに 偶々あっという間に100歳となっていたと言う程度のラッキーとしか言いようのない元気老人ばかりが 人生100年時代と言う話題に持ち上げられています
これを中村仁一は浮かれ過ぎではないかと言っている
実際 100歳まで 心満たされて生きられる確率は どれ程なのかと疑問視しているのです
でも素直にラッキーはラッキーで羨ましいし あやかりたいものです
死にたいのに死ねない老人がどんなに多くてどんなご苦労をされているのか マイクはそれの方を知りたくて また何とかせねばならないと思い続けています

さて今夜は マイクをどう作りあげるかを
マイクの78歳は 健康寿命7年を過ぎ 平均余命は後10年と言われる年齢です
健康寿命の後の生き様を「生活死」というらしく 人のお世話になっても当たり前と許されるらしいのですが 幸いにもマイクにはその意識がありません7年でした
もうお世話したくとも出来なくなったと言われかねない様になると覚悟すべきまでには10年ある筈でした
ところが前7年後10年というほぼ真ん中の78歳の今 どうした訳か もう10年も要らないのではと問いかけられもせずに 半分以下の3〜5年で良いなら 精々倍ほどのお世話になっても良いよと 天命として ALSを頂いたのです

なのに 何を焦ったのか 告知からの2ヶ月は家族の世話になりたくないとかなんとか言って 他人の迷惑顧みず 少しでも早くと危険状態を自らセットする事ばかりの日々でした

こんなマイクですが 結構ネガティブながらあれこれ考える習性を楽しんでもいました
それを見抜いた清水さんがマイクの『エンジョイデス』に興味を持って頂いたのだと思います
そうなればこれからは 皆さんのご支持に感謝し 公的な支援を 遠慮なく受け入れて生きますこと ありがたきかなであります

しかし倍ほどのお世話になることは倍ほどのお返しをせねばならないのです
せめてマイクの余生は 長寿化で希薄化する老後に逆らい ALSならではの余生の濃縮化を天命として課せられているのです

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ぼくをつくりあげているもの

マイクさん

それどころか自分がALSかどうかを忘れて走っているのです

ぼくはこのひと言に、激しく頷き同意してしまいました。
ぼくも時折、自分ががん患者であることを忘れています。時折というよりは、ほとんどの時間と言ってもいいかもしれません。

それを思い出すのは、定期的に血液検査やCTや内視鏡の検査を受ける前後、あるいは抗がん剤の副作用が後遺症のように足の指先に顕れる時くらいです。さらにはテレビドラマでがんに蝕まれた主人公などを見た時かな。それ以外の時は、私は健康ですみたいな顔をして、時には大酒を飲んだり、夜通し仕事をしたりしています。

ぼくは思います。
ぼくはがん患者という縛りを受ける必要はないと。がんに支配されているわけではないのです。不幸にしてがんなどという病気になってしまいましたが、それはぼくのひとつの側面に過ぎないのじゃないかと思っています。まあ、とっても深刻な側面であることには違いありませんが。

ぼくは文筆家であり、写真家でもあります。また、ラジオのパーソナリティや時折ですがタレントの真似事のようなこともしています。さらには様々な社会活動に関わったり、ボランティアとして活動したり、数えたらきりがないほどの側面を抱えています。人は誰しも様々な側面を抱えて生きています。身体的な特徴もそうだし、性格や個性もそういう側面のひとつだと思います。もちろん職業や趣味やあらゆるものを含めてです。そういう側面が一体となってぼく、清水哲男という人間をつくりあげている。ぼくはそういった側面の総体なのだと思っています。

逆に言うとひとつの側面に支配される必要はないということです。ひとつの側面はぼくという人間を語る場合の切り口にはなりますが、決してすべてにはならないということです。がん患者としての存在がぼくのすべてになんかなってたまるものですか。そういう側面もあると自覚していればいいし、必要なことをちゃんとしていればいいということだと思います。

程々かたっぷりかは思うようになれるとは限りませんが 少しは運命をコントロールできる自己責任ですがいい時代になったのです

程々かたっぷりか。ぼくは時間の長さよりも、自分の満足度や納得で自分の人生をはかりたいと思っています。そのためにもぼくは、自分の様々な側面ときちっと向き合い生きていきたいと思います。

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ほどほどに生きよう/何時迄も

太田典礼(安楽死)的に死を軽率?に捉える生き方と 死より尊厳ある生に拘る生き方があるように見えますが どちらがいい悪いではないことだけは自覚していないと 多様であるべき生き方そのものの指針を間違えさせることになります

安楽死にしても決して生を安易に考える筈もあり得ません
生きるについては尊厳ある生を全うするなどと言う事だけではなく 生きていることだけで満たされる?ものかも知れません

安楽死と生の尊厳は二項対立しているようでも 人生とは個々人の中間選択の結果です
現実の多様な人生はもっと多項な生と死の多様な選択肢からなるのです
その背景には平等な人権を要求する権利が前提としてあるのです

NHK現クロで 『刑務所が「終の住処」に‼︎』で 服役囚が 被害者からは考えられない最高の療養・介護を受けているのを見せられて 平等とは何か 視聴者を悩ませるだけだったように終わった(死刑囚には安楽死が合法?)

2年前のマイクのブログにこんなのがある
しかし今は 憲法に平等を保障されて生きたいだけ生きられるのです

マイクスタンディングのブログ2017/5/30「ほどほどでいいのです」(最期はセルフネグレクト)https://sky.ap.teacup.com/jishi/760.html

今朝のラジオ深夜便【明日へのことば】は「ほどほどの生を生きる」北里大学名誉教授 新村拓 でした
1946年生まれ 日本の医療史学者 北里大学名誉教授
「日本医療史」新村拓 吉川弘文館 (2006/7/27
古代から現代まで、医療はどのような道をたどってきたのか。平安人を襲った病、戦国の医療政策、越中富山の薬売り、国民皆保険制度の成立などを、豊富な表・図版を用いて詳説。命を守る闘い=医療の歴史を振り返る。

時代と共に 養生や死生観が変わる様子を語る
江戸中期 少しでも長生きすべきとする養生訓の時代は 色の 食の 眠り の三欲を抑えてでも長生きすべきだった
生産性が高くなった江戸の終わりは 小家族となって 家族で死を賄いきれなくなって 老婢思想となり 家族に迷惑かけないほどほどの最期が良いとするようになる

昔は老人の死が25%だったが 今は90%
尚更程々に しかし計画的な生き方で 遣るべきことをやって満足して死ぬべきと結論する

程々かたっぷりかは思うようになれるとは限りませんが 少しは運命をコントロールできる自己責任ですがいい時代になったのです

調子に乗るなと叱られても/ご支持ご支援を

球麻痺の進んだALS新参者のマイクです
食べやすい食事さえあれば あればでなく ない筈もありませんし スプーンでも美味しい
会話はちょっと意識すると辛いのですが 身内と思えば 度胸でやっていけます
バイク好きのマイクには ママチャリで走っている間は 腰痛持ちも忘れてしまい どんな距離でもまだまだ行けそうです
風を切ってのルンルンは まるで スーパースターであるかのような気持ちにさせます
それどころか自分がALSかどうかを忘れて走っているのです

マイクがスーパーALSとか粋がって見せられるのは 新参者の間だと思います
本物にはまだ縁がない方がと願っています
しかし ベテランに成れば成る程 ALSとは関係なしにスーパーと言える努力を忘れてはいけない難しさがあるように思います
それだけ社会や世間と多くの人ににお世話になっているのですから
とか言いながらも 清水さんに何時迄も見守って頂いて ご支持を間に受け 調子に乗りたいと願っています

昨日23日は コンサートを含め 興奮する程のハッピーな事があったと書きましたが 「難病の日」らしい考えをさせられた日でもありました

マイク自身のことでは 誤嚥して吸引の世話になりました
病院から水分を多く取りなさい言われるものの 日頃より酒で十分取れていた頃の習慣から チェーサーのような水分だけの摂り方は好きではなく 必要もないのです
しかし禁酒の入院生活では 確かに口がカラカラになります
球麻痺の進んだマイクにはスプーン一杯の飲み込みを繰り返さなければ危険なのです
ついつい邪魔臭く とろみを付けたお茶を飲まずに済ますのです
昨日の二次会で チビチビ飲むビールの量が中々減らず 味気無さに寂しさを感じてしまいました
看護師実習学生さんの勧めには応えないとと思い お茶をほんの少し多く飲み込み過てしまい 久々に誤嚥しました
入院後2回目で カルテに バツニが 書かれ 看護師・療法士に今朝は知れ渡っていました

次は 1病棟(重度患者・小児患者)から白布で包まれたものが運び出されるのを見た
遺族らしき方が後についてなかったら それが何か分からなかった
ここ1ヶ月半で初めて見ました ただそれだけでしたがマイクは自然に手を合わせました

次も1病棟の子供達が庭に出ているのを時々見ますが 気になり様子を伺いに近くまで行って観察しました
保母さんらしき方と看護師が夫々に付いていて タブレット会話をしていました
自分のことでいっぱいのマイクには 思考する余裕はまだありませんでした

さて今日で 3週間ベッタリの擬似新婚体験が終わり 最後に背中を流してもらい 涙ながらにハグしてお別れしました
まだまだハッピーが続くよう マイクのためにお祈りください⁉️

断固支持します

マイクさん

スーパーALSをめざしてください。ぼくはもとよりそのつもりでした。
ぼくの生涯の友である轟木敏秀君はこんなことをいつも言っていました。

またひとつ何かができなくなった。
でもまだできることはたくさんある。
それがぼくのスタイル。
できなくなったことをカバーするのは
意欲と工夫と大勢の人たちの協力だ。
その人たちのためにもぼくは生きる。
生きなければならない。

そうしてあいつはスーパー筋ジスになりました。

ぼくはマイクさんにはスーパーALSであると同時に、スターにもなってほしいと思っています。自身の生き様を切り口に、ALSの事実を広く知らしめるために。そうすることで、1万人近い患者さんとその家族の現状に目が向けられ、社会としてどのような支援が可能かを多くの人ととも考えるきっかけになればと。マイクさんにはそうすることを通して、社会に大きく貢献できる道が拓けていると思います。

主治医の言葉をその通りに受け取ると、人工呼吸器を想定していることは覚悟のマイクですが、神様も仏様も同じくそれを前提に支援して頂いている事を確かめたくはないのですが、明らかにそうである事を認識しています。

マイクさん
ぼくはマイクさんに呼吸器を装着することを積極的にすすめないし、想定もしていません。ぼくが言っているのは、まだ結論を出す必要はないんじゃないか、ということです。もっとゆっくり家族の皆さんとも、支援を考えてくれているマヤさんたちとも、同じ病気と向き合う患者さんやその家族とも、いろいろ話し合って、考えて、マイクさんの身体的状況に決断を必要とする時期がきたら、マイクさん自身が決断したらいいと思っています。ぼくらは、少なくともぼくはマイクさんの決断を断固支持しますし、その上で必要な支援を考えたいとも思っています。

マイクさんは自分をラッキーだと言いますが、ぼくはマイクさん自身が現状を切り拓いてきたんだと思います。何事につけても積極的に受け止めて、理解できたことに対しては、自分の考えのもと行動をしようとしているように思えるし、理解できないことは徹底的に究明しようとする。そういうあり方が、マヤさんやその仲間、そうして身の回りの人々やぼくを動かしているのだと思います。

ぼくは予々思っています。人はこうありたいと思うように動く。結果は後からついてくる、と。

昨日のイベントは楽しかったみたいですね。
投稿にも、いただいたメッセージにも、弾む思いが滲んでいました。
マイクさん、もっともっと弾みましょう。ぼくも負けないように弾みます。

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ラッキーが続いています/スーパーラッキー

今日5/23は「難病の日」です
この日に合わせ 京都カトリック西陣聖ヨゼフ協会で「吉井健太郎チェロ独奏会」が開かれるので 主治医から外出許可を得てマイクも楽しんできました
この企画は 本格的な舞踏ダンサーであったALSと共に生きる甲谷匡賛さんを 24時間他人介護する在宅独居支援ALSーDプロジェクトの12周年イベントで 難病患者にコンサートをと開かれたのです

ダンサーの端くれのマイクですが ALSになってから甲谷さんを教えてくれた人がいて いつかお会いしたいと思っていました
昨日企画運営をされる志賀さんに申し込みすると スーパーALSが大勢集まると言われ 回診の主治医にその事を言ったら マイクにもスーパーALSになるように説得されたと昨夜書いた通りです
主治医の言葉をその通りに受け取ると 人工呼吸器を想定していることは覚悟のマイクですが 神様も仏様も同じくそれを前提に支援して頂いている事を 確かめたくはないのですが 明らかにそうである事を認識しています

さて バッハ組曲の素敵なコンサートでしたし 何よりもオーディエンスがスーパーでした
車椅子35 介助・スタッフ他150名が荘厳な木造教会を埋める
東京からのJALSA前会長の他 近畿ブロック支部長 ダンサー崇拝の甲谷さん等の大物と肩を並べる人工呼吸器の面々で埋まり マイクは休憩時間に 全ての方を見て回りました
人工呼吸器の女性が数名おられましたが 後で聞くと普通男性の5分の1だとか
何故そうなるかも教えて頂きました
連れ合いの介護の所為だとも 女性の更年期の所為とも

甲谷さん介護をされている知り合いのダンサーや 2/2の安楽死講演会でマイクの名前をしっかり覚えて頂いた立命の生存学研究センターのDr.他 知り合いとこの席でお会いできたのも嬉しかった

そして何よりも嬉しかったのは 二次会で たまたま横になった仙台の大学准教授から セカンドオピニオンなら2時間半5万円相当の ALSマイクの個人的症状や家庭環境に合わせた今後の療養と生活行動についてまでご指導をいただきましたし マイクの危険状態であっ頃のご理解や助言をいただきました
またそれ以上に 清水さんが尊敬されておられる鹿児島の先生のことをよくご存知で 命の倫理を大切にされる情熱の方と仰っていましたし 九大の太田典礼(安楽死)の匂いのするそちらのもう一人の先生とは大違いで その系列の方が 京都のあるところにおられて そこはその匂いがするとも
マイクの主治医のこともベタ褒めでしたし 死に掛けのマイクが 入院以来幸運が続いていることもお話ししました
それにしても京都に共同研究でよく来られる研究者なのに 実践的で患者サイドでお話しして頂けたことには大変嬉しかったとお礼をお伝えしました
それもこんなに長く
入院以来 本当にラッキーな事が続いてます

「弁えて生きる」マイク/生前葬をスーパーに

療養慣れ 病院慣れしてきたマイクに適切なお言葉を頂いき その通りと思います
向かいのベッドのパーキンソンのベテランに 長く居つくコツを教わったばかりです
入院ベテランになって段々と我儘な患者になると追い出されるとか
特にALS患者は我儘だと介護士の声をサイトで見ました
「生も死も」を自分自身のものであるのは間違いないのですが だけでもないことも事実です
主治医にもアピールした事があるくらいに「弁えのマイク」なのです
でも長期入院慣れはしないよう 自分自身の原点を見つめる事をも忘れない 主張するマイクであるようこれからも努めます

今日は 2週間で「死亡退院」は無理かなと思っていたリハビリ入院4/8から1ヶ月半にもなるので その後の様子を纏めてみます

マイクは検査入院での 2/6のALS告知から 直ぐの退院の後 主治医を決めた3/12までの1ヶ月は あれやこれやと多忙でした
その主治医から 4/8から2週間のリハビリ入院を勧められたのですが その意味がわからず 治療放棄されたような気がして 球麻痺が進んでいく不安と 退院後の療養生活が全く分からない不安で 1ヶ月の間は 精神的な危険状態でした
そのリハビリ入院2週間の筈が 3日目に点滴ラジカット1クール28日を試してみ入院延長を勧められ 受けました
その後も更に2クール目も勧められて その点滴を昨日5/21に終えて休薬を6/6までした後に 6/7からの3クール目を10日続ける事となりました
4クールはないと思いますので 退院は6/17降になると思います

さて その後の6/29には マイクを囲んだ生前葬パフォーマンス「えんじょいデス」なるイベントを 京都芸術センターで計画しています
チラシには マイクの企画になっていますが 死にかけのマイクを心配して生きる望みを ダンス仲間KDEの代表のマヤちゃんが プロデュースしてくれたものです
KDE(京都ダンスイクスチェンジ)は 2007年に 京都市芸術振興施設で行われた米国コミュニティダンスプロモーター・リズラーマンのワークショップ&ショーイングに参加した仲間が立ち上げた性や年齢・プロ素人に拘らない素敵な仲間達のカンパニーです
マイクにとっては このブログの立ち上げをセットして頂いた清水さんと ダンス仲間の応援を得たマヤちゃん企画で救われての今があるのです
二人の 神様・仏様に感謝するばかりでなく それに応えられるようなこれからのマイクであらねばなりません
ブログは マイクの自由時間を楽しみ過ぎかと思うほど 一方的な言いっ放しが多くて申し訳ありません
生前葬の準備には仲間が稽古と仕事で忙しいのに随分時間を割いておられること申し訳ありません
それにリハビリの療法士からも当日の為に スピーチセラピーを懸命に指導してくださっています
皆さんへの感謝を励みとして お世話になりながら「生きている」ことを 勿論自分自身だけではない事と肌身に感じさせて頂きながら「生きています」

今ほど主治医の回診があり 明日の「難病の日」に 甲谷さんプロジェクトの公演に スーパーALSが沢山集まる事と 生前葬のことを初めてお伝えしました
生前葬は早すぎるが スーパーALSになるようにと言われてドッキリ⁉️

生も死も自分自身のもの

マイクさん

雅子さん(マイクさんのご長女/主介護者の1人)と少々お話をしました。雅子さんは最近のマイクさんについて、こんなふうに話しておられました。

「この『往復書簡』、文章は未だに少々長いけど、以前のようにひどい理屈をこねたりもしなくなったし、ネガテイブな表現を借りるのではなく、言いたいことが本音として出るようになってきたと思います。丸裸になれてきたかなって感じかな。病院でも入浴時に研修生に身体を洗わせてあげるの楽しんだり……。言葉の端々にもそれが出てると思います。少しずつ父の中で起きているそういう変化に、気づいてあげられたらよいなぁって思います」

ぼくも同じようなことを強く感じていました。特に今回の、

色々あるにしても、諦めないこと 詰まり「生きる」ことこそ原点なのです
例え自死願望であった頃のマイクでも、「生きること」を真剣にメメント・モリした結果が今にあるのです

という一節に「生きる」宣言以前はあまり見られなかった、心情のストレートな発露に触れたような気がしました。その背景にあるのが「当事者としての気づき」ではないでしょうか。これは早川一光さんの「こんなはずじゃなかった」という言葉がすべてを物語っていると思います。
医療を提供する側としての立場から最善の在宅医療システムを構築したはずなのに、いざ自分が医療を受ける側の立場になると、あまりにも患者当事者の思いとかけ離れたシステムだったというものです。ぼくもそういうギャップに悩む療養者の姿を数多く見てきました。ほとんどの場合、患者本人のことよりも、医療を提供する側、介護する側が<しやすいように>考えられていると思いました。

「生も死も自分だけのものではない」

そんなふうに考えると、家族の負担にも、社会の負担にもならずに、最大公約数のような生と死を考えればいいのかもしれません。おそらく今の在宅医療システムや介護システムはそういう最大公約数の上に成り立っているのでしょう。そこにいちばん欠けるものは、早川先生がご自身で気づかれたように、当事者にならない限り見えてこないものではないでしょうか。それは当事者本人の生や死に対する思いと言っていいでしょう。

マイクさんは首尾一貫して仰っています。
自分の症状がどのように進行するのか、それにあわせて在宅になった場合の家族への介護の負担がどうなるのか。先行き不透明の中で、家族への負担をかけたくないというマイクさんが、胃ろう、呼吸器を拒否する以上に、自死への願望を強められたことはよくわかります。リハビリのための入院が予想以上に長い入院になり、退院・在宅療養を避けてこのまま病院にいたいという気持ちは、そういう先行き不透明な状況に家族を巻き込みたくないからという思いもよくわかります。
ぼくも実際、在宅での療養生活は家族の負担も含めて「こんなはずじゃなかった」という話を、患者本人からよく聴きましす。

マイクさん
病気慣れしている人などいないと思います。しかも難病患者で。
でも療養生活慣れというならなんとなくわからなくもありません。
で、その療養生活慣れとは何かというと、ほとんどの在宅療養患者場合わがままだと言われない、迷惑をかけない「よい療養者」となるために、自分の希望・要求を抑える、あるいは諦めることに慣れてしまうことだと思います。

社会の中で生きて死ぬとすれば、生も死も自分だけのものではないという言葉はとても説得力があるように思えますが、ぼくは、もしそうであっても、生も死もまず自分のものなのだというところからスタートすることが大切だと思いました。

生も死も、マイクさん自身のものであり、ぼく自身のものなのです。
「生きる」ことを原点とするなら、生も死もまず自分自身のものなのだと強く思いました。

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お世話になって「生きてます」

「生きる宣言」の後 「世話になるならない」が続いたので 今夜で締めます

世話になるくらいなら
誰に
家族や社会からも
何を 何処まで 最後の最期とは
邪魔したくないから
家族の生活を?それだけで?

色々あるにしても 諦めないこと 詰まり「生きる」ことこそ原点なのです
例え自死願望であった頃のマイクでも 「生きること」を真剣にメメント・モリした結果が今にあるのです

マイクが安楽自死しか考えていなかった始めの頃からの思いを
「世話になる」で ブログ内検索すると次のように 8件あります(「世話に」では27件)

https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%90%A2%98b%82%C9%82%C8%82%E9&x=59&y=12&inside=1

それを見返し見て 気になる中身を拾って見ます

2018/9/23 早めに別れて ひとり者になった方が 誰に遠慮することもなく最善の最期を迎えられる筈です

2015/2/16 終末期やそれに近い老人には トリアージタグを貰えない程の老人を延命処置することになる
余計なお世話になるでしょう

2014/5/23 生活死(健康寿命が尽きて)の後 生物死(臨終・寿命)までは 医療ビジネスに貢献する神様としてのお客様であり 皺寄せは他人様に降りかかるのです
麻生がさっさと死んで欲しいというのも尤もですが 安上がりに最後を楽しむのもアリなのです

2012/8/25 親族や国費でこれだけの世話になる価値がある命なのか如何かを考えることが如何してタブーなのか マイクには分かりません
生きている価値がなければ直ぐに死ぬべきとは思いませんが 考えるだけはすべきだと思います(認知症のコストデータも)

勿論 命の価値や人権についても難しいと理解しながらも考え続けようとしていました
しかし何時も何度も言ってますように麻生の言葉と 厚労省データで洗脳されていたことは事実です

麻生副総裁兼財務相は2013.1.22「終末期の高額医療費に関連し、「死にたいと思っても生きられる。政府の金で(高額医療を)やっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろと考えないと解決しない」と持論を展開した。」
2013.4.24「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない。」とか本音を語った

延命や大往生も出来なくなる人が多くでる 2030年問題が頭から外れなかった頃です
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/06/dl/s0611-2b_0003.pdf

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