再入院で回復させたい/自死の宗教性

昨夜は何書くともなく疲れた体について書いていると突然 自死について語り始めてしまいました
今夜は更に疲れているので 去年の9月10月のまだ元気な頃に自死こそ最善の死ではないかと気付き その宗教性についても考えていたので そのマイクのブログの転記で済ませます

「自死の宗教について」
マイクのブログ2018/9/29「自ら入滅すべしと信じて」(最善の死とは)

https://sky.ap.teacup.com/jishi/849.html

の後半に 自死の宗教性について考えています

『宗教的に 自死については 神から授かった命を捨てるのは馬鹿だとするイスラム教とか
キリスト教も何の根拠なく否定しているだけなのだそうです
仏教は釈迦がある意味では自殺と言われる所為か 自死には緩いのです
現に 僧侶の即身仏や補陀落渡海が崇められているのです
倫理的には肯定されていないように思えますが 何故かまではよく分かりません
しかし日本には武士道としての切腹や特攻隊や(自爆)テロの文化を誇りとし 美化もされているのです

聖職者・生贄・戦死者・お産で死んだ女性・首吊り自殺者は楽園直行という死を神聖化するマヤ文化や仏教を見習い 万人を待っている来世の楽園に自ら行くことを イスラム教やキリスト教も 宗教者なら否定できない筈です

安楽死が欧米で認められるのは韓国の尊厳死法制化と同じく キリスト教にあると言われていて 逆に仏教国日本では何故か罪悪視されています

自殺が刑法的犯罪ではないのは 人の生命は本人に一身専属的に帰属する保護法益なので 本人がどう処分しようと自由であるとの考えと 行為者死亡により処罰が不能であるので犯罪に規定していない と考えるからですが 自殺未遂者まで違法性がないのは刑法の逃げかもしれません
このことは安楽自死にとっての強い味方になるように直感します

自殺幇助は犯罪であり 西部邁の自裁死幇助も有罪となったのです
弱い者いじめと 見て見ぬ振りが日本の文化なのです
ややこしいのは 自殺を扇動する自殺教唆罪で マイクが勧める終末期安楽自死は 完全に自裁死幇助並みにNGなのでしょうか

こんなおかしな刑法の仏教国日本なのです
これら自死や安楽自死が 倫理や宗教の面から擁護されるようになることを信じて マイクは10年以上も最善の死を求めてきているのです』

しかし現実的には 自死に犯罪性が絡むことがあるため 刑事絡みになってしまうことでゴッチャになって犯罪視化されているのです

倫理的に 自死の自由が憲法11条を含めて保証されるとしても 人の死には役目があることを忘れてはいけない
人生の最期を恥ずかしく飾ってはなりません
残されたものの模範になる様に看取られなければならないのです
それが老人の責務でもあり 老人としてのプライドと言うものなのです

時に切羽詰まった現実に迫られて 日頃から死に縁遠い若者が悲惨な手段を選んでしまうのですが 老人にはそれを許してはなりません
長い人生に社会や家族に世話になり生きてきたことに感謝する心があれば 単に死を個人の自由に任していいものではありませんし 日頃よりそろそろとメメント・モリして自覚と準備と覚悟を決めなければなりません

この3週後にも専門家に教えられてまた考えている
2018/10/20「最善の自死はある」(最善の死とは)

https://sky.ap.teacup.com/jishi/860.html

『友人が毎日新聞の10月15日の記事を紹介してくれた
「いのち追う」京できょうを生きる物語㉘竜谷大文学部准教授野呂靖さん(39)
自殺は「悪」なのかを仏教はどう教えているか
僧侶から自死すれば地獄に落ちると言われた遺族が苦しんでいるのを知って研究をしたとある
その結果仏教では自殺という「死に方」そのものについて 善や悪 肯定や否定といった形では言及されていない と説明

しかし明治以降浄土信仰を厭世的で 藤村操投身自殺事件と絡め自殺容認と批判され 教徒が自殺を認めていないと反論したことが原点にあるとする
更に昭和には芥川龍之介の自殺で 仏典の肯定否定を議論されたことも今に続くとも

現実を踏まえて死にたいという感情を否定するのではなく あるものとして受け止め 苦悩をかかえながらも生きることができる社会 多様な生と死のあり方を認め合える社会を目指す時 死に方を議論せず 生と死の不離を説く仏教との接点を見いだすことができるのではないだろうか

この様に野呂さんは議論を超えて思いを語るとあった
しかし仏教徒なのか日本人なのか 死に方を議論せずには引っかかる』

野呂さんは議論を超えてと言うが マイクは議論して「最善の死に方」を探し出したいものです
あると信ずる それは自死しかと思うマイクですが 中々です・・・・この頃こんなに・・・

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死にたい詐欺ではありません/言いたかったのです

明日から4クール目の点滴のための再入院です
3クール目点滴の2週間後に休薬期間があって その期間を退院し その真ん中の29日に生前葬を無事終えました
と言いたいところですが その間にTV取材が6回と新聞取材があって 喋り過ぎたのと 家の食事は噛み締めないと飲み込めず口腔の使い過ぎが祟って 喋り具合が相当悪くなっています
おまけにイベント当日食事と水分を十分取れず 翌朝は2キロ減になっていた
体の疲れだけと思えない節々の痛みが気になり今日までは何もせず飲み食いだけにして休んだ程です
それもお酒までも 慎重にトロミをつけてエネルギー源に
果たしてALSの症状が進んだのではと思わない訳ではありませんが あれだけのことができたことの満足で 確実に嬉しいのです
この先の症状がどうなろうと恐れないマイクですが 自分の進捗はハッキリ掴んでおきたいのです
次の治療のタイミングやその時のQOLは予測しておきたく思います

大往生したけりゃば医者に行くなと言う ベストセラー本の医者がいる
そんなこと言う医者の治療は要らないし どんな病気でも それを放って置いたらどうなるかも予測できない医師の言うことではないかと 不安になるだけではないでしょうか
自信たっぷりの占い師?の方が安心させてくれそうです

マイクがALS告知後 ひと月経って落ち着いたのに 自死願望者になったのは そような病気の残酷さやこの先の読めない不安でではなく 療養・介護の現状が全く分からず そのことで家族に掛ける負担が読めず そんな状態なら早く逝きたいと決めても もっとよく分からないのは家族に迷惑をかけないで自決する方法が現実にないことで とても悩みました

自死願望を家族にも 友人知人誰彼ともなく言いまくったのは 助けを求めると言うより マイクのこんな気持ちを一人でも多く理解や同情を得たかったからです
その中に誰か自死幇助者が現れても 或いは心中を受け入れてくれる方がいても 多分マイクは躊躇するだけに終わっていたと思います
死にたいほどの悩みを抱えていることを理解された方は 医療介護関係者におられ その中には マイクの思い通りしても誰も責められないと言ってくれる人も多くて マイクは慰められました
だからと言って自死はできる筈でもないのです
自分では方法が見つからない余裕のない心況であるからこそ 何でもいいからのヒントが欲しかったのです
同情だけでも 支持の言葉だけでも いや否定でない言葉なら

こんなマイクに殆どの友人は否定し 馬鹿呼ばわりか 言われても迷惑と言い切るのです
勿論御本人は どう言っていいか分からなくて 死そのものを否定しただけなのです
然し見えない所で 勝手に死ねと強要しているようなものです
幇助は優しい人のすることなのに 刑法では罪なのです
迷惑呼ばわりは 本人には 飛び込んでしまえと言われているに同じなのです
どちらが閻魔様に裁かれるべきかとマイクは思ってしまいます

言いまくって救われたマイクです
もし誰かが死にたいと言ったら せめて理由を聞いてあげてください
死にたくないのに死しか思いつかない弱り切った人に 死ぬなと言うのは無意味なのです
疫病神扱いは しないで下さい
他人がそう思うのは仕方がありませんが弱り切った人にはすべての人にそう思われて当たり前と思ってしまい 逃避しようと孤独に籠らせてしまうのです

言いまくったから神様と仏様に出会ったのです死にたい死にたいと言ったのは 本当の真に迫るオープンな気持ちだったのです
まるで下手な芝居の詐欺師の「死にたい‘詐欺」だったかも

マイクは、一般的にALS患者は賢いと言われているとを、このブログ(6/8)に書いたことがあります。然しマイクは詐欺をするほど賢いわけではありません。

マイクは北陸加賀の生まれで、北陸3県の県民性を比して、加賀生まれは元来おっとり型だと言われてきました。

今日は元会社の販売部の大先輩に、TV報道を見たと早速見舞っていただきました。
マイクがこんなにラッキーなのは、死にたい詐欺ではなもなく、ALSでに対する同情でもなく、元々おっとり型ゆえにちょっとした心境の変化で、生きることに前向きになれたからではないでしょうか。

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生前葬したからには もうひとりぼっちになれない

鹿児島にお帰りになって 水害も気になりますが お身体の調子はいかがでしょう
お陰さまで マヤちゃん企画と清水さんのテレビ誘致で 会場が一体となって盛り上がり 最高に楽しんで頂けたことに感謝します
そしてまたこれは ALS冥利に尽きるものだったことは間違いなさそうです

この生前葬の「生前」には言葉遣いを前々から気にしています
何か仏教的な仕掛けがありそうですが調べてみても分かりません
反対語は分かり易い「死後」であることから考えると 生前と死後の境は 生と死が 表裏で合体した領域があると解釈できます
それを生側からみると生前 死側から見ると死後になるのでしょうか
その境界を超える事を死という不可逆な一方通行でかつ 命が時間的にも事象的にも紙一重の違いであることを言い表しているのでしょうか
こんな屁理屈はここまでに

生前葬はこれまでの絆ある方々への感謝と お別れの言葉を存命中に済まそうとする事ですが 隠居などの変身宣言のためでもあるのです
マイクも生き還らせてもらったお礼と これからは死んだつもりで 細やかでも世直しになることをしたいとの思いを宣言することになったのです
その意味の目的も果たせたのではないかと安堵してますが これからがその責務ある余生になるのです

明後日からの再入院の前に 今日は京都市「難病連」と 「京都府・市難病支援・相談センター」に行って ALS同病者の集いとかの団体組織を聞きに行ったが ALSの会は JALSA近畿ブロックしかないと知った
ALS患者は 京都府に200人 そのうち市に100人とかなのに個人を全く把握しなくて 難病夫々の患者会の支援や個人相談を受け付けていると言う
医師は患者同士の繋がりを個人情報とかで避けていますどころか 症状の進展は個人差と言うだけでこれも言うのを避けています
同病者からの臨床的な話が役に立つ筈ですが それが出来なければ あとは占い師に教えてもらうしか?
米国では政策としてのしっかりした医療方針として 患者同士の情報交換が大事だとして ピア・サポートを推奨していると言う
調べると鹿児島や金沢にはそような動きがあるようです
かなり前に考えたり調べて投稿の準備はできているのですが長いので いつかは分割して載せるつもりです

それににしても 生前葬の後は ALSでなければご隠居ではないかと思うのですが マイクはお蔭さまで 悠々にも お隠れの「ひとりぼっち」にも もうなれないのです

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決してひとりぼっちにしない

マイクさん

ぼくは鹿児島に戻ってからも生前葬パフォーマンス「えんじょいデス」の余韻を楽しんでいます。250人という大勢の人と時間と空間、それに思いを共有するなどということは、めったにできないことです。それを体験させてくれたマイクさんに深く感謝します。さらにその場を準備してくださったすべての関係者の方々に、ほんとうにご苦労様でしたありがとうと伝えたいです。

あれだけ生きることにネガティブだったマイクさんの中に、強烈な生への渇望が脈打っていたこと改めて感じました。それを素直に爆発させたマイクさんの姿は、ぼくにとっては眩しいほどの輝きを放っていました。ぼくも貪欲に貪欲に生きたいと思いました。

でも大切なのはこれからだと思います。
マイクさんの「死に甲斐」という言葉、一見すると「生き甲斐」をネガティブにとらえたものかと思えましたが、ところがどっこい自分の死を通して社会に何を残すかということを考えているのだと気付いた時、この言葉にとても力強い意思を感じました。そしてその「死に甲斐」の発露、発信の舞台がこの往復書簡になるということは、ぼくにとっても大きなやり甲斐を感じさせてくれました。これからの時間をその「死に甲斐」のために費やすというマイクさんの覚悟を全力で支えようと思っています。

「ダンスで世直し」っていい言葉ですね。ぼくはマイクさんに提案します。「ALSで世直し」やりましょうよ。難病患者とその家族が置かれている状況。医療制度、福祉制度の問題点。どうしたらすべての人が幸せな終末を迎えられるのか。そんなことをこの場で発信していきましょうよ。そんなことができたらいいなって思います。

ぼくは鹿児島に戻ってから、いわゆる「閉じ込め症候群」の解消のために、コミュニケーション機器の開発に取り組み続けてきた何人かのエンジニアと連絡をとりはじめました。約束したとおり、ぼくはマイクさんと社会のパイプ役になります。しかしぼくひとりの力では困難なことだらけだと思います。そこを大勢の知恵と工夫と技術と、その結果としての機器で乗り越えたいと。生前葬パフォーマンスで250人の心をひとつにしたあの光景を、人と人の関係に置き換えてコミュニケーションの世界で心をひとつにすることを目指したいと考えています。

マイクさんを決してひとりぼっちにしない。その思いで、これからもマイクさんとご家族を全力で支えていきます。

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芸セン藝術倶楽部通信当てお礼とご挨拶

鹿児島は大変なことになっています
何時も天災を思う時 個人を超えた運命の悪戯としか思えない その気紛れな残酷さに神仏を疑いたくなります
この半年のマイクは 運命に翻弄されて 天罰と覚悟したり天命と受け入れたり 幸運の神仏に救われたりの 浮沈を味わいましたが 天災ではそれどころではない理不尽な悲運にただ泣くしかないのです

ところで今日も疲れを休めようと飲み食べるだけで 2キロも痩せた体を回復させようとゆっくりしようとしています
今日の書き込みは 昨日と同じ内容ですが 今程 お手伝い頂いたボランティアの方々へのお礼の言葉(芸セン芸術倶楽部通信への)投稿を転記して休養に努めます

「京都芸術センターボランティアスタッフの皆さんに感謝の言葉を」

この6月29日は マイクこと藤井幹明(よしあき)にとって ALS告知後 危機一髪まで沈み込んでしまったのに ここまで再起再生できたことを 多くの方に祝ってもらった まるで誕生パーティのような「生前葬」でした
東京・金沢から親族が家族葬並みに15名 そしてダンス仲間が1/3 ボランテイア仲間が1/4 ギャラリストとアーティスト達 ジムの仲間 元会社の同僚 自治会・町内会 看護師と難病仲間 特にセンター元コーディネーターが何人もには驚き また嬉しかった
「チームマイク」で会場設営だけでなく一緒に踊って頂いた皆さんには深く低頭します
多様な方々250名が一体になって楽しんで頂いたのは 何も私の繋がり広さや深さではなく ダンス仲間のリーダーの執念だと感謝していますが 実は私のALSの残酷さを誰もが理解しておられるからでもあります
そういう意味でも 難病への社会的な理解をという主旨でしたが 私の残酷かも知れないこれからを見守って頂けるならば 世間には沢山の弱者がいることを身近に感じ受け止めて頂けるのではないかと信じられます
私のこれからは生き地獄かも知れませんが 病気を頂いたことで知った弱者の立場から 弱者支援そのものではなく 世間の目が弱者に対して優しい眼差しであって欲しいと訴えるだけでも 情け深い日本人の心を取り戻せるのではないかと このことも信じて残り有る限り生きることと決心しました
私は10年来ブログで安楽死を考えてきたのに 無力な私には絶望感だけでしたが この度のALSは天命として自らやって見せよと 天から仰せ付けられたものです
この難問は叶えられるとは未だ思えないのですが 生き地獄の前にALSのような弱者だけにでも許されるべきかと思われてしようがありません
生き地獄で苦しみ 自死願望する者に同情すらなく「一人で死ね」とネグレクトする人こそ 自殺強要者で閻魔様に裁かれるべきと思ってきました
ALSになったお蔭で また入院して知ったことで 日本の福祉の貧しさが日本人の失った心の貧しさにあることを 鹿児島の作家さんの支援を得て新しく始めた往復書簡ブログhikurashi.comで訴え続けることが出来るようになりました
幸運な私は死に甲斐なる目標を得て エンジョイ・デス出来ると思いながら死を待てるのです
こんな幸せは誰にでもあるということをも また広めたいとも思っています
最後にこんな私をお見守り ご支持いただきたく そして皆さんの益々のご活躍を祈念して止みません ありがとうございました

生前葬して頂けた事ありがたきだけでは済ませられません

先程MBSミントに放映され 無事終わってホッとしています
そして改めて歓喜したのは 摩耶観音の神通力の凄さ絶大でした アリガタヤアリガタヤ❗️

生前葬が執り行われた令和元年6月29日(土)は マイクにとってどんな意味を持つのでしょうか
兎に角 危機一髪の状態から生き返ったを証明してくれたのです
しかも先ず先ず見苦しくない程度のQOL 状態でなければ カンパ制の無料公開とは言え どう祝っていいのか 悔やむべきか迷わすだけのことになります
本当にマイクはそのギリギリの状態だったのですが 結果的に 会場の250名が一体となって楽しめた奇蹟的な式典になりました
それも皆さんからのご厚意とご支援が マイクのこれまでの単なる繋がりの域を超えていたのは 医師が最もなりたくない病気と言われるほどのALSの患者であるマイクへの同情があってのことだと思います
こんなに確かな絆と思い入れを頂けると信じられず 友人知人にお別れをした後 皆さんから遠ざかり篭ろうとした疫病神マイクであったことが恥ずかしくて情けなくて
加えて誰ともなく死にたいと言いまくったこともなのです
しかしそのお陰で救いの神仏に巡り会えたのです
元々のネガティブマイクが自分の縁の大切さに気づかせてくれたのは 死にかけから救われかけた事を感じ始めたからです

色々な意味でマイクが新しいマイクであらねばならない事を 確実に御ます神仏から教えられて まるで誕生日のような記念の日となりました
多くの方々に感謝するとともに期待に応えられるよう心致そうと決心します

しかし だからと言ってこの先は確実にALSに侵されて 本葬が予感されるくらいなんです
でもこの予見こそがマイクに遺された命を計算しながらででも大事に生きるべき事と自覚していけそうにするのです
生前葬の後は命のある限り 天命となったライフワークを実践すること思っているのです
何故なら生き地獄かも知れない終末の前に成果を感ずる為に命掛けてでもやりたいのです
それこそはマイクの死に甲斐として最も大事な「世直し」なのです
安楽死の許容や弱者を受け入れる等の社会の「当たり前化」です

生前葬のパフォーマンスの一つに徹子の部屋を捩って 18人と1分間対話する「マイクの部屋」があって その一人のダンサー「あびる」さんが マイクが6〜7年前に言った事を思い出して頂きました
「ダンスで世直ししたい」と言ったようです
こんな言葉を思い出して頂けたのは ダンサーとしての使命感を持っておられるプロだからのことで この生前葬の一番のお祝いの言葉でした

「自死願望」を経験した難病患者のマイクが必然としてやらねばならないのは弱者に対する支援そのものより 世間の弱者に対する眼を 当たり前の方向に変える事だと元々思っているのです
そのことを 啓蒙実践変革することが マイクの死に甲斐としての世直しなのです
余り実践行動力のないマイクなのですが 生き地獄を前にして怖いもの無しでやらなければ男が廃るというものです
生き地獄までにどの程度のパワーとエネルギーがあるかは不透明ですが 全エネルギーを使い切ることができるかも知れない可能性を持つのがALSのいいところなのです

自ら鼓舞してやり遂げたいとALS新参者のマイクを決心させた記念日になったのです
そう心させてくれました
ありがたきかな ナンマンダブ

そうして明日を目指します。

マイクさん

生前葬パフォーマンス「えんじょいデス」すごいイベントでしたね。
主催者のお話ですと、来場者は軽く250人を超えていたようです。その大勢の人が一体となってマイクさんと時間と空間を共有する。さらには細部まで緻密に練られた演出で、終始楽しみと感動を与え続ける。ほんとうに素晴らしいひと時でした。

ぼくはこのイベントに、マイクさんの往復書簡の相手として、少しだけ関わらせていただきました。すべての予定が終了した後みんなで後片付けをしていて、そのことをとても誇らしく思いました。これだけ大勢の人が集い、みんなでマイクさんを支えようと心をひとつにする、これは繰り返しになりますが、これまでにマイクさんが積極的に社会に関わってこられた結果以外の何ものでもありません。そのマイクさんが一度は社会との関わりを絶とうした。ALSという病気の残酷さ、過酷さをあらためて感じずにはいられません。

でも、あれだけ多くの人に支えられているのですから、マイクさんの人生、行く手は決して困難なだけではないと思いました。あの日のシーンを糧にして、どうぞ生きてください。ぼくもマイクさんの人生に関われたことを誇りに、これからも生きていきます。そうして明日を目指します。

イベントで朗読された構成詩です。
ぼくとマイクさんのやり取りをよくここまでまとめてくれたなあと、感服しました。
そうして感動しました。マイクさんの姿を思い浮かべると今も目頭が熱くなります。

構成詩「Enjoy Death」

マイク 
2/12 未練はありませんが
2/13 どうなる事でしょう
2/23 マイクが……悩む……についても真摯に考えて頂いたしかし……難しい問題なので・・・ここまでに

清水  

3/26 マイクさん、一緒に考えていきましょう
おはようございます。清水哲男です。先日は長時間お邪魔致しました。ご迷惑でなかったでしょうか。ぼくにとっても貴重な時間でした。いろんなことを思い、感じ、考えさせていただきました。生意気なことも申しましたが、どうぞご容赦ください。どのような形がいいか考え中ですが、ぼくはマイクさんと一緒に、なんらかの形で社会に関わるようなことがしたいと考えています。それがあの時ぼくがお話しした外と繋がるパイプになるのではないかとちょくちょくご連絡させていただくことになると思います。暇つぶしだと思っていただいて、どうぞよろしくおつきあいください。ありがとうございました。

マイク 
3/26 清水哲男さんが、京都での仕事の 後 、鹿児島に帰られる前に マイクの家に来て頂いた。マイクのALSが、3重苦3重の9重苦であって、天罰としか考えられない事また、10 年間安楽自死をブログで考えてきたことを実践せよとの天命でもある事を話させていただきました。

マイク 
3/26 今日は落ち込んでいましたが……気分転換にはなっていません
ネガティブ思考でボヤキもの の マイク で す か ら……

清水  
3/26 今日はずいぶん調子が悪かったですね。ありのままの姿で……生きて外の世界に……いっぱい話して……いっぱい一緒に……

マイク 
3/29 清水さん、昨晩焼酎が届きました。

清水 
3/29 マイクさん、お送りしたお酒で対酌しながらもう少しお話をさせていただけませんか?

マイク 
3/29 ネガティブになっています。ネガティブになっています。

清水  
3/29 僕はネガティヴになることも、一つの力だと思っています。

清水  
3/30 生きる目標……。生きる目標。

マイク
4/1 清水さんから頂いた焼酎を精神安定剤として朝から楽しんでいます。

清水 
4/4 酒は魂を解放する薬ですから。

マイク 
4/8 ここれからぼくはどんなふうになって、どうやって死んでいくのかちゃんと知っておきたい。

マイク 
4/10あるがままに成るように成ると思えるマイクになる修行の場として受け入れることにしました。

清水  
4/11 無力なぼくにできるのは、話を聞き、そうして心の中でぎゅっと抱きしめることくらいなのです。

マイク 
4/11なるがままにそれを待てと言えるでしょうか。

清水  
4/11ポケットにいつも「死」というしわくちゃになったメモ紙をつっこんでほっつき歩いているような、そんな感じなのです。

マイク 
4/14生き地獄になったら篭るしかないのです。

清水  
4/16慰めたらいいのか、励ましたらいいのか、知らんぷりをしたらいいのか……

マイク 
4/16愛に応えるだけのマイクの愛を育みたいとマイクは誓います。

マイク 
4/20 生:死 強:弱 若:老 動ける:動けない健康:病気 惨め:立派……

マイク 5/9 恥ずかしく
清水  5/10ひょっこり顔
マイク 5/10向き合う
清水  5/13生きていたい
マイク 5/13 プライスレス
清水  5/22丸裸に慣れてきた
マイク 5/24ルンルンルンルン
清水  55/28 寄り道 回り道
マイク 寄り道 回り道……
清水  寄り道 回り道……

写真撮影=金久まひる(マイクさんのお孫さん)

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ありがとうございましたこんなに多くの方々に

昨日の公演を終えて 何よりも神様と仏様に救われただ事がここまで広がりをもてた事にとても嬉しくありました
公演にご支援いただいた多くのご足労と あれほどの知人友人との再会で マイクの現状を見て色々と考えていただけたでしょうことに 厚くお礼申し上げます
当日パンフレットにマイクからの挨拶として 「マイクからのラブレター」なる言葉を載せました

loveletter_from_mike

公演明けの今日は これの転記だけの余力しかありません

多くの方々にマイクの難病が残酷なものであるとお知りいただいて 慰めの言葉も見つからず 辛い思いをなされたかと思います
しかも本日の公演がALSの身体のマイクにどうなることかとご心配いただきながら お越しいただいたこと 誠に申し訳ありません

意外に思われるかも知れませんがマイクは 多々ありました危ない試練にはラッキーにも 大抵のことは 覚悟して乗り切ってきました
しかもこの度のことは並みの試練ではないことを直ぐに天罰として自覚しましたし またこれを神仏からの天命と信じて受け入れることができたのです

しかしこの度は 告知退院からいきなり在宅療養しかないALSの現実に迫られてしまい 家族への負担を掛けたくない自分のありようを考えれば考えるほど答えが見つからず不安が募るばかりだったのです
しかも初めてのことで 病状の進行よりも 療養受け入れの厳しさに直面し 精神的にどん底の危険状態を経験しました

それを見兼ねた多くの仲間の中から 二人の神様と仏様がマイクを救う企画を立ち上げられて 危機一髪で今のマイクに導いていただいたのです
元々のネガティブマイクが こんなに多くの愛ある親切を素直に受け入れられて変身できたのも 今日来ていただけた方々ばかりでない多くの方がおられると知ったお陰げなのです
そんなマイクです そんなマイクから 皆様とこれまで以上に絆を深められます様 お見守りいただけますよう感謝とお礼を申し上げます

マイクのこれからは どん底の体験者として また弱者の当事者の立場から支援できることを予感していますので 難病にだけではない支援に 細やかでも 残りある時間を捧げる ことできれば 至福のえんじょい・デスとなると想い願っています

明日を目指しましょう

マイクさん

いよいよ生前葬パフォーマンス「エンジョイです」の当日になりましたね。
ぼくはこの日がマイクさんにとって、ぼくにとって大きな節目になるんじゃないかと思っています。マイクさんが今日まで、この日を目指して努力を積んでこられたことをよく知っています。足を運んでくれる皆さんのために、進みゆく症状の中で、なんとかちゃんと話したいとリハビリを続けるなんて、やっぱりすごい人だなあって思っています。
今日はその成果を存分に発揮してくださいね。

それよりも、ALSという病気になったことで、思ったこと、悩んだこと、気づいたこと、たっぷりきかせてくださいね。その中に、きっと多くの人が抱えていたり、社会が抱えていたりする問題が浮かび上がるはずです。それを今日からまた一緒に考えていきましょう。そうして明日を目指しましょう。

自分の明日は、自分の目で確かめたい。ぼくはいま強くそう思っています。

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いよいよ明日 本番です

それを控えた今 少し振り返っておきます
ネガティブマイクがALSを神仏からの「九重苦の天罰」として頂いたばかりでなく マイクのライフワークである老人の「死に甲斐」を自ら実践してみよとの「天命」を受けたものと信ずことができました
これこそ本望と感じたばかりか 人生最後のチャンスを全うすることこそエンジョイ・デスになるとも覚悟したのです
このようなマイクはALS告知1ヶ月前から 医師が最もなりたくないと言われているほどに残酷なALSの その患者となったことに何の憂いや神仏を恨むことはありませんでした
勿論マイクにはALSの最期が 動けずに また意思疎通の難しい まるで生き地獄だとは知っていても その前に死ぬことを選ぶ自信があったからなのでしょうか
それは 10年来安楽自死についてブログで考え続けてきたからですが しかしその実現の難しさから考えるのを諦めかけていたのにです
殆どの病の不安の原因は先行きの不透明さにあると思いますが ALSは割と単純なのです
それにも拘らず マイクを不安にさせたのは 特にALSの治療が在宅しかない現実です
厚労省の財政難を病床制限する政策で 在宅療養・介護しかないのですが 殆どの老人が「転院地獄」の現実なのです
自分の最期を予感できれば安心して最期を待つことができます
マイクは「家庭の事情で在宅ができない」のです
先行きが見えない不安で また家族への負担をかけることと これから下がるばかりのQOLよりも今を最期でありたいと思う心と そしてどうせ疫病神として生きながらえるよりもとの逃避と孤独感で 「自死願望」しか頭になかった2ヶ月でしたが 世間を考えるとそれも出来ないのです
それを見兼ねた多くの仲間の中から二人の「神様仏様」が現れ「 往復書簡ブログ」スタートと 「エンジョイです企画」がマイクの危機一髪の 延命措置となって救われたのです

そして明日を迎えます
マイクは何もせずダンスの仲間たちがそしてボランティアの仲間たちがマイクにサプライズをしてくれる生前葬パフォーマンスなのです

孤独に篭ろうとしたマイクにこんな仲間がたくさんいることを知って恥ずかしくなるのですが そのことだけでなく このALSが 色々の事を教えれくれました
ラッキーなマイクです
このお礼は 自死の願望を体験したものとして また難病の当事者として 社会の弱者に何かできる事を予感しています
明日のパフォーマンスが マイクにさらに可能性を感じさせていただけるものとなれば 皆さんへのお礼としてマイクの約束がなによりもと思います
お越し頂ける方も ご関心いただけた方々にも 感謝とお礼を申し上げます