今日は告知から1年 次の2年目を大事にしなければ

でも発症からと考えるとALS3年目になるかも知れません
ひょっとすると4年目はないかもと思うくらいに 日々を大事にしなければなりません
ALSは延命治療の気管切開が要るようになる迄には 3~5年と言われ また日本人の7割が拒否する現実があります
球麻痺先行のマイクの症状から 気切は早めの3年かと自覚して いて あと1年でスーパーALSの覚悟を迫られるのです
それ迄に ALSの一大パフォーマンス気切について 相当勉強しなければなりません
どの様にして勉強したら良いかそろそろ考えないと 呼吸困難になってからでは遅いと思います

先ず胃瘻すら他所の総合病院で造設したのです
気切と呼吸器ともこの病院で?
ALSにとって最大のステージである気切を出来ないならどこで?
それならどうしてここを選んだのか?難病専門でしっかりした病院と信じて(思い込んで)いるのです
そう言う風に言われる位 ALSでは立派な主治医なのです
でもマイクには研究では優秀でも臨床医としてでは?と思ってしまいそうです
つまりそうならその覚悟で自分から勉強しないと多分納得できない思いのまま 呼吸器を付けるか付けないか どのタイプとかの選択があるのか? 充分ではなさそうな予感がするのです

ではどうしてここを選んだか
優秀な主治医なのは間違いないにしても 第一に考えたのは元々療養型病院だからで その通り今日まで転院地獄を味わっていません
在宅療養が無理な家庭なので介護地獄をも避けたいからです
介護地獄と転院地獄を避けられるなら 生き地獄を家族に悟らせない様病院で静かにしておれば良いのではないか
実はスーパーになっての地獄がそんなに苦しいものとは思わないようにしようとするマイクです
また 3年目を大事な決断のステージなのですが 勉強し過ぎではないか 取り越し苦労ではと考えて なる様になれと思えるように 修行するべきかなと認識しているのです

1年目にこれ迄の 思い出すのも恥ずかしかったあの頃のことを反省し また神様仏様からのありがたいお助けに感謝しながら寝ます

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その時のQOLは修行次第かも

清水さんの下の方の苦戦(オムツとか)は 多分今迄そんな経験ないと QOL低下を意識し易いでしょう
マイクは全身の彼方此方のQOL低下を ただ待つだけしかないのです
そして意識では済ませらられない覚悟を迫ってきます
それも新参者の頃とは違って 今は次第に加速度を意識する様になりました
でも予め自覚できると言うことは どうなろうと納得し得ると言う不思議な感覚なのです
その不思議さは 病室の患者を見ていると マイク以上に不自由なのに辛さとか諦めとかの表情が見えないこと同じなのです
手術とかの急激な症状進展ではなく ユックリなので慣れてしまうのでしょうか

人の世話になってまで それも下の世話になってまで生きたくない とは5/8の中村仁一医師の「自分の死を考える集い」セミナーに参加した元気老人達の結論でした
元気だから世話になりたくないと言うのですが いざと成ったら植物人間になっても逝かないのです
(こんな無責任医師を批判していることを載せています)

マイクに自然死せよ/ 癌も苦しまない/と言う売れっ子医師

マイクは頻尿で苦労していますが 病室の周りの尿瓶の2人と、いわゆる植物状態の人を毎日観察していますと 不自由くらいでくたばれないと思わざるを得ません
それよりも新参者で喋りが伝わっていた頃のマイクは 入院患者の殆どが足の不自由なのを見て 球麻痺先行の方がラッキーと決め込んでいたのです
しかしこれだけ意思疎通が悪くなると 車椅子でも楽しそうに話す人が羨ましく思えるのです

それで2/1は ミキサー食で誤嚥の苦労するよりも早めに胃瘻造設したように どうせ喋れないなら誤嚥で苦労するよりも早めに気切した方が良いとの思いを載せてしまいました
そう思わせるのには 入院生活であれば不自由も不安もない筈なのですが 実は誤嚥や窒息の危険が段々増えているのです
仰向けで寝るとネバネバの唾が気管を塞ぎやすいのです
慎重に喉に溜まった唾をしっかり吸引しないといけないのです
寝る前に気にするだけでもQOL低下を意識します
こんな状況が増えるのかキツくなるのか分かりませんが 生き地獄に近付いている認識になるのです
これを成るように成るとか あるがままにとかで 気楽にとはいきません

何もしなければQOLが下がるだけなのですが また気切をするしないとかで 上がり下がりの選択チャンスがあります
早いうちに考えておくのが良いかと思えばまた その時になってからで良いのでは
やっぱり気楽に 運にお任せで良いのでは
余りマイク的でないのですが いよいよ成るように成ると思えるよう修行しなければ・・・

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1日でも長生きしたいなあ

マイクさん

〈胃瘻造設でスッカリ痩せて筋力が落ちたのか、加速度的に弱っています〉

進行が思った以上に速いようで心配しています。ぼくがそうなのに、マイクさんご自身はもっと不安だろうなあと。どういうふうに声をかけていいかよくわかりません。ただ、まだまだ頑張ってほしいと思うばかりです。

ぼくはといえば13回まで治療を終えました。あと24回です。倦怠感とか体の不調とかといった副作用の自覚症状はありません。というか、自分では気づいてないだけかもしれませんが。強いて言えば排尿と排便が少々煩わしい状態になりつつあります。出が悪くなり、しかもどちらもいきたくなると我慢がきかなくなるという、少々困った感じですね。

車や電車で移動するときには、尿もれパッドが必要になっています(笑 こっちの方は、ぼくも加速度的に弱っているかもですね。ぼくの弱り方は少々滑稽だなと思いますが、それはぼくの性格にもよるのでしょうね。同じようなことで、深刻に悩んでいる人も少なくないですから。ぼくは自らのために尿もれパッドの換えと専用のゴミ袋を持ち歩くようになりました。

〈それに最近は殆ど意思疎通ができない状況を次々体験するばかりの日々です〉

なんだかマイクさんのいう〈生き地獄〉が徐々にはじまっているようですね。でもね、ぼくもそんな感じです。ぼくは〈がん〉という厄介者に魅入られたのかもしれません。いまは2つ目の〈がん〉と向き合っていますが、これが2つで終わるのかどうかちょっと不安です。でも、母も生涯(まだ元気で生きておりますが)で6つの〈がん〉と向き合ってきました。そのDNAを考えると、ぼくもそうなるのかなあと。

でも、落ち込んだり悲観したりとかはありません。〈がん〉も2つ目ともなると、そんなに動転も、右往左往もしないものです。腹がすわってきたというか。どうにかなるというか。どうにでもなれというか。そんな感じです。

〈ところでパーキンソンの話し易くする薬の効き目があれば 気切を急がなくなるかも知れませんが。もう少し喋れたらです〉

〈がん〉の治療法でもそうですが、難病の究明、治療法の開発、薬の開発など、はどんどん進んでいくように思います。それこそ加速度的にね。そこに希望を託すのも悪くないのではないかなと思います。だから1日でも長生きしたいなあと思います。

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誘われる前に自分から気切を

今日は初めて土日外泊せず外出に 外出つまり日帰り帰宅をしました
土日とも娘の車での送り迎えの都合がつかず どうしても参加したいと言う芸術センターイベントが土曜の11時から12時だったので 病院の昼食と食後服薬のみ欠食で 行きも帰りもタクシーにしました
土日を家でゆっくりの積りが 胃瘻造設後は却って疲れるようだったので 家の時間を少なくして見ました
病院では手慣れた看護師がこなすのを 家では老老介護で 見るだけなのに疲れます

イベントは200人位の老若男女がグランドに集まり蝉の求愛の積りで(あ〜〜)と3分叫ぶだけです
その様子を3/1〜4/5前田耕平とタオ・フィン(中国)がセンターでアート作品とするのです
また一枚の紙には各人が「愛」について思うことを書いて提出
それには(神様と仏様からの愛)と書きました
ただそれだけですが 今日のマイクは疲れました
家からセンターへは いつもの様に自転車ですが相当注意しながら それももうそろそろ・・・と思いながらでした
顔見知りからは元気で会えてよかったとか言葉を交わされるのですが元気なことはないのです

胃瘻造設でスッカリ痩せて筋力が落ちたのか 加速度的に弱っています
それよりも 正月前から呼吸が気になってきたのです
1/8の再入院で主治医に呼吸機能検査をマイクから頼んだ程です
然し主治医から特別な結果報告がない
数値を尋ねても良いも悪いもなかった
胃瘻造設はマイクから頼んだのです
気管切開もそうなりそうに思います
胃瘻でも元気な内にした方が良いとする医師がいるのです
気切はもっと大変なのではないか
それに最近は殆ど意思疎通ができない状況を次々体験するばかりの日々です
不思議なことにそれに慣れてくると本人はそんなに悲観的なことでもないのです
それなら早めに気切をした方が苦しまないでいのでは?

ところでパーキンソンの話し易くする薬の効き目があれば 気切を急がなくなるかも知れませんが
もう少し喋れたらです

消極的北陸人のマイクです
誘われたり頼まれたりすると断れないマイクです
気切については自分からと思ってそろそろ勉強とか同病でピア仲間なスーパーALSに教えて貰わなければ

パーキンソン病医療のお溢れに期待

昨晩は愛について語ろうとしましたが 最近の疲れ具合が気になることを白状して中断しました
本当は愛という人生の華を語るほどの豊かな味わいを知らないマイクのことを書けないと思ったからかも知れません
小さな細やかな愛なら数え切れずあるのですが 清水さんのお母さんのお父さんへの純粋さと深さの前には言葉が出ません

もう一つマイクが本当に書き難い相模原事件のことを 清水さんはどうしてか?無難に共感して頂いたように読み取りましたが マイクには難し過ぎるので 後回しにしたのです
マイクは殺人者植松の殺人という絶対悪を許せないのは当たり前ですが 他に共感すべき彼の持論の議論を避ける二律背反日本文化では恥ずべきだと思います
ディベート無しでは被害者を無駄死にになり そうは済ませられないのです

それにしても意思疎通できなければ生産性ないと彼は言う
マイクは殆ど文字盤頼りで 一昨日は主治医に殆どそうだと言ったら パーキンソン病のそれ用の薬を昨日から試して見ることになった
昨日も今日も主治医から効き目を確かめられた
ALSの薬は効くか効かないか疑問な薬しかないが パーキンソン病はオンオフハッキリしているからか でも性急過ぎるのでは?

マイクは本気で期待しているのです

愛には余裕がなければ・・・

昨日の清水さんの返信は いきなり愛についてマイクの思いを訊いてこられてドギマギしそうでした
しかし愛については清水さんから信ずるところから始まる ものと教えて頂きました
その頃の投稿を見てみます

まだまだ心の不安定な頃のことです 4/16

愛を信じましょう。


その日にマイクの思いを返信しました

Re:愛を信じましょう。


清水さんから直ぐ表現をストレートにと 4/23

愛の表現はストレートに


マイクが親切ある愛に気付き神様仏様に感謝 6/13

愛ある親切で絶望から救われました


この往復書簡で愛を学び体験した喜びを語っています

具体的とは言えないような愛のままではなく 具体的な愛に育つか育てるか
いや 愛は考えるものか・・・?
思うだけの愛は愛か・・・?

何だかあの頃と何か違うような感覚に・・・読み返してみると
気力が 体力も随分落ちて・・・

現実 右手を殆ど使っていません
吸引器のチューブの先端をスーパーALSが使うメラタイプをくわえながら これから寝るようになりました
タブレットに向かう姿勢も疲れ方がキツくだらしない

それより何より気力が・・・
あの頃は長文を 体力気力で・・・
この・・・・・もこんなに・・・・・?
今夜はここまでに

啓蟄を待つ

マイクさん

マイクさんはどんな「愛」を叫ばれるのでしょう。楽しみです。興味あります。先だって母のインタビューの一部を公開しましたが、やはり「愛」の力はすごい!と思いました。母の生きる力は、父への「愛」が支えているのです。愛する、愛されるというのは、とても大切なことだと思いました。だからマイクさんの「愛」にもとても興味があります。

〈世間には殺人を否定しても、価値で差別することに共感する者が多いのです〉

確かにぼくもそう思います。殺人は否定しながらも、重度の障害者や難病患者、高齢者の〈生産性〉を否定し、その上で安楽死を認めようというのです。係数としての〈生産性〉しか認められないのでしょうねえ。そういう人たちは、自らは死ぬ直前まで〈生産性〉を維持し、高め、係数で社会に貢献できると思っているのでしょうかねえ。

自分自身の〈生産性〉が否定されたとき、潔く安楽死を選択できるのでしょうかねえ。麻生さんに聞いてみたいですね。あなたが認知症になったり、その他の難病や病気でベッドに縛り付けられた状況になったら、自分をどう処しますか?と。
ああ、そうか、これは無駄な考察でした。彼らはうなるほどお金を持っているわけですから、お金をたっぷり使って介護を受けること自体が〈生産性〉を高めるわけですね。明らかなことでした。

〈法廷ではその様な差別を否定する哲学で無念を晴らして欲しいのです〉

ぼくもそう思います。〈生産性〉ではない、命そのものの価値、生きるという意味、価値を、追究して欲しいと。そうでなければ、あの事件で無残にも奪われた命を、犠牲者の命の価値を本当の意味で切り捨てることになるのではないかと思います。奪われた命の価値を取り戻すことこそ、この法廷に課せられた使命だと思います。

ぼくの闘病ですが、実はぼく自身闘っているという実感はないのです。治療に身を委ねている。そうとしか言えません。確かに少々ではありますが、身体に異変、変化が現れはじめているようです。だからと言って、何をどうするということもありません。どうにもならないものなら、耐えるしかないな……。その程度です。だから、

〈どんな闘病かは今まだ分かりませんが、そう心配せずその時その時を粉すことを・・・・〉

というマイクさんの言葉通りの状態になっているのです。ただ厄介なのは、気のせいか身体がだるくって、なんだかやる気が出ない感じがします。まあ、やる気はいつもてげてげ(鹿児島弁でちょうどいい感じ、かな)ですから、取り立てて言うことでもありませんが。だからやる気が出ないというのはぼくも同じです。

〈清水&マイクの部屋構想立ち上げや、友の会ピアネットの種撒きらしきことも出来ていません〉

これは焚きつけたぼくにも責任の一端があります。マイクさんだけじゃなくて、周囲のぼくらが、支えると言ったぼくらが、いえ、ぼくが、もっとちゃんと動かないとって思っています。3月まで待ってください。ぼくの治療が終わったら動きたいと思います。今はウゴウゴといろんなことを考え、動けずに悶々としています。まるで啓蟄を待つ土の中の虫みたいなもんです。春になれば一気に、元気よく動き出しましょう。
そのための闘病だと思って耐えていきたいと思います。

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えんじょい・ですは早めにしないと

ALS新参者と自らをそう言っていた頃の マイクは 喋りと右手指先の不自由くらいで 病人は病人でも病気でそんなに落ち込むことなどありませんでした
だからエンジョイ宣言ができたのです
そのエンジョイ・ですのネタ探しには気力に余裕があったと思います
確かにそう宣言したことを 今更反故には出来ません

それが胃瘻造設後の第2ステージになると体力もそれ相応に疲れ それより気力低下が行動を鈍らすのではないか 全くその通りになったような最近の入院生活です
土日は自宅に外泊してる入院だと言っても 自宅では家内にミキサー食を作らせ それを口から注意しながら食べるのも時間が掛かり疲れを感じます
加えて薬と栄養剤を胃瘻注入するのも 日に6回もありモタモタとした老老介護ズバリなのです
する方もされる方も疲れるのです
なので家では殆どエンジョイ構想を考える余裕がありません

病院では慣れた看護師の手早い仕事で安心感もある
だからと言って療養以外の時間は余りなく 平日主体となる外との繋がりは これまで活動らしい事をできていません
今でこうだから これからは加速度的に食べるのと喋るのに疲れてベッドに横たわるだけの療養時間がどんどん多くなるのです
往復書簡の話題探しも結構ままならないのです
新参者であった頃は 神さま仏さまに助けられたラッキーハッピーな状況でした
社会と繋がり続ければ何か恩返しも出来て エンジョイにもなることが出来そうだと信じていました
ところが最近病院のベッドにすぐ横になるのです
テレビでニュースの話題とか相撲やエンタメ番組を見ていれば 病人らしくてそれで良いのだと納得してしまいます
残り少ない老人の余生をこれでは無駄に削って行くのではないかとの心配も分かっていながら
病人はこれでいいのだ
何の罪悪感もなく こんな幸せもハッピーと味わっているのです

清水&マイクの部屋構想立ち上げや 友の会ピアネットの種撒きらしきことも出来ていません
エンジョイ・ですのネタ探しを妄想することを忘れそうな ベッドとテレビが安心・安全を醸し出し 気力と闘争心なしでも安穏をもたらすのです
このままでは生前葬で多くの方から頂いた愛とつながりを無駄にしそうです
次のステージが近づく前に身の程にあった出来そうなネタを見つけなければ・・・・
一昨日は次のステージが来れば逃病では済まず 闘病なしでは済まされないと言っていたのに・・・
元気なうちに・・・

ALSにも闘病が迫りくる覚悟ありや

清水さんの治療の様子を想像してみますが経験のないマイクはイメージすらできません
癌の友人は多い筈なのに治療の詳細を面会とかでも話題にしたことはなかったと思います
国民の半分が癌を経験するほどポピュラーで お互い理解し合えるからでしょうか しかも一般の手術ならば 切除する位で特別な施術とも思わないからでしょうか?
それより抗癌剤の副作用での苦しみとそれとの戦いが話題として多い様に思います
ホルモン注射や放射線は手術より闘病を実感しにくそうですが?
(大腸癌手術の時と比べ)
実際は 転移やもっと複雑な戦いに悩まれるのです

堀ちえみの舌癌は 舌半分切り取って腿の肉を移植で喋られるまでに
(妹の旦那も30年前に同じだったのです 回復も)
マイクの球麻痺は舌をかなりに萎縮させているのですが 移植は?

小心のマイクが闘病が似合わないことを何度もここで話題にしました
然しどうした事か今日はチラッとALSのマイクが闘病もやってみなければ!とチラッと思いました
と言うのは最近の喋りの劣化の速さに生き地獄の入り口が見えて来たなどと書き込んでしまいました
これは正直な話ですがこのままだと皆さんに心配かけるだけで許されません
闘病でなく逃病がALSに相応しいなどと粋がっているのは見っともない
そうチラッと思いました
チラッとだけですが 今夜はこれを生かして何が出来るか あるかは自信がないのですが ここにオープンする事で少しばかり逃げずに闘える何かを探してみることに!

追記;少し考えただけで少し分かりました
放って置いても生き地獄の前のこれからは色々と辛い状態になり これこそ闘病が迫りくるのです
どんな闘病かは今まだ分かりませんが そう心配せずその時その時を粉すことを・・・・

意思疎通は喋りでなくとも

清水さんからの返信をしっかり読み返しました
何でも比較したがるマイクを懸念しての有り難いお言葉です
今 病室に全く意思疎通できない患者が居られるのですが その方 他人の命を価値をマイクが詮索できません
ましてや ランキングする意味もありません
いのちはそのひとだけのものです
その方の家族を見ると(本人より)家族のものです

だけどそんな尺度があるならマイクのQOLとして知ってみるのも面白い
自分の幸せと 誰彼への感謝となるかも知れません
マイクが価値比較をできるものならと期待したのは 元々 終末期を迎えた老人に限っての安楽死の価値を比較のためです
しかも社会的に それが必要な時期が迫って来ると推察してのことです
勿論清水さんのお母さんの様な元気老人には無用なことです(考えておいた方がいいに決まってますが)

老人のことでなく障害者のことでは相模原事件を考えない訳にはいけません
意思疎通できない障害者には生きる価値がないとする植松哲学を否定する論客が現れるのを待っているのですが 3年経って未だ植松は堂々と正当化している
間違いなく殺人については 罪であるのは明白です
本人自ら殺人を詫びていますが 障害者の無価値論は全く変えていない

弁護士は大麻精神病による無罪とする戦略ですが 植松哲学をどう論ずるのかに期待しています
検察側も単なる殺人の量刑では済まされない
被害者の無念を晴らすには社会の障害者差別を明かにしなければならない

世間には殺人を否定しても 価値で差別することに共感する者が多いのです
法廷ではその様な差別を否定する哲学で無念を晴らして欲しいのです
なのに法廷で被害者が匿名で闘うのは悲しい

返信には 清水さんからマイクの価値を痛く持ち上げて頂くばかりで恥ずかしい限りです
意思疎通が極めて困難になったマイクは 指差し文字盤から タブレット入力読み上げ にこれからチャレンジします
2/1に 京都芸術センターで 前田耕平(コンテアーティスト)企画の パフォーマンスに参加します
テーマLove Noise でグランドに集まった目標500人が 「愛について」声を発する
その映像が作品化される
マイクは音声読み上げの文章をこれから・・