新しく快適でしたが寂しいような

明日元の病院に戻ります
11/15に新築移転2週目のここに転院し その日にCT検査し 11/18にPEGを造設
11/29の明日までPEGの周りの痛みが取れるのを待つだけでした
病院が違うと色々比較したくなるマイクですが 特別奇異なことはないと思われるので書き留めることはしません
とするとここでのことを締めくくるに相応しい話題も特になく この2週間書いてきた絶食のことしかありません
一時50kgにまで下がって オヤツをしっかり取ったりして今日は51.8ですが 54〜55kgにまでは戻れる?

ここの担当医は元に戻ってからPEG活用法の指示を受けるはずだと言っていてマイクが自分で注入するやり方やメンテナンスのことも説明がない
口からとPEGからとの使い分けなど元の主治医にお任せといった感じです
一人部屋の退屈と合わせ 特記事項もありません

ただ一人の療法士とは 子供がヒップホップをやってる話からマイクの生前葬の話となり ご自分も高校演劇と映画パッチギで共にしたダンサーがいることを話された
そのダンサーとはマイクも知り合いで 話が弾み時間があると部屋まで来て話を聞きに来てくれたのです

もう一人います
准看護師かもの男の方が身体拭きに回ってくれるのですが マイクの言葉が理解できず マイクが手真似で話すのはいいのですが 彼まで喋るより手真似ばかりになって 二人とも聾唖者かのような会話風景になっています
彼の真剣さを見ると笑えてくるのですが あなたは普通に話してと言いたいのですが簡単には伝わらないので諦めています

それより 戻る先の病院のことが気になります
どこの病院も厚労省の締め付けで儲かっていなそうです
なのにここは新築移転して 個室料を取らない病室を増やし新しい検査機を入れたりしている
11/9に話したことをもう一度話します

病床削減しかないのでしょうか/


『9/28に厚労省が公的病院の再編成を打ち出したことを 古い新聞から考えて見ることにします
「地域医療・介護確保法2014」に基づいて 医療費抑制のために打ち出した「地域医療構想」として ベッド数を減らすべく全国の公的1455病院の内 名指しで全国424非効率病院を公表したのです
京都府全26の公的病院の内の対象4病院のひとつがマイクが世話になっているこの病院で 来年9月までに結論を迫られている
昨年度の全国医療機関に42.6兆円が支払われています
団塊世代が75歳以上になる2025年問題に合わせて 全国124万床を119万床に減らす方針を2015に示した
厚労省が2007に発表の 2030には47万人が彷徨うとする看取り場所推計は 何度もマイクが取り上げています
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/06/dl/s0611-2b_0003.pdf
2030には 医療施設89万 介護施設9万 在宅20万 合わせて119万
その他47万人が彷徨うことを厚労省は黙認・無策』

ここではこんな話題を書かなかったのですが明日からはこんなことを嫌でも考えるようになるかと思います

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1年先に希望が?

一昨晩はPEG造設前後で4.5kgも減量した事を報告しました
清水さんの30キロ近くもと言うのは 切除の大腸の重さや水分量からも考えられない減量です
相当の脂肪量を消費するほど何に使ったのでしょうね?
数字を見るとまた妄想が広がります

マイクの絶食のその減量分が正味の筋肉でなく 脂肪や水分ならこれから取り戻せるのですが ALSでは進行性の筋萎縮と言われている通り 筋肉の回復はないのです
そんな ALS患者に断食道場とは?
不信感が拭えた訳でもないのですが 成るように成るでしょうこれ位の事ですから

最近の喋りと嚥下のし難さも 何故か進行が早いような気がします
このこともあって PEG造設を急いだのですが このことは改めて考える事にして 手足の進行も気になるので 様子を話してみます

右手足は確実に痩せてしまっています
去年の夏に洗濯バサミを右親指と人差し指で摘めぬ(開けぬ)ようになっている事に気がついたのです
その両指の間の水掻き皮膚がペラペラに薄くなってしまっていました
この症状はこのまま4月でも気にならない位でした
何故なら左手でカバーできる内は全く気にならないのです
力でない繊細な作業は右でもやれるのです
しかし8月頃は右指全部に力が入らなくなり その頃既に右手の肩から下の筋肉が見るも虚しく痩せて スプーンを持つのも辛くなり左手で食事する
小さな字が書けなくなって 手帳の字が書けない読めないように
上着に右手を通し難くヘルプを
髭剃りとか微妙な動きは右手しかできなくても左手を添えてやれていたのが 10月には全く出来ない
それは左手にも萎縮が始まっているからだと思う

今迄は左手でのサポートが生活作業に役立っていて 細かい作業でなければ問題なかったのです
左も進んでくると 左が右をサポートし切れなくなって 両手とも不自由になってしまうのだと思います

足の方は右は少し見た目でも痩せているのですが不自由を思うほどではありません
しかし 元々の腰痛で腰背中が曲がって脊柱管狭窄並みの歩行しかできず 疼痛になっているのが辛いのです

ここまでを纏めると 先ず 疼痛の腰痛で荷物を持っての歩行はできません
右手は肩から下が痩せてすぐ疲れる
右指は拳を握れず伸ばすのも辛いのですが 小さいものが全く摘めません
左でサポートできる作業はいいのですが 左手指が少し始まっており これが進むと両手一挙に何も出来なるのでは?

マイクの身体は障害者レベルだと自分では思っていましたが下半身に重点を置くのが障害認定基準なので無理だと言われていました
それでも出すだけ出したらと言われて申請をしましたら手帳は得られれました
級により特典は幅広いようですが勉強しながら恩恵を受けて見る積りです
介護保険は要介護1です
このような社会福祉は申請主義で複雑さと遅延でウンザリするのですが 内容は福祉国家として申し分ないことを 初めての経験で知る事になりました

マイクの現状の行動力としては 背中腰が曲がっていて格好悪いのですが 歩行は短距離は無理すれば歩けます 重い物は持ちたくありませんが
新聞や本はページを捲るのに苦労するのですが 殆ど左手で頑張ればやれるのですが結構精神的に辛いのです

食べ物は これからエネルギーは朝夕か朝晩に短時間にPEGでたっぷり摂り 昼の間中 味を楽しめる食べ物を嚥下しないで味わった後吐き出します
これは見っともない!
他人に気遣った吐き方はこれから考えます

酒もエネルギーとして朝晩のPEG注入に加えます
昼間に酔っ払う為には吐き出すのでは勿体ないのでチビチビでも飲み込むしかありません
PEG補給は結構面倒臭いので朝晩だけにしたい
経口でトロミ付けた酒だけは吐き出ししません
これはこれで結構やばいのです

この他問題があります
6/29にやりました生前葬の第二弾を12/29に予定して頂いています
その時に 体力よりも喋りを気にしています
あの時には未だ聞き返しが少なかったのですが 10月頃から文字盤なしでは伝わらないのです
でも喋りたい
踊りたい

気になる事一つ
マイクの主治医が一言 マイクにPEG造設に送り出す時 胃瘻したら良い蛋白摂って 沢山筋肉つけようと言われました
そんな事できるの?
もう一つ
新しいALS治験薬の結果が良いので 来年12月頃から使えるので待ちましょうとマイクに希望を
マイクの1年先を保証?

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デブはデブです

久しぶりの動物性たんぱく質を摂取!?

マイクさん

体重の話になると、ぼくもここしばらく激しく体重が落ちています。まあ、ぼくの場合は手術前ピーク時には115キロもありましたから強烈なデブだったのです。ところが手術から2年で30キロ以上も落ちてしまいました。もうすぐ70キロ代になろうかという状態です。しかも、これが筋肉が落ちてきているからやっかいです。そうです、脂肪と水だけの体に成り果てて、あわせて体力も落ちているように思えて仕方ありません。特に右上腕の筋肉の減りがひどく、力こぶもできなくなっています。

これは物が食べられなくなったことが大きいようです。もともとあまり大食ではなかったのですが、大腸を切除してからはそれに拍車がかかり「少食」と言ってもいいくらいになりました。原因は縫合部が極端に縮んで物が下りていかないことだそうです。食べたものがなかなか外に出ない。だから上から詰め込むことができないのです。筋肉もつかないし、体力が落ちても仕方がないと自分でも思ってしまいます。

一昨日もたまには動物性たんぱく質をと思い、ランチの時間に近くの焼肉屋に行ったのですが、肉はなんとか食べられましたが、ご飯がダメでした。肉もホルモンを80グラム程度でしたが、それを食べるのがやっとでした。これがビールや焼酎、酒になるといくらでも入るのですけどね(笑) だから「流動食」と称してアルコールばかり摂取しています。まったくよくないですね(苦笑)

しかし、激しく体重が落ちたと言ってもまだまだ80キロあまりですからデブはデブです。ようやく人並みの体型に近づいてきたということでしょうか。マイクさんに10キロばかりお譲りしたい気分です。

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自己管理と自己責任のPEG造設でした

そろそろ清水さんとの対酌のスタイルを考えないけないと 先日乳飲み子抱えた母親スタイルで何かで隠しながらの話をしました
自分で自分のPEGは結構見にくいのと 注入指導を受けていませんので未だ実際に使っていません
酒はPEGからとしても出来るだけ多くを初めに注入してしまいたい
先に次女が調べてくれた障がい者支援施設「リエゾン笠間」では入居者にトロミ剤を使うよう指導しているとHPにある
何故トロミ剤?
実は嚥下の時に アルコール蒸気が鼻に戻るくらいで咳き込みしやすいのです
これまでマイクがkangoshini3回mitsukattanohaこの為なのです
PEGから食道にゲップが出るほど飲む訳ではないので?

今日明日は土日ですが家には戻りません
家内の稽古日と茶会か何かで誰もいないので
それで今日明日は禁酒日になってしまうのですが 舐めるだけなyuruserunodeshouka?干し芋もあるのです

未だ腹筋に力を入れる姿勢ではPEGが痛みますが ALSにとって体重を増やす意味があるのか分かりませんが 目処が立ったので 体重が減ったこの話を纏めてみます

11/15〜29までの2週間は 胃瘻造設PEGの為の転院ですが ここで断食道場に入門などをするとは思っていませんでしたが ここはそのものずばりだと漸く分かってきました
清水さんのようなガッチリした体格でなく きしゃなマイクに断食は無用です
それどころかALSでは栄養不足は禁物だと言われて 最も意識して努力しているポイントです
効いているのか分からずのALS専用薬リルテック錠剤とラジカット点滴より 食事が確実に大事なのです

元々若い時から58.5±0.5kgに収まる体質ですが このALSつまり進行性の筋萎縮性の病気に罹ってからは 確実に体質が変わり徐々に 特に右手足の痩がはっきり認められ 入院前には既に58kから56.5kになり 次第に 月に0.5〜1kg痩せています
(1月58k 2月57k 3月56.5k 4月56K 5月56k 6月55k7月54k 8月54.5k 9月55k 10月55k)
それが11月の今回の転院前後で54.5k→50.0kに
胃瘻造設のこの2週間でこんなことになるとは思ってはいませんでした

嚥下が確かに下手くそになって 誤嚥による肺炎と窒息の危険が確かに高くなってきました
元気で余力があるうちに 造設しておいた方が良いと色々と言われてする気になったのですが 簡単な10分のピアス並みの時間でした
転院前は誤嚥を避けるようわざわざ11/12から絶食してから11/15に転院したのです
その為に11/12は54.5kあったのに 11/15は52.0kに減ったのです
3日で2.5k
(マイクの誤算は点滴がエネルギー補給だと思って安心していた事です)

それなのに転院先では転院11/15から造設前夜11/17の前夜までお粥とゼリー食を食べさせて貰ったのです

造設日と翌日は当然絶食でしたが 翌々日から食事は慎重にゼリー食少々と点滴だけになり 11/21は減りに減って 50k丁度になる
5日で2k

11/22から流動栄養エンシュアの胃瘻注入とお粥を少し療法士に観察されながら増やしてきました
それでも心配で 持ち込みゼリーなどで11/22からは50kを超えるように努力しました
一先ずこれで落ち着くと思います
しかしどれだけ回復するのかはこれからの努力です
ALS患者自らこれくらい自己管理しないとと思っています
ALSはパーキンソンと違って筋肉は回復しないのです
とするとALSは 減った筋肉は戻らず 脂肪だけが増えるしかないのかも?
或いは断食で減ったのは これまで通りの月0.5kの筋肉で 2日と3日で4.5kは脂肪か水分のことか。も知れません
そうなら回復簡単です

色々妄想してみましたが 心配してもしょうがありません
これ位に!

また持って行きますね。内緒でね

友達のいたずら。点滴に焼酎のラベルを

マイクさん

胃瘻を造設したからといって、すぐにカロリー不足が解消できるわけではないンですね。なんだか知らなかった事ばかりで、目が点になっています。マイクさんの苦労と疲弊を思うと、なんとも言えない気分になります。
ぼくの認識では、ALSこそ体力をつけて、筋肉をつけるような栄養補給が欠かせないと考えています。だからその病院の対応はなんとも不可思議だとしか言いようがありませんね。

でも、娘さんが内緒で差し入れてくれるゼリーを、大匙くらいの大きさにしてそのまま飲み込む図を思い浮かべて、その貪欲に生きようとする姿勢に感心しました。お腹が減っていたからと言えばそのままになっちゃいますが(笑) ほんとうにぼくとの対酌を考えて、そのトレーニングを考えてもらってるなら、とてもうれしいし、とてもありがたいです。

入院中、おかゆだけでは足りないのでこれを口の中で溶かして

ご報告ですが、12月7日から21日まで、例年通り写真展をやりますので京都に参ります。その間何度かお邪魔するつもりでおります。ほんとに対酌やりましょうね! あわせて、11日になると思いますが、ぼくが鹿児島から配信している「しみてつ×ながやん妄想ラジオ」の仲間と病院へ乱入しようという計画を立てています。そのためにも体力をつけておいてくださいね(笑)

右:ながやん 左:七枝さん(D)

ぼくは入院していた時、早く社会復帰して仕事をすることばかり考えていました。で、そのイメージトレーニングのようなことばかりやってましたし、そのために資料を読み込んだり、企画を練りこんだり、煮詰めたり、そんなことばかり。で、けっこう友達が(悪い仲間ばかりですが)見舞ってくれたりしたので、あまり退屈はしませんでした。

ベッドに上は遊び場でした

テレビはほとんど見ません。その代わりと言ってはなんですが、Bluetoothのスピーカーを持ち込んで音楽ばかりを聴いていました。おもちゃなんかも持ち込んだりして、個室だったのでそれなりに楽しく時間を過ごしていました。あまりいい患者ではなかったと思いますが。

ただし、マイクさんのように、隠れてお酒を飲むなどということはありませんでした(笑)
飲めるかどうかはわかりませんが、また持って行きますね。内緒でね(笑)

内緒でね……
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退屈するくらいなら妄想を/初心忘れそう

医師の回診は朝からなく カロリーのない点滴とゼリー3品の食事を待つだけでは退屈でしかないので今日はスキップする積りでした
ところがないと思ってたリハビリが始まり昼食を療法士が観察しに!
医師からの指示でないマイクの強い要求で 全粥ミキサーを昨日から100g食べ初めたのストップされ 今朝と昼食はゼリーだけに戻され その昼食の食べ具合を観察されたのです
マイクは既に唾とかスプーンの少量の食事が飲み込み難いのです
そのため大匙くらいのゼリーをそのまま飲み込むのですがえらく心配して医師に報告されたものと思われます(一回咽せたことも?)
その為か 夕食から胃瘻から初めて流動食(エンシュア375カロリー200cc)を点滴で2時間かけて注入となりました
偉く慎重です 2時間もかけて
明日は2回とか
でも次女が会社帰りに見舞いに来てくれて 隠れて200ccのゼリーを補給してくれた
酒のつまみの干し芋も 噛んで捨てるならいい筈だから今の内から練習したほうがいいと置いて行きました
清水さんとの対酌の練習まで考えてくれているのです

リハビリも3種あり 別の病院の体験もいいのではと期待します
29日までは新鮮な気持ちでエンジョイ出来そうです

さて清水さんは入院で退屈な時は何してますか
マイクは勿論往復書簡が有りますので心配無用です
朝昼はテレビのチャンネルを次々変えながら忙しく新しい話題・ニュースを探しまくっています
どこも同じ事を繰り返すのを我慢できないのに耐えるしかありません
それよりNHKラジオはラジオ深夜便を筆頭に老人受けする内容があるのです
先程は 東京03のラジオコントを楽しむ
テレビで欠かさないないのは 水曜日の「家ついて行っていいですか」です

今日は先ず先ず退屈なしですが 入院だけで時間を潰している事を本意としていない筈のマイクですが 現実 中々思うように外向きで 動けていないのは気にしているのですが

いつ迄絶食?/チグハグな栄養管理?

断食道場なら断食と回復のスケジュールとかがある筈です
この転院先の消化器内科の医師からは始めに造設の詳しい説明がありました
しかし体力回復のスケジュールなどの説明や点滴と食事の計画を 看護師に聞いても医師からの指示がなくて分かっていませんと言うだけ
点滴で1日86カロリーはどう考えても少ない(今日はx3)
造設は終わったのに食事は何時から?
どんどん体重が減る
せめて自分で体重管理をしないとと思い 自分で測り続けています(この1週で51キロを割るのは確実)
転院前も2日半肺炎を避けるため絶食でしたが1日500gの点滴3回ありました
当然1回600カロリー1日に基礎代謝分はあるものだと信じ込んでいて ラベルのカロリーを確かめませんでした
ここでは造設前は同じ点滴とゼリー食を摂りました
栄養管理と肺炎防止が病院によってチグハグです
ここの看護師にカロリーのある点滴は無いかと確かめるとそれは針も太く首にするのだと言う
本当かいな?
せめてPEGでカロリーを摂取するのはいつからかくらい知りたい
もう1週間栄養不足なのです
喉が乾くので水分を摂ってもいいかを確かめるとカルテには絶食になっていて 医師に確かめると言うだけで 一向に返事がない
造設はうまく行っているようだが その後は放ったらかしだ

不思議にも実は空腹感がないのですが 甘いものが欲しくなる
口で味見するだけでもオッケーして欲しい
酒はPEGにOK出るまで我慢しますから

退屈極まりないのに耐えています
エネルギーセーブのため寝たっきりです

先程医師から退院は来週中過ぎ(29日に決めました) それと食事は
明日の夕方からと待ちに待った話をいただいた

ブドウ糖不足か 頭が回りません
明日の夕食の内容次第で 続きを!

対酌しましょう!

マイクさん

ぼくはいま、自分の口でものを食べ、酒を飲んでいるという、この当たり前のことがすごく幸せなことなんだと感じています。幸せなことであり、とても大切なこと。生きていくために必要欠くべからざることなんだと。いままでそんなこと微塵も思ったことありませんでした。

毎日、ただ口を開き、食べ物を放り込み、咀嚼し飲み込む。無意識の行動、行為。だから、つくってくれた人の思いを慮ったり、感謝したりなどという心の動きや豊かさを蓄積し、人生の豊かさにしていくのではなく、ただただあれはうまかった、これはもうひとつだなどという、どうでもいいようなことを口走り、それが豊かさだと錯覚していたような気がします。

〈元気な頃の対酌してた頃を思い出します〉

対酌、楽しかったですね。何を飲んでいるとか、何を食べているとかじゃなく、誰と向き合っているのかが、その楽しさの根っこにあると思います。たとえPEGからの注入でも、それが可能ならマイクさんとの対酌を楽しみにしたいと思います。一緒に飲みましょうよ。

痛みが早く取れるといいですね。PEGが早く身体の一部になって、自然になって、マイクさんが自分でお酒を注入している姿を思い浮かべて、ふふふと笑っています。そうすると、人工肛門を拒絶した自分は何なんだろうなって、ちょっと思ってしまいました。

ほんと、マイクさん、一緒に飲みましょうね! 対酌しましょう!

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胃瘻拒否ってあるの?/たかがピアスを?

昨日のPEG造設は呆気なく終わりベッドに戻って目が覚めてからは努めて動かないようにしています
ジッとしていれば痛くも痒くもありませんが姿勢を変えると腹筋に力が入り確かに痛みますが 痛み止めは断りました
後は点滴か食事で体力回復ですが見通しが付きません

造設前の日の夕飯までで一応の食事は終わり それからは栄養剤点滴500g86カロリーしかないのを日に一回と言うのがどう考えてもおかしい
昨日の造設の日の朝一と 今朝の朝一は 止血の点滴500gと抗生剤点滴100gがありましたが 計算するまでもなくエネルギー源が足りていない?
それでも大筋完了で いつから胃瘻食が取れるのかを待つのも楽しみです?
昨晩からは従来通りの食前食後の錠剤を潰してPEGから注入しています
絶食中なのに時間合わせて!

それよりも何よりも早くボデイピアスを自分の目で見たいのですが 左肋骨の下は自分では見辛くまだシッカリ見ていません
これでは自分一人で栄養剤を調合しPEGから注入できるのかどうか不安です
これからの栄養管理や生活指導などがある筈だともいますが これで家族が食事の手間が少なくなるものだと思っています
但しお酒の注入くらいは自分でしたいものです

清水さんからの返信に
「どのような思いもひとつ残らず共有できたらと思います。」
と ありました
元気な頃の対酌してた頃を思い出します
口で味わい 栄養剤をPEGから注入で また酒もチビリチビリと十分酔えるのですが 乳房を隠すように赤ちゃんに乳をあげるように ひと前でマイクはピアスをどう隠したらいいのか?

ALSにとって PEG造設については 大事な筈の関門ですが意外と死生観を語るほどのことではなかったのです
この程度の想いしかなく 清水さんと共有するほどではないかも知れませんが 多分ゆとりを持って元の病院ベッドに戻れるように思います
一人部屋は退屈します
せめて食事で時間を潰したいのですが いつからでしょう

すべての思いを共有したい

マイクさん

胃瘻造設手術お疲れ様でした。気分はどうですか? ひょっとすると痛みがあって大変かもしれませんね。
ぼくの場合、いやがんの場合、進行しているにもかかわらず、痛みを伴わないというのが恐怖であり、不安でもあります。痛みというのは、身体がダメージを訴えてるんですよね。がんの進行にほぼ痛みを伴わないというのは、身体がダメージを感じてないということかな……。ですよね、きっと。「悪性新生物」などと言ってはみても、自分の細胞の一部なんですもんね。自分自身なんだ。だから痛みも感じない。異変は静かにひろがって、身体自身がダメージを訴えるようになると、状況はとんでもないことになっている。恐怖です。

バラの花1輪。マヤさんの心遣いうれしいですね。どんな状況にあっても、マイクさんをダンサーとして認め、受け入れようとする。すごいことだと思います。ぼくは胃瘻で栄養補強をしながらクローン病と向き合い、現役の競艇選手として活躍している人を知っています。マイクさんも胃瘻造設での傷が癒え、ちゃんと栄養補給ができ、体力が回復したら引き続きダンサーとして活躍できそうですね。楽しみにしています。

〈清水さんも 手術にするか放射線にするか抗癌剤やホルモンにするか。夫々の担当医の言い分の違いで迷わされてはいませんでしたか〉

たしかにそれはありました。前立腺がんの専門医は、ホルモン剤治療を主張しましたが、放射線医は放射線治療で十分と主張しました。その間を結構揺れましたし、悩みました。でも、放射線治療を受けると決めてからは迷いはありません。来年年明けからの治療開始で、がん発見から半年以上経過するわけですが、進行して手遅れにならないかと不安もなくはありませんでしたが、それまでPSAを測定してちゃんと観察しましょうという双方の医者の言葉で、今は安心もしています。やはりいちばんよくないのは〈不安〉だと思いました。わからないことに起因する恐怖と言い換えてもいいかもしれません。マイクさんが、自身の予後がどうなるのかわからないのが不安だと言っていたことを思い出します。

そう思うと、

〈生き地獄 介護地獄 転院地獄〉

の3つの地獄の中で、どれも経験したくはないけど、やはり〈生き地獄〉だけは避けたいなとぼくも思います。介護地獄、転院地獄については、いろんな人の状況を垣間見ることでなんとなく想像はできますが、〈生き地獄〉だけはどうにもこうにも想像も予測もすることができない、まったくの未知の状況です。怖いです。マイクさんの不安がどれほどのものか、もちろんわかるわけはないのですが、それを想像するだけで怖いです。

〈それよりもまずまずの楽しく生きていることを喜び過ごすことの方がいいのかも知れません〉

もちろんそうだと思います。今日生きていることを、まず喜びとする。そのことがいちばん大切だと思います。でももし恐怖や不安で押しつぶされそうになったら、そのままを伝えてください。どこまでできるかわかりませんが、自信はありませんが、どのような思いもひとつ残らず共有できたらと思います。共有したいと思います。

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