新参者マイクでも充分身障者なのに

今日もMBSミントの取材撮影があった
14日の主治医回診の様子だけでは寂しいのではと思い リハビリの様子を提案したら追加になったのです
しか良く考えると チャリに元気に乗ってる姿や 右手はダメでも左手で箸を使いこなすマイクが放映されると 今の介護認定に異議が出そうでヤバイかも
それどころか本番のパフォーマンスでは目一杯動き回りたいと思っているのにそんな心配なんぞしてはおられません
これが最後だとしてもこんな幸せを頂くことに只々嬉しいのですが それどころか これが始まりだと 仲間は励ましてくれるのです
ALSだから疲れがでるようでは症状が進むと言うことなど忘れて 先ずマイクが楽しませてもらわなければ 皆んなの期待に応えられないのです
頑張り励まねば・・・

昨日から向かいのベッドに 脳卒中の67歳の方が3回目のリハビリ入院をされた
52歳で発症し 最近になってこの病院でボトックス注射とリハビリの3週間で麻痺が改善して来たと言うのです
昨日今日とこの方から 身障者手帳やの仕組みや介護制度ことなど色々教えてもらいました
身障者年金など知る由もないことまで また金額まで教えてもらってビックリしました

杖をつかれていて 右手右足が固まりかけておられ また言葉はマイクよりもハッキリしていますが ゆっくりお話しされています
ALS新参者のマイクと結構似ているのです
この方は脳卒中以降認定が取れたので 65歳定年まで障害者年金と給与で経済的には困らず 3人の子供さんを大学(院)・結婚とご家庭に恵まれ しかも 何の病気にも医療費は全く払っていないと言われます(65以降は年金を厚生年金に切り替えても)

マイクは球麻痺先行のALSで構音だけでなく嚥下障害が進んでいて 完全に相当の障害者だと自覚しているのです
ALSが確定した時点からも ALS患者は直ぐになるのだと思うしかできませんでした
難病に認定はされましたが 限度額適用はALSだけに限られ 然もその額は 1割負担の者の限度額⒈8万円より高いのです
マイクは ALS以外の病気は後期高齢者なのに3割負担限度額8万円のままなのです

マイクは杖を使っていないだけで 身障者手帳の認定で不利なることを 介護認定でも味わっています
腰痛持ちのマイクでも チャリなら腰を屈めてどれだけでも漕げるのですが 歩くのは大変ですのに 生活範疇では足腰に問題ないとされてしまいます
何故か 下半身の不自由を上半身より重視するようで そんな事をマイクは許せません
これでは 身障者や要介護者に車椅子を販促する為の施策なのだとしか思われません

足は移動には大切な身体ですが 上半身の手まで それどころか声や飲食の不自由を軽視するような基準です
前世紀の人間と違ってコミュニケーションの不自由が人間の進歩や生活そのもの豊かさに関わることを思い巡らして欲しいのです

難病病棟で知り合った同病でない患者仲間から こんな話を聞けるのを大事にしょうと思い教えてもらったことを思い広めて見ました
この方にはマイクの素性やAlsであること 最悪の状態を脱出できたことなどを オープンに話させていただきました
間違ったところもあるかも知れないので明日は確かめてもらいます
それまでは・・・

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医療だけではない曖昧さも救いか/転院地獄

マイクのここへの入院は4/8でしたから 3クール目の点滴の終わる今週末は 在院2ヶ月半になります
入院患者にとって 1ヶ月や3ヶ月は 特定日なのだと何と無く常識的に知ってはいるものの 誰がそれを定めているのか 誰がどうやって決めるのかをはっきり説明してくれることはないようです

2/6の告知前からALSの覚悟をしていたマイクには 在宅が前提であるかのように言われているこの難病に相当不安感を持ってしまいました
そのために在宅介護の受給資格をとっておいた方が良いと知って 手続きを急ぎました
ケアマネさんからは ここ2〜3年前?から医療制度が更に厳しくなって 長期入院が難しくなって来たとの説明を受け 少しでも早く在宅の準備をと勧められました
しかし我が家の事情から訪問診療・治療や看護・介護は避けたいのです
我が家は街中の便利さのため小さくて 然も1階は全て茶道稽古場であり 2・3階も道具や着物で隙間なく 寝る所もやっとなのです
またマイクは定年後 京都の文化の霞を吸って生きる街中の仙人になろうと毎日家を空けてボランティアやアートに浮かれていたほど家を出ていたので それが元気の素になっていて満足していたのです
しかも実は 年金も家も家内に乗っ取られているのにです
養子でもないのに養子以下なのです
それでもそれが京都の旦那衆のしきたりと諦められていたのです
甲斐性もないので祇園でのお茶遊びではなく お金の掛からぬ事ばかりでした

こんなマイクの事情は マイクがいつも引き合いに出す厚労相のグラフのように 在宅で看取られる人を増やそうとしても増えない多くの日本の貧しい家庭環境と同じなのです

一方財政削減のために 2週間退院を奨励するため医療機関への給付を減らしています
事実在院日数は 平均36日を医療技術でも下げられるとし 病床を急性期・回復期・慢性期に機能分化させ 在宅化を推進させる政策です
老人療養床は 老健・有料・ケアハウスに転化とか

マイクはこの29日を前にして 多分一時退院で済むはずですが 3ヶ月の転院扱いになれば 改めて3ヶ月扱いに?
今のこの病院が果たして療養型なのか分からず こんな甘いことと考えて良いのだろうか
今どこの病院のサイトを見てもはっきりした説明はないのです
この病院が進めようとしている在院方針が30日でないかと 次々と退院して行かれる患者さんを見て そう思うだけです
多分今は過渡期で 日本らしく曖昧に都合良く裏でやり過ごすのが日本流なのかも?

でもこの曖昧さで助かる人もいれば 転院地獄と言われる患者もいるのです
日本独特の曖昧さが 安楽死問題とか色々との原因なんだと思います

しかしここまではマイクの推測が殆どです
分かり難いサイトを見てのことですので間違いかも知れませんが 事実医師に質問するのも言いそびれますと ある質問サイトにありましたが それが普通の人の本当のところではないでしょうか

最後に マイクの向かいのベッドのパーキンソンの方のことをここでよくお話ししましたが 先週退院されました
あの陽気でマイクを退屈させない病室のパートナーがいなくなって寂しいのですが 彼も3か月世話なっていて そろそろと自覚していましたが 先週は寂しく辛くなって何回も泣いたり 看護師さんを困らせたりする彼を見知ってしまいました
パーキンソンがかなりきつく とても一人で在宅できないとしか思えません
辛いものを見てしまったこのですが 祈るしかできません

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ギャンブラーには伝染しません/内部告発禁止

昨日今日は点滴・リハ入院中の外泊で 先ほど病院に帰って来ました
昨日は昨日で難病何々票とかを書き揃えたりで半日潰れました
今日はMBSミントのカメラが 家の玄関から稽古場までの道のりを チャリで行くマイクを追い掛ける撮影がありました
続いて2時から5時過ぎは 29日の本番の通し稽古があるのをずっと撮影されていました
全部に付き合ったマイクは 実はこの頃相当ガタがきていて 未だ未だ新参者だからこれ位と思ってやっているのにフラついているのを自覚するようになってしまっているのです
多分こんな様子を主治医が見知ったら激怒とはならないまでも リハビリ入院の意味や目的を無視した患者に外泊を許した責任を感じられるでしょう

でも 放映は 点滴終了して一時退院する来週の 未だ未だ先なのです・・・?
進行性神経症ALSは 例えリハビリであっても疲れさせては逆効果で 症状を悪化させるだけなのです
稽古の仲間はそんなこと知る由もなく 思ったよりも元気そうなマイクに安心感を持って接してもらえているのですが 本当はこんな事なのです

とは言えマイクの自己責任で 嬉しくも楽しくも無理してない振りを務め自己管理しているのです
もし疲れが残るようであっても 遣りたいマイクですし それこそ命縮めても少しでも濃く生きる方が本望なのです
でもこのことは 内緒なのです
仲間や看護師・療法士さんでこのブログを読んでおられていても貴方を信じての内緒なのです

こんな事で 今日の朝 読みかけた清水さんからの返信も ゆっくり目を通す余裕もなかったのです
おまけに 病院に戻るまでの家での時間も 外泊中に 入院禁酒の5日間を取り戻すべく呑み続け 息子が奈良から帰って来ており 25日の息子の誕生日とマイクへの父の日を兼ねた赤飯とご馳走を慌ただしく頂いた
然も実は急いで食べるとよく咳き込むのがかなりきつなっている事を家族にバレてしまうほど また酒の飲み込みも余程の注意を必要とするまで球麻痺という奴が進んできているのです
呑みずらさは注意と我慢でなんとかするにしても 29日の本番までの構音不良は 折角のリハビリが無駄にならないようにと気になるばかりです

ところで ではなく 清水さんのことを気にしながらも 如何書き始めたらいいのか悩んだ日が毎日のように続きましたが やっと安心できたような でもまだ不安が残ることを知り 今夜も考え込んでしまいます
でも並みの清水さんではないことは誰もが分かっていることで ご本人こそ何クソと物ともしない様子であることを想像させてください
そうするべき責務が これまでの清水さんがなされたご活躍で仕込まれてあるのです
マイクは知っていますし信じています
マイクのネガティブは 清水さんに伝染はしません

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叱り飛ばしてくださいね

マイクさん

ここのところマイクさんの投稿を読ませてもらって、たくさんの元気をもらっています。ありがとうございます。
とってもいい感じですね。まわりの人のサポートももちろんですが、それに応えようとしてすべてを前向きにとらえようとするマイクさんの姿勢がとってもいいなって。

ぼくはといえば、少々不安に満ちた時間を過ごしています。先だってお話しした前立腺の白い影ですが、泌尿器科の専門病院を受診しました。当日再度採血をしてPSAの数値を計り直しましたが、やはり微妙に高い数値でそのままエコー検査を受けました。その結果を見て医師はこう言いました。
「前立腺はあまり肥大していないようだし、それでこの数値の高さはがんを疑うべきだろう」
ちょっとしたショックでした。おそらく自分は、このがんという病からは逃げきれないのだろうなと薄々は思っていましたが、こんなに早く次のがんの影が迫ってくるとは思ってもみませんでした。
同日のうちにMRIを受けましたが、結果はまだ聞けていません。不安で悶々とした時間を過ごしています。

そうしてマイクさんのことを思った時に、マイクさんの不安はどれほどのものだっただろう、どれほどのものだろうと思いおよんで、ぼくの不安など取るに足りないものだと自嘲しながらも、やはり不安に押しつぶされそうになっている自分が情けなく思えて心が折れてしまいそうになりました。

マイクさん
ぼくはマイクさんがとても羨ましいです。家族に囲まれ、大勢の人に支援され、その大勢の人たちがマイクさんの困難な日々に手をさしのべ、一緒に乗り越えようとしている。ほんとうに羨ましいし、マイクさんは幸せだなあと思いました。前回の返信にも書きましたが、それはすべてマイクさんがこれまでされてきた社会活動の結果なのだと思いました。ちゃんと社会に、大勢の人たちに関わってこられたということなのですね。

どうやらぼくはずいぶん自分勝手に生きてきたようです。なんだか今になって孤独な闘いを強いられているようで……。
そんなぼくがマイクさんに、社会とのパイプは閉ざさないでほしい、そのパイプ役をぼくがしますなどと、そんなことよく言えたなと、これまた自嘲を重ねています。
でも、マイクさんに関わることが、ぼく自身が社会と関わりを持ち続けるためのパイプなんだろうなとも思います。

27日に京都に参ります。29日には「ENJOY DEATH 生前葬パフォーマンス」に参加させていただきます。
大きな不安を抱えていくかもしれません。もしそうだったら、
「何をネガティブになってるんだ!」
と叱り飛ばしてくださいね。お願いします。

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どう感謝したらいいのか悩むマイクです

今日は昼からMBSミントのテレビの取材があった
29日本番の前撮りとしてALSダンサーマイクの入院の様子を見せるのですが スーパーALSには及びもつかない新参者ですから 全く見栄えがしなかったかも知れません

ALSについてはホーキングと言うだけでイメージして貰えるほどの知名度があります
マイクがALSになっても 難病中の難病であることを多くの方が既にご存知でしたが 実際にはそこまでであるのは当然ですね
マイク自身も告知少し前までは同じだったのです
去年の12月には慶応で iPS創薬治験のニュースがあったのに マイクには関心ありませんでした
今年の3月には 京大でiPSを使って白血病治療薬での効果を治験するニュースはで 知人友人から次々と教えられただけでなく 京大に問い合わせてくれまでした摩耶観音様には敬服の至りでした
(残念なことに 球麻痺先行のマイクは対象外でした)

最近のことですが 名大のALS研究に対するファンドを見つけて寄付したダンス仲間の事を 6/11のここに書きました
昨日また 今度29日の赤字覚悟の「生前葬」パフォーマンスで マイクに関した物品販売などで利益が出たら ALSに関係したファンドに寄付したい由 摩耶観音から打診がありました
勿論嬉しい限りですし よくぞここまで考え至ってくれた事に 愛ある親切を感じて震えました

こんなに気にしてくれている仲間に如何感謝したら良いのか ありがたい悩みとなります
でも実際にマイクは直ぐにでも死にたい時期があったことは忘れない積もりですし 今がある訳も忘れるなんて出来ません
その感謝 お礼としてしなければならないのは自分を曝け出すことでありそれが 難病だけでなく 自死願望者の救いにもなれるような気がします
憧れのトルストイのように⁉︎になって 広く弱者の立場に立って 矛盾や課題を見つける事で お二人のほか多くの支援を頂いている皆さんに応えなければと思います

清水さんがマイクにご期待いただいておられる様に できるかなぁ⁉️

今日のインタビューの最後に 鋭く29日は皆さんに何を訴えるんですかと聴かれました
こんなにして頂けるなんて考えてもいなかったマイクに 人を愛し信ずることの大切さを教えてもらったことへの2人の神様と仏様と多くのご支援をいただく仲間に感謝を述べたいのと そして何よりも マイクが誤解し逃避しそうになったような世間ではなく 優しい人が皆さんの周りにいっぱいいる事を 改めて知って頂きたいと思っている事を告白したいと申しました

弱者を見る目が自らを育み 自分ばかりか世間も優しくなるに違いないと信じられる今のマイクです

愛ある親切で絶望から救われました

昨夜の清水さんへの返信の後 第2水曜日24時30分から20分の人気番組「絶望名言ミニ」を聴きながら寝ました
50分番組の「絶望名言」は第4日曜日28時台にもあって ネガティブマイクを大不安(ファン)?にさせます
単行本 「NHKラジオ深夜便絶望名言」頭木弘樹 飛鳥新社 (2018/12/11)もあります

(病気、事故、災害、あるいは、失恋、挫折、そして孤独……
人生における受け入れがたい現実に直面した時、人は絶望します。
古今東西の文豪たちもまた、例外ではありません。
絶望に行き当たり、絶望を見つめ、絶望の中で書き留められた珠玉の言葉たち。
本書では、そんな文豪たちの「絶望名言」から、生きるためのヒントを探します。)

カフカや太宰にも感激しましたが 先月のトルストイには 理想を求める何時迄も若き?マイクと 晩年 何でもオープンにしたがり 周りを困らす文豪とがダブって 聴き惚れてしまいました⁉️

昨夜は いつもの根暗とはちょっと違っていて 人類に対する絶望と皮肉と愛情を シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した 現代アメリカ文学を代表する作家の一人 カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut、1922年11月11日 – 2007年4月11日)でした
紹介された名言を調べてみて なるほど言えるワード的な 真からの深みのある内容に感心しました

( “Love may fail,but courtesy will prevail.”という科白(台詞)が『ジェイル・バード』という作品の中に出てきます。「愛は負けるかもしれないが、思いやりはなくならない=愛は負けても、好意は消えない」みたいな意味でしょうか。「愛は負けても親切は勝つ」という訳もあります。
これは戦争という悲惨な状況(中でもとりわけ凄惨なドレスデン爆撃)を経験したヴォネガットが導き出したテクニカルな教訓なのでしょう。
考えてみると、愛のために争いは起きますけど、親切心や礼儀正しさ(courtesy)のために争いが起きることはありませんよね。つまり、争いが起きないことを一番に考えるなら、大切なのは愛よりも思いやりだということです。シンプルですが、深い知見です。)

難病患者が求めるのは 表面的な愛ではなく 芯からの親切なのでしょうか
かなり打算的にも思えるのですが 先が見えている焦りからくる実利選択なので 無理もないのです
確実にエクセルで計算した先を見透ししないと我慢できない これは育ちによるのかとも思います

マイクが2人の神様・仏様から夫々に精神的な延命措置を申し出られた事に 愛も感じましたし 加えて確かな思いやりと好意と親切とを信じられたからです
絶望の危機から救われて今があるのは

エクセル育ちは変えられません/我儘も

久しぶりに清水さんの返信を読んで お身体のことが気になりながらも 言葉をかけようにも戸惑うところがあって 何時もの様に自分の事ばかりになってしまい 素直になれないマイクは パートナーとしてこれでは不味いと思うばかりの毎日でした
ひとまず安心させて頂きます
そして何より久しぶりに読んだ清水さんの文章の読み易さと内容に これまた恥ずかしい限りと思わされました
随分前に SMSでの長通話してここに全部転記した4/17の青ヤンが 見舞いに来てくれて その時マイクの文章の読み難さと 起承転結の無さを指摘されたのを白状します
言われるまでもなく自覚していると言い訳したいところですが 実は彼が中々上手い例えで 清水さんとマイクの文章の違いを言い当てました
ワードとエクセルの違いだと
文学部と理学部の頭の質の違いなのですが何時ぞやも マイクが此処で 文系と理系の違いが 死生観の違いにもなるのではないかと述べた

マイクは 現実を見て 現実を知り 客観的に 或いは直感的にせよ 数字化できるところはそれに務め 相対的にも全体的にも把握できないと次に大事な妄想の精度と信頼性に期待できないのです
とは言えマイクの欠点は妄想自体を楽しんでしまい 些末な思い付きを起承転結を忘れ大事にしようとエクセルの升目に留めて置いてしまうのです

そんなマイクは毎日の入院先で見る患者と看護師の対応と言葉を 結構楽しんで見聞きしているのです
痛い辛いの患者と 人間として仕事としての看護師の葛藤が丸見えなのですが 両者にそれぞれに余裕がある内は 第3者から見れば滑稽でもありそれで済ませられるのですが どちらかに明らかに余裕がなくなる場合もまあまあでなく しょっちゅうあるのです
そんなとき時々思うのは 患者は殆どが素人で 看護師は玄人の立場です
患者には新米が優しく ベテランは安心ですが・・・とか
この程度なら 我儘とかなんとかの話にはならないのですが 現実は 我儘にうまく対応される看護師を見ていると ナイチンゲール以上に崇めたくなります
そうでなければ長くは務まらないと思いますし 先日書きましたように 家に帰られたら 変身されるのかと心配するくらいです

病も様々 患者も様々です
自力本願のギャンブラーに向いた病には そのような方なら 卒なく乗り越えられるでしょう
他力本願で逃げ切ろうとするしかないと思うような病には 不平不満も出やすいかも・・・・

判ったか 判り難いような 何時ものようになりました

難病患者だけがわがままか!?

マイクさん

いろいろ充実のご様子、その姿を思い浮かべて、ぼくはうれしくなりました。
それにしても生前葬パフォーマンスやマイクさんの療養生活をサポートしようという人がなんと多いことか。なんと心強いことか。それは、これまでマイクさんが人のため、社会のためにいろんなことをされてきたことの裏返しだと思いました。いい人生を送ってこられたのですね。そうして思いました。人は支える側も支えられる側も、決してひとりでは生きられないのだと。人は自分が思うほど、孤独ではないのだと。

これを介護する側と介護される側にあてはめて考えてみたいと思います。「ALS患者は我が儘か?」ついての考察です。被介護者のわがまま、介護者のうんざりはよく語られるところであり、映画「こんな夜更けにバナナかよ」の中でも描かれていましたね。それはぼくの拙い作品「死亡退院」の中でも何度もくり返し登場するテーマでもありました。

例えば主人公、ディシェンヌ型筋ジス患者轟木敏秀がぼくの自宅に泊まった夜の話。
何が食べたい? 何でも好きなものを食べさせてやる。贅沢言っていいんだよと言うぼくに、彼は「目玉焼き」と答えました。寿司でも、ステーキでも、もっと贅沢言っていいんだよと言いかけて、ぼくはハッとしました。一度に大量の調理をしなければならない病院食で、当時1個ずつつくらなければならない目玉焼きは、決して口にできるものではなかったのです。こんなものが贅沢になるなんて……。ぼくは喉が詰まりそうになったことを覚えています。

逆にその夜一晩中体位を変えてくれと要求する彼にうんざりしたことも。「ゆっくり寝させてくれ」と言うぼくに、「ぼくは身体が痛くて寝られない」と訴える彼。介護、介助をしてやるから泊まりに来いと促したぼくに、身を委ねて泊まりに来た彼。ぼくはどちらがわがままなんだろうと思いながら一晩を過ごしました。

こんなこともありました。
病院で食事介助をしていた時のことです。予て好物だと言っていた冷やし中華がトレイに乗っていました。それを彼の口に運ぼうとすると、振れない首を横に振ろうとして拒絶したのです。どうして? 好物じゃないの? そうたずねたぼくに彼はこう答えました。
「切り刻んであるでしょ。麺を食べてるという気になれないの」
通りかかった看護師さんに、どうして切り刻んであるのかとたずねたら、喉に詰めたりしないようにですよとさらっと答えました。すると敏秀が、
「食べやすくじゃなく、食べさせやすいようにだよ。しかも事故を起こさないような危険回避もね。患者のためじゃない」
と吐き捨てるように言ったのです。
多くの患者を限られたスタッフで介助、介護するには仕方ないことなのかもしれませんが
「麺を長いまま食べたいと言ったら、わがまま言うなと前に言われた」
という彼の表情はとてもさみしそうでした。

危険回避と効率。それが背景にあるなら被介護者はまだ納得できるかもしれません。だけど、もし介護者に「ここまでやってやってるのになんだ……、まだ要求するのか」という思いがあるとしたら、そしてそれがもし職業として介護に携わっている人ならとても残念だし、その思いは介護される側に必ず伝わるはずです。


被介護者、介護される側は要求が多くて当たり前です。だって自分でできないことをしてもらうために介護、介助を要求するのですから、ほどほどなんてことないのです。そういう意味でいうと、被介護者であるALS患者はわがままではないとぼくは思います。ほどほどの介護で満足してなさいという介護者の方がわがままだと思いますが、いかがでしょう。

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パフォーマンス順調に/クラウドファンドに涙

9日に29日に控えた「えんじょいデス」(マイクの生前葬)公演の稽古場に顔を出しました
マイクが何もしない内に 全てKDE(京都ダンスイクスチェンジ)の仲間が企画制作してくれていて 患者のマイクに負担を掛けないように ソロと入退場の仕掛けだけであとは 当日参加でサプライズさせて頂けるようです
マイクのボランティア仲間が「チーム・マイク」を結成し当日手伝いをしてくれるのも感激です
こんな仲間がいたのに 2・3月は孤独感で危険状態だったのです
今思うと実に恥ずかしい限りだったのです
その中の1人が 稽古の帰りに手渡ししてくれたキーホルダーの意味も分からなかったのですが 調べると ALSに関するクラウドファンドのリターン品だったのです
お礼状にある名前から次のように判りました

ALS発症のメカニズムを解明する、世界初の細胞活動の解析装置をつくりたい!2016年名古屋大学未来社会創造機構客員教授宇理須恒雄と申します
https://camp-fire.jp/projects/view/100487
10万人に1人が発症すると言われるALSをはじめ、世界には難病指定されている神経疾患がたくさんあります。なかなか治療法が発見されないのは、発症のメカニズムが解明されていないから。このプロジェクトは、そのメカニズムの解明に欠かせない、世界初の「細胞の活動を解析する」装置をつくるためのものです。
2月 プロジェクト開始 目標200万円(総予算)
4月 プロジェクト終了 達成336万円(167%)パトロン 227人
5月 解析装置完成(予定)
お礼のお手紙、キーホルダー送付(予定)
研究室の見学(額による)
6月 記者発表(額により同席)

直ぐに彼にどこで知ったのかを確認しましたら SMSでたまたま知って ALSだから寄付したと言う
マイクにとって涙ものの御守りです
「第4代JALSA会長が足で描かれた白虎」のパネル絵付きです
彼にから こんな思いを頂いて マイクはただただ幸せです

点滴のお陰で 今日から3ヶ月目/天敵は許せない

暑かった5月とは言え 入院中のマイクにはあまり関係なかった
しかし窓の外の曇天の庭を見ていると 症状が進行しそうで滅入ります
それでも今日は久しぶりに 主治医回診があり 今日から3クール目の 平日10日2週間の点滴が始まり その効果?か進行がゆっくりなのではとのお言葉を頂いた
その話の流れに乗せて 4クール目はありですかとの質問にすうっと答えて頂いて 確約頂いた
それと 何度か話して頂いている 主治医の開発されたメコバラミン筋肉注射が来年から使えるようになるのを期待して欲しい由 今日も付け加えらました
このまま来年9月まで主治医のお世話になる?
いや スーパーALSまで⁉️

3クール終わりで 3ヶ月になりますが 休薬期間にうまく29日の「えんじょいデス」公演をやれるのもラッキーなのです
その公演のMBSテレビ取材に合わせて 14日にも入院風景を撮るについては主治医からOKを頂いているばかりか 当日は個室でとの配慮まで頂きました ラッキー‼️

さて 基本的にALSは在宅で 入院は1ヶ月 長くて3ヶ月を転々とするものだと理解していますのに 不思議なマイクです
それなのに 向かいのベッドの震えがきつくまた不規則なパーキンソンの方が3ヶ月になり退院されるのです
マイクに色々と教えて頂いた有難い方なのですが ご本人は覚悟されているように振る舞っていますが マイクにはとても在宅独り住まいは無理にしか思えません
そのことと思いますが数日前も陽気で繊細な彼が涙し 今日もそうだった
気の持ち方ぐらいしかお話しできませんでしたが 如何しようもなくて辛かった

昔 と言っても2年前のマイクのブログを転記で付け足して置きます

2017/7/14「新しいカテゴリーを」(他人の死をも考えねば)
このブログは 自分の死を考え初めてもう長年になり 自分のことだけでなく社会的に安楽死センターが必要な時代になると予感して発展させてきましたが 考えるだけではなく 実践を急がねばならないと焦ってきたこともあって カテゴリー「最期はセルフネグレクト」で 自死の具体的な状況作ろうとしたのでした

このブログでも度々紹介し 死に方の本を多く出し また京都で「自分の死を考える集い」を主催する中村仁一老人ホーム「同和園」附属診療所所長のことを 尊敬申し上げますが よく考えると 中村さんは 老人の個々の方の死についてを考えておられるだけで 社会的な問題として 安楽死センターなどの必要性については全く述べておられない
(この交換ブログ5/18に ALSのマイクに自然死してみて欲しいと言ったことを書きました許せない医師です)

マイクとしては 個人の死は個人の問題で 最期はセルフネグレクトすれば 他人に何の迷惑もかけないとかの死に方が出来るのですが 実際は 誰にでもそう出来る訳でもなく ヘルプも必要なのです
詰まり自分の死よりも 社会的に 他人の死に方にもっと関心と支援を必要とするのです
『他人の死を支援する』『他人の死を考える集い』などが大事なのではないか
そう思って 今日から カテゴリーを新しくしてみました

(天敵は 他人に 無責任に自然死を勧める 苦しもうと我関せずというのは 自死者を見て見ぬ振り 弱者支援救済放棄で 閻魔様に裁かれます)