「パタカラ」って結構いいもんです/ナースこそ修道の人

今日は 清水さんの生検が始まって 検査結果が出るまでのお気持ちを察するのですが マイクは下手な 要らぬ言葉が出ないかと思うだけで気遣いしてしまいます
祈りながらお待ちしますとだけでお許しください
誰もこんな時 と言うよりマイクは 占いや祈祷などは虚しく ただ運命に従う心でしか向き合えません
幸運や悲運も 何よりも何も変わらない日常すら これを運命だと(感謝する)しかないのです
京アニの あんな事件にも ただ同じような言葉(諦める)しか浮かばないようでは マイクの心の貧困を情けなく思います

今日は3週間の看護学生の実習の最後でした
ナイチンゲールにも負けない献身的な心の彼女に刺激されたことが マイクにとって大いにこれからを考えさせてくれました
彼女とは 昨日一昨日の論文?を書く切っ掛けとなった彼女のパートナーの本物の論文を通じて繋がり続けられそうにも思います
彼女からは 前回の実習生の(嚥下体操図)のように マイクの似顔絵と(嚥下の喉の様子を図解)したパネルに 留意事項を書いて渡されました
またまた皆んなに見せびらかす物が増えました
そんなことよりこれからの彼女が思いあって選んだこの道で 尽くされることを信じまた祈ります

マイクの症状は このブログのこの月の19日に載せました通りですが 飲み込みと喋りの悪化が深刻で 昨日は色々な食べ物(造影剤処理)を飲み込む様子を動画レントゲンで撮影しました
結果は多分27日です
今日の入浴では肺炎で喉仏から酸素補給するお爺さんをしっかり観察しました
低酸素でいいので 喋りの問題がない部位なのです
胃瘻や気管切開が愈々かと思っているマイクですが 医師にもう直ぐですかと聞くのは野暮と言うものらしい?です
それより 今日貰ったパネルにある「パタカラ」訓練に精を出そうと思います
口腔の機能を 飲み込みも発声も保持する基本的な発声訓練です
ゆっくり正しく発音すればいいのですが ALSだけはやりすぎが却って悪くすると言う難しさがあります
困ったものですが まだまだ新参者でいられる筈ですので 笑顔は当分続きます
入院も結構忙しい生活で 土日は自宅へ帰りながらも 吸引機に守られ 随分休んでいる断捨離に手が付けられないくらい あれこれと用事があって身体を使っています
これもALSにとってやり過ぎは良くないと リハビリ療法士からキツく言われています
でも勇気を出すまでもなく やれることをやっておきたいマイクです

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情けない・みっともない・勿体無い/NO!虐めの文化

今日の祇園後祭巡行は 梅雨明けに合わせたかのように盛大に行われた様です

昨日は 山田創平さんのジェンダー芸術論に刺激され 社会に於ける弱者と平等について考えながら返信を書き込んでいるうちに 支離滅裂の状態にはまり込んでしまい抜け出せなくなりました
エクセル型の升枠を埋め尽くそうとするマイクの文章癖が 何時まで経っても抜けません

言いたかったのは 「虐め文化」の日本社会を非難したかっただけなのです
実に「情けなく」も「みっともない」ことだと思うからです

例えば弱者を差別する虐め側の本当の理由は 弱者排除と言う意地ましい敵対意識以前に 軽い気持ちで偶々見付けたくらいのマイノリティであっても それをターゲットにしてみたことで 自分がマジョリティのリーダー感覚を味わえたことから始まるのです
こんな程度の弱い者虐めの構造は 確実に脆弱に決まっていますし リーダーの信念も熱意もないに等しいのです
だけど一度味わうと簡単には手放そうとしません
その構造が持続するのはリーダーの思想や信念が優れているからでもなく その軍団の一体感によるのです
一体感は付和雷同する国民性にあると言ってもいいかも知れません
マジョリティ帰属本能なのかも知れません
大衆迎合型の民族レベルなのです
政治と国民を見てもそれを否定できません
国家の保守的構造は 革新的な筈の明治維新の不完全さによるものなのでしょう
今現在の問題は 野党まで与党を虐めることしか考えていない政治文化なのです
(れいわ維新や安楽会がそれを気づかせてくれればいいのですが)

ではどうすればいいのか
例えばマイノリティであっても自国民なのです
排除や差別を自国の文化と言い切るなら別ですが 共生と平等を掲げる日本であろうとするなら マイノリティの存在を蔑視することは罪に値するのです
弱者や少数者がいる社会は現実であり それを敵対視や虐める現実があっても それは歴史の中で改善されるべきものです

弱者差別する者を非難することも世間で多く見られるし 嬉しいことに多くの社会運動にもなっています
しかし 弱者差別する者を非難することは戦いに違いなく 時に悲惨で醜い
彼等は彼等で 既得権保身で身を張るのです
彼らと戦うのは至難で歴史の運命を待たねばならないほどです
政治とはこのような無駄な戦いなのです

しかし 弱者差別する者を非難する前に 弱者を蔑視し 弱者を無視すろことをも非難したい
実はこの輩は 必ずしも弱者批判者でもなく関心が無いだけのポピュリストでしかないのです
しかも国民の大方はポピュリズムの中身も知らず 大衆迎合に満足していて しかもそれがマジョリティなので 安心感と一体感で結ばれているだけなのです
問題はこの無頓着層を少しでも減らすこととで解決させたいのですが 理論も信念もない保身だけの自己中を崩すことです
甘い水や人参ぐらいで済むのですが そこはもっと別のやり方があるはずです

虐められる者を救うためには 虐める者やそれに加担する者だけでなく その前に 虐めを黙認したり 見ぬ振りしたり 自己保身の心しかない者全てを漏れなく非難せねばならないのです
虐める者より その方が効率的で 確実性が良いのです
この考え方は 個人主義が蔓延る以前は 文化としてあったのです
エリートがポピリスト導く責務があるのに それを忘れた政治家・知識人・報道人までもが保身の自己中ポピュリストに落ちぶれ 彼等がマジョリティなる大衆を先導しているのです
彼等を閻魔様に裁かせる前に いや無関心で騙されているだけでも地獄へ行くことを 国民こそ知るべきなのです

昨日と代わりなくなりました
明日は別のテーマを探してみます

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やれることをやる勇気と魂/屁理屈妄想

薩摩魂よりもっと相応しい言葉があるのかも知りませんが 清水さんの返信から西郷のように理想を創り上げる鹿児島人の魂を感じました。
またそこが 清水さんを遠くそしてこれまで長く惹きつけてやまないところなのでしょう。

お陰様で精神的に安定したALS新参者のマイクには 医師からは殆ど余命宣言らしきこと知らされず せめて胃瘻や気管切開の見込みぐらいは知りたくて 自分でALS占い師にでもなろうかと考えています。
その始めに、ALS同病者に沢山合って、自分で推測するのが一番頼りになると思い京都難病連に行ってきましたが、京都にALSは200人は居るらしいのに革新京都に「ALS友の会」はないのです。

ALSマイクはこれから、ALSに拘らず 「死に切れない老人」や力及べば「悩める人」も、全ての弱者の何らかの支援を当事者か経験者として「マイクらしい遣り方」でやりたいと考えています。
(本当にできるかはこのブログで妄想することから始めたいと思います)

今、終末期の老人のためを考えることを、マイクは使命にしたいと思っています。
老人は決してマイノリティではありませんし、いまやメジャーなのですが、悲しいかな他人に頼るしかない弱者としての存在なのです。
その多くの老人が、死ぬに死ねない地獄のような現実を知り、看取られる最期の場所もなく彷徨うであろう真実を見過ごすことを出来ないマイクは、救世の解決策として、安楽死の必要を直感し、多くの終末期の老人には 特に貧乏な弱者には それを支援する施設が必要と結論したのです。
(今も安楽自死支援施設の実現を夢見ています)

一般に、その弱者への政治の取り組み方と、多くの国民の弱者への関心は、弱者支援福祉全般の質や充実そのものの為の理念よりも、自分の立場だけの周辺にしか関心や見る目がないように思えます。
多くの老人は、自分の年金が充分貰えることだけに関心があるのであって、自分に関係無い他の弱者には関心関係無用なのです。
そしてその老人ががメジャーなので、多数決民主政治のターゲットになるのです。
(世間の弱者への関心の希薄さに問題があることが気になりますが メジャーによるマイナー差別こそ問題なのです)

マイノリティを差別する者が現実にいて、それを許せないとの思いを持つ反差別者がいることも事実です。反差別者が差別是正への対決をする社会現象もよく見られるようになりました。
しかし反差別活動はマイナーだと思います。
大方は、より平等であるべき社会の実現には関心なく、平等という言葉すら無視して暮らしています。民主主義を誤解し、マイナーを無視したメジャーだけの世界の中だけでは豊かで擬似平等なのです。
それが多数決主義を誤解し、メジャーがメジャーであることを正当だとする風潮がのさばっているのです。
(民主主義の誤解を解かねば社会を変えられない)

社会をラジカルに完全にフラットに方向付けしないと差別は無くならないと考えがちです。しかしラジカルは不幸を生む危険と完全遂行の困難が在ります。マイナーがメジャーに立ち向かうことのバランスから明らかです。
しかしマイナーがメジャーの論客指導者とだけ正論で戦うのは容易なのです。それを見越せなければ戦う意味がなく、見越せるから戦うのです。
メジャーと雖も、その中身はマイナーなエリートだけで、その他大勢のメジャー構成は、メジャーパラサイトに過ぎず、戦いに勝った方に鞍替えする輩ばかりです。
(ラジカルとは正論で戦うことだけです)

しかし実際の戦いはメジャーの中のエリート軍団が、甘い既得権や、大きなメジャーを支持するパラサイト軍団を固守するのは当たり前で、最後まで生き残るしか活路はないのです。
それに対抗するのには、メジャーパラサイトをマイナーだったこちら側にパラサイトさせることです。この方が、労力がいるが確実にメジャーを引っくり返せるはずです。
メジャーパラサイトとは、どっち付かずと言うより、ただの自己中がメジャーが強そうな方を正義とする民主主義偽善者なのです。
(ポピュリズム社会での社会変革の仕方)

こんな論文?を書く積りではなかったのですが、途中で修正が効かなくなってきました。
だからと言って今日の返信を作り直すには消灯時間もすぎたので、いつもの書きながら考えを展開する支離滅裂の 、れも相当酷い返信のままお読み捨て置きいただけるようお願いして終わります。

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自分に何ができるかを考えること

マイクさん

なんの盛り上がりもない低調な選挙でしたね。ぼくらのいる場所から、ずっと離れたところでの権力争いみたいな。本来政治というものは、暮らしと表裏一体になっていなければならないと、ぼくは思っています。台所に立ったとき、ガス、電気、水道などといった公共料金だけではなく、大根1本の値段、キャベツ1個の値段、牛乳、バターの値段などで、今の政治状況が読み取れるかどうかが大きな問題だろうと。そういう目で見ると、TPPとかEPAなどというわかりにくいことも、ずいぶんわかりやすくなるはずです。でもこの頃の政治は、そういうところに目を向けていろんなことを考えようにも、すでに答えありきで何を言っても無駄なような気さえするのです。

そうは言うものの、砂を嚙むような思いを抱えながら投票には行ってきました。自ら社会参加を放棄するつもりはありませんから。

しかし、京都というか大都市の状況はある意味羨ましいなと思いました。
鹿児島のような「田舎」になると、残念ながら経済に対する問題意識が突出します。地域経済にとって、中央と太いパイプを持っていちばん働いてくれるのは誰かということです。経済の多くの部分を公共投資、補助金、助成金から切り離して考えることができません。街頭インタビューなどで、福祉の問題、年金の問題などを最重要課題に挙げる人は少なくありません、しかし、最終的には地域の活性化、経済の活性化というところに集中していくのです。

言葉を換えると「利権」ということになるでしょうか。つまり自分の利害に合わせて誰がいちばん利益をもたらしてくれるかが最大の興味なのです。そしてそれが候補者を選ぶ場合の最大の判断基準になるようです。政治の多様性、革新性はもちろん、政治の細部が自分の暮らしとどのように結びついているかなど、まったく関係ない、知ったことではないのです。れいわ新撰組をポピュリズムだというメディアや人が多くいるようですが、あれだけ情熱を持って政治理念を語れる政党、人は近年いなかったのじゃないかな。安楽会も同じような気分で見ていました。残念ながら投票することはありませんでしたが、大きく期待をさせてくれる政治勢力だと思いました。多くの政党の候補者が、議員という身分を求めて右往左往しているのに比べるとずいぶん気持ちいいなと。N国党はちょっと……。

鹿児島の話に戻ります。
じゃあ鹿児島の福祉は最低なのかというと、決してそんなことはありません。革新性の強い京都や大都市に比べると、保守王国の鹿児島は福祉の分野が遅れているんじゃないかとは、大都市に住む友人からよく聞かれることです。くり返します、決してそんなことはありません。

その背景には、政治の力よりも、行政の力よりも、政治、行政を動かそうという市民県民の力があるのだとぼくは思っています。例えばALS協会や患者会、家族会を見てもそうなのです。もちろん個々の患者さん、家族、関係者の頑張りに支えられてですが、行政の制度、施策で不備なところをうまくカバーしていると言っていいでしょう。

鹿児島のALS患者会・日本ALS協会鹿児島県支部では、もしALSだと診断されたらどうするか……。療養生活にとって必要なことは何か……。福祉用具、コミュニケーションツール、呼吸器などはどうしたらいいのか。療養生活の不安はどのように解決したらいいのかなど、難病であるからこそ、不安だからこそのきめ細やかな対応とサポートを目指しています。
さらに、そういった難病関連の患者会が結集して、かごしま難病支援ネットワークを設立し支援活動に力を入れています。

ある会員さんに話を聞いたことがあります。その人はこう言いました。
「政治の状況、制度の不備に一喜一憂するよりも、自分に何ができるかを考えること。そこから政治を変えようという意思が出てくるのではないでしょうか」
政治で大切なことは、政治に対して何かを求めるということよりも、政治を変えたいのならそのように動くことだと、ぼくは思いました。

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参院選終わる/安樂会は議席なしで比例27万票議席22万票

昨日の選挙結果からマイクの関心だけを! 先ず
京都の立憲民主は中々美人で 勝間和代(51)をパートナーとする増原 裕子(41)を候補としたが残念にも僅差で敗れました
LGBT活動家が議席を持てば 京都の革新性が共産党だけでないと言う意味で期待していたのですが残念でした

もう一つ残念でしたのは安楽会が議席なしで また話題にもなってもいないことです
でも比例27万票議席22万票をどう評価したらいいのか 考えてみたいです
安楽会のことは 7/17のこのブログの通りで マイクは比例に投票しました
(れいわ228万で2人 N国党79万1人 で 安楽死への関心が NHK以下とは)

もう一つ れいわの比例特別枠からALSと重度身障者が当選しました

「それにしては参院選:れいわ新選組・NHKから国民を守る党、大躍進で既存野党の議席数を上回る勢い
https://biz-journal.jp/2019/07/post_109874_3.html

れいわ新選組を筆頭に N国党や安楽会といった「諸派」が勢力を拡大すれば 政治や社会は大きく動くことになるだろう」
とある
ALSの船後のかとは 次から読み取ってください
舩後 靖彦ふなご・やすひこ
http://www.arsvi.com/w/fy04.htm
『しあわせの王様――全身麻痺のALSを生きる舩後靖彦の挑戦』
http://www.arsvi.com/b2000/0808fy.htm

これはどマイノリティのことが話題になり 政治に変化をと願う流れが見えてきます
7/17のブログに安楽会が世直しの奔りになって欲しいと願ったことが 既に政治の風潮になっているように感じました

マイノリティのことですが 話が変わりますます
7/10のこのブログに話しました彼女と その後話しますと 彼女のパートナーがマイクの知人何人かと繋がりのあることを知って不思議な縁を感じます
彼は芸大の准教授としてマイノリティの重要性を鑑み その面で優れて且つダイバーシティの象徴となる人物として アフリカ人学長を擁立した一人のようです
美術手帖2019/7/13に 彼 山田創平さんの専門をベースとした芸術論を下記のように投稿しています

『まずは知っておきたい「芸術実践とジェンダーの平等」について。社会学者・山田創平
シリーズ:ジェンダーフリーは可能か?』
https://bijutsutecho.com/magazine/series/s21/20162
世界経済フォーラム(WEF)による2018年度版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は「調査対象の149ヶ国中110位」という低順位であることが明らかになった・・・・・・・第5回では芸術、地域、マイノリティといったテーマを研究してきた社会学者・山田創平があるべき「芸術実践とジェンダーの平等」を示す。

芸大で社会学を教えるだけあって この記事のトップの写真の背景にある「釜ヶ崎大学」は マイクがよく知る上田加奈代代表が共通の知人でしたし 多分と思って小山田徹京芸教授も確認するとそうだった
二人ともマイノリティに絡んだアーティストですし マイクは彼らのファンです

漸くマイノリティを掲げ出してきた政治です
それに先駆け 芸術は その芸術より先駆けることを使命とする社会哲学の導きを受け継ぎ ジェンダーをテーマとして社会に芸術の眼差しを熱く注いでいるのです
変革の必要性と兆しを可視化する使命を芸術は果たさんとしています
政治家に芸術を!

バカばっかり

6月29日 えんじょい・デスのフィナーレ 撮影:清水哲男

マイクさん

「尊厳死協会の詐欺紛い」には笑ってしまいました。
でもちょっと考えてしまいました。ぼくらを取り巻く環境の中で、そういうことってたくさんあるんじゃないかって。

中でもいちばんの詐欺紛いは、医療費総額制度ってやつじゃないですかね。疾病によって医療費がどれくらいかかるか患者にわかりやすくするために、ですって。でもこれ、患者個別の症状に合わせた医療をというんじゃなくて、医療費を抑える目的で導入された制度ですよね。ぼくの経験でいうと、患者は手首にバーコードを巻かれ、何かあるたびにスキャンされる。どれだけ医療費がかかっているかすぐにわかるように。で、決められた総額を超えることはできない。

ぼくの大腸がんの場合、手術から退院まで6日間でした。
なんだ、ぼくの病気はそんなもんなんだと軽く考えちゃいました。6日間で普通の生活に戻れて、すぐに社会復帰(笑)して、仕事にも戻れるんだと。甘かったです。入院6日間で、ぼくにかけられる医療費は上限に届くんですよね。知人の医者が教えてくれました。「6日で退院させられたと言ったほうがいいかもね」って。あとは自宅療養しなさいってことですよね。

ぼくは抗がん剤治療も在宅、通院でしましたから、退院後の方が大変でした。6日間というのは手術でできた傷が治るだけで、体力が回復して普通の生活に戻るというわけではないのです。それでも6日で退院させる。それ以上の医療費はかけられないということなんでしょうね。患者のためではないのですよ。ぼくらはいざという時のために、社会保険や国民健康保険で高い保険料を払っているのに……、って感じです。

マイクさんも、難病中の難病だと言われるALSの患者さんなのに、入院し続けたいのに入院できないのは、そんなことが背景にあるのかもしれませんね。在宅で療養するにも、今度は介護保険制度というおかしな制度が待っていますしね。これまた高い介護保険料を払っても、こちらが望む介護を受けられるわけではない。必要な介護はこの程度だからあとは自分でなんとかねって言われてんですよね。

でも、介護保険の発端は、家族の負担を減らして社会で介護の負担を共有するってことじゃなかったかと記憶しています。これもやっぱり財政の問題で、制限を加えようという方向に進んでいますね。「自助自立」っていうんですか。なんのための介護保険なんでしょうねえ。真面目にじっくり考えてみると、なんだかよくわからなくなってしまいますね。マイクさんの療養生活に対する不安も、こういうところから出てくるんでしょうね。お察しいたします。どうやらこういう制度を決める、国民の代表者であるはずの政治家たちが、「色々な場面で臭いものに蓋をし、我関せずの保身主義自己中ばかり」なのかもしれませんね。

ぼくが鹿児島でやっている「妄想ラジオ」的に言うと、バカばっかり、ということになります(笑)

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4/21までの ・その後7/19までの病状/病歴

マイクの病状について気になされておられる方もいらっしゃいますので時々は報告したほうが良さそうです
マイクとしても病歴履歴のつもりで

去年の春夏に何となくむせたり呂律が気になったりの自覚症状があって 7月に総合病院で精密検査を受けましたが経過観察で済ますことにされる
12月に電話での喋りのヘンテコさを兄妹たちから指摘され 金沢からセカンドオピニオンすべきと見舞いに来てくれた
翌々日の12月5日に再検査を受けたら 大学病院に検査入院するよう言われた
その時は 右手人差し指と親指で掴みに力が入らぬ程度でしたのと 呂律が回らないのも喋るのが少し億劫になる程度でした
1月初めには自分がALSであることを自覚覚悟して 断捨離を楽しむ余裕があったが 入院待ち2ヶ月の長さに 不安よりは怒りを覚えました
入院できたのは1月30日で 直ぐの2月6日にはALSが確定し告知された(2ヶ月待って1週間で しかもすぐ退院せよと)
薬は効くか効かないかも知れず 飲む意味疑問のリルテックのみ
その間に 手足の変化は殆どなく 他人が気にする程に 喋りの進行は進んでいましたが 飲み込みはそんなに気にすることもなかった

確定後の2月は 難病手続きや治験を受けるか 主治医を決める為の病院巡りや介護の申請やらで多忙でしたが ジムでのダンスレッスンは普通に受けていたりなのに 直ぐにでも死ぬ覚悟も出来ていて 深刻さは自覚していなかった
しかし先行きの不透明さに3月は殆ど死を覚悟で沈んでいましたが 症状の進行を気にすることもなかった
3月12日にやっと今の病院を昔は療養型であった理由で選んだが 4月8日からのリハビリ入院2週間だけが決まりました
が それまでの4週間の放置の長さに耐えられず 心にも 喋りの悪さにも影響が大きかった
確定後2ヶ月過ぎた入院の頃の手足は 右手指が動き辛くはなっていて 摘む力のなさに消沈することがありますが それ以外に体は不便を感じていません
しかし言葉は相当喋りにくく また飲み込みに慎重さがいる程度になって 球麻痺の進行が早いのを自覚します
特にこの3月は 自死願望で沈み込むほどに悩んだので進行したとしか思われません
入院迄の様子はこの通りですが もうひとつマイクにとっての大きな悩みは 去年からの腰痛です
確定前は痛くても我慢して普通にダンスレッスンを受けていましたが 確定後は精神的に慢性化してしまったようで 悩みと辛さの7割が ALSでなく腰痛なのです
それが次第に死にたくなるほどの疼痛なのです
そのため入院後のリハは飲み込みのリハと 腰痛のための理学・作業リハをしていています

ところが入院3日目に ラジカットを点滴をすることになり 2週間点滴・2週間休薬の1クールが継続し 4週間入院となったのです
精神的な落ち込みは1ヶ月間だけでも払拭され 平静にこれからを考える余裕が出ました

2/7の難病申請だけはすんなり言ったのですがその後の諸々の登録や申請請求作業が面倒で処理が遅く片付いたのは6月中頃?
健常者でも腹がたつ弱い者いじめとしか思えませんでした

病院生活は快適で 食べず喋らずだったら この難病病棟にいる資格がないような 腰痛7割だけのマイクです
それも死にたいくらいの疼痛ですが 入院3日目から清水さんから用意して頂いた「タブレット」が届き その前では 完全に腰のことも忘れてしまっています
もう一つ 6月29日にマヤちゃん提案で「生前葬」をすることになり これもまた精神的な余裕になり 体調が良くなった訳でもないのに 人が変わったように表情が明るくなりました

入院後の様子はハッピー/ラッキーが続き 第2・第3クール点滴まで リハビリも贅沢に受けられました
第3の休薬2週間を退院にして その中日に生前葬を 大盛況でやり遂げられました
TV取材で喋りすぎ負荷が祟った所為には違いありませんか 喋りと飲み込みは前後で大幅に進行しました
4/8再入院で第4・第5クールを受けることになりました
喋りの進行より 飲み込みの危険があるほどになり 土日毎週帰宅しての酒もトロミでないと飲めず 吸引器を家で用意することにもなりました
体重は 1月から4キロ減ですが 見るからに右腕が痩せ 全身の馬力も落ちているのを自覚します(1月58k 2月57k 3月56.5k 4月56K 5月56k 6月55k7月54k 6/30朝は52.5kでした)

それよりも右指は軽く曲がりが固定し 力が入らず 急に字が極めて書き辛くなりました
ご飯は入院時から 全粥で 右手スプーンですが 少しふるえるように
右肩が服を着るのに痛むのは 右腕の筋肉の痩なのかと勘ぐったりするようになりました
ALSの影響があるのかは気になりますが こんな贅沢なリハを受けているのですから腰痛は相変わらずですが 仕様がありません

それでもまだまだALS新参者のステージです
胃瘻のステージが近いことは分かるのですが いつかは予想すらできません
その前に窒息死の危険が迫っていると脅されている毎日です
確かに飲み込みは落ちてきています
これで死ねるとは限らないのと 姉(今も元気)の肺炎入院の話から 死ななくとも呼吸のできない苦しい辛い思いはしたくありません
況してや スーパーALSになることを拒否する時の辛さを知ってしまった今は 尊厳死協会の詐欺紛いに引っ掛かって 苦しみ踠いて死にたくはありません

死亡退院を夢見ていた?/有賀さつきに続け!

雨でハラハラさせられっ放しの今年の祇園祭も 昨日の山鉾巡行は見事に行われたようです
21日(日)は 生前葬をKDEの皆んなで 振り返りしますのに外泊して参加します
この日は選挙ですので 比例代表は「安楽会」を お願いします!

その安楽死に関して マイクはALSの告知を受けた今年の丁度1年前から 「有賀さつき」こそ安楽自死先駆者と崇めていたのです
哲学者でマイクを「私の自死道」http://mike12.web.fc2.com/jishidou1.htmに嵌り込ませた須原一秀の愛する「五輪書」を 有賀がバイブルとするところも そう信ずる根拠なのです
告知1年前と翌日の認定の日の マイクのブログを振り返ってみます

2018/2/6「有賀さつきが五輪の書をバイブルに」(死に方教えます)
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180206/archive
この前にブログに書き込んだ 2018/1/24「西部邁が自裁死をとかを」では 保守論客の残念な 勿体ない自死を紹介した

昨日からテレビでは 有賀さつきの 52歳の早すぎる死を しかも急死を伝える
今日の今のテレビでは 自分の病名を家族にも伝えないよう医師に頼んでいたという
独立独行で生きてきた意志の強い彼女が自分の死で 誰にも迷惑をかけたくないと 秘かに身辺整理の準備を怠らなかったとも
彼女の生き方のバイブルは「五輪の書」だったと

52歳の死で 斯くも刺激的な死は前例を思いつかない
西部が逝く前に 彼女が先に逝っていたら 西部は立ち止まって考え直したかもしれない

知名人の死は 有意義でなければならない
そう思った

続いての翌日 2018/2/7「有賀さつきは自裁死を」(死に方教えます)
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180207/archive
有賀さつきの死を 報道は 以外に淡々と済ませている
マイクには 自裁死を遂げた西部邁氏以上の自裁死だと直感して ここで取り上げました

乳癌だったとか カツラだったとか それこそ自殺だったのだと詮索する
だからと言って 死因を公表できない しない彼女ではないはずです

色々考えると 病院で自死したことになる
そんなことが日本でできたのだ
安楽死を 病院で

真実はわかりませんが 真実こそ日本のこれからを 有賀さつきが先駆者になってくれたのかもしれない
報道は もっとこのことをしっかり学び考え 日本のために考えて報道を進めてほしい

単なる自裁死ではなく 安樂死をも彼女は考えていたのではないか

流石のニュースキャスターだ
もっともっと 彼女から学んで欲しい

彼女は 死亡退院を夢見ていた?有賀さつきに続け!
1年半経ったブログを読み返してみて直ぐにそう思った!
持病の腰痛くらいで安楽自死を急ぐべくもないマイクの思考だけでは 日本での実現に限界のある安楽自死を そろそろ自分で仕掛けるしかないのだと悟り出した頃だったのです
それにしても有賀さつきもマイクも 同じく 自死が社会的に非難される風潮の中で 病院の中での死亡なら 世間の非難を避けられると考えたのです
それには病名を伏せることで(医師の理解か 警察への工夫がいるが)自死か又は 医師支援の鎮静死や安楽死で 院内「死亡退院」したものに違いありません

マイクは慢性腰痛ごときで自死すれば批判どころか馬鹿にされるだけのALSのステージでしたが 療養体制の不安だっただけなのに危機一髪にまで追い込まれたのです
そんな状況は余り理解されず そんなことでヘコタレルなと言われるくらいでした
それに比べ 安楽死を望んだであろう彼女の苦痛を見て 誰が幇助を拒否できるでしょう
拒否するそんな自己中・自己保身な人間は 友人・医師なら尚のこと生前に 閻魔様に裁かれるべきです

こんな気持ちは マイクのこれからに益々膨らむと思います
自死を幇助するような情け心のある人でしか 自死願望者は救えないし そんな方を閻魔様は罰する筈がない
閻魔様が裁くのは危機一髪の念慮者を見て見ぬ振りし それどころか責め立て非難するだけの情け心の微塵もない奴なのです
色々な場面で臭いものに蓋をし 我関せずの保身主義自己中ばかりの日本人を マイクは「情けない」と言い 非難をし続けているのです

(日本人を批判し 誹謗中傷する言葉は 「勿体ない・見っともない・情けない」だけで済むと信ずるマイクです)

どこにいるかより誰といるか

マイクさんと清水哲男@えんじょい・デス 6月29日  撮影:金久まひるさん

マイクさん

祇園祭、ながく見ていないです。BSの中継で見るくらいです。京都が懐かしいです。

25日から27日の2泊3日で生検を受けてまいります。結果が黒ならまた手術ですね。どうやらぼくはこういうことをくり返しながらの人生になるようです。気落ちしていても仕方ないので、気持ちは前に向けたいと思います。

このところのマイクさんの投稿、マイクさん自身が断ち切ろうとした大勢の人との関係が、困難な時期を乗り越えて一層強く太くなり、そのことがマイクさんの背中を強く押しているということが読み取れて、ぼくはうれしくなりました。「ALS患者としての社会的役割を果たす」というマイクさんの言葉が現実のものになってきましたね。

中でもぼくは「居場所」という言葉に心を奪われてしまいました。
ぼくは若い頃から、そう10代の半ばから放浪のようなことをくり返し、大学を卒業してからは拍車がかかり、1カ所に定住し落ち着くということがありませんでした。人は移動する勇気に驚き、関心を寄せてくれます。すごいですね!と。だから文筆業みたいなことができるんだと。

ものを見る、知る、経験するという意味では、人より多くのことを蓄積してきたという思いはあります。その一方で、自分の居場所はどこかと自問すると、明確な答えは見つかりません。強いていうなら、その時関心のある場所ということになるでしょうか……。それでも若いうちはなんの気にもなりませんでした。ところが年を重ね、難しい病気などになって、ちょっと変わってきました。

振り返ってみると、確かに移動距離とそれに比例するように様々な体験はたくさんしてきたのですが、濃密な人間関係というものがないのです。無頼を気取って放浪を重ねてきたから、当たり前と言えば当たり前なんですが、今となってはずいぶんさみしい人生だなと思えてなりません。

ぼくには、マイクさんの言う「死に場所」という意味での「居場所」はないと言ってもいいかもしれません。そう感じて身震いした時気づきました。「居場所」って空間のことではないのですね。そこに誰がいて、その人たちとどういった関係をつくりあげるかということなんだとわかりました。

だからぼくにとっては最期を迎える時、どこにいるかより誰といるかが問題だと思いました。そういう人間の関係を大切に残りの時間を生きていきたいと。大切な人との関係を真ん中に置いて、マイクさんの言う「死に甲斐」を自分なりに探してみたいと思います。

でも今は、マイクさんをスーパーALSにすることに全力を注ぎます(笑)

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安楽死党について/世直しの奔りに

清水さんは 最近は祇園祭をお忘れかも?
何とか天気は持ちそうで安堵しているようです
お身体や検査結果は如何でしょうか
選挙もトーンが低く 安保育ちのマイクには耐えられません
世直しの思いが 「死に甲斐」のためにも湧いてきます

今度の第25回参院選に安楽死党が出ることはTVで知ってはいましたが 2010年の東京で落選の時のことをマイクのブログに書いているように 空耳で聞き流していいものだと決め込んでいました
所が 7/8の再入院の時から 看護学校の実習生がまた3週間マイクにベッタリ着くようになったその子が 安楽死制度を考える会(安楽会)のことを話題にしてきたのです
勿論 既に 彼女にはALSや死にかけた事や 安樂自死を天命としている事も話ししているからです
それで遅ればせながら調べてみると 比例代表は2009年から5回も落選している例の人でした
しかし粘った甲斐あって今回は相当の票になるのではないでしょうか
安楽死が「そこまで言って委員会」3/30 と4/21 にも取り上げられ このブログでも紹介しました
安楽死の肯定的な風潮が見て取れました
「Nスペ 彼女は安楽死を選んだ」は もっと反響があって このタイミングにはぴったりなのです

政治団体「安楽死制度を考える会」は参院選の公認候補として10人を擁立すると発表
【比例代表】佐野秀光
2009年6月「どうせ自殺するなら臓器提供を」をキャッチフレーズとした政治団体「新党本質」を結成 第45回衆議院議員総選挙で比例北海道ブロック に義母の本藤昭子とともに立候補し落選 2010年第22回参議院議員通常選挙で東京都選挙区から立候補し落選

【選挙区】北海道=中村治▽埼玉=佐藤均▽千葉=門田正則▽東京=横山昌弘▽神奈川=加藤友行▽愛知=牛田宏幸▽大阪=浜田健▽福岡=本藤昭子▽選挙区未定=鮫島良司

勿論 マイクが安楽会に投票するか? 分かりませんが 頑張って欲しい一番の党です
マイクも応援したくなりますが 気付くのが遅すぎました
生前葬で話せたら250票は固かったのですが

尊厳死法制化議員連盟の議員とコンタクトしようとして上手くいかなかった経験が マイクを億劫にしています
東京の安楽死ブログコミュニティにも参加していますが 活動が本格的ではないのです
太田典礼の初心を忘れて詐欺ビジネスとなった尊厳死協会はいずれ訴えねばと考えているくらいです

序でにサイトを調べてみると 2018年2月の韓国の前の 1月6日に台湾で尊厳死法が施行された事を次のサイトで知って とてもショックです
https://www.swissinfo.ch/jpn/命の尊厳_台湾の有名司会者がスイスで安楽死-その後台湾で起こった大きな運動とは-/44993418
このサイトは 小島ミナさんより前に台湾のキャスターが実行した事を伝えるのものです

何で こんな情けない日本になってしまったか
社会全体が 自己保身のために 弱い者虐めをし 弱者を助けないどころかネグレクトするのが当たり前に許される 悲惨で みっともない世間に
それも 決して安全でもなく 生き易くもない 管理過剰な末期社会になってしまっている
既に先進諸国から遠く見捨てられ 何事にも精神的貧困文化国なのに お互い顔を合わせても他人事のように眼を瞑る
唯の中国並みトランプ並みに自己中で 最悪に落ちぶれてしまっているのです
これは妄想でもなく単なる予感でもない現実なのです

こんな日本を世直し出来る切っ掛けに 安楽会(安楽死そのもの方がよかったのに)がなって欲しいマイクです
マイクの望みは ALSだけでなく 弱者への愛へも そして安楽死を切っ掛けに日本の精神文化の恥ずかしさを知識人・政治家・国民が最悪に陥る前に自覚して欲しいのです