暮らしたいまちで最後まで

マイクさん

スーパーALSってなんだ?! ぼくは考え込んでしまいました。
たしかぼくは、マイクさんにこんなふうに言いました。「マイクさんをALS患者のスターにする!」って。これにはいろんな解釈が成り立ちます。でもこの言葉を聞いた多くの人たちが思い描いたのは、あの「えんじょい・デス」の時のように、華々しくイベントを成功させ、メディアの注目を集め、ALS患者として有名、著名な存在になっていくマイクさんの姿ではないでしょうか。それは間違いでも、的外れでもありません。「えんじょい・デス」以後のマイクさんは、自らの存在と思量に自信を深め、文字通り綺羅星のごとく輝いてますもんねえ(ちょっと言い過ぎかな)。

実は何を隠そう、ぼくもはじめはそう思っていました。超有名になったマイクさんが、医療制度や介護保険制度、難病患者の療養支援の在り方などに発言することで、社会に対する影響力を行使するみたいな。そのためにメディアの世界とも関わりを持って生きているぼくの力を発揮していこうと。

でもぼくは今、ちょっと違った考え方をしています。それはマイクさんに注目を集める方法です。イベントで話題をつくって注目を集め、それがメディアに取り上げられることで、さらに注目度を高めていく。そんなことを考えていたのですが、ちょっと違うことを考えるようになったのです。
たしかにイベントというのは効果があるし、注目も集め、人も集まるだろうけど、結果としてマイクさんのための支援、サポートに具体的にどう結びついていくのかな、もう少し直接的な支援、サポートにつながる方法はないのかと考えるようになったのです。直接的に支援することから始められないだろうか、と。
並行して、スーパーALSってなんだろう? 何をもって「スーパー」って言うんだろうって考えたわけです。いろいろ思い悩みましたが、ぼくの結論はこうです。

どんなに症状が進行して、身体状況が悪くなったとしても、自分が暮らしたいまちで最後まで暮らす。どんなに思い難病、障害でも、向き合いながら地域社会に参加し続けること。これが「スーパー」と呼ぶにふさわしい条件じゃないかなと。つまり、マイクさんが暮らしたいまちで、普通に暮らし続けることこそ大切だと。それがぼくがサポートすべきことだと考えたのです。

イベントで話題をつくり、注目を集めてメディアに取り上げられる方が、インパクトは強いじゃないかという声もあります。もちろんそうですし、その方法を放棄するつもりはありません。大切なサポートのひとつとして考えています。しかし、先だっての「マイクの家」が実現し、マイクさんの自立生活が可能になれば、そちらの方がスーパーだし、インパクトは強いに決まってるじゃないかとぼくは思います。
あわせて、ALSに関する情報や知識をひろく流布していく取り組みもはじめていきたいと考えています。その情報や知識は、マイクさんの暮らしの中で蓄積されるものも含めてです。マイクさんには、ALS患者ではじめてのピアカウンセラーとして社会と関わるという道もあるのではないでしょうか。それがマイクさんの竟の仕事になるかもしれません。あるいは患者の立場で、福祉用具や機器、コミュニケーションツールの開発などに関わることも可能でしょう。
この暮らしと仕事を車の両輪にして、前に進んで行きたいなあと。

ぼくは鹿児島でこの2つを実現するために、仲間たちと動きはじめています。鹿児島でも同じことを考え、思いを共有できる人たちがいます。京都であれ、鹿児島であれ、1つの成功例をつくることができれば、その経験と知恵を全国にひろめることができます。それがALSにかぎらず、多くの難病患者さん、障害を持ったみなさんの希望になればいいな、それをマイクさんに担って欲しいなと思っています。

どんなに思い難病や障害があっても、暮らしたいまちで最後まで社会の一員として生き抜く。そんなことをスーパーだと思わなくてもいい、当たり前にできる社会になればいいと思います。

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昨日の中途半端を気にして/博愛こそと

台風はこちらは 何もなく 今夜の大文字も無事終わっている事でしょう
仕切り直して考え続けてみます

単純に世の中が善人(Z)と悪人(A)で成り立ち 夫々を互いに意識するとします
人間はバラバラに住まいして生きるよりも 集団を作るメリットを学習している筈です
ZとAは ZとAが混在したままの共生集団に居るべきか ZとA夫々だけの集団に棲み分けすべきか
ZA共生では善悪混在のイザコザがあって問題であり 自然に棲み分け社会や世間ができてイザコザを避けようとする
多分Z集団は問題ないが AばかりのA集団では内部問題があるばかりか A集団がZ集団を襲うことまで考えられる(A山賊)
A集団が纏まるにはリーダーがZを少し取り込み虐めること(被差別・奴隷)で治まることがある
Aのなかには Z集団に紛れ込む方が住みやすいことを知る者もいる(泥棒A)
Z集団が このAを認識すれば排除したいが簡単ではない
実際にはAかZかの判定と排除の労力をリーダーが取れば Z集団の中にAを棲み分けた集団(被差別)が発生する
共生Z集団とは言え棲み分けシステム(除外者A排除捨て場)を備えていれば成り立ちやすいのです

このようにZとA集団共に 共生集団ですが 所謂マジョリティがマイノリティを必要悪として利用するシステムなのです

現実の社会や 地域(世間)には善悪という単純な人間ではなく見方(視点)と程度(深さ)で多様性(個性)を持つために 人間を棲み分けることは 判定困難で不可能なのです
世界に実際にある国家や民族・地域性などの棲み分けは 長い歴史の闘争と支配の試行錯誤の結果なのです
21世紀が民族と宗教の戦争で始まり 今起こっている経済戦争では済みそうもない全体主義と自分ファースト主義の遣りかねない危機が目前に迫っているのも 「人間の多様性とその淘汰」という「神々の悪戯」なのです

では マイノリティは 共生を理想とする共生マジョリティ集団にとって必要ないのでしょうか
マイノリティを排除すれば治まるのか?
否 共生マジョリティとて 実は 多様性の集団でしかないのですから 個性の定かでない曖昧なマイノリティの崩れた集団なのです
つまりは マイノリティとは 万人受けはしないが はっきりした個性を持っているだけで 本来なら棲み分けすれば見過ごされるほどの個性集団なのです
ところが棲み分けとは誰にでもできるものではなく 多様性に依存し合う社会がなくては生きられない生き物に進化し 共生社会に依存している同じ人間なのです
それなのに マジョリティ側はマイノリティは無用で 何も依存する必要性を全く気付かないのです
マジョリティだけで それの方が より有利に生活できると考えるからです

それならマイノリティはこの集団に依存する権利を主張する理由を見つけ 支援を受けるのが当然であって その代わりにマジョリティに少なくとも依頼や感謝を示さなければなりません

マジョリティとは言え実は多様なマイノリティの集団で相互依存なくては成り立たない集団なのです
世界が社会(国家)がそして世間(地域)が 相互依存する共生社会に向かっていることは 神々の悪戯(ゲーム)の「上がり」なのです
マイクは人間の試練が淘汰の結果を生むのだと信ずるにしても 神々を憎みたくなります
それくらい人生には天国や地獄の混在する多様な世界なのです
こんな世界に一杯の生き地獄があるのは避けられません
だからこの世にユートピアを求め民主主義を求めても 人類滅亡までにも辿り着けないのです

でもこんな多様な個性を持つ 個性を主張する人間社会を住みよくする方法はあるのです
人の幅広い個性を決める「自由」についての思いは 生まれ持ったものや育ちにあり 進化の結果であり大事にしたいものです
「平等」も 全ての人間の欲望を最大限に満たすべく絶対的に大事ですが 考え方は多様であることは避けられません
しかし 「博愛」はただ一つ 人類に共通して存在してきたからこそこれを共生の旗印にした社会だから進化してきたのです
「博愛」を人類共通のキーワードに生きる事です

それでも紆余曲折の苦難の現実があり 多様な社会にはマイノリティ排除がある過程で生まれます
その時には闘争(ライオン)の道と棲み分け(狼)の道があるのです
人間は弱い生き物と自覚して 進化したのです
そこで身につけたのが相互扶助 つまり共生なのです
それでも時には 自由三昧なライオンであった事を 忘れられず
時には負けて孤独になった狼が 平等をと雄叫びし
(負けるが勝ち)(逃争)(寝返り)(出戻り)などの生きるテクニックを使い熟し 共生社会が最も住みやすい事を人間のDNAにしているのです

その姿は世界に求めても色々ありすぎるので見えないかも知れません
しかし身の回りの地域社会(世間)の生活の中に探すならば 絶対あるし 探し知って見習わなければならないと思います

この妄想は これから社会的弱者を考えるために してみたのですが 果たして素人思考で何のためかも分からず マイクの悪戯でしか?

スローペース/こんな事でスーパーになれるか?

清水さんが「同じ水脈」と言われる意味を考えているうちに5日もゆったりした時間を過ごしてしまいました
この間 心境が少し変化しているかも知れません

その前に「同じ水脈」についてマイクも妄想してみます
この世の中が理想郷を求めているからこそ 人間の歴史には紆余曲折があったにしても進歩を歴史に見ることができます
地球の生物が 長い時間を経て進化しているのは 生物の進化系統図が証明しているのですが そのシステムが「突然変異による多様性の自然淘汰」だとするのは動物だけで このシステムだけでは絶滅の危機は避けられないのも事実です
人間には 自然淘汰に加えて 人と人の繋がりをより強くするシステムとして 王者ライオンの子育てのような「優生保護」と 孤独な狼などの「棲み分け」と 群れを作る弱い者・植物にまで見られる「共存/共生/協調」を意識する事を覚え それらの選択を時には学習して「世間」を作ってきた結果の進歩なのです

マイクはそう考えてユートピアとは何か?はあるか?を考え 優勢保護の持つ意味(絶対悪か?)を知ろうとし 多様性を棲み分けることで保つべきか? 共生に限界がありや? など 随分昔に「マイクスタンディングのHP」で 「マインドイノベーション」のテーマの一つにして考えてきた事なのです
(マイクが中々悩んだもう一つの「ユートピア」と同じようなテーマは「民主主義はあるか?」です)

「同じ水脈」とは 社会全体のこととではなく ほんの少しでも繋がりのある範囲という意味の「世間」のことだと思います

国家社会には優秀な人材を必要とし社会をリードして理想世界に導いて欲しいものです
(歴史には これを完全否定した史実が多数の国にあります)

世界には自治権を尊重した棲み分けで治まっている国も多いのです(合衆国・自治国)

しかし世間と言う眼の届く範囲では 差別は見たくないものです
世間は必ずしも公平ではありませんが 世間は平等でなければなりません
そうでなくとも自由博愛も備わって そうありたいものです
同じ水脈に生きるものは平等でなければなりません
そしてまた実際の社会の世間は多様であり また多様に構成されてあるのです
現実 あることではある仲間 あるところでは別のグループと渡り歩く変身者にもなれる
それらの世間はこのように棲み分けられることで格差を閉ざし容認することで 多様性と共存することができてい複雑な閉鎖社会でもあるのです

では世間の中にも多様性と自由を保ったっまま平等を権利として主張できるか
お互いが見える世間では 死にかけの人でも生きる権利がある事を否定しない博愛を示すのが世間での共存の条件なのです
妄想は中途半端ですが マイクに纏める力がありませんのでここまでにします

最後に 初めに言いかけた心境の変化というのは マイクの自立生活プロジェクトの思考が進展していないことです
8月末に退院を決めたので プロジェクトのタイミングにピッタリなのですがこれをチャンスとはいかないお尻の重いマイクに自分ながらがっくりしているのです
それは借家調査ぐらいは始められるにしてもこの暑さでと言い訳したくなりますが そうではなく 体の力が全身落ちてきた感じが強く それ以上に球麻痺が進行しているのに何故退院?と言う疑問も重なっているのです
でも退院後でも歩けない訳でもなくしたいこともある筈なので 決心は決まっています
しかし次のマイクの症状の予測がつかず 再入院や胃瘻の説明が全くないのです
と言うのは人工呼吸器の気管切開にしても色々のケースがあり事前に知っておかないといけない事を他の患者から知りました

でもこんな程度のことですのでご心配入りません
でも確かに言えそうなのは 始めの入院以来のハッピーラッキー続きも退院まで?

ぼくらは同じ水脈を一緒に生きている

マイクさん

「異物を受け入れないなんて」という言葉に、思わず反応してしまいました。異物を受け入れられてないのは、ぼくだって。いや、異物というより、もうひとつの自分といってもいいかもしれません。「がん」のことです。

「がん」は自分にとって異物であり厄介な「悪」なのですから、受け入れられなくて当たり前かもしれませんね。でもね、それでも自分の一部なのです。これが性格ならどうでしょう。人から「君は性格が悪い」と言われたとしたら、「何を言ってるんだか、お互い様じゃないか」などと笑ってすませたり、言われちゃったとしょぼんとしたり、仕方ないなと諦めたり、見抜かれちゃったとどきっとしたり、ああ自分が嫌になっちゃうなと思ったり、いろんな感情は持つけれど、まあ自分は自分だとそれなりに折り合いをつけて生きていけるものじゃないかなとも思います。性格が悪いっていうのも、人から見た自分の側面のひとつですから。

でもね、これが「がん」となると、紛れもなく自分の細胞のひとつ、自分の一部そのものなのに、まったく受け入れられない。当たり前です。命に関わる問題ですから。でももうちょっと突っ込んで考えてみると、性格が悪いっていうのもひょっとしたら命に関わる問題かもしれない……。でも「がん」の方がはるかに深刻だと誰もが考えます。で、その悪を排除する。異物は排除しないと、と。

でも「がん」ってほんとうに異物なんだろうか? 悪なんだろうか? そう考えた時、それが自分の一部だと思うと、自分自身を異物だ、悪だと否定しているような気分になってしまいます。

これを社会に置き換えたらどうなるか。マイクさんの投稿を読みながら考えてしまいました。
自分とは異なった外見、感情、意見を持つ人を、「異物」「悪」だと決めつける窮屈な、狭隘な社会になってしまっていると感じるのはぼくだけなのでしょうか。「がん」の例えで言うと異物を否定するということは、自分自身を否定することに他ならないのに。

そもそもぼくたちが暮らすこの国は、太古の時代から大陸の東の果てで様々なもの、文化、人々を受け入れながら歴史をつないできた社会だったんじゃないかと思います。異物を受け入れて、自分たちのものにする、そういう社会、歴史だったんじゃないかと。
だとすると、マイクさん流にいうと、異物=マイノリティこそが、この社会、歴史、文化を豊かにする原動力だったと言ってもいいんじゃないでしょうか。

「がん」だって排除するだけではなくて、排除するたびに心に得るものがたくさんあります。筋ジス患者轟木敏秀さんは、かつてぼくに、動かなくなる自分の身体を指してこう言いました。
「失うものがあっても、まだ得るものはたくさんある。何かひとつできなくなると、何かひとつ豊かになるような気がする」
と。どうして?と聞くと
「何かできなくなると、清水さんみたいな人が現れて、ぼくの手となり足となっていろいろやってくれるからね」
と笑いました。

ぼくらは誰でも同じ水脈を一緒に生きているのだと思います。
排除からは何も生まれない。異物を排除する前に、まず自ら一歩近づいてみる、寄り添ってみる。自分はそうありたいと思っています。

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異物を受け入れないなんて何時まで亜細亜人や

啓蒙するアート「表現の不自由展」が受け入れられないようでは
https://www.huffingtonpost.jp/entry/aichitriennale-report_jp_5d43c7eae4b0ca604e2fb0fe
「平和の少女像」などを展示した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展『表現の不自由展・その後』が、開催から3日間で中止に追い込まれた。「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」と書かれた脅迫FAXなどが届き、安全面に気を配ったという。
(名古屋市長の発言に続いて今日は神戸市長まで見っともない発言を!)

定年後のマイクが好んで過ごす時間はコンテンポラリーアートの鑑賞です
元々 子供の頃から褒められたこともあって センスはある方だと自覚してはいました
でもコンテ・アートの鑑賞し始めは コンテ・ダンスと同じで こんなジャンルがあること自身知らなかったのにです
経済成長の豊かさの最中でも 亜細亜人サラリーマン マイクは ゴルフとカラオケを文化と信じ 古典・近代止まりで世界の 国際的な現代文化には価値を理解する余裕はなかったのです
ビジネスマンでない自己中サラリーマンでしかなかったマイクの世代が 文化の大事さを忘れ 文化を疎かにした為 後進国に先を越されて 日本がダメになった
そのことを「懺悔」すべきとの想いがあって アートで「罪滅ぼし」が出来ないかと思い 芸大生から若手のアートに関心を持つ事に意義を見出したことが切っ掛けです

今度のことは こんなマイクには放っては置けない関心事なのです
名古屋・神戸市長たる亜細亜人がまだ沢山いる日本なのです
それでも少しづつ国際レベルに近付かざるを得ない日本なのです
「れいわ」や「安楽会」(台湾と韓国は尊厳死法施行済)の前には マイノリティ法案や活動も進展し「共生社会」インクルーシブを養育されて身についた若者には普通に受け止められて 活動家も大勢いるのです

マイクが今日ここで話したくなったのは 展覧会出展作家の1人岡本光博さんと懇意であり「生前葬」にも参加頂いた方で それより何より アートの社会啓発を信念とするマイクの20年来のファンだからです

さてもう一つ 昨日 「生前葬」仕掛け人の摩耶観音が マイクの入院する病院で「パーキンソン病患者にダンスを楽しんでもらう」とする企画を院長に提案したのです
マヤちゃんは 芸大舞台院卒のダンサーですが マイク所属のカンパニーの代表であり 内外での公演も数多い
知的障がい者向けバレエクラス開設
ダンス療育指導士
ダンス介護予防士
ホームヘルパー2級
重度訪問介護従業者資格保有
コミュニティーダンスファシリテーター養成講座(プロ)修了
マーク・モリス・ダンス・グループ開発(Dance PD®️パーキンソン患者を対象とするダンスプログラム)を受講

以前大阪の特養で マイクもダンス体験WSを手伝いました
7/27 ワークショップフェスティバル DOORS @大阪芸術創造館 ALS患者参加
予定
8/18 ワークショップ @東山いきいき市民活動センター
9/1 ワークショップ @東山いきいき市民活動センター
10/6 ワークショップ @明倫自治会館

誰と言わず 人々を平等に愛で纏める不思議で多忙に飛びまわるダンサーです

「楽しくないとリハビリにならない」との院長の言葉もあり 彼女仏様のこれからのダンス人生の発展の何かが見えるように思えて まだ決まってもないのに 許しも得てないのに 嬉しくて書いてしまいました

それと亜細亜人を卑下するような言葉ですが そうではない立派な面もあるに違いないですが 色々の面で 例えば7/22のブログでジェンダー・ギャップ指数が日本は110位/149調査国だとか 文化レベル 思想レベルで思うことが多いことを真摯に いや過剰に受けとりたいからで 精神文化で見れば逆の事もあるでしょうが これはネガティブマイクのボヤキでしかないとお見捨て下されたく

同病患者(ピア)から自分を占う/ そんな日本に

昨日は入院感想でしかなかったのですが 本当は入院した事で強く思った別の事をお話ししたかったのです
一昨日唯一のALSの友人に会って思うことで 症状の判断や予測は中々医師から聞けず 同病者から自分で判断するしかないと言うことをです

その前に 今日の国立がん研究センターニュースでは 癌5年生存率の平均は67.9%で トップは98.6%の前立腺癌でした
ステージIの5年生存率では100%(ステージII・IIIでも100% ⅳは62.2%)
もう癌ではなく 前立腺「カン」くらいでしかないのですね
なのにALSは相変わらず 生存3〜5年と言われ(気管切開なしでは)10%くらいもあるのでしょうか?

実は今のマイクは自分のALSよりも パーキンソンに詳しくなっている事をも話したかったのです
それもネットで調べられるような一般的なことでなく 医療現場で見聞きしなければ分からない具体的臨床的事実なのです
しかも医師ではなく 長年の患者でないと分からないことなのです

ベッドの向かいもその隣も パーキンソンなのですが それよりもこの難病病棟の入口には パーキンソン病センターの看板が掛けてある通り 多分半分以上がそうではないかと思われます
それでも隣の方の病名も何にも 看護師からは聞けませんし教えてももらえません
ところが患者同士はフリーなのです
部屋に篭った個室の人やカーテンを閉めたままの方もいますが 特に向かいのベッドの方は外に出歩くのが好きで ここの主みたいに 看護婦やリハビリ療法士だけでなく 患者の名前どころか個性まで 一人一人に詳しい

それどころか病気の症状を見ての観察力には素晴らしいものを感じます
発症から告知まで苦労して入院し その闘病歴の長さだけではない本人の努力があっての パーキンソン病患者の当人の患者観測なのです

本人は 震えが頻繁に起こり またロボットのように固まるのが オンとオフするのです
症状の頻度は薬に依存し 多い時は20錠を一口で飲んだという
今回も3ヶ月1クールで 新しい薬を何種類も試し飲みし 効果を医師に判断されるのですが それどころか自分で判定してるようにも見えるのです
看護師も1日8回の投薬に手間の掛かる患者で 薬も25種類以上を毎回氏名と薬名を確認し飲み込んだのをチェックする
症状の発症には癖があり 震えだすとスクワットで膝をボキボキ言わせるとオンになるとか 自前のコントロールを編み出したり 他人の観察で色々の症状のあることも教えられた
医者以上としか思えないし 自己管理もしっかりしている
薬の効用も弁えていて 患者が暴れているのはあの薬のせいで 逆のモノもあるとか
人生を達観できるようになったのは パーキンソンのお陰だとも
それと何よりもパーキンソン病は ドーパミン不足だけあって 気の持ちようが大事だということを実践しているような方なのです

パーキンソンカウンセラーとして院外で活動されたらと本気で思い パーキンソン病患者のシェアハウスやグループホーム経営を勧めたりもしました

この同室の方のお陰で 結構楽しく会話ができて退屈しません
パーキンソンだけでなくALSについても随分と教えてもらっています
そして何よりもALSとの違いが筋肉の回復力の違いであって リハビリには重要な効果があって BIGと言うパーキンソン認定の筋トレの効果があるのです
ALSは 筋トレは絶対やり過ぎるのは進行を早めるだけでダメなのです
それと今日分かったのは 隣のベッドの相当きつい方も よく観察されていて パーキンソンはああなるのだと ALSのマイクの理解と参考にもできました
もっと重症の難病病棟は別にあって そちらにはALSもいるらしいのですが マイクの知りたいのは胃ろう前の方と 人工呼吸器前の方です
そのような方を見たい要望を 担当医にしてみたいのですが中々勇気がいると思うのと 言うだけ無駄ではと思ってしまいます

こんなところです

今はリハビリ入院していますが 実はその必要度を殆ど理解していなかったのです
それよりも何よりも 検査入院でALSを告知された急性期病院では 確定とリルテックとラジカットの説明をしただけで マイクからのリハビリの必要性の質問を否定しただけで 直ぐの退院を勧められたのです
リハビリ無用と言われた退院なので ここでのリハビリ入院など信じられる筈がありません
今の主治医からも当初リハビリの必要性の説明を受けていませんし マイクはなる様になれと 無用かも知れないリハ入院を体験の積りで決めました
しかし 受けて見てから療法士から少しづつ教えてもらったのです
特にマイクは嚥下トレーニングが必要なことを理解し 納得し受けてよかったと思っています
何よりも 「生前葬」までは絶対発声を保つべきと トレーニングとALS臨床に詳しい言語療法士からの知識をたっぷり頂けた事に感謝しています

ラジカット点滴も入院3日目に突然勧められたのです
ラジカットの効用も5日後にパンフレットで理解しました

この様に医師は質問には必ず答えてくれますが 経過観察をするだけで 説明指導に十分な時間も取れないのです
日常のバイタルチェックは看護師の体温血圧排便確認 そして投薬管理だけです
看護師への質問は医師に確認しての返事になり となりのベッドの方の病名も秘密保持で聞けないのです
それよりも患者同士に部屋や食堂などで教えられことも多いのです
しかし病院としては患者間の接触を勧めることはなく ALS患者がいるかどうかも教えられないのです
残念なことです

患者との接触は 退院してから探して欲しいらしいのです
日本ALS協会・難病連・難病相談支援センター等があると聞いていていますがまだコンタクトできていません
実際には京都には日本ALS協会近畿ブロック(大阪)があります(協会副会長・ブロック会長は京都在住で何度もお会いしています)が事務局が大阪なので登録していません
ですが 京都にはALS患者200名いるらしいのですが 難病連の中には京都ALS友の会はありません
難病別に友の会を作っていて 難病連は統括していても個人患者情報は掴むことができないのです
アメリカにはしっかりした医療方針として患者同士の情報交換が大事だとして ピア・サポートを推奨していると知った(2019/5/13療法士より)
調べると日本に地方でもその動きがあるようですが そうあって欲しいと願っています

と こんなところですかな

でも気を遣って もう一言
ここに書いた様子は どこの病院でもの一般的な現実だということは間違いありません
医療の高度化と高齢化で 財政逼迫していて 少ない医師の効率優先で数をこなすしかないのが現状なのです
多忙な医師に遠慮してしまうほどの毎日です
自分の症状の進捗を自分で占うしかない運任せの なるがままの療養生活をしています(ちょっと言い過ぎですか?)

入院の感想/次回は同病患者に教わりたいを

昨日の話では「マイクの部屋」についての展開を考え続けるか それともマイクの病気の進み具合を気にしていることを先に話そうか迷っていると書いて終わりました
今日は「マイクの部屋」の話を展開させるにはもう少し考えてからと思いましたので 入院中に感じたことを思い出して見るのをしてみます

先ず一番に思う事は 入院のお陰で何に詳しく また賢くなったかというと パーキンソン病についてであることです
パーキンソン病患者が多いのと 向かいのベッドの方が偉く詳しい方だからだです
しかし 残念なことに 肝心のALSの事については ネットで調べた概要と自分の自覚症状以外 一向に分からないままです

次は 入院体験で日頃病院のシステムについて考えてなかったのですが 分からないままでも考えさせられることがありました事を
入院は本来 自分で自覚した初期症状を 医院や診療所で診断され処方されて 必要なら病院で追加検査と(入院)治療をすることになります
その間その都度 医師はしっかり診断結果と病気の詳細や療養の必要性を 患者に説明する筈です
その内容は患者にとって理解が難しいかも知れませんが 納得できるものでなければなりません
癌のステージや余命宣告は分かり易く 自分を客観的に捉え易く 患者には分かり易いと思います
しかしALSに詳しい説明がなく しかも人によって進行の様子やスピードが違うので医者からは積極的には話していただけないのです

実際に病気になると 先ずは何処の科に行ったら良いかを迷い 診療所か医院で初診を受けます
場合によっては総合病院や大学病院を紹介され 外来診断を受け必要なら週毎に検査を繰り返して病名判定すれば治療が始まります
ややこしい病気の場合 大学病医院の初診外来を紹介されて 予約を待つ(日にちが掛かる)
やっと辿り着いた外来初診で検査入院を予約待ちをする(ベッドの空きで相当待たされる)

どこの病院でも患者で溢れ 外来診断を求めて大勢の人でゴチャゴチャの医院・病院で待たされて参ってしまいます
実際の外来診断はよくて15分 こんな診断で神様の如く処方箋と勘定計算書を作って忙しそうに次の診断を急ぐのです
医療明細書を見ると 医師診断料は高給の筈なのに 意外にも安い?
高いのは機器検査で 稼ぎのノルマなのではないでしょうか
それにしても 医薬分業の利益分配システムは 如何なっているのでしょう
ALSには唯一で超高額な薬を外来では薬局処方になるのです(病院の利益になるのでしょうか)

外来診療で気がつく矛盾は皆さん沢山気づいておられると思います
マイクはほとんど入院経験がなく 入院には新鮮で色々な思いばかりです
なかでも気になるのは患者への安全配慮をし過ぎではと思えるくらいが気になるところでしょうか
また強いて言うと入院中は医師の回診が毎日あるのが最大の目的のように思っていましたが意外とその期待は裏切られると思います
ベッドの側で 5分くらいで 患者に変わったところはないかと聞くか 安心させるためかよくなっていますよと言うくらいです
回診医師から経過を観察されるだけで 何かあれば 投薬管理と救急処置を看護師がするのです
ただ質問には必ず答えて頂くのは間違いありません
しかし初めて経験する病気と入院で 聞きたいことも分からず それで心配がないわけではありません
分からないことが心配の原因なのに素人だから下手な質問をしないかと主治医に気を使うのです

どのような病気で どのような処置があって 何時頃どうなるかを知りたいのに 病名告知すら検査が全て終わるまで絶対に言ってはいけないのです
癌だけは如何してか ステージをはっきり言うのですね?
ALSは 人によって進行が違うというだけです
患者を納得させるには 占い師のようなことでいいから知りたいのにです
せめて色々のケースがあることぐらい知っておきたいと思っているのにです
マイクは 手足が先行するタイプではなく 球麻痺タイプだと自己判断しているだけで 医師からは初めの頃はそのような説明を受けていません
15分や5分で説明できる筈がありません

回診でよくなっていますねと言われたら どうしてそう判断されたのかをお聞きしようと思った時があります
でもどう考えても そのような判定検査を受けていませんし 症状の進行は 医師よりマイク自身の方が分かるので 変に安心し納得してしまいます

もう一つ思うところがあります
回診は何時も主治医と若い担当医が一緒ですが 勿体無いと思ってしまいます
ふたり別個に 倍の回数回って欲しいだけでなく 担当医と深い話しをしたいのです
看護師も 何を聞いても個人情報のことと 間違ってはいけないので 何でも主治医の指示待ちです

検査入院では前の病院と同じことを繰り返し 検査結果を告知するとすぐ退院でした
退院後の療養についての指導らしきことがこれでいいのかと疑問を持ちました

さて本当は次のことを書く積りでしたが つい長々と 入院患者としての思いを語ってしまいました
しかもこのような感想は誰もが感じている事を 入院慣れしていないマイクが気になっただけのことで 世界的にも医師・看護師の少ない財政難日本の医療事情の結果ですので これが一般的で マイクのお世話になっている病院のことではありません
それでも何とか無駄や効率化を考えて 欧米に近い医療情勢にできないかと素人の目を晒して見るのが マイク流オンブスマン趣味なのです
次回は病気を知るには 医師より同病者?を

新局面を視野に妄想を少しずつ

自立ホーム「マイクの家」試案は流石の文筆家 難病に関する活動家清水哲男さんの新しい著作のあらすじ・構想でしょうか?
そのモデルになれたら光栄ですね
ドキュメントなのか小説なのか 何方にしても 結果が喜劇なのか悲劇になるのかで面白みや味わい方 狙いも変わります
何方を期待したらいいのかには お応えできる筈はありませんし ハッキリしている事は 何方にしても 完遂せねばなりませんし 浮いたり沈んだりとかも?
また何よりもモデルとしてはリアルであらねばなりません
その為には 昨日のタイトルそのまま
I should have decided my ALS life by myself !!
だと思います

家とは言えない大きさでも リクライニング車椅子と ベッドが入るスペースと バリアフリーに改造可能な部屋で また数人と談話できるゆとりは欲しいですね
「マイクの部屋」と呼べればいいんです
マイクは 知人友人が日に日に色々と昔のことを語り合いに来て欲しいのです
生前葬パフォーマンスの「マイクの部屋」ズバリを ひとり1分でなく3時間くらいを掛けてやりたいのです
必ず手土産なしでの意味の Bring Your Own Bottle & Foods!! を招待状の「BYOB」だけで分かるような風習を日本に広めたいのもあります
(アルコールに弱いひとが半分の日本人だから 割り勘嫌いで宴会不参加の多い日本に定着させたい風習です)
(呑み喰いばかりの宴会やグルメ番組に 戦後の貧困日本の文化レベルを感じてしまいます)
(パーティや立飲みでも お喋りエンジョイが第一で また音楽会や観劇も 文化教養として生活の一部にならねば!)

マイクがマイクの部屋で 一番 喋り語りたいのは マイクの「懺悔」です
聞いてもらうには他人事で面白くないと思うかも知れませんが 他人の成功話なんぞより失敗話や苦労話なら退屈どころか参考にもなり 相当に面白く楽しめるのです
懺悔の数があるほど人生豊かと言えるので 自慢げに言いたいのです
そしてその懺悔は 神にや 自分ひとりでするものではなく 人に語らねば本当の懺悔にはなりません
マイクのHPには それを公には語っている積もりですが 一人でも多くに語りたいのです
それは懺悔するだけではなく「罪滅ぼし」を確実したいからなのです
人に話す事によってアイデアや共感支援が得られるかも知れません
実は聞いてもらうという自分の為だけではなく 世間の人一般に この「懺悔や罪滅ぼしをしないと必ず閻魔様に罰せられる」ことを悟らせたく その事自体もマイクの罪滅ぼし(世直し)にしたいのです

まだまだマイクの部屋で話さないといけない大事なことは事は ALSになってから また知人友人から救われた事で知った「愛」というものが誰にでもあるということを マイクの経験とALS当事者として語らなければならない使命がある事なのです

他にもマイクの生き様を 人生道を HPで白状している多くのことも語っておきたいのです
マイクの人生コレクションも
例えば・・・・・
これこそキリがないくらいです

ここまで書きましたところに 半年前の検査入院の時に ただ1人見つけたALS患者でそれ以来大事な繋がりのある友人(65歳)が訪問して下さった
3年前に自覚し 2年前に告知され 半年前に会った時は右手足が不自由でも 普通に話されて 落ち込んだマイクに励ましをもらったくらい元気でした
その時はそれなのに胃瘻施術の入院でした
その1ヶ月後マイクが彼の家を訪問したときは 手足は少し進行していましたが胃瘻は全く使っていませんでした
それが今日は 車椅子でしかと言うほどで しかも 1日に経口栄養剤750カロリーと経管栄養剤?カロリーだけと言う
聴くと 喋りはできるが噛み込む力が足りないのだと言い マイクの喋りを見て 胃瘻しているかと聞かれた

彼には会って聞きたい事が一杯あって 例えば彼の手足が上がらなくなった時に 関節に痛みがあったかを 今のマイクが気にしていることなのどです
5ヶ月前は 今後成り行きに任すだけと気楽にいっていた彼が 気管切開はしないと彼から言ってきた
マイクの生前葬放映を見て 心配が晴れたと喜んでくれたのですが ご自身は弱気に思えました
マイクにとって 彼は ALSの2年先輩で これからの自分を予測するものとして大事なのです

まだまだ マイクの部屋について 見て欲しいもの語りたいことのお話があるのです
もう一つ ALS患者から聞きたくまた知りたいことがあることも このままここで話したいことがあります

どちらを先に続けるべきか明日までお預けにしておきます

I should have decided my ALS life sooooon!

またまたここまで詳細な自立生活支援企画が提案されると 「エンジョイです企画書」を提案されましたあの時のことを思い出します
清水さんから これが愛であることを 世の中に愛があることを それに応えるのが生きると言うことだと教えていただきましたことも思い出します

ここまで完璧に出来上がっているのは これまでの清水さんがされた活動実績の賜物である事には間違いなく その精度も読み取れますし すっかり その気にさせて頂きました
でもマイクにはなかなかのお尻の重さがあって 時間をかけてシミュレーションする必要があります

昨日の返信で述べた 借りたい第一希望の部屋は既に決めているのです
何故かと言うと 安楽死ブログに限界を感じていた2年ほど前から マイクのHPに語っている「人生道」を語る場を作りたいと ソコソコ真剣に考えていたのです
ボランティアやダンスを捨ててでも そろそろ取り組みたいと思うほどマイクのHPをこのまま埋もれさせたくない思いがあったのです
それの拠点の一つとして 考えていたのです

具体的な思い付きを思い出してみます
人生道を語るのに いつもの喫茶を 時間借りで 「デスサロン」をしようと考えました
隣町の立ち飲み屋(客が誰でもライブで「語り屋 」できて BYOB&Foodとし 席料は満足代で お代は語って聞いて夫々のカンパボックスへ)
近所のワンルームで 毎日哲学パーティを招待する
こんなことして安楽自死を地道に考え続けたいと思っていました

もう少し具体的に言うと 死ぬ前にゆっくり話をしたい人が沢山いるのです
(ALSになる前からしたかったこととして)
今なら 呼びたい人・時事人物ナンバーワン「ディープインパクト」の馬主です
45年前 グラフィックシステム をハードメーカーに発注し 共同でソフト開発したメーかーの5歳下の ソフト屋で のちに独立し大成功した大手の社長
逢いたいし会って貰えるだけのエピソードもあり 出張の度に考えていた人ですが 叶っていないのです
そんな逢いたい人に 女性を加えると 胃瘻や気管切開までの時間では足りないと思います

入院してからは 同室のパーキンソンに詳しい患者と 退院してからシェアハウスやグループホームを作ることを考えたりしました

この他に ALSと言う特権を天命として得たばかりに マイクの懺悔・罪滅ぼしの夢叶うかも知れない社会貢献できる具体的追加提案を今回いただきだきました
ご支援ご指導いただきながら 少しでも元気なうちにやれるよう考え始めます

試案 自立ホーム「マイクの家」

マイクさんの自立生活のための試案をつらつらと考えてみました。

①着想

  1. 療養スペースの確保
    自宅と主介護者の一人長女宅の近辺に借家を確保して療養生活の場とする
  2. 介護の柔軟性・24時間体制の確保
    マイクさんの専用スペースとすることでボランティアの出入りをしやすくし、24時間の介護体制を可能にする
  3. 家族の経済基盤と日常生活の確保
    自宅の茶道教場をそのまま維持することで、家族の生き甲斐、社会的活動、経済的基盤を後退させることなく確保する。あわせて日常生活の継続性を確保する
  4. ゆとりの確保
    家族の介護負担を軽減し、息の長い介護を確保する
  5. 自立生活の確保が前向きな姿勢につながる
    身体的状況がどのように後退しても、他者の手を借りながら自立生活を全うすることで、生きることに対する前向きな気持ちを維持する。自立は生きる力の原動力になるはずだ
  6. ALS患者の社会的役割を発信する場の確保

②問題点の整理

  1. 運営主体は?
    ・マイクさん個人?
    ・任意のグループ?
    ・NPOを立ち上げる?
  2. 運営経費の確保
    ・マイクさん個人の負担
    ・家族負担
    ・カンパ
    ・Crowdfunding
    ・介護保険サービスの活用(経費的には無償)
  3. 助成・補助
    ・活用できるものがあるか
  4. ボランティアの確保
    ・KDE(代表市川まやさん)との連携
    ・ボランテイアの募集方法を工夫する
  5. 介護認定の受け直し
    ・無償サービスがどこまで活用できるか
  6. 有償サービスの活用
    ・無償サービスで受けられないサービスを
    ・その範囲と程度
  7. コミュニケーションを維持するために何ができるか
    ・新しい技術、テクノロジーを試行する場とする
    ・マイクさん個人もモニターとして参加する
  8. 7の個別の事柄がそれぞれマイクさんの仕事とならないか

③目標、達成すべき課題

  1. ALS患者のみならず、難病患者、障がい者の自立生活のモデルを確立する
  2. 行政・制度・政治への働きかけ
  3. 社会への働きかけ
  4. 死に場を求めて彷徨う高齢者問題の是正
  5. すべての人にしあわせな人生の終焉を考える機会を
  6. マイクさん個人の目標として
    ・自立生活
    ・仕事を通じた社会との関係維持
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