病床削減しかないのでしょうか/

隣のベッドのMSAで殆どQOLを感じない30歳の若者について 生きている意味を考えてみようとしましたが 全く思考が進展せず疲れるばかりです
若い障害者を見て しかも他人の命の価値を見つけ出そうとしましたが その思考の入り口にさえ辿りついていません
やはりマイクには荷が重すぎるのです

そんな不遜な考えをやめて 9/28に厚労省が公的病院の再編成を打ち出したことを 古い新聞から考えて見ることにします
「地域医療・介護確保法2014」に基づいて 医療費抑制のために打ち出した「地域医療構想」として ベッド数を減らすべく全国の公的1455病院の内 名指しで全国424非効率病院を公表したのです
京都府全26の公的病院の内の対象4病院のひとつがマイクが世話になっているこの病院で 来年9月までに結論を迫られている

昨年度の全国医療機関に42.6兆円が支払われています
団塊世代が75歳以上になる2025年問題に合わせて 全国124万床を119万床に減らす方針を2015に示した
厚労省が2007に発表の 2030には47万人が彷徨うとする看取り場所推計は 何度もマイクが取り上げています
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/06/dl/s0611-2b_0003.pdf
2030には 医療施設89万 介護施設9万 在宅20万 合わせて119万
その他47万人が彷徨うことを厚労省は黙認・無策

厚労省は124万床を119万床に減らして 更に在宅を強化して医療費削減しようとするのです
しかし日本の住宅事情と延命医療神話では 殆どの老人は病院療養に最期まで頼らざるを得ないのです
在宅死が多い欧米のような状況ではないために 在宅死もできず特養にも入れず 転院地獄ならまだラッキーで その他を探すにも見つからなく47万人も彷徨うのです

「欧米に寝たきり老人はいない – 自分で決める人生最後の医療」
宮本顕二 中央公論新社 (2015/6/10)
このブログにもありますように日本は 延命治療のし過ぎでベッドが足りないのです

マイクに自然死せよ/ 癌も苦しまない/と言う売れっ子医師


医療費抑制の政策としてベッド数を減らすという構想だけでは転院地獄を増やすばかりです
マイクが安楽自死施設を考えるようになったのはこのような背景があるのです

いい天候です
話の途中ですがこのまま 土日の自宅外泊に病院から脱出します

命は原価割れのプライスでも生きる?

最近書き込みが進んでいません
現役の清水さんと違い  年金暮らしでしかも入院生活7ヶ月と言う呑気な病院暮らしです
自由時間と静かな空間に恵まれ また入院当初からこの往復書簡には話題がいっぱいありました
それなのにここ数日  書き留めるほどの話題がなく 日中からベッドに寝そべってしまっています

ALSの病状を知って頂くだけでも普通の人には馴染みのない筈の病気ですから  マイクの球麻痺症状の進行具合を報告すればいいのですが しかしながら ALSは日に日に悪くなるという訳でもなく 微妙な変化を説明しても面白くもないと思います
全く話題がない訳でもなく 隣のベッドの若者がいることチャンスに彼のことを考えてみようとしましたが それが逆にマイクの妄想のブレーキになったのです

これまでの病室にはパーキンソン病の方ばかりですが色々の症状や人生を抱えてきた人ばかりで お聞きするだけで勉強になり マイクと絡めて妄想するのに役に立ちました
ところが 今度の9/30再入院は全く同じ部屋へ戻ったのですが 隣のベッドは30歳の若者で殆ど会話もできずズッとイビキだけなのです
これまで若者の難病患者と話していないのでいいチャンスだと期待したのですが 全く喋ることなく近づけません
それでも折角だから 彼になった積もりで 年寄りの安楽死と違って若者のこととして考えてみようとこの2週間妄想してみたのです
元々 障害者や若者ことを考えないようにしてきたマイクですが それは倫理的な問題になると手に負えないと自覚していたからです
それでもこれがチャンスと夜な夜な考えようとしましたがとても無理だと分かり 分かっただけでなく疲れを覚えてしまいました

彼にはQOLとして何かありそうか?全く意思表示できていないのです
彼の身になってマイクが考えようとしても イエスが奇跡をもたらさない限りQOLらしき希望や生きている証になる現象を見つける可能性はありません
それでもいずれマイクが 彼の様になったら マイクならどうするかぐらいを考えようとしたのですが 結果がすぐ見えてしまうのです
その様な結論をここでは書き留めるなんて出来ません
生きている価値や生き続ける価値まで 定量化できるものならして見たいと思っているマイクですが そんなこと考えるだけで不遜な人間だとは分かっているばかりに 妄想すらできません

実は明日 マイクに命にコストを考える時代が来ると思わせた超本人 カール・ベッカー京大大学院特任教授の講演会を聴講するのです
このブログでも5/11他何度も取り上げています

厚労省と麻生と赤ちゃんポストとベッカーに刺激されて


石田梅岩先生開講290周年記念講演会で 「心学を未来に活かす」が演題です
彼は命のコストについてはかなり前から訳あって 話するのを避けているのです
マイクと同じく倫理的な難しさからだと思います
しかし命をコストだけで見ることはミクロな見方にしか参考にならないのですが 保険業界や裁判で使われているように必要でまた可能です
命の価値はコストよりプライスで表すもので プライスは主観的なものであり QOLと同じ様に 抽象的であり 扱いは難しいのです

またもこんな話をしてしまいました

期待に応えられるか?/前進だけは約束します

当面ホルモン注射を決断された様ですね
当面数ヵ月が 数年かも ズットかも知れませんし それも自覚症状もなく!
これだけを聞くと結構いい話のようにも思えますが 本来のご自分ではない生き物と生涯共生する身体のシキタリに従わなければなりません
大腸癌抱えての無頼漢ではあっても 絶対無理なさらずとは言いませんが 此れからはもっとキツイ自制心をお弁えくださるものと「期待」します

お便りに「・・・人に「期待するのではなくて、自分自身が期待される」存在にならなければと思っています。・・・思い通りにことは運ばないかもしれません。でもあきらめずに一歩ずつ前に進みたいと思っています。マイクさん、一緒に進みましょう。」

全くその通りですね
でもマイクの病は 下方比較するとか 諦めと逃病こそが相応しいと今も思っていますが これは病についてだけで お陰様で 生活やQOLについては 特に精神性に期待することも多くて しかも皆様にお応えするべきことの大事さを感じることが出来ました
マイクの精神性は このALSと往復書簡のお陰で 確実に一歩ならず前進したことをエンジョイしています

さてマイクの今日は 難病連の中の病名別の(友の)会にはならない希少難病者合同の「わらび会」の集いに参加してきました
3/10にも「難病カフェ」と言う集いに顔を出しました
その時は2〜30人ほぼ全員が車椅子で感激しました
今回は知合いのSMBAの方だけで 100名の会員の内 集いに参加しやすいレベルの人が交遊を楽しむ主旨の様ですが マイクには自己紹介を聞くだけで 知らない また問題点が色々あることを知りました

認定患者にも簡単とは言いませんが 完治して友の会OBをされている元気な方が何人 も
難病認定取れない人や 障害者年金では暮らせず仕事・生活に困っている人など 病気情報以上に参考になることを知りました
明日は滋賀医科大の漆谷真教授のALS講演会に参加し 参加者の中で 京都友の会を作るに理解ある方を見つけようと思います
マイクは既に喋りに苦労するステージなので 友の会を纏めるほどの期待は受けられないのですが 先ずは ALS患者ネットワークが市内に100人いても 如何言う形ならどれだけ繋がれるかを妄想することくらいを目標にしています
それ以上は他の友の会をいくつも参考にしてからかも知れません
パーキンソンの知人の話では会長の出しゃばりと主旨不明を感じて パーキンソンならではの規模の大きさを指摘されています
マイクとしては病院内交流ができればと 切に思うだけなのです
今はそれくらいですが もっと急がないとと 確実に下がるQOLを次第に意識する様になっているのです

「か行」不得意な「新参者」は終わり ステージⅱに

しみてつ祭り2019のご成功おめでとうございます
人は 相当のエネルギーを溜め込むキャパがあるのですね
身を削ってもと言うほど大袈裟でなくて それもステージⅱのしみてつさんでも またマイクのような新参者の内なら やりこなす喜びを知っているばっかりに 演れるのでしょうね
でもしみてつさんは 本業や次の企画や 控えている治療のためのエネルギー蓄積をもお忘れなく

所がマイクの方は 一昨日の晋ちゃんの通夜に行けて 拝顔のお別れができたのはいいのですが 自宅から駅までの歩きに時間が掛かるのはしょうがないにしても 玄関出るなり腰が60度以上曲がったままで まるで老人そのもので情けなくなり また葬儀場へのタクシーで「槙島会館」の「カイカン」を何度言っても伝わらず運転手から紙とペンを出されました
晋ちゃんのポックリも堪えましたが 呑み食べの時間で1日が終わる退院生活に加えて 強いショックを受けています
昨日は 風呂に浸かりながら 新参者はもう終わったのだとシンミリしてしまい 風呂から上がる気力もなく 長湯してしまいました

昨日は訪問リハの言語療法士から 特に「か行」がダメなマイクに 飲み込みも良くなる 上顎にへばりつく様な入れ歯紛いの補助具を紹介されました
また昨日は 誰が見ても上半身は身障者でも また腰が曲がっていても杖なしで歩ける様では身障者手帳が貰えない制度なのですが 申請しておけば 市から コミュニケーションツールの貸し出しが出来ることを 役所の(娘に言わせればお父さん好み?のその通りの)難病担当の保健師さんからの指導を家で受けました
事務的で冷たいばかりのお役所ではなくラッキーに相談窓口に巡り会えるとハッピーになれるのです

でも本当を言うと 新参者はもう終わりと覚悟していますが ラッキー&ハッピーが途切れてない自覚はあります
多くの方の見守りと親切にどんなお返しをできるか
思うことだけではなく やらねばと考えるだけでもエンジョイして生きられる幸せなマイクです

明日は難病連の団体(個別の難病団体に属さないワラビの会)に顔を出し
明後日は ALSについての講演会がるので そこで ALS患者ネットを作れる様な方を探してみようと思っています
その翌日は点滴2週間だけが決まっている再入院です

追記1 朝刊に 公的病院(全国1500の内424 京都で4)に統合整備を検討せよとの記事が載っています
マイクが世話になっている病院の名前があり 如何なることか気になります

追記2 退院中にやることの一つ
賃貸家屋・部屋の調査はしましたが 保健師に相談しながら気づいたこと
スーパーALSでないと独居生活では訪問介護はほとんど受けられない?現実?

追記3 ステージⅱは 肉体的には自覚少なく QOLは高いが 精神的には辛くないことはないでしょう しかし完治の期待を信ずることで乗り越えられます
新参者のQOL は 程よく徐々に馴れる様に低下するのではないかと思う様にしていますし それなりに受けいれば済むことだと思う?忍耐強いマイクです

遅れましたが敬老の日とはを考えます/強くなりたい

敬老とは?
70年前は 55歳以上が老人であり 敬えるべき老人が多かった頃の発想だったのでしょう?
長寿天国と日本を褒め称えたいい時代があった様に思いますが 今は?
高齢者医療無料のバブル時代もあったのは S48年頃〜(老人保険法S58〜)

断然トップ と 言われ出した高齢化率も 今や28.4% 長寿先進国?
平均寿命より切実です
人生100年時代は流行語に(金融庁まで95を標準に)
不老長寿を究める薬でも?出来たのでしょうか
2017に日本老年学会が「高齢者を75歳以上」と提言し 65から一挙に10年先に

麻生の「老人はさっさと死んで欲しい」発言2013を待たず 老人の社会負担が 言われる様になり 嫌老社会の風潮が生まれる
それに対して健老社会をコスパだとの信仰を起こし 健康寿命まで設定した
人夫々のバラツキを忘れて 恰も誰でも100年と錯覚する迄に嵌る

マイクのネガティブ思考は 尊敬に値する老人だけを敬老せよと言いそうですが マイクとしては敬老を 羨まれるほどの尊敬される老人で在りたいとの願望祈念を意味すると 無難に思うことに
但しそれは人生55年時代のことで 健康寿命を越した老人にはバラツキがある 100まで生きると 現実には 敬意敬老より要支援要介護認定?
支援の要否が社会的な問題・福祉として取り上げられたのです
介護保険法1997〜 支援の時代そして人権の時代へ

敬老の日9/16と老人の日9/15の違いは
祝日法1966の敬老の日の趣旨は、多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝うこと。
老人福祉法1963の老人の日の趣旨は、国民の間に広く老人の福祉についての関心と理解を深めるとともに、老人に対し自らの生活の向上に努める意欲を促すことである。

社会に尽くして来た老人は敬老されて まだQOL向上の可能性ある老人しか社会は受付けないと言っているようなものです
これから見ても2000年以前の日本の福祉は人権問題がありそうです

さて 今日の清水さんの言葉に感心して繰り返し読んでいます
「利己か利他か……。
ぼくは他者との比較で自分の在り方、立ち位置や境遇、さらには恵まれているかどうかなどを探ったり、確認したりというやり方を好みません。ぼくは徹底的に自分自身に集中したいと思っています。自分に徹するということです。ぼく自身がやりたいように、徹底的にやる。そのぼくが自分のことだけを考えているようなら、それはとんでもなく利己的な結果を招くでしょうが、そのぼくが社会との関わりの中で生きることをやめない限り、他を利することに繋がると思っています。そこではじめて利己・利他という二項対立を止揚できるのではないかと。そういう生き方をしたいと思っています。」

マイクは今日のテーマの文章でも 最近の書き込みでも何時も白状している通りです
マイク自身が利他であったり利己であったり 比較や差別志向があったり 時と場合にふらつく人間であることを自己不信に思ったりするのです
清水さんはそれを自分に徹することで避けられるとの信念をお持ちだと読み解きました
社会との関わりをやめないと言う強い信念も何処から生まれるのか羨ましい限りです
繰り返し読んでみますが 弱々しいマイクには刺激的ですが そのようになれないことを 何度もここで白状するだけで悩みが消えません
清水さんの様な強い信念を身に付けたく思うマイクをご叱責下さることを強く望みます

治療や死に様まで映像で知りたい/バーチャルで治療・死体験

清水さんは17時間運転で鹿児島にお帰りとか
若さや元気は「ガンちゃん」に好かれる?と聞きますが 嫌われるようでは寂しいし 丁度いい位のお元気でありますように

胃瘻をそろそろ覚悟すべきかと思うこの頃のことを最近書き込む事が多いマイクです
医師には 余命宣告や癌ステージをキツイめに言う医師と 軽めに言う医師がいることを実感しているマイクです
診断結果の説明もどんなに丁寧であっても モットと思う事も何時もです
患者の受け取り方も様々かも知れませんが 時には医師不信にもなり兼ねません
相性があるということでは済まされません

特に人工呼吸器の装着拒否などを考えている患者には相当前から詳細を知らされないと 突然ではパニックになる事でしょう
マイクの主治医はどうも甘め 且つ ゆっくり目で事前説明遅め少なめかも?
清水さんの治療法選択の難しさしもそれです
痛みもなく進行が遅いと言うのが前立腺癌だと気楽に思った訳ではありませんが 先日9/3&6に 「神頼みはしても自分をゆっくり眺められれることを感謝するのが一番だと思います」と「ゆっくり」などと他人事のように軽く言ってしま ったことを 実はずうっと気に掛けていたのです
でも本当にゆっくり考えないと判断・決断できないのです
そのためのゆっくりが出来ればいいのですが 医師からの詳細で確かな情報が得られなかったら 只ゆっくりでは何にもなりません
マイクはいつも思うのが 医師の口頭の説明だけではなく 映像でロールプレイングガイドして欲しいのです
絶対に 有効な医療価値を感じてなりません
先ずはALS人工呼吸器の気管切開手術の様子を映像で見るだけでいいのです

QOL QOD という言葉がありますquality of life, death
QOLは思う様になりませんが QODぐらいは自分の思う様に選択したいものです
その為には 死期・臨終期の症状と特徴に関する情報を知っておいた方がいいと思い調べてみました
言葉だけにして置きますが
「せん妄」とは 臨終前の妄想と行動のことです
「下顎呼吸」は臨終前の努力呼吸のことです
「断末魔」(身体のある小部位で 傷付けると死ぬほど)の苦しみと叫び(臨命終時は吸気発声) のことだそうです

こんな様子を死期が近づいてから映像で見るのは残酷でしょうか
皆んなが最期に味わう死を 前持って覚悟したほうがいいのか それともまさかこんな死に方をするとは知らなかったと(後悔する間も無く)成るが儘に任せた死に方が賢いのでしょうか
これこそ QODの為にも また「死に甲斐」を確実にする為にも そして出来れば「エンジョイです」の助けになるのでしたらとマイクは見知っておきたいと思ってなりません

「神頼みはしても 自分をゆっくり眺められれることを感謝するのが一番だと思います」と言ったのには
自分を眺めている内に もう死にたくないと思うかも知れませんし あんな死に方をしたいと見つかるかも知れません
そんな気持ちがあったのです

(NHKスペシャル「私は安楽死を・・・」に続いての放映を期待したいものです)
映像利用で 西欧の半分しかいない医師の過労を救えると思えるのです
医療財政の危機も

福祉財政は十分か/日本に共生社会は?

こんなことも考えてみたかった 考えねばと思い!
入院患者だからできる 贅沢な書斎にいる学者気分で?

「社会保障制度等の国際比較について」(参照)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000394936.pdf
成る程 制度は歴史や考え方で様々であるが 財源や自己負担配分は夫々国の考えが見られる
しかし 高齢化で社会支出増えたにしてもだらしなく みっともないのです
GDP対比社会保障費は20%〜30%の範囲と言え 日本の少なさをハッキリ認識した上で 相対的にはそうでも 絶対不足かを考えて見たい

「日本の社会保障給付費の国際比較」(参照)を見てください(古いデータです コメントを転記)
医療・年金・福祉 全てで最悪のグラフ みっともない・情けない・税金勿体ない のではないか
https://hodanren.doc-net.or.jp/kenkou/gkhtml/gktop/gk6s/gk6s1p/gk6s1p.html
「日本社会の社会保障給付費は低い」コメントー1
日本の社会保障給付費の水準は、世界からみてどうなっているのでしょうか。
国内総生産(GDP)に占める社会保障給付費の割合を、ILO(国際労働機関)が定める基準にもとづき、「医療」「年金」「福祉他」とその合計について、比較してみました。
 福祉先進国といわれる北欧のスウェーデンやドイツ、フランスに対し、日本はかなり低い水準となっており、公的医療保険が未整備であるアメリカと同水準となっています。日本の水準は、ヨーロッパ諸国の3分の2、北欧諸国の2分の1であることがわかります。
 今後求められるのは、国と企業の負担で国力にふさわしい社会保障の充実です。

「日本だけが支給を減らす」コメントー2
社会保障への国の支出を減らすという政策は、世界的な流れなのでしょうか?政府が社会保障に対して、どれだけ国庫支出しているかを、国内総生産(GDP)に占める割合で比較してみましょう。
 日本以外の5カ国をみると、平均で5.9%から7.8%へと、国庫支出を増やしているのに対し、日本だけが4.1%から3.4%に、その割合を低下させたことがわかります。1980年代から1990年代にかけて20年間は先進各国で、老人人口の増加が頭打ちとなるなか、日本だけが世界一のスピードで老人人口を増やした期間でもありました。日本の姿勢が、いかに世界の流れと比べて、異常であるか明らかです。

(マイクの妄想)
さてと 社会保障にGDP比20%は 確かに日本は社会保障を疎かにする文化国と言われても可笑しくない
日本人は 共生社会の保障制度に疎くなってしまっているのです
何故か? 中国人と日本人は 70%利己的で 官僚依存強い文化
アメリカ人は90%利他的(ある遺産調査から参考)で 個人主義の文化に関係すると思います
アメリカは医療福祉も自由で自己管理のため社会保障費は少ないのですが 元々開拓民の互助性と利他の宗教性で 生活貧困者が出ないような優れた生活保護救済制度があるのです

自殺率の国際比較を見ると 日本 23.7 アメリカ11.0 9.3オランダ
(H21年5月8日 内閣府自殺対策推進室資料より 10万人当たり人数)
この日本の数字の差の12〜4 詰まり半分の自死者は 自殺ではなく 世間の目による社会的な他殺なのです
安楽死容認のオランダでは 社会が 市民が 共に救っているのです

幸福の質を知ることも 量を上げることも大事だと思います
でも現状の儘の これで満足する方法はあるのです
金融庁の言う2千万円を準備しなければ老後を生きられない筈がありません
95歳で現役並みに元気で贅沢に遊びたいのでしょうか
QOLはお金で埋めなくとも 妄想でも高められます
量や質の問題ではなく 平等感や透明感があれば 互助共生社会は不安なく安心できる社会なのです

日本は 1人当たりGDPが30年で倍になったのに 幸福感は「幸福のパラドックス」の通り 3.5/max5と何も変わらずの生活満足度(平成 20 年度国民生活選好度調査)とと言われています
GDPの支出配分項目を国際比較して その国の思想の違いを理解したいものです
利己的個人的税金依存競争(パンとサーカス体質)で忖度と既得権の儘の国では 共生社会は無理です
北欧の様な 矛盾を納得できるまで改善し きめ細かい理解し易い透明な制度を効果的に運用していければ GDPの20%でも 質の高い幸福感も増した共生社会が可能なのです
先ず 社会保障に感謝! そしてそこにある社会的な矛盾を!妄想の中に見つける!!

入院体験は人生を短時間で/色々と 濃く ギリギリまでも

マイクの最近の悩みは 粘ねばの唾液が口に一杯 溜まることなのです
医師と相談したら 薬で唾を少なくする事を勧められましたが 今は我慢する事にしています
ところが昨日 不安な気持ちになると交感神経の働きで唾が粘っこくなるらしいと薬剤師が自信なさげに教えてくれました
(しかもサラサラと粘度の高い2種類の唾液腺がある?とも?)
退院が決まって寂しいような不安な気持ちの所為なのか その粘った唾を とろみ付けたお茶で 下手に飲み込んでしまい誤嚥で咳き込んだ
偶々ベテラン看護師が聞きつけて吸引してくれたまでは良かったのですが お茶の匂いを嗅いで怪訝な顔して臭うといって取り上げられ ドキッとさせられました
捨てると言ってナースセンターに持ち帰られ 流石のマイクも覚悟はしましたが その後主治医の回診でも何もなくホッとしました
どんな匂いだったのでしょうか?詮索なしで・・・

マイクは学生時代の山登りのザックに “Mine albaiten est das abenteuer”
と書いて粋がっていました
弱虫でシャイな癖に 正義感があると言うより憧れていた程度ですが 弱い者の味方を好み 危険・冒険をも結構楽しむ方です
と言うか実は 只の開き直りに自信があるスコイ奴 なだけなのです
でも確実に 危険な所には 面白い人間がいて 楽しいのです

危険とは一寸違いますが 入院患者を見ていると 色々の人がいて或る意味で楽しいのです
昨日はこの病棟の入り口に変なセンサーが特設してありました
看護師に聞くと1人抜け出す患者がいての対策だと言う
これくらいではなく 爪切りで酸素呼吸器の管を切った人がいて その方は夜になると酒を酒をと探すのですが看護師からここは家ではないと諭され諦めて寝ます
何を言っているのか如何しても分からない奇声を 一日に何度もあげる人にも特別の関心があります
こんな人が側にいてもマイクは殆ど気にならないか 却って関心があるのですが 病院ではこれ以上近づくことは難しいのです
話したくても全く話せないのは カーテンを閉めて閉じこもる人と 今はもう一人 家族が来られても全く反応のない 胃瘻で生きてるだけの人もいます
閉じこもる方には お風呂で一緒になれるので何とかしたいのですが 無理は無理と諦めるしかできません
これまで何人もこれ以上QOLが下がりようもないの方が同室におられましたが ご家族には少ししかお聞きできず 折角の機会なのに「勿体ない」と感ずるばかりです
病院の中では 全てクローズに思えて「情けない」思いがします
折角の色々の人生を堂々と見せ合えないのは 何としても「みっともない」ことだと思ってしまいます

昨日は清水さんの著書「夢 なかまたちの明日」を読み あとがきに かごしまコープ障害者共同作業所の62人の仲間たち一人ひとりに贈る感謝の短くても心ある言葉には 感激し大泣きしました
それにはKDEまやちゃんが 何時も公演の打ち上げで 全員に一言づつ手書きで大入袋を配るのが恒例になっているのと重なって思えたからです
昨日メッセンジャーでこのことを 誰にでも平等に優しい神様仏様に泣かせてもらってありがとうと伝えました

序でですが マヤちゃんからは 北海道に行った時に大仏様をバックに観音様をポーズした写真を拝んでおいてとの返信があり ナンマンダブと拝みました
それである質問を返したのですがそれは秘密と逃げられました
その秘密ということですが マイクは相当危険なことをやってきた自負はあるのですが 世間体を弁えれば それを直ぐには話せず 秘密の儘か 暫くしてからなら自慢話なのです
秘密は自慢話になり また多い方が豊かな人生の証拠なのです
それも失敗話や恥ずかしい事でも尚更です
しかしその自慢話を若い現役の人間には語れないのですが 逆に年寄りには 語らずには死ねないのです

もっと病気を誇らしげに そしてオープンに
年寄は自分を告白し懺悔し 今は出来なくとも 罪滅ぼしの切っ掛けになるのです
年寄りには 少しでもいいからの世直しのチャンスがあるのです 命を懸けてでも

理想を求めるトルストイが晩年 日記で 自分の醜聞ばかりか 3大悪妻として有名なの妻をあからさまにしている事を6/13に書きました

愛ある親切で絶望から救われました

嫌老社会に生きる老人よ 終末期を悟ったら 罪滅ぼしに懺悔だけでも必ず!
老人よ 大志を忘れては 地獄行き確実なのです!

理念が先で生きるか 欲望を先にして生きるか

新聞書評欄で マイクの性癖を 代わって批判してくれそうな本を見つけたので紹介させてください(読んで頂くほどでもなく マイクの愚痴癖の為のご紹介でしかありません)
https://www.msz.co.jp/book/detail/08793.html
「測りすぎ――なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? 」ジェリー・Z・ミュラー みすず書房(2019/4/27)
「成功へのカギは成果評価にある」――今日あらゆる組織に蔓延している信念だ。
しかしわれわれは業績を数字化することに固執するあまり、測定そのものを目的化ししまっていないだろうか。その結果、この「測りすぎ」が組織のみならず個人の生活を破壊しつつあるのだ。

マイクは一応サイエンティストの積りですが 物理を学んだ縁で ホーキングに憧れてALSになった訳でもありません?
理論物理の彼でもそうですが 実証のために欠かせない実験物理学なら尚更に数字に拘るのが宿命なのです
この本は数字に拘り過ぎると数字により繊細な信号に気付かずして より本質を見落とす可能性があり 合わせて悪用される恐れがあることを警告しています

マイクにして見ればそんなこと当たり前で 心配過剰だと思います
それよりも 数字なしの人間の気持ちや機微だけで 妄想や理念作りをやられる事の方が見ておられません
マイクが言っているのは 現実把握の為には 数字が「便利」ですとだけです
それも多面的に見れば見るほど妄想を刺激してくれるのです

人間のコストやQOLは 見方によって変わる筈だし 多様な価値観に合わせた見方をすれば 人夫々のボンヤリした価値(プライス)を重さとして実感できるならば 社会で共有・理解できるかも知れません
本当にそれが出来るかどうかより その数字の使われ方の心配も懸念しておくべきです
理想が先にあれば 悲観的現実を数字で知ることにもなり 思考が止まります
目的や目標が先行した欲望思考なら 偽造データが簡単に利用されてしまいます
情けないことに 自己ファーストに落ちぶれた世間ではこの様なことが当たり前のように流行って絶えません

マイクが 石田梅岩顕正会で学んできたことを何度かお話ししてきました
その心学から生まれた近江商人の「三方よし」をトランプに教えたいのですが その裏技は数字しかないのです
計数経済学者に 先ず心学を学んでもらって 今一番やって欲しいことです

それも自由・資本主義の「欲望」が先行する経済社会が数字的に優勢なようでは ポピュリズムを分かり易い数字が後押しするのです
欲望が支配する世界など 見飽きて見たくもないとは思いませんか
それより「理念」が将来を作る可能性を信じられるような 経世済民社会であったはずの時代に戻らなくてはと思います
数字はその為の理念を妄想する手段としての また妄想を実現させる可能性を導くと信じています

マイクは 難病患者の数字を調べてからでないと 議員の役割りを重さで納得し切れないし 「れいわ」が議会内のバリアフリーを越えて マイノリティをも越えて 公平・平等な社会に向かい始めた兆しだと 早過ぎる安堵を得票数を見て味わいました
マイクが 限りある命のコスト(殆ど多額な療養費)を使い切って どんな価値(社会的貢献)あることができるか
スーパーALSになってからではなく 今できるその為の準備は何か 病院のベッドからではなく 市井に交わらなくてはと前々から悩んでいるのですが 当分何か見付かるよう ベッドの中で夜な夜な妄想する積りです

77歳 既にやりたいことが見つからなかった

再入院2日目で リハビリ3種と風呂だけで何もせず体を休めることに専念しました
これはこれで成るように成るとの贅沢な命の過ごし方なのでしょうけれども こんなことにでもこれで良いのかと考えたくなるマイクです
こんなマイクが1年半前の77歳の元旦のブログに 既に気力が失せた老人になったことを告白しています

マイクのブログの2018/1/1「新年に 変態の我を見つけたし」(死に方教えます)にはこうあります
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180101/archive
『明けましておめでとうございます
今年も皆さんには恙無きことと お喜び申し上げます

私マイクも 何とかやっています
とは言え最近の書き込みには ダンス公演が続いて 途絶えがちでしたこと 寄る歳を感ずるばかりです

マイクの年賀の言葉は毎年 HPの「私の年賀」に あります
是非マイクのボヤキをお読みください

今年は 昆虫もするなる 変態を 完全または不完全かも知れませんがしたいものです
マンネリな老人をこれ以上やってはおられないと思うばかりで ボランティアやアートやダンスから足を洗いたいと思いながらも 次の目安が付きません

正月の三が日の間にでも思いついたらと 年越えて布団の中で考え続けてきました
今 酒に浸りながら
終末期老人のあるべき姿を考えようの決意は ライフワークとして変わらないことだけしか思いつきません』

その年賀状は マイクのHPにあります(vistaバージョンで画像が表示されません)
http://mike12.web.fc2.com/nenga.htm
毎年ながら「皆様には謹みて新年を寿ぎます」と心より申し上げます しかしまた毎年目出度くあるべき賀状を 寿ぎとは言い難いボヤキ事で汚してばかりの私でしたこと 今年もお許しください
世界中に 安倍・習・金・プーチン・ドゥテルテ・トランプ等の自己中ウイルスが蔓延し この日本も政府・企業の不正や議員・芸人の不倫 自殺幇助殺人や国技の醜態など 愚民を麻痺させるに事欠かず アジア隣国と全く同じレベルなのです  こんなに劣化している社会に 目を瞑る位なら 日本死ね! かも
私事では 満77歳になり 加齢を日に日に感ずるのですが おやじダンスともう一つのKDEの仲間とは昨年も 3月はびわ湖ホールでのベルギーの公演に 4月にはデンマークのアーテイストのパフォーマンスに 5月には名古屋で 8月は大阪で 11月はバレエに 年末には初のソロ出演など 十回以上のステージを楽しみました
現役時代から 7年毎に仕事や生活に変化があり また退職後もボランティアからアート鑑賞へ そしてダンスへとたっぷり彷徨いましたので ここらで次の変身をと迷っています しかし未だ見つかりません 飽きっぽい私に是非お勧めの生き甲斐ヒントをお願いします
平成三十年 元旦   マイクスタンディングこと・・・・

したいことがなくなった老人マイクですが 遣らなければならないことはあるのだとの想いだけはあったのです
まだ生き甲斐を求めていましたが 「死に甲斐」もあることには気付いていなかったようです
序でにです
QOLは知っていたと思いますが マイクの今は QOD(quality of death)と言う言葉のある事を知っています
これまた序でに
QODは緩和ケアに限っていて 英国が「クリニカル・パス」なる積極的処置システムで優れているとか それに対し 長寿日本は延命を優先するとか
もうひとつ
マイクの「死に甲斐」は 単なるターミナルケアでないことは このブログの5/31にお話ししました(マイクのブログ2018.5.5にも)
また世間にいう安楽死も自死を幇助するターミナルケアでしかありませんが マイクの訴える安楽自死は 死に甲斐をサポートすることでより豊かな死を全うさせたいとするものです