ケ・セラ・セラな気持ちには中々

「ありのままに 全力で」
清水さんの返信にある東福さんのこの言葉を見て 3月頃の悩めるマイクに知人友人から多く頂いた言葉を思い出します
「成るがままに」も 友人知人からの励ましの言葉として頂いたことを大変嬉しく思いました
だけど不遜にもこれをケ・セラ・セラぐらいにしか受け止められず 他力本願で あるがまま なるがまま と考えることで確かに気持ちが安らぐのですが 暫くするとどうにでもなれと思ってしまいそうなのです
確かに安らぐのですが それだけでなく何か物足りなさがあるのに気付くのです
それは間違いなくマイクには邪念や未練を振り切ることが難しいからなのです
しかも 「全力で」生き抜いたら尚更ケ・セラ・セラでいいのかと思ってしまいます

心身の衰えを過剰に感じてしまい易いマイクには 全力とは無理かも知れません
これまで マイクが安楽自死を勧めるのは 力衰えた終末期の老人しか対象にしていません
若者や身障者で自死を望む人にも必要なのではないかと そんな想いは心にないことはないのですが 倫理的な問題視はマイクの手に負えない事と決め込んで触れることを避けてきました

しかし今 30歳のMSA患者が隣のベッドいることは マイクを否応なく マイクが卑怯にも避けてきた若者・障害者にまで当て嵌めてもいいものか?
それを考え直さねばならないようになったのです
30歳とは言え殆ど寝たきりで終末期のように見える彼に 安楽自死を勧めることは無責任な不届き者でしかありません
そう思わせるのは家族(妹さん)の励ましの言葉を聞いたからです
当事者の彼の想いは全く聞けないのですが 家族は生き続けてくれることを願っているのです

マイクが他人事のような無責任を避けるには 彼に変わって考えることだと 昨日今日と悩んでいるうちに思い付きました
それも数日前から隣にベッドを並べているのです
考えざるを得ないのです
しかし本人から本人の意向を聞くにはかなり難しい病状なのです
パイプを幾つも付け 一日中イビキを掻いているだけです
それならマイクが彼に成り切って考えることしかありません
彼に自分のQOLを語れるだけの生命力を感じません
またマイクにも彼に代わってQOLの向上を考えられるように思えません
それでも 考えることにします

安楽自死の終末期老人のことは 誰でも賛同してくれるのです
しかも自分が認知症になったら 安楽死を望むと言います
しかし認知症の老人は終末期に自己判断できないかも知れず その程度ならと言うような基準も難しいと思われます
マイクが心身障害者のことを考えないのもそのことなのです

こんなことを考えていたここ数日ですが 何も進展せず 書き上げた文章も支離滅裂で 考え続けることができないことを改めて知っただけでした
投稿の価値がないのですが 悩んでいることを知っていただくために返信します