トリアージもQOLも理解できていません/ランク付なんて

もう一度 難病とはを考えてみます
難病法における「難病」とは、「発病の機構が明らかでなく、かつ、治療方法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とすることとなるものをいう。」
5,000から7,000種類あるとされる
その中で 研究事業対象の333種類が「指定難病」となる

29年度末現在 特定医療費(指定難病)受給者証所持者数,対象疾患・都道府県別 出典:厚生労働省衛生行政報告例(平成29年度末現在)
http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/koufu20182.pdf
(所持者数は)  全国総数. /京都
全国総数/京都   892,445 20,044
筋萎縮性側索硬化症  9,636 190
パーキンソン病   127,536 3,311
潰瘍性大 腸炎   128,734 2,744

日本の公的な「難病対策」は1972年(昭和47年)に厚生省が発表した「難病対策要綱」に端を発します
アメリカで2002年の「希少疾患対策法」が
EUでは2009年の「欧州連合理事会の難病・希少疾患対策に関する勧告」ですが それらの中身の比較はマイクには出来ないのが残念です
しかし十分過ぎる日本の施作である様に思えますが 運営の煩雑性とか 非効率とかの問題は色々あると思います

ここからマイクの経験での意見を
指定難病に認定されるには 医師の確定診断を行政に提出し審査するのを長時間待つ不安が付き纏うのです
また主治医・ケアマネを決め 在宅の訪問看護の介護資格認定にも長時間で ストレスになる
そのストレスも 認定され 医療費助成の目安が付いて経済な見通しがついて安堵するには2〜4ヶ月掛かるのです
しかも介護地獄や転院地獄の現実を知るのもその頃です
地域包括センター・難病連などの相談窓口のあることは直ぐに分かるのですが お役所仕事で積極性が感じられません
障害者手帳や生活保護まで多彩な福祉支援施作が憲法25条(生存権)に基づいて用意されている筈なのです
その頃の弱っている患者にもう少し丁寧に説明し導いて欲しいのです

さて指定難病に潰瘍性大腸炎を取り上げたのは 難病の中でパーキンソン病より人数多く ビオフェルミンで完治したとかエエッという話もあり 他にも軽い難病もある事を知ったからです
5〜7000もある中のたったの333が認定されているのです
しかも患者数が18万以下という条件があるのです

今日はこれくらいにして 看護学校性の3週間の実習が終わったのでその事を
前の二人が社会人経験してからの30歳だったので 今度の21歳では頼りないのではと思ったりしたのですが 災害支援の看護師を目指していると聞いて頼もしく思いました
それでマイクが調べたかったトリアージとかQOLについて調べるよう宿題を出してきました
胃瘻についても 気管切開も宿題にしてお互い勉強になりました
医師や看護師から以上に深く教えてもらったように思いいました
今まだウブで頼りなさそうですが 逞しい看護師に成長するでしょう

もう一つ 今日85歳のパーキンソン患者が向かいのベッドに再入院された
胃瘻をされていて 病院がマイクに胃瘻を勧めんがためのご配慮?かも知れません
パーキンソンは胃瘻される方がこんなに多いとは
それがみんな構音障害が少ないのです
パーキンソン病でもALSには色々教えられて 似たもの患者のピアもありなのです

人生色々です しかもここはレベルが高い?

清水さんの様子を心配をしながらも 相変わらず豪快なお酒と美食の写真をF/Bで見るにつけ羨ましい限りのマイクです
チビチビしかできない辛さお察しください

マイクの今は それ程に 嚥下の事ばかり書かずに居れないマイクなのです
到頭 今朝からの食事を これまでの嚥下「ソフト」から「ブレンダー」に1ランク落としました
ソフトでも入院時は 20分で食べられたのが40分以上掛かる様になったからです
所が 今朝からは25分で済ませる様になったのはいいにしても メイン?の3品とも何を食べているのか分からない濁った色のペースト状なのです
見ても何か分からないので 親切にメニューが付いているのですが 色だけで推測するのが難しく 味で判断するのも余計しんどい気がします

それと 今日は4人部屋の2人が退院し 新しく 1人入院されました
以前に 同じ病棟の方から 病気や人生観を色々教えて貰う喜びをお話ししましたが 今回7/8からの再入院後は 直ぐ退院されたお喋りのMさん以外は 余りお話しできませんでした

今日出られた Oさんは マイクの3つ下75歳にしてはオンの時に古い歌が出るような国文学者で 看護師に甘えっ垂れすぎてばかりの所が気になって 積極的には近づきませんでした
オンオフの差がきついご本人の調子の良い時に 多分税金で偉い学者になられたことなどの人生観をお聞きしたいことはあったのですが 我慢しました

もう1人のTさんは ブログを紹介していいと奥さんにお断りしたのでお名前を載せますが 胃瘻だけで筋萎縮で全く動きませんのでお話しできない様な症状でした
帰られる時に 2011年まで立派なお仕事をされ 3年ほど前からこんな状態で 奥さんが在宅療養されていると言う事でした
旦那さんにも奥さんにももっと マイクにはとてもあり得ないくらいの命への執着に就て お話をお聞きしたい方でしたが残念です

ブログは 2011/1/11から第94回の2015/12/15 迄ですが
http://www.fukushi-hiroba.com/magazine/book/essay/syunsakusan/130215_syunsaku.html
高橋瞬作 73歳?のプロフィールがあります
2011年春まで、全京都生活と健康を守る会連合会の事務局長を務め、国民健康保険制度を国民本位に立て直す運動の先頭に立つ。「払うことのできる国保料を」を1990年代から唱えるなど、先を見通した提起が運動を励ます。生活保護制度にも精通し、生存権裁判に取り組んでいる。読書家としても知られ、無駄のない語り口が魅力でもある。 多系統委縮症(オリーブ橋小脳委縮症)という名の難病(10万人に6人が発病する)を発病、病を受け止める姿が人を励ましている

その第31回13/2/15の最後に 次の様に 「延命拒否宣言」があった(のに???)
こんな方とは知らず 世話にこられた奥さんのお世話のやりように感心して マイクの家内とは・・と話したことがあります
奥さんは 「旦那は人に頼ることを何とも思わない人」で マイクにも奥さんに頼ってみたらと勧められたことがあります
本当に家内に拝ませたい優しく逞しく可愛い方でした

私の人生の終わり方  高橋瞬作
1 これまで楽しく生きてきたのだから、これからも夢と希望をもって、一日、一日を大切にしてゆく。
2 「延命治療は行わない。」
3 葬儀は行わない。もし、行う場合は、妻と三人の子どもたちだけで、つつましく行う。
4 遺骨は、深草墓苑に納める。分骨して納めることも可能。

ここ迄にしておきます

最後にもう1人今日の入院の向かいのベッドの方とは ゆっくりお話しできそうです
嚥下が心配な 70歳の著名な研究者の方です

追記;最近関係しているそうなマヤちゃんへ このTさんは MSAです
介護は 首の向きを時々変えてあげないといけないくらいしかありませんでした
看護師は カテーテル尿と ウンチおむつ交換(臭い) 吸引 吸入 ラコール経管栄養 位で パーキンソンの甘え垂れや 投薬回数の多さに比べると 手間は ALSのマイク並みに楽そうでした
一寸加えますと ALS患者は扱い難いと言うサイトがあります
いつか反論しようと準備済みです

癌は? 一般的に如何言われていますか? 清水さん

お疲れ様です6/27・29楽しみにしてます

お仕事と検査を抱えてのお忙しさを想像していましたが 大腸癌から始まるご経験者で豪快な身体の清水さんのようなベテランでも 一つの体に一つの命しかないのは当たり前なのですから 不安には誰もが初心者になるのは当然なのでしょうね
6月初めからの長い長い時間を初心者に立ち直って過ごされたお気持ちをお察し申し上げます

病気の不安の原因はいっぱいあります
先ずはじめに治る病気と治らないと思われる病気で決定的に差があります
治るか治らないか確かでない病気や 症状でも同じでしょう
或いはその方がギャンブル的でもあるので尚更キツイかも知れません

病気や症状そのものより実際は医者とのコミュニケーション不良や信頼に関することの方がタチが悪い
信頼にも医者の力量と納得させる処置にも差があって 期待できないと不信につながります

ここ3日ほど尺度をここで取り上げようとしたのは マイクが医師の処置処方判断に 殆ど尺度らしき基準が使われてはいないように思えたからです
心臓・脳外科の凄さに比べると 癌治療の進歩はそこそこ進んでいると言えますが 難病については如何なんでしょうか
研究としての頻度が少なく技術開発が少ないのは別としても 薬の効果や症状の進捗を バイタルサインや ADL とかQOL程度の 主観的評価しかないのが我慢なりません
バイタルでは体重が 特に ALSには最も簡単で欠かせないのに殆どないのです
マイクは 四肢の筋肉量はジムで測れるので 自分で筋収縮減量から症状進捗を判断しているのにです

それでも 主治医には別の意味で頼ることがあって 回診があっても言うことを躊躇い 胡麻擂り仔羊を演じております

それにしても 施設の稼働のために患者を惑わして儲ける賢い藪もいれば その方が安心安堵する患者もいる現実に対して 自分を忘れ掛けないでことでしか救われません

もう一つ返信を見て同じ思いなのが 不安が長引く辛さです
検査や入院を待たされることも辛かったのですが マイクは症状が進んでからの生き地獄の長さを最も深刻に考えていて いまもできるだけ積極的に短くしようと考えています

難病患者だけがわがままか!?

マイクさん

いろいろ充実のご様子、その姿を思い浮かべて、ぼくはうれしくなりました。
それにしても生前葬パフォーマンスやマイクさんの療養生活をサポートしようという人がなんと多いことか。なんと心強いことか。それは、これまでマイクさんが人のため、社会のためにいろんなことをされてきたことの裏返しだと思いました。いい人生を送ってこられたのですね。そうして思いました。人は支える側も支えられる側も、決してひとりでは生きられないのだと。人は自分が思うほど、孤独ではないのだと。

これを介護する側と介護される側にあてはめて考えてみたいと思います。「ALS患者は我が儘か?」ついての考察です。被介護者のわがまま、介護者のうんざりはよく語られるところであり、映画「こんな夜更けにバナナかよ」の中でも描かれていましたね。それはぼくの拙い作品「死亡退院」の中でも何度もくり返し登場するテーマでもありました。

例えば主人公、ディシェンヌ型筋ジス患者轟木敏秀がぼくの自宅に泊まった夜の話。
何が食べたい? 何でも好きなものを食べさせてやる。贅沢言っていいんだよと言うぼくに、彼は「目玉焼き」と答えました。寿司でも、ステーキでも、もっと贅沢言っていいんだよと言いかけて、ぼくはハッとしました。一度に大量の調理をしなければならない病院食で、当時1個ずつつくらなければならない目玉焼きは、決して口にできるものではなかったのです。こんなものが贅沢になるなんて……。ぼくは喉が詰まりそうになったことを覚えています。

逆にその夜一晩中体位を変えてくれと要求する彼にうんざりしたことも。「ゆっくり寝させてくれ」と言うぼくに、「ぼくは身体が痛くて寝られない」と訴える彼。介護、介助をしてやるから泊まりに来いと促したぼくに、身を委ねて泊まりに来た彼。ぼくはどちらがわがままなんだろうと思いながら一晩を過ごしました。

こんなこともありました。
病院で食事介助をしていた時のことです。予て好物だと言っていた冷やし中華がトレイに乗っていました。それを彼の口に運ぼうとすると、振れない首を横に振ろうとして拒絶したのです。どうして? 好物じゃないの? そうたずねたぼくに彼はこう答えました。
「切り刻んであるでしょ。麺を食べてるという気になれないの」
通りかかった看護師さんに、どうして切り刻んであるのかとたずねたら、喉に詰めたりしないようにですよとさらっと答えました。すると敏秀が、
「食べやすくじゃなく、食べさせやすいようにだよ。しかも事故を起こさないような危険回避もね。患者のためじゃない」
と吐き捨てるように言ったのです。
多くの患者を限られたスタッフで介助、介護するには仕方ないことなのかもしれませんが
「麺を長いまま食べたいと言ったら、わがまま言うなと前に言われた」
という彼の表情はとてもさみしそうでした。

危険回避と効率。それが背景にあるなら被介護者はまだ納得できるかもしれません。だけど、もし介護者に「ここまでやってやってるのになんだ……、まだ要求するのか」という思いがあるとしたら、そしてそれがもし職業として介護に携わっている人ならとても残念だし、その思いは介護される側に必ず伝わるはずです。


被介護者、介護される側は要求が多くて当たり前です。だって自分でできないことをしてもらうために介護、介助を要求するのですから、ほどほどなんてことないのです。そういう意味でいうと、被介護者であるALS患者はわがままではないとぼくは思います。ほどほどの介護で満足してなさいという介護者の方がわがままだと思いますが、いかがでしょう。

安楽自死がムラムラと

今夜は外泊から帰って 9時消灯暫く経って 今夜の書き込みをベッドに寝転んで いつもの様に テレビを見ながらしようとしました
まず民放を幾つかみて面白くなかったので最後にNHKに切り替えてビックリ
NHKスペシャル(6/2 21:00〜50オンデマンドあり)のタイトルは「彼女は安楽死を選んだ」でした

20分は過ぎていましたので二人の女性の病名は確かではなかったが 延命措置選択を比較する興味ある また優れた番組でした NHKサイトでは次の様でした

去年、一人の日本人女性が、スイスで安楽死を行った。女性は重い神経難病を患い、自分らしさを保ったまま亡くなりたいと願っていた。患者の死期を積極的に早める安楽死は日本では認められていない。そんな中で、民間の安楽死団体が、海外からも希望者を受け入れているスイスで安楽死することを希望する日本人が出始めている。この死を選んだ女性と、彼女の選択と向き合い続けた家族の姿は、私たちに何を問いかけるのか見つめる。

安楽死を選んだのは マイクの球麻痺や手足の症状よりは確実に軽く見えるし 表情は今のマイク並みに元気でしたし マイクのような自死願望の時期があったような感じではなかったが 語りでは強い自殺の危険があったと言うより ズットのようです
一人の反対する妹を残し 二人の姉を説得し てスイスのライフサークルの許可を得て向かう
小島ミナさん(52歳)は 手続きと診断の後認められ 2日間考えた後に実行されるまでの心理を丁寧にルポしている
家族の介助を避けたい思いと 強い自殺願望を持っていたが 最後に世話になってありがたさを知るが 姉はここで迷うことの意味を考えたりでした
点滴と栓を自分で押すところも 満足そうな表情で 最後に幸せだった 見守られてありがとうで亡くなる また警察の検死撮影も実写され あっという間だったがマイクは涙した
遺灰は安楽死認められない日本に持ち帰れないので川に

もう一人の鈴木道代さん(52歳)は 家族の負担を 人の力を借りてでも生きられると説得されて人工呼吸器延命を選択する
既に文字盤の会話もままならないでの選択の様子は小島さんとつい比較してしまうような対比で構成されていて 見るのが辛かったが マイクには涙が・・・
最後に鈴木さんは2時間の外出許可で桜を見て涙されたで終わった

マイクは 清水さんのことをと思って帰ってきたのですが 今夜はここまでに

追記;再放送のことや 世間の反応について このページのコメント欄に自分で載せていています

まだまだ楽しむ面構えは格好いい

ここ何日かは清水さんが お仕事の多忙なことで マイクの往信が続いているのだとばかり思っていました
それが・・・・
でもそんなにとも思える診断のようですが・・・・

ひとつ病を持つっていると無病息災どころでない自己管理力が備わって長生きすると言われています
だと言って癌は他の病気と違って ひとつ目の癌は長寿の宝物になれる訳でもなく どこに何が発症するかは改めての初めからの宝物でもない宝探しなのだと聞いたことがあります
だけど偶然性の高い病気だけに マイクのように自己管理に関心なく癌検診をしたことの無い者もいる
清水さんは 元より難病などに関心をお持ちでも 大腸癌の高いステージになっておられたり 結局は 結果的な運不運をメンタルにどう受け止められるかです
それでも一回経験者と初めてでは大違いでしょうか
とは言え心配の大きさは いつ誰でも同じでしょう

マイクの歳になると 前立腺と白内障は病気ではないように言う人が多いですね
若い時になって進行が早くて切除してオムツ使う友人もいるし マイクより少し上の京都のお菓子屋の社長は広島が最高だと言って1ヶ月?入院され完治したようです
これ位のことしか知らないのを 恥ずかしげもなく書いてしまいました

会社のOB会で 翌日ゴルフする元気のある友人は殆どが癌などの大病をしたものばかりです
しかも貪欲そうな 面構えは闘病経験者でないと と思いますし ギャンブラーらしいスコアで上がっているようです
人生は寄り道回り道 まだまだ楽しみは巡り続きます

癌とALSの往復書簡の意味❓

往復書簡なのに マイクは自分のALSの事ばかりです
2/6の告知からの2月3月は まさかの難病に沈むばかりで 他の事を考える余裕もなかったのは当然としても 4/8からの入院生活後は 精神的な安定と時間的余裕で 毎日欠かさず またその文章のクドクドしさも 自覚はしていましたが生半端ではなかったようでした
清水さんからは優しく マイクをぶちまけるスペースだから思うようにと言われ 遠慮知らずも甚だしくではありましたが なんとかやってこられました

それでも時々 もしもマイクが癌だったらとの想像をしながら 清水さんのお気持ちを思い知ろうとの努力は してみてはいるのです
2人に1人は病むと言う癌については 誰もがかなり知っている積もりでも 色々ある癌の事を 一括りに理解しているだけです
いざ清水さんのご様子を話題にしてみようとはしても 特別の何かを思いつかず ついついまた自分のことになってしまっていました

でも 考え至って 癌と 難病の違いを
癌が ステージと生存率に賭けて闘病するギャンブル的病気
難病は 完治せず地味な病気で 逃病が似合うと
言った覚えがあります

癌で死にたいという医者(中村仁一)もいれば
ALSは医者が一番なりたくない病だと言うのが定説であったり

最近知ったのは
「阿賀野病院ブログへようこそ ALSの患者さんでは 癌(がん)になりにくいようです 横関明男」に 次のようにあった
いままでの研究から、神経変性疾患と称される神経細胞が減っていく病気では、癌になりにくいことが示されておりました。アルツハイマー病(認知症を起こす病気です)やパーキンソン病(手や足のふるえ、歩行障害をおこす病気です)などが、神経変性疾患の代表的な疾患であり、これらの病気では癌が少ないことが報告されています。

ALSの患者として喜んでいいのか 癌患者がALSにならないと言っている訳でもありませんが どうでもいい事なのでしょう

サイトで癌患者や家族の心得を探っていたら 色々ありましたが割とシンプルな気がしました
それは ALSをマイク自身が経験して悩み抜いたことから比べてですが 違いますでしょうか
マイクはALSを 癌なみに 社会に理解を広めるべき天命を頂いているのです
でもその様なサイトは一杯ありますけども?

それにしても 5/19の「マイクに自然死せよ/ 癌も苦しまない/と言う売れっ子医師」で取り上げた中村仁一医師の言う「がんは完全放置すれば痛まない」は本当でしょうか
それどころか ALSの最期を知らないのでマイクに自然死して見せて欲しいとまで発言しました彼です
本は 『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』(幻冬舎新書)2012/1/30 その 第3章 「がんは完全放置すれば痛まない」 です

この程度の医師は ポックリ死信仰の日本人の類いなのです
第一生命経済研究所の若い小谷みどりは 日本人のポックリ願望70%の矛盾を突いて ポックリと言いながら 今日は死にたくないらしく 死について考えていない証拠だと

今日は入浴日で この病院のサイトのための写真に マイクが一人体を洗う姿を看護師に撮られました
如何してかよく生贄に選ばれるのです
勿論ボカシを条件にです

弱者が情けを社会に育む

ALSの自分のことを疫病神と思ってしまっていた頃の自分を恥ずかしく思うマイクです
一人何処かで篭ろうとまで思っていたマイクは 昔の自分がALSの自分を差別していることなのです
弱者差別を普段からしていない積りでも 実際にはその様な場面をあまり体験していないし考えていないからです
そのことに気付いたのは マイクの様な鈍感な人間と (酒の)神様 (金粉の)仏様の様な人がいる事実を知って 何故鈍感な人間と 敏感で情けある人に別れるかを考えてみたからです
結論から言うと 弱者と接する頻度にも関係するのではないかと思ったのです
勿論そんな情けというものは 人それぞれの人生体験で育まれるものですが 弱者の密度や接する頻度にも要因があると思い 障害者の人数を調べてみました

厚生労働省は9日、体や心などに障害がある人の数が約936万6千人との推計を公表した。日本の全人口に占める割合は約7・4%にも。
障害者への生活実態調査からの推計で、身体障害者は約436万人、知的障害者が約108万2千人、精神障害者が約392万4千人。
いずれも高齢者が増加傾向にあり、65歳以上の割合は身体障害者の74%、知的障害者が16%、精神障害者が38%だった。(佐藤啓介朝日デジタル2018/4/9)

障害者総数 936.6万人(人口の約7.4%) のうち在宅 886.0万人(94.6%) 施設入所 50.6万人( 5.4%)
年齢別には総数のうち65歳未満 48% 65歳以上 52%

難病患者についても

指定難病受給者 総数 89万2445人(H30)
内 ALSの総数は 9千636人 年齢別に観ると
0〜9歳 10〜19 20〜29 30〜39 40〜49 50〜59 60〜69 70〜74 75以上
0 2 18 113 549 1169 2924 1853 3008
確実に高齢者が多い
発症年齢は 65〜69歳をピークに50〜75歳に広がり 男は女の1.3倍(1.5~2ともある)
発症者数は 10万人当たり1.1~2.5人(2〜6とも)

ALSを障害とか他の難病と比較することにどんな意味があるのか 漠然としたことしか掴めていないのですが 取り敢えずデータを集めてみました

他の障害との比較で ALSはラッキーなのではと思いたがっているのかも知れません
生活行動不自由になるも苦痛少ないし 比較的病状進行分かりやすい
マイクはそう思って自分を慰めようと このブログの 「ALSは楽しめる筈なのです」2019.4.14 にしっかり書いている程です
ところが 事実は 障害者認定は足が不自由でないと駄目で 自分では完全な障害者と自覚する球麻痺先行のマイクには到底無理らしいと諦めさせられました
介護判定も然りなのです

数字を見て 日本人の7.4% 937万人の障害者がいて 家族がいる社会であれば 障害に目を瞑って生きられない人が 10%どころか20%以上はいるのだと知りました
マイクは 世間が弱者を疫病神と見るのが当たり前で 健全な友人知人を同じ様に見てしまい 遂には閉じ籠ろうと思ってしまったくらいでした
そこにマイクを救うまでに考えて頂いた神様仏様が現れて 希望や可能性を知ったのです
80%の自分が10%の いや80%なのに10%の気持ちの大事さを知る皆さんに救われたのです

毎年10万人に2人発症するALSが 1億人の日本に 1万人いるのは 平均5年生きているからですが この事は 100年の一生の間にALS を発病する確率が 百人に1人なのです
パーキンソン余命15年15万人
筋ジスも15年生きて 25千人
もっと確率が高いのです

身障者・難病者合わすと 1千万人を越えていて 10人に1人がそうなのです
先に考えた様に 家族だけでなく 親戚友人知人合わせて10人いれば 10人が10人 人誰でも 弱者を無視して生きられないのです

マイクの言語障害・嚥下障害に比べても 強く生きておられる多くの視覚・聴覚・聾唖障害者の事を思うと 恥ずかしくなるだけです
お互い支え合って生きている一人なのです

それでもマイクは その様な社会の成り立ちよりも 自分の死を考え また社会に於ける死ばかりを考えるだけでした
ALSを 死をかけてなすことができる病だとか粋がってみたり
元気なうちなら・・・
自死を許せる病?
安楽死なら!!
尊厳死ならOK

このことをも今思いついて 恥ずかしくなるばかりです
また昨日清水さんに障害者・難病者に関心を持たれた動機をお聞きしたのもそんな思いからです

マイクさんがぼくを救ってくれているのです

マイクさん

「縁」という言葉に大きくうなずいてしまいました。
マイクさんとのおつきあいは、昨年末の京都での写真展を、僕の友人の紹介で観にきてくれたお嬢さん、雅子さんとの何気無い会話がきっかけでした。もうどんな会話を交わしたのか、その内容も記憶していませんが、拙著「死亡退院」を手渡しました。もしそれがなければ、マイクさんとのおつきあいもはじまっていなかったかもしれません。
年が明けて2月のかかりだったでしょうか、写真展の会場となったバーで雅子さんと偶然再会し、そこではじめてマイクさんにALSという診断がついたことを知りました。

「死亡退院」は、ひとりの筋ジス患者の療養生活を切り口に、決してあきらめないあきらめさせないという暮らしが、障がい者・難病者はもちろんですが、健常者にとってもとても大切だということを書いた作品でした。どんなに重い障害、症状を抱えていても、最後まで生を全うすることが、豊かな死につながると。

それを読んでくれた雅子さんとの相談ともつかない雑談の中で、マイクさんがALSの診断がついた直後からネガティブで、早く死ぬことばかりを考えていて、さらには「自死」しかないと親しい友人に自殺の幇助をしてくれとまで口にしていると聞かされました。そんな状態に家族も辟易としているとも。しかもマイクさんがこれまでに「自死」に深く興味を持ち、「自死」「安楽死」「尊厳死」について研究を積み重ね、一家言お持ちだということも知りました。そこでぼくのブン屋根性に火がついたことはすでにお話しした通りです。

マイクさんが言う「救いたい」とは少々違います。ブン屋根性に火がついたぼくは、マイクさんに深く興味と関心を持ちました。そうしてぼくよりも身近に死に直面した人の苦悩と本心を引き出したい。大げさにいうと、そのことをちゃんと社会に知らせることでマイクさんが生きた証を残してあげたいと、かなりおこがましいことを考えていたのです。手柄を立てたい、という野心を持っていたと言ってもいいかもしれません。それを「社会とのパイプ役はぼくがやります」などという綺麗な言葉でごまかしていたのです。

ところが、何がどうなったのか、ぼくは素直にマイクワールドに引き込まれてしまいました。多分マイクさんに「死ぬ意味」「生きる意味」を鋭く追及され、それにうまく答えられずにしどろもどろしている自分に驚くとともに、死についてそんなに深く考えてこなかった自分についつい自嘲してしまったところからそんなふうになっていったのだと思います。
今はこうやっておつきあいすることに、楽しみさへ見出していることももうご存知のことだと思います。それだけだはなく、マイクさんの気持ちの揺れに自分の揺れを見、それでも生きようとする姿に勇気をもらっています。つまり、ぼくがマイクさんを救っているのではなく、マイクさんがぼくを救ってくれているのです。これは間違いありません。

先だって、病室を訪ねて元気なマイクさんと過ごした時間はとても楽しかったし、ぼくにとっては大切な時間になりました。ありがとうございました。

この経過を思い返すと、これはもう「縁」というしかないと思えて仕方ありません。

ぼくがなぜ障がい者・難病者に感心を持つようになったかというおたずねですが、これは話すととても長くなりますので、折を見て少しずつお話ししたいと思います。

夜にもう少し書き足したいと思います。

本を読む余裕もあるのです

往復書簡も 始まって随分になります
この交換ブログが立ち上がったのは 清水さんとマイクの娘の前々からの縁がってがあってのことです
鹿児島に住まいする清水さんが 障害者・難病患者を取材する文筆家であることを 京都に住まいする娘が何処まで知っていたのかどうか
10万人に数人のALSの父のことを娘がどう言う切っ掛けで話題にしたのかを確かめていませんが 清水さんに娘が紹介したマイクのブログに関心を持っていただいたことに原点があるのだともいます

その上告知まもないマイクが自死願望に陥っているのを知って ご本人が恐縮だが関心と興味を持ったと言われた様に マイクを救いたいとも直感され コンタクトが始りました
4月8日の今の入院前から マイクのメールとブログへのコメントで励ましがスタートしています
しかもデスクトップを使うマイクが入院中は中止せざるを得ない事を知って このタブレットのご用意と 新しく「死を楽しむ毎日」往復書簡を立ち上げていただいたのです

その後は現役のお仕事の合間にマイクへの励ましと 今にもやばいマイクの願望を見抜き 多くのご叱責を頂きました
お陰で生きていて良かったと先に書きました様に 立ち直り余裕まである今に導きいただきました

ところが入院中の自由時間に合わせマイクの思うところ 昔から考え悩んでいた安楽自死しにまで考え続ける様になり お仕事に多忙で時間のない清水さんのことを忘れて自分ばかりの書き込みが続いています
マイクの妄想と清水さんからの叱責に痺れながらの療養を楽しんでいます

こんな訳ですが 自分のことばかりで申し訳ありません
マイクには清水さんの障害者・難病者への関心を持たれた切っ掛けなど知らないままですので 時間ある時にお願いします

いまから「決してあきらめない あきらめさせない」清水哲男 道出版(2007/6/10)を読み始めます