白状します ALSで良かった/まだ新参者で

お便りで 清水さんがこれまでになかったのに 自覚症状が気になり出したとか?

マイクが粘っこい唾と節々の痛み(腰痛までも?)が ALS特有のものなのか?気にして医者に訊いてもハッキリしません
と言うことは気にしても何う仕様もないと言うことなのですが 尚更気になるマイクです
医者に訊いても断言せずなら 確かめに 増田スーパーALSと胃瘻の1年先輩に 一昨々日と昨日にお宅に行って確かめました
結果は何うあれ大いに気休めになり一時退院でしたかったことの1つを済まして安堵しています

もう一つお便りでマイクの自転車乗りを心配して頂けたことを有り難く思います
自転車で死ぬのは覚悟のことで 昔は自転車禁止の河原町と四条通りの車道から取り戻す(世界的なクリティカルマス)運動に参加し 車道を走り信号待ちは路面で横たわりデス・アピールをしていた頃(60歳〜)を懐かしく誇らしげに思い出します
マイクの死は家系で脳卒中か
50から自覚症状きつく医者から不整脈の心臓肥大候補生と言われてニトロを携帯してマラソン・トライアスロンに出てました
この3つのどれかと覚悟は出来ていました
のにまさかALSとは全くの・・・・

後半に 老人排除まかり通りそうな世間を嘆かれて 老人には多くを学ぶ経験と知識の宝庫で 尊敬の対象にすべきだと主張されていますね
マイクには そうであるのは繋がりのある老人知人には個人的にに思うことととして受け入れられるのですが 道端で見る
或いは 病室で見る そうは思えない人を見る度に自問し 悶々とするのです
こんな危機一髪だったマイクを分け隔てなく救っていただいたのに今も尚更悶々とするのです

入院間もない頃の4/19 に 自分を他の患者と比べてしまうことを卑下してしまう気持ちのあることを白状しました
「プラライドは捨てられません」

プライドは捨てられません


大した生まれや育ちでもないのに 人は皆何かプライドを持っているような錯覚で生きようとする
その方が前向きでいられるし 何らかの生き甲斐を感じられるでしょう
エリート意識が社会を向上させる原動力にもなっているのです

そこに差別を意識するのは不純なのかも知れませんが 健常者で弱者の居ない世間ではエリートも個性の多様性ぐらいのことでしかなかったのです
それどころか 事実は 競争を美しく称えた社会に育っているのです

所が患者同士の間では確かに病の多様性で済まないQOL の差が目につくのです 見えてしまうのです
人間をコストとプライスで見る様な目ではなくとも 自然と自分とQOLを比較して仕舞うのです
弱者共生社会のあり方を考えているにしては エリート意識や 差別自体が許されない筈です

でも今でもマイクは 病院にいる多くの色々の患者を見るにつけ 差別をしてる積もりはありませんが トリアージしてしまいます
こんなマイクに下った天罰がALSだと決め込んでまでいました

れいわの増原裕子(41) は 誰1人取り残されない社会 誰も切り捨てられない社会をつくる 障害児が健常児と同じ場所で学ぶインクルーシブ教育を実現する と言っています

それはそれで理解していてもマイクに優生思想や差別が全くないのかと迷い悩み続けているのです
大げさに言うと4/19あれ以来!

所が昨日のラジオで 依存症を治すには 同じ仲間が集まり苦労話しや慰め合うしかないと一般的言われている通りのことを臨床心理士が言う
だけど他に 不安解消として 「下方比較」が有効だと認められていると言われました
これはエリート「上方比較・平等比較」や ズバリ差別の効用を説いているのです
ただし多分 暗黙内密に心の中だけということなのでしょうか?

マイク自信を卑下していたことの慰めになるかと思ってみたにしては 二重人格になれと言われているようで堪らない

こんなことを真剣に下方比較していました
ALSでよかった・・・・より
でも全部言いたい
白状したいのです

お金持ってたらいいんだ……。

マイクさん

人間ておかしなものですね。自覚症状なんてカケラもなかったのに、あなたは病気だと指摘されると、突然あちこち痛くなったり、違和感があったりで、突然重病人になった気分になります。病は気からとはよく言ったものです。って、ぼくは明らかに重病人なんですけどね(笑)

そうなると厄介なことに、気が滅入ったり、凹んだりするし、なんだか毎日が、身の回りすべてのことが、うまくいってないようで憂鬱な気分になります。そんな時ぼくはマイクさんの顔を思い浮かべます。今日は雅子さんから、マイクさんがまだ自転車で出かけていると聞き驚きました。握力ゼロの右手でブレーキは大丈夫なのかと。すると雅子さんが「もともとブレーキは使わない人だから」と笑ったので、つられて笑いましたが、くれぐれも気をつけてくださいね。ALSじゃなくて交通事故で死んじゃったなんていうの、やめてくださいね。

でもそこまでして、自分の思いを通そうというマイクさんの姿勢に、ぼくは励まされているし、断固支持したいと思っています。ぼくもマイクさんのように生きたいな、と。

ところでここ4回のマイクさんのポスト、興味深く読みました。で、自覚症状のことが頭に浮かんだのです。自分では何もわかってないんだなって。いや、病気のことじゃなくて、自分がどんな社会に生きているのかってことです。なんで医療費ばかりが問題になるのでしょうねえ。なんで高齢者がお荷物扱いされるんでしょうねえ。これって、高齢者に医療費をかけるのが国家財政の危機を招いているって、みなさんそういう認識なんですよねえ。だから抑制しろと。

そんな主張に賛同する人も多いから、社会全体がそういうものの見方になる。その結果、高齢者に冷たい社会になりつつある。ぼくはそう感じています。

「無駄」なんですよ。高齢者を生かしておくことが。LGBTに対する姿勢もほぼ似たようなものですし、障がい者、難病患者に対しても同じだと言ってもいいかもしれない。LGBT、障がい者、難病患者はまだ許せるんでしょうねえ。少数派、マイノリティだから。だけど高齢者はそうはいかない。社会の大多数が高齢者になっちゃう。だから始末しちゃえ……。

そんな感じかな。

高齢者、老人、年寄り……、呼び方はなんでもいいけど、そう呼ばれる人たちは邪魔者扱いされるような存在ではなく、逆にレガシーとして大切にされなければならない存在だと思います。多くを学ぶ経験と知識の宝庫で、尊敬の対象にすべきだと。96歳の母は、身体は思うように動かなくなってきましたが、頭の中は聡明でしっかりしています。学ぶべきことは山ほどある。たとえばこれが逆だとしましょう。身体は動くけど、認知症になっちゃったと。どちらにしても介護が必要なことに間違いはない。歳をとるというのは、生まれてから独り立ちするまでの子どものように、手がかかるものなのです。子どもは邪魔にしないのに(最近は邪魔にする親も多いようですが)、高齢者は邪魔だっていうの、ぼくは自分で自分の首を絞めてるようなものだと思えてならないのです。子どもだっていつかは高齢者になる……。

財政のことでいうと、医療費や高齢者福祉のことがすぐに抑制の対象にあげられますが、じゃあ戦車を買ったり、戦闘機を買ったり、道路や橋をつくったり、そこら中に新幹線を走らせたり、もっと早い列車を走らせたり、米軍を思いやったり、オリンピックをやったり、国内の災害復興にお金を費うより海外にばらまいたり、そんなことの中にもっと無駄はないのでしょうかねえ。

麻生さんももっと考えてくれたらいいのに。ん? 麻生さんも高齢者じゃないのかな……。あ、お金持ちだからなんの心配もないのか。あ、そうか。お金持ってたら人のことなんかどうでもいいんだ。お金持ってたらいいんだ……。