I should be a Super ALS?

清水さんのお心遣い 畏多くも嬉しく また心より感謝申し上げます

実は ご提案頂き また恥ずかしながら マイクを危機一髪にした主原因の 「在宅療養」のことを 早い段階では 相当夢を持って考えていたのです

事実 近所はワンルームマンションが一杯あるので 1人在宅することを考えて家内と相談しました
一般によく聞く離婚や生活保護を受けることまで含めて 前もって区役所で相談しましたが 収入や相続のことで 無理・不利と言われただけですが それより何より 家内に話して 酷く軽蔑されました
経済的なシミュレーションは今なら出来ると思いますが この先の状況と決まり事や条件も分からず 諦めてしまったのです

まだ新参者の内は 1人住まいして 胃瘻とかが始まる迄は 次々と知人友人を毎日呼んで 毎日酒飲みながら マイクのゴミ屋敷ほどのコレクションを断捨離を兼ねて自慢げに見せびらかす事を そして何よりマイクの生き方を語り尽くしたく思っていたのです
それが何より一番いい個別にできる生前葬だと思っていたのです
在宅療養ではなく 自宅葬儀を友人知人に Bring Your Own Bottles (供養持込)でやりたかったのです
先達ての 生前葬をあれだけの人の協力を得てさせていただいたのですが 質素でも 他の病気ならいざ知らず ALSならではの時間を掛けた個々人とのお別れができたのです
勿論本当は我が家のスペースでもできる筈だと家内に迫っても見ました
結局諦めのいいマイクは 家族の迷惑負担をかけまいと 3〜4週間は死後の遺族年金の確認や相続のことで 忙しく 断捨離と遺書・遺影撮影までしていました

そんなこんなで ALS患者が 在宅療法でしか生き続けられないのが現実だと自覚したのは 2/8の告知から3週間も経ってからです
それまでは 難病を申請し もしもの為の介護認定を受けるためにケアマネジャーを決め 訪問介護の知識を得るだけでも時間が掛かりました
病状からでは判定できないほどのまだ見掛け元気なALS新参者は 認定されるかどうか また要支援程度では何にもならないかも知れないのに判定を2〜3ヶ月待たされるのです
急性期向けの大学病院は外来だけで 主治医を決めたほうが良いと言われて 昔は療養型の病院であった今の病院にお世話になることを決めたのが3/12でした
その間にマイクを悩ませたのが 在宅療養ができない我が家の事情をどうすればいいのかを 考えなければならない事でした
近所で別居することのシミュレーションは この時点では不確かでしかなく考えから外れていたのです
そして「死亡退院」しかないのではないと結論しても その期待すら不可能と知る度に危機一髪に襲われたのです

院内生活にマンネリ化することを恐れているこの頃ですが 症状の進捗と安心安全を考えるこの頃でもあります

無理なら自分でつくっちゃえ

マイクさん

先の見えない不安、お察しいたします。ぼくの方も検査結果はお盆過ぎになるということで、悶々とした毎日を過ごしています。わからないって、嫌ですね。不安ですね。たまりませんね。
マイクさんのことを思うと、もっと大変だろうなって、ぼくなんかはまだまだマシな方だと、勇気づけられます。
マイクさんは病気、病状の不安に加えて、療養生活についての不安が大きいのですよね。家族に過大な苦労をかけるのじゃないか、それが家族の生活の崩壊につながるんじゃないか、受け入れてくれる病院、施設はあるのか、なかったらどうしたらいいのか、死に場すら思いのままにならないのかって。そんな不安は今まで積み上げてきた生活を一気に突き崩してしまうという不安にもつながるのだと思います。不安が不安を呼ぶ、まさに不安の連鎖ですね。いったいどうしたらいいのかな……。ぼくもちょっと考えました。

マイクさん

発想の転換をしませんか。
受け入れてくれる病院や施設を探して竟の住処とすることが難しい。一方で在宅での療養は、家族にどんな負担を与えるかわからない。入院、入所も無理、在宅も無理。そんな状況がマイクさんの苦悩の根底にあるとしたら、とぼくは思いました。そうしてひとつ思いあたりました。在宅療養ってほんとうに無理なんだろうかって。
在宅って、自分の家にいるってことですよね。マイクさんの場合、その家が奥さんの仕事場になっていて、それを中心に据えた生活のあり方を変えない限り在宅での療養は困難だって。だから不可能だってマイクさんは考えてるんですよね。

だったら自分の家を変えちゃったらどうかって思いました。今の自宅と雅子さんの自宅の中間か近辺に、療養するに十分なスペースさえ確保できれば、小さくてもかまわないから家を借りてマイクさんの自宅=療養の場とする。
「何を言ってるんだか!?これから身体が動かなくなって、だれかの手を借りないと生きていけないんだよ。コミュニケーションだって難しくなるんだよ。そんなこと不可能に決まってるじゃないか!」
と叱られてしまいそうですね。でもそんなこと承知の上での話です。

ぼくは、重い障害を持ちながら、あるいは難病と向き合いながら、自立した生活を続けてきた人、続けている人を何人も見てきました。そうして思います。マイクさんにも可能なはずだと。決して簡単ではありませんが、決して不可能ではないと思います。
そうしてあの生前葬パフォーマンス「えんじょい・デス」を目の当たりにして、マイクさんならできると確信に近いものを持ちました。マイクさんは「ALS患者としての社会的役割を果たす」とはっきり言われました。その背景には大勢の仲間が、友人・知人の輪が大きな支えとしてあります。たとえ自分の身体が動かなくなっても動いてくれる人は大勢いるのです。家族の支えに、そういった人たちの支え、介護保険のサービス、可能な範囲の有償サービスなどを組み合わせることによって、マイクさんの住みたい場所での自立した生活は可能なのではないかと思いました。下の図は思いついたままに描いた素案みたいなものです。
ひとつ一つ問題点を解決し、具体化していけば必ず実現できるとぼくは思います。

この中でぼくが大切だと思っていることは、もちろんサポート体制をしっかり構築するということもそうですが、マイクさんに「仕事」をしてほしいということです。モニターになったり情報を発信するということは、ちゃんとした仕事として成立すると考えています。そういう面でのサポート体制もしっかり構築しなくっちゃと。

マイクさん

マイクさんにはまだ時間が残されていると思います。その時間を有効に使って、自立した生活を目指しませんか。今ならまだ間に合うと思います。ぼくは今日、今から、その実現に向けていろいろ動いてみたいと思います。でもぼくの動きに過大な期待や希望は持たないでください。これはぼくのではなく、マイクさん自身の思い、動きが希望につながっていくのですから。

ALS患者の自立的一人暮らしの実現。「ALS患者としての社会的役割を果たす」という言葉にふさわしいテーマだと思います。「ALSの患者さんに可能なんだから、私たちにだって」という難病患者さん、障害を持った人たちが自立を目指し、それが実現可能な社会になる。その第一歩をマイクさんに記してほしいなと思います。
無理なら自分でつくっちゃいましょうよ、ね。