4/21までの ・その後7/19までの病状/病歴

マイクの病状について気になされておられる方もいらっしゃいますので時々は報告したほうが良さそうです
マイクとしても病歴履歴のつもりで

去年の春夏に何となくむせたり呂律が気になったりの自覚症状があって 7月に総合病院で精密検査を受けましたが経過観察で済ますことにされる
12月に電話での喋りのヘンテコさを兄妹たちから指摘され 金沢からセカンドオピニオンすべきと見舞いに来てくれた
翌々日の12月5日に再検査を受けたら 大学病院に検査入院するよう言われた
その時は 右手人差し指と親指で掴みに力が入らぬ程度でしたのと 呂律が回らないのも喋るのが少し億劫になる程度でした
1月初めには自分がALSであることを自覚覚悟して 断捨離を楽しむ余裕があったが 入院待ち2ヶ月の長さに 不安よりは怒りを覚えました
入院できたのは1月30日で 直ぐの2月6日にはALSが確定し告知された(2ヶ月待って1週間で しかもすぐ退院せよと)
薬は効くか効かないかも知れず 飲む意味疑問のリルテックのみ
その間に 手足の変化は殆どなく 他人が気にする程に 喋りの進行は進んでいましたが 飲み込みはそんなに気にすることもなかった

確定後の2月は 難病手続きや治験を受けるか 主治医を決める為の病院巡りや介護の申請やらで多忙でしたが ジムでのダンスレッスンは普通に受けていたりなのに 直ぐにでも死ぬ覚悟も出来ていて 深刻さは自覚していなかった
しかし先行きの不透明さに3月は殆ど死を覚悟で沈んでいましたが 症状の進行を気にすることもなかった
3月12日にやっと今の病院を昔は療養型であった理由で選んだが 4月8日からのリハビリ入院2週間だけが決まりました
が それまでの4週間の放置の長さに耐えられず 心にも 喋りの悪さにも影響が大きかった
確定後2ヶ月過ぎた入院の頃の手足は 右手指が動き辛くはなっていて 摘む力のなさに消沈することがありますが それ以外に体は不便を感じていません
しかし言葉は相当喋りにくく また飲み込みに慎重さがいる程度になって 球麻痺の進行が早いのを自覚します
特にこの3月は 自死願望で沈み込むほどに悩んだので進行したとしか思われません
入院迄の様子はこの通りですが もうひとつマイクにとっての大きな悩みは 去年からの腰痛です
確定前は痛くても我慢して普通にダンスレッスンを受けていましたが 確定後は精神的に慢性化してしまったようで 悩みと辛さの7割が ALSでなく腰痛なのです
それが次第に死にたくなるほどの疼痛なのです
そのため入院後のリハは飲み込みのリハと 腰痛のための理学・作業リハをしていています

ところが入院3日目に ラジカットを点滴をすることになり 2週間点滴・2週間休薬の1クールが継続し 4週間入院となったのです
精神的な落ち込みは1ヶ月間だけでも払拭され 平静にこれからを考える余裕が出ました

2/7の難病申請だけはすんなり言ったのですがその後の諸々の登録や申請請求作業が面倒で処理が遅く片付いたのは6月中頃?
健常者でも腹がたつ弱い者いじめとしか思えませんでした

病院生活は快適で 食べず喋らずだったら この難病病棟にいる資格がないような 腰痛7割だけのマイクです
それも死にたいくらいの疼痛ですが 入院3日目から清水さんから用意して頂いた「タブレット」が届き その前では 完全に腰のことも忘れてしまっています
もう一つ 6月29日にマヤちゃん提案で「生前葬」をすることになり これもまた精神的な余裕になり 体調が良くなった訳でもないのに 人が変わったように表情が明るくなりました

入院後の様子はハッピー/ラッキーが続き 第2・第3クール点滴まで リハビリも贅沢に受けられました
第3の休薬2週間を退院にして その中日に生前葬を 大盛況でやり遂げられました
TV取材で喋りすぎ負荷が祟った所為には違いありませんか 喋りと飲み込みは前後で大幅に進行しました
4/8再入院で第4・第5クールを受けることになりました
喋りの進行より 飲み込みの危険があるほどになり 土日毎週帰宅しての酒もトロミでないと飲めず 吸引器を家で用意することにもなりました
体重は 1月から4キロ減ですが 見るからに右腕が痩せ 全身の馬力も落ちているのを自覚します(1月58k 2月57k 3月56.5k 4月56K 5月56k 6月55k7月54k 6/30朝は52.5kでした)

それよりも右指は軽く曲がりが固定し 力が入らず 急に字が極めて書き辛くなりました
ご飯は入院時から 全粥で 右手スプーンですが 少しふるえるように
右肩が服を着るのに痛むのは 右腕の筋肉の痩なのかと勘ぐったりするようになりました
ALSの影響があるのかは気になりますが こんな贅沢なリハを受けているのですから腰痛は相変わらずですが 仕様がありません

それでもまだまだALS新参者のステージです
胃瘻のステージが近いことは分かるのですが いつかは予想すらできません
その前に窒息死の危険が迫っていると脅されている毎日です
確かに飲み込みは落ちてきています
これで死ねるとは限らないのと 姉(今も元気)の肺炎入院の話から 死ななくとも呼吸のできない苦しい辛い思いはしたくありません
況してや スーパーALSになることを拒否する時の辛さを知ってしまった今は 尊厳死協会の詐欺紛いに引っ掛かって 苦しみ踠いて死にたくはありません

マイクの病歴で進行をお察しください

マイクの病状について気になされておられる方もいらっしゃいますので時々は症状をご報告したほうが良いと思います
マイクとしても病歴履歴のつもりで時々更新します

去年の春夏に何となくむせたり呂律が気になったりの自覚症状があって 7月に精密検査を受けましたが経過観察で済ますことにされる
12月に電話での喋りのヘンテコさを妹たちから指摘され 金沢からセカンドオピニオンすべきと見舞いに来てくれた
翌々日の12月5日に再検査を受けたら 大学病院に検査入院するよう言われた
その時は 右手人差し指と親指で掴みに力が入らぬ程度でしたのと 呂律が回らないのも喋るのが少し億劫になる程度でした
1月初めには自分がALSであることを自覚覚悟して 断捨離を楽しむ余裕があったが 検査待ちの長さの不安には怒りを覚えました
入院できたのは1月30日で 2月6日にはALSが確定した
薬は効くか効かないかも知れず 飲む意味疑問のリルテックのみ
その間に 手足の変化は殆どなく 喋りの進行は進んでいましたが 飲み込みはそんなに気にすることもなかった

確定後の2月は 難病手続きや治験を受けるか 主治医を決める為の病院巡りや介護の申請やらで多忙でしたが ジムでのダンスレッスンは普通に受けていて 直ぐにでも死ぬ覚悟でしたが 自覚しての深刻さはなかった
しかし先行きの不透明さに3月は殆ど死を覚悟するも 先行きが見えずで沈んでいましたが 症状の進行を気にすることもなかった
3月12日にやっと今の病院が療養型である理由で選んだが 4月8日からのリハビリ入院2週間だけが決まりました
が それまでの4週間の放置の長さに耐えられず 心にも 喋りの悪さにも影響が大きかった

確定後2ヶ月過ぎた今は 右手指が動き辛くはなっていて 力を入れて摘むことで消沈することがありますが それ以外は不便を感じていません
しかし言葉は相当喋りにくく また飲み込みに慎重さがいる程度になって 急麻痺の進行が早いのを自覚する
今の様子はこの通りですが もうひとつマイクにとっての大きな悩みは 去年からの腰痛です
確定前は痛くても我慢して普通にレッスンを受けていましたが 確定後は精神的に慢性化してしまったようで 悩み辛さの7割がALSでなく腰痛なのです
死にたくなるほどの疼痛です
そのため今のリハは飲み込みのリハと 腰痛のための理学・作業リハをしていています
ところが入院3日目に ラジカット点滴をすることになり 2週間クールで継続して6週間入院となる

難病申請だけはすんなり言ったのですがその後の登録申請作業が面倒で処理が遅く今だに進んでいません
健常者でも腹がたつ弱い者いじめとしか思えません

食べず喋らずだったら この難病病棟にいる資格がない腰痛マイクがです
死にたいくらいの疼痛ですが タブレットの前では完全に忘れています

マイクのALSは天罰でもあり天命でも

この交換ブログの開始前に考え思いついた マイクの特殊性をお伝えした方が良いかと思いましたので 少しづつ転記などで

マイクスタンディングのブログ 2019.2.4 を転記します
「マイクのALSは天罰なのです」

『マイクがなぜALSにと考えた時に 天の悪戯とか サイエンティスト・マイクらしく 誰にでも起こる唯の偶然と思い込むことが大いに気休めになります

ところがそうではなく 腰痛に右手の不自由と口腔の痩せによる呂律障害が重なった 身体的3重苦になりました

加えて 家計的にこの12月と言うタイミングに 企業年金18年が切れ 企業年金は退職金を全て積み増したもので そのため現役並収入として18年間高い健保・住民税で150万払ってきたのはいいのですが それが来年8月まで続くのです 高齢健保負担30%も

この3重苦に加え 家庭的に妻の社会奉仕的な稽古ごとにこれまでの高額の年金も殆ど使い果たし 加えて稽古場ばかりの家で 在宅医療ができないに加え 来週妻の一世一代の大きな披露会を開くために マイクのことを嘆く余裕がないと言う このタイミングで3重苦が重なっているのです

3重苦が三つ 九重苦がこの時期に重なることは偶然でもなく確実に天罰なのです

閻魔さんフアン 仏教フアン を自称するマイクです
何の天罰かは地獄へ行ってからでないと分からないのが辛い

個人的なことを書き込んで家内に叱られるに決まっていますが ALS患者の中でも最悪のマイクなのに間違いなく 安楽自死を考えるのも無理ない事なのです』

もう一つ転記します

マイクスタンディングのブログ 20192.24
「続いてマイクのALSはマイクにぴったりの」

『ALSが 九重苦のマイクへの天罰であることに加え ALSがマイクならではの病であることもマイクは認識し これも天罰どころか 天からの恵みなのかと自覚しています

それは このブログで 須原一秀さんの「自死という生き方」を読んで 能天気過ぎる死に方を批判してきた後 自分ならの死に方を考えだし 終活本を読み漁り その後個人の死ではなく 社会的な問題として 赤ちゃんポストのように 死にきれない末期老人に安楽自死を支援する施設が必要との考えに至りました

マイクのような個人の思いの頼りなさに嘆くばかりで 何れ 知識人の誰かが自然死などを実践し 或いはマイク自身がそうすべきかとまで思い始めたその頃に マイクが得た天からの使命がALSだったのです」

マイクがALSを発症し確定した2019.2.6から その死までを覚悟をするのに殆ど苦悩はありませんでした
安楽死を 安楽自死を10年来考えてきたマイクに ピッタリの天命だと直ぐに認識したからです
ところが使命を果たすにはと考え出した3月頃からは 現実を振り返り その難しさを目の当たりにし慌てふためいたのです
それが 社会的矛盾であることを当事者として認識し 当事者としての苦しみを味わうようになり 直ぐにでも死にたいと思い始めたのです