エクセル育ちは変えられません/我儘も

久しぶりに清水さんの返信を読んで お身体のことが気になりながらも 言葉をかけようにも戸惑うところがあって 何時もの様に自分の事ばかりになってしまい 素直になれないマイクは パートナーとしてこれでは不味いと思うばかりの毎日でした
ひとまず安心させて頂きます
そして何より久しぶりに読んだ清水さんの文章の読み易さと内容に これまた恥ずかしい限りと思わされました
随分前に SMSでの長通話してここに全部転記した4/17の青ヤンが 見舞いに来てくれて その時マイクの文章の読み難さと 起承転結の無さを指摘されたのを白状します
言われるまでもなく自覚していると言い訳したいところですが 実は彼が中々上手い例えで 清水さんとマイクの文章の違いを言い当てました
ワードとエクセルの違いだと
文学部と理学部の頭の質の違いなのですが何時ぞやも マイクが此処で 文系と理系の違いが 死生観の違いにもなるのではないかと述べた

マイクは 現実を見て 現実を知り 客観的に 或いは直感的にせよ 数字化できるところはそれに務め 相対的にも全体的にも把握できないと次に大事な妄想の精度と信頼性に期待できないのです
とは言えマイクの欠点は妄想自体を楽しんでしまい 些末な思い付きを起承転結を忘れ大事にしようとエクセルの升目に留めて置いてしまうのです

そんなマイクは毎日の入院先で見る患者と看護師の対応と言葉を 結構楽しんで見聞きしているのです
痛い辛いの患者と 人間として仕事としての看護師の葛藤が丸見えなのですが 両者にそれぞれに余裕がある内は 第3者から見れば滑稽でもありそれで済ませられるのですが どちらかに明らかに余裕がなくなる場合もまあまあでなく しょっちゅうあるのです
そんなとき時々思うのは 患者は殆どが素人で 看護師は玄人の立場です
患者には新米が優しく ベテランは安心ですが・・・とか
この程度なら 我儘とかなんとかの話にはならないのですが 現実は 我儘にうまく対応される看護師を見ていると ナイチンゲール以上に崇めたくなります
そうでなければ長くは務まらないと思いますし 先日書きましたように 家に帰られたら 変身されるのかと心配するくらいです

病も様々 患者も様々です
自力本願のギャンブラーに向いた病には そのような方なら 卒なく乗り越えられるでしょう
他力本願で逃げ切ろうとするしかないと思うような病には 不平不満も出やすいかも・・・・

判ったか 判り難いような 何時ものようになりました

難病患者だけがわがままか!?

マイクさん

いろいろ充実のご様子、その姿を思い浮かべて、ぼくはうれしくなりました。
それにしても生前葬パフォーマンスやマイクさんの療養生活をサポートしようという人がなんと多いことか。なんと心強いことか。それは、これまでマイクさんが人のため、社会のためにいろんなことをされてきたことの裏返しだと思いました。いい人生を送ってこられたのですね。そうして思いました。人は支える側も支えられる側も、決してひとりでは生きられないのだと。人は自分が思うほど、孤独ではないのだと。

これを介護する側と介護される側にあてはめて考えてみたいと思います。「ALS患者は我が儘か?」ついての考察です。被介護者のわがまま、介護者のうんざりはよく語られるところであり、映画「こんな夜更けにバナナかよ」の中でも描かれていましたね。それはぼくの拙い作品「死亡退院」の中でも何度もくり返し登場するテーマでもありました。

例えば主人公、ディシェンヌ型筋ジス患者轟木敏秀がぼくの自宅に泊まった夜の話。
何が食べたい? 何でも好きなものを食べさせてやる。贅沢言っていいんだよと言うぼくに、彼は「目玉焼き」と答えました。寿司でも、ステーキでも、もっと贅沢言っていいんだよと言いかけて、ぼくはハッとしました。一度に大量の調理をしなければならない病院食で、当時1個ずつつくらなければならない目玉焼きは、決して口にできるものではなかったのです。こんなものが贅沢になるなんて……。ぼくは喉が詰まりそうになったことを覚えています。

逆にその夜一晩中体位を変えてくれと要求する彼にうんざりしたことも。「ゆっくり寝させてくれ」と言うぼくに、「ぼくは身体が痛くて寝られない」と訴える彼。介護、介助をしてやるから泊まりに来いと促したぼくに、身を委ねて泊まりに来た彼。ぼくはどちらがわがままなんだろうと思いながら一晩を過ごしました。

こんなこともありました。
病院で食事介助をしていた時のことです。予て好物だと言っていた冷やし中華がトレイに乗っていました。それを彼の口に運ぼうとすると、振れない首を横に振ろうとして拒絶したのです。どうして? 好物じゃないの? そうたずねたぼくに彼はこう答えました。
「切り刻んであるでしょ。麺を食べてるという気になれないの」
通りかかった看護師さんに、どうして切り刻んであるのかとたずねたら、喉に詰めたりしないようにですよとさらっと答えました。すると敏秀が、
「食べやすくじゃなく、食べさせやすいようにだよ。しかも事故を起こさないような危険回避もね。患者のためじゃない」
と吐き捨てるように言ったのです。
多くの患者を限られたスタッフで介助、介護するには仕方ないことなのかもしれませんが
「麺を長いまま食べたいと言ったら、わがまま言うなと前に言われた」
という彼の表情はとてもさみしそうでした。

危険回避と効率。それが背景にあるなら被介護者はまだ納得できるかもしれません。だけど、もし介護者に「ここまでやってやってるのになんだ……、まだ要求するのか」という思いがあるとしたら、そしてそれがもし職業として介護に携わっている人ならとても残念だし、その思いは介護される側に必ず伝わるはずです。


被介護者、介護される側は要求が多くて当たり前です。だって自分でできないことをしてもらうために介護、介助を要求するのですから、ほどほどなんてことないのです。そういう意味でいうと、被介護者であるALS患者はわがままではないとぼくは思います。ほどほどの介護で満足してなさいという介護者の方がわがままだと思いますが、いかがでしょう。

“難病患者だけがわがままか!?” の続きを読む

ALS患者は我が儘か?格好いいか?

入院していて感ずる人間関係について 感ずる少しを纏めてみます
患者同士の個人差は症状の差と相まって 当然ですが多様で 刺激されます
だから個室にいるよりも他の部屋までオープンに接触できて退屈せずに確実に楽しい
楽しいばかりでなく全く動けぬもう・・と思われる人や いつも騒ぎ立てる我儘なのか苦しいのか考えさせる患者もいる
臨終に近い人など見るのが辛いのではと思っていましたが 次第に慣れてくる自分のことの方が気にかかるくらいです
医師の序列 看護師の技量差と患者扱いの習熟差 など 見てて楽しいほど多様な人間性観察ができるのです
ベテランでなくとも患者へのあしらいをやっていけなければ勤まらないストレス溜まる仕事なのです
それにしても患者にあんなに優しい言葉の看護師が 家に帰って旦那を如何あしらっているのか聞いたことがあるくらいです

ALSのマイクとして言い難いのですが ALS患者を見て来た看護師や療法士からよく聞く言葉に ALSになる人は賢い人が多いと
確かにそう思うのは パーキンソンの人と比べてだと思います
そう見える理由は ALSの死の迫り方の早さだと思う
それが深刻度の違いとなって ALS患者は メメント・モリする哲学者に見えるからです
それがまた格好いいALSとまで言われているサイトもあるので紹介したくなる

PRESIDENT Online 政治・社会 2017.4.23 #ALS #病気のサイトで
ALS患者・藤元さんの死は”美談”ではない ノンフィクションライター 山田 清が解説
3月31日、ALS患者の藤元健二が入院先の病院で亡くなった。54歳だった。
闘病生活を赤裸々に綴った手記『閉じ込められた僕』(中央公論新社)の発売が3月25日、その日から正確に1週間後、藤元は天に召されていった。関係者の多くは美しく計算された演出を見せられた気分だったに違いない。かっこつけの藤元らしい最期だった。

賢いからか またこうも言われているらしい
ALS患者は我が儘だとも
弁えのあるマイクは ここではそんな風に言われたことはないが ネットにはいくつかある

ALS患者の我が儘について
サイト「介護求人ならカイゴジョブ」のQ&A
ゆず胡椒さん 2015-02-10 10:13:41
Q有料介護で働いていますが、ALSの患者さんが我儘すぎて困っています。・・A・・・

2019/4/16産経新聞
ALSを患う埼玉県吉川市の男性(43)が16日、県庁で記者会見し、男性は高田泰洋さん。弁護団によると、24時間態勢で介護サービスを受けられるよう市に申請している。12日、申請に関する調査で自宅を訪れた障がい福祉課の男性職員から「寝返りはできますか」と聞かれ、高田さんが文字盤を使って回答していると、職員は同席の弁護士に「時間稼ぎですか」と発言した。弁護士が抗議したが、その場で謝罪はなかった。
高田さんは会見で「ただただ悔しい。許せない」と訴えた。藤岡毅弁護士は「コミュニケーション障害を抱える全ての人への侮蔑で、心理的な虐待だ」と指摘した。
障がい福祉課の加藤利明課長は、発言は高田さんではなく同席の弁護士に向けたものだったと説明。「誤解を招く発言があったことは謝罪したい」とした。

今年2ヶ月前 「難病の人は可哀想な人」という“常識”に立ち向かうこの報道を このブログで取り上げています(2019.4.17忘れていました嬉しさを素直に)

善かれ悪しかれ ALSが 話題になっているのです

最後に付け足しで
Core Ethics Vol. 9(2013)立命館大学大学院先端総合学術研究科
在宅 ALS 患者の身体介護の困難性 ― ホームヘルパーの介護経験から―
https://www.r-gscefs.jp/pdf/ce09/nm01.pdf 西 田 美 紀
要旨:
在宅 ALS 患者は増えてきている。しかし、進行性疾患である ALS 患者の身体介護の困難性や、家族の介護負担や独居者の介護を担うホームヘルパーの研究はされていない。本研究は、ALS の身体介護の困難がいかにして生じ ているのか、その困難を踏まえた上でいかに対処しているのかを明らかした。研究方法:ホームヘルパーにインタ ビュー調査を行った。結果と分析から以下の困難性が明らかになった。ALS 患者の身体介護は、様々な補助具と組 み合わせた微調整が必要となる。しかし、身体が急速に変化する時期は介護が予測できなくなる。コミュニケーショ ン方法が変化するとさらに予測困難となり、ALS 患者と介護者との関係性が悪化していく。こうした困難に対し、 ヘルパーは当事者と身体介護を模索し続け、ときにはその場を自然に切り替え流していく方法も取り入れながら、 ALS 患者との関係性を再構築していたことが明らかになった。