在宅療養とは忙しい?/賞味期限切れ?

入院中の食事と違って 家族の食事はありがたい事に美味しい材料で沢山懸命にミキサー食を作ってくれるのですが どうしても いやそれと チビチビ飲み乍らなものだから 時間が掛かるのです
3食合わせると 他のことをする時間が相当少ないのです
何もしていないのに 随分忙しく感ずるのは その所為でしかないのになのです

冷蔵庫を覗くことなかったのに 何を食べたいかと聞かれるようになったのもあって たまに覗く
そこに賞味期限という記載を見て 余計なことを考えてしまいました

人間の消費期限とは平均寿命 賞味期限は健康寿命に相当しますかな?
しかし個々の人間は量産商品でないので表示義務はなく 個人管理・自己責任でもあります
製造年月日は個人情報保護風習に習って秘密主義も任意の様です
生産国生産地 ・材料材質・加工法・添加物を求められることも多々あります
人間にも旬がありそうですが人 夫々と言うことにしておかないとヤバイですね
それより期限切れの他人をどう見るかなどは 滅多に口にはできません
そもそも 消費も賞味も その期限を自己管理できる様なものではありませんで 生まれつき授かった運命と悟るべきものです
なに分布かは知りませんが運命と任せるには辛いくらい幅がありますし 期限の訪れ方も突然とであったり マイクの様にジワジワとであったり 何故なのか分からぬなりの天罰から天命であったりと それこそ運命と思うしかないのです

かって いや今もです 安楽自死をブログで真剣には考えていたのですが 死そのものは他人事として考えていたのでしょう 美人や偉人には 早めの自死を勧めたいなどと書いていました

2017/8/20「お勧め美人薄命・偉人短命」(他人の死をも考えねば)
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%88%CC%90l%92Z%96%BD&x=0&y=0&inside=1
「枯れ葉散る夕暮れは・・」を十八番とし 五輪真弓ファンのマイクの 今年一番のショックは 大阪公演の合間の4月26日に 関西テレビ「よーいドン!」に出演した時に見た彼女の顔!!
あの知的で個性的だった方だとは信じられないほどの・・・・無残としか言えない

8月13日の 特攻隊のドキュメント番組にでた八千草薫は 86歳とはいえ何を言おうとして出て来たのか ぼそぼそと何かを少し語るだけで 見るのではなかった

美人薄命と言う言葉は何のためにあるのか
美人や偉人には 早めの自死を勧めたい

2017/9/16「美人薄命を願う」も

https://sky.ap.teacup.com/jishi/788.html

こんなことを平気で書いていましたが 今のマイクは ALSを天命とし頂いた時から そして天命のお陰で あの頃の不遜を承知で恥知らずなことを平気で書いていたマイクとは違うのです?

マイクの人生観 /エンジョイエブリシング

今日は昨日の退院で少し疲れていそうでしたが早速「難病連」に顔を出しました
対応して頂いた方にマイクのALSピア構想を話しましたが 具体的支援を得られるかまでは納得いきませんでしたが ここしかないので指導を受けられ量まだまだ粘ってみます
もう一つの件も相談してきましたが 明日詳細を報告します

今晩は 拙い乍らもマイクの人生観を「マイクスタンディングのHP」で人生の締めくくりを意識して 随分昔に公開していますそのことを紹介してみます
開けっ広げにすることを「懺悔」の積りにしていて 現役の方なら実生活に差し支えて言い難いようなことこそをと敢えて話題にしてきました積りです

理想主義者のトルストイも晩年は日記で自分の醜さや妻の悪口まで公開し (世界の3大悪)妻と離婚しているのです
(と ラジオ深夜便「絶望名言集」で知って 丸で 自分のことだと悦に入っているマイクです)

マイクのHPはvista version以降では 画像表示がされなくなって面白くありませんが 暇な時に覗いてください
(wordとexcel の原文をメールでお送りできます)
http://mike12.web.fc2.com/top1.htm
(開き直りマイクのこの程度の人生の喜び)
私の仙人道
私の未練道
私の食道
私の性道
私の酒道
(そして究極のライフワーク)
私の自死道
楽しい死を求めて
死は老人の責務
心満たされて
終わりよければ全てよし
自死の勧め
(老人は弁えるべし)
私老人の秘密道
私老人の失敗道
老人のリスク道
諦める老人道
闘う老人道
私のバランス道
私の解脱道と辞世の句

秘密こそ 失敗こそ 病気でも 死をも人生道として楽しんでしまいたいとの思いです
老人を意識するとそれを話さずには死にきれなくなる 只そんな気持ちになるのです

しかし楽しめないものもあるけどもと 思い返すこともあります

痴呆 植物人間 苦痛取れぬ病 安楽死しかない状況
もっとありそうですが考えたくはありません

先に 抽象的なQuality of Death より マイクの掲げる死に甲斐の方が具体的で生き甲斐にも通ずるとお話ししました
そしてここまでは既に懺悔の積りで思考を巡らし済みです

しかし思考が止まってしまったことがあります
マイクが自死や安楽自死を勧めるのは 無駄に苦しむのを救いたいからです
楽しんでからなら死ねるのではないか
また死に甲斐も 生きてる内に死を納得して置きたいからです
マイクからそう言われて マイクに反論する方はいませんが 本気で納得して頂けてないような雰囲気を感じてしまうのです
何故か?

補陀落渡海や 即身仏のような入滅は 誰にでもできる訳ではありませんが 信心がそうさせることを理解できます
切腹や 特攻隊・自爆テロもそうせざるを得ない 或いは マインドコントロール?だとか理解してしまいます
同じようにマイクの持論を納得・理解てもらうには何が足りないのか
それは?

彼らは 死んだらいいことがあるのを信じられるからです
マイクの死に甲斐にしても 生きている内の満足でしかありません
死んでいいことがなければ勧められないのでしょうか
考えても考えても今のところその様ないいことは考え付きません
天国へ行けるとか 名誉が残る・恥を晒さないとかの様な利己的に 或いは利他的に遺族の為に 社会の為にも 死んでこそと

マイクらしい答えを探っているのですが 未だ気配すらありません

生きている内にしたいことは食欲 性欲 物欲よりもっと大事なことがあると信じて探してまいりました
それよりも人生体験?
復讐?
など色々ご意見をお聞きしました
高齢者マイクは 死ぬ前に世直しをしたいとの強い想いから 逆のステップで告白から考え始めたのです

告白・懺悔・罪滅ぼし・世直し = 生きている内の死に甲斐のステップ

そこで逆に 目的から発想すればいいのかも知れません
詰まり 死に甲斐となる世直しに確実になるなら死んでもいいのです
暗殺とか 個人的な復讐でもする価値を信じられるのなら

実はマイクには自爆テロ願望の様な危険思想があるのです
安楽自死センターの機能の一つ これがか叶ったらもう死んでもいい願望の一つにその類の願望を バーチャルででも叶えてあげたいと思っているのです

実は中村主水之介必殺仕掛け人とかが夢なのです
もっと誰にでも出来る 原発廃炉処理高齢者ボランティアなどのアイデアばかり思いつくのです
もっと夢のある本当に楽しい夢を早く見つけたいのです

何だか疲れの所為で か 酒がよく回っている様で 書いていることか 死んでからのいいこと探しで無くなっています
ここらで一休みします

死亡退院を夢見ていた?/有賀さつきに続け!

雨でハラハラさせられっ放しの今年の祇園祭も 昨日の山鉾巡行は見事に行われたようです
21日(日)は 生前葬をKDEの皆んなで 振り返りしますのに外泊して参加します
この日は選挙ですので 比例代表は「安楽会」を お願いします!

その安楽死に関して マイクはALSの告知を受けた今年の丁度1年前から 「有賀さつき」こそ安楽自死先駆者と崇めていたのです
哲学者でマイクを「私の自死道」http://mike12.web.fc2.com/jishidou1.htmに嵌り込ませた須原一秀の愛する「五輪書」を 有賀がバイブルとするところも そう信ずる根拠なのです
告知1年前と翌日の認定の日の マイクのブログを振り返ってみます

2018/2/6「有賀さつきが五輪の書をバイブルに」(死に方教えます)
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180206/archive
この前にブログに書き込んだ 2018/1/24「西部邁が自裁死をとかを」では 保守論客の残念な 勿体ない自死を紹介した

昨日からテレビでは 有賀さつきの 52歳の早すぎる死を しかも急死を伝える
今日の今のテレビでは 自分の病名を家族にも伝えないよう医師に頼んでいたという
独立独行で生きてきた意志の強い彼女が自分の死で 誰にも迷惑をかけたくないと 秘かに身辺整理の準備を怠らなかったとも
彼女の生き方のバイブルは「五輪の書」だったと

52歳の死で 斯くも刺激的な死は前例を思いつかない
西部が逝く前に 彼女が先に逝っていたら 西部は立ち止まって考え直したかもしれない

知名人の死は 有意義でなければならない
そう思った

続いての翌日 2018/2/7「有賀さつきは自裁死を」(死に方教えます)
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180207/archive
有賀さつきの死を 報道は 以外に淡々と済ませている
マイクには 自裁死を遂げた西部邁氏以上の自裁死だと直感して ここで取り上げました

乳癌だったとか カツラだったとか それこそ自殺だったのだと詮索する
だからと言って 死因を公表できない しない彼女ではないはずです

色々考えると 病院で自死したことになる
そんなことが日本でできたのだ
安楽死を 病院で

真実はわかりませんが 真実こそ日本のこれからを 有賀さつきが先駆者になってくれたのかもしれない
報道は もっとこのことをしっかり学び考え 日本のために考えて報道を進めてほしい

単なる自裁死ではなく 安樂死をも彼女は考えていたのではないか

流石のニュースキャスターだ
もっともっと 彼女から学んで欲しい

彼女は 死亡退院を夢見ていた?有賀さつきに続け!
1年半経ったブログを読み返してみて直ぐにそう思った!
持病の腰痛くらいで安楽自死を急ぐべくもないマイクの思考だけでは 日本での実現に限界のある安楽自死を そろそろ自分で仕掛けるしかないのだと悟り出した頃だったのです
それにしても有賀さつきもマイクも 同じく 自死が社会的に非難される風潮の中で 病院の中での死亡なら 世間の非難を避けられると考えたのです
それには病名を伏せることで(医師の理解か 警察への工夫がいるが)自死か又は 医師支援の鎮静死や安楽死で 院内「死亡退院」したものに違いありません

マイクは慢性腰痛ごときで自死すれば批判どころか馬鹿にされるだけのALSのステージでしたが 療養体制の不安だっただけなのに危機一髪にまで追い込まれたのです
そんな状況は余り理解されず そんなことでヘコタレルなと言われるくらいでした
それに比べ 安楽死を望んだであろう彼女の苦痛を見て 誰が幇助を拒否できるでしょう
拒否するそんな自己中・自己保身な人間は 友人・医師なら尚のこと生前に 閻魔様に裁かれるべきです

こんな気持ちは マイクのこれからに益々膨らむと思います
自死を幇助するような情け心のある人でしか 自死願望者は救えないし そんな方を閻魔様は罰する筈がない
閻魔様が裁くのは危機一髪の念慮者を見て見ぬ振りし それどころか責め立て非難するだけの情け心の微塵もない奴なのです
色々な場面で臭いものに蓋をし 我関せずの保身主義自己中ばかりの日本人を マイクは「情けない」と言い 非難をし続けているのです

(日本人を批判し 誹謗中傷する言葉は 「勿体ない・見っともない・情けない」だけで済むと信ずるマイクです)

77歳 既にやりたいことが見つからなかった

再入院2日目で リハビリ3種と風呂だけで何もせず体を休めることに専念しました
これはこれで成るように成るとの贅沢な命の過ごし方なのでしょうけれども こんなことにでもこれで良いのかと考えたくなるマイクです
こんなマイクが1年半前の77歳の元旦のブログに 既に気力が失せた老人になったことを告白しています

マイクのブログの2018/1/1「新年に 変態の我を見つけたし」(死に方教えます)にはこうあります
https://sky.ap.teacup.com/applet/jishi/20180101/archive
『明けましておめでとうございます
今年も皆さんには恙無きことと お喜び申し上げます

私マイクも 何とかやっています
とは言え最近の書き込みには ダンス公演が続いて 途絶えがちでしたこと 寄る歳を感ずるばかりです

マイクの年賀の言葉は毎年 HPの「私の年賀」に あります
是非マイクのボヤキをお読みください

今年は 昆虫もするなる 変態を 完全または不完全かも知れませんがしたいものです
マンネリな老人をこれ以上やってはおられないと思うばかりで ボランティアやアートやダンスから足を洗いたいと思いながらも 次の目安が付きません

正月の三が日の間にでも思いついたらと 年越えて布団の中で考え続けてきました
今 酒に浸りながら
終末期老人のあるべき姿を考えようの決意は ライフワークとして変わらないことだけしか思いつきません』

その年賀状は マイクのHPにあります(vistaバージョンで画像が表示されません)
http://mike12.web.fc2.com/nenga.htm
毎年ながら「皆様には謹みて新年を寿ぎます」と心より申し上げます しかしまた毎年目出度くあるべき賀状を 寿ぎとは言い難いボヤキ事で汚してばかりの私でしたこと 今年もお許しください
世界中に 安倍・習・金・プーチン・ドゥテルテ・トランプ等の自己中ウイルスが蔓延し この日本も政府・企業の不正や議員・芸人の不倫 自殺幇助殺人や国技の醜態など 愚民を麻痺させるに事欠かず アジア隣国と全く同じレベルなのです  こんなに劣化している社会に 目を瞑る位なら 日本死ね! かも
私事では 満77歳になり 加齢を日に日に感ずるのですが おやじダンスともう一つのKDEの仲間とは昨年も 3月はびわ湖ホールでのベルギーの公演に 4月にはデンマークのアーテイストのパフォーマンスに 5月には名古屋で 8月は大阪で 11月はバレエに 年末には初のソロ出演など 十回以上のステージを楽しみました
現役時代から 7年毎に仕事や生活に変化があり また退職後もボランティアからアート鑑賞へ そしてダンスへとたっぷり彷徨いましたので ここらで次の変身をと迷っています しかし未だ見つかりません 飽きっぽい私に是非お勧めの生き甲斐ヒントをお願いします
平成三十年 元旦   マイクスタンディングこと・・・・

したいことがなくなった老人マイクですが 遣らなければならないことはあるのだとの想いだけはあったのです
まだ生き甲斐を求めていましたが 「死に甲斐」もあることには気付いていなかったようです
序でにです
QOLは知っていたと思いますが マイクの今は QOD(quality of death)と言う言葉のある事を知っています
これまた序でに
QODは緩和ケアに限っていて 英国が「クリニカル・パス」なる積極的処置システムで優れているとか それに対し 長寿日本は延命を優先するとか
もうひとつ
マイクの「死に甲斐」は 単なるターミナルケアでないことは このブログの5/31にお話ししました(マイクのブログ2018.5.5にも)
また世間にいう安楽死も自死を幇助するターミナルケアでしかありませんが マイクの訴える安楽自死は 死に甲斐をサポートすることでより豊かな死を全うさせたいとするものです

再入院で回復させたい/自死の宗教性

昨夜は何書くともなく疲れた体について書いていると突然 自死について語り始めてしまいました
今夜は更に疲れているので 去年の9月10月のまだ元気な頃に自死こそ最善の死ではないかと気付き その宗教性についても考えていたので そのマイクのブログの転記で済ませます

「自死の宗教について」
マイクのブログ2018/9/29「自ら入滅すべしと信じて」(最善の死とは)

https://sky.ap.teacup.com/jishi/849.html

の後半に 自死の宗教性について考えています

『宗教的に 自死については 神から授かった命を捨てるのは馬鹿だとするイスラム教とか
キリスト教も何の根拠なく否定しているだけなのだそうです
仏教は釈迦がある意味では自殺と言われる所為か 自死には緩いのです
現に 僧侶の即身仏や補陀落渡海が崇められているのです
倫理的には肯定されていないように思えますが 何故かまではよく分かりません
しかし日本には武士道としての切腹や特攻隊や(自爆)テロの文化を誇りとし 美化もされているのです

聖職者・生贄・戦死者・お産で死んだ女性・首吊り自殺者は楽園直行という死を神聖化するマヤ文化や仏教を見習い 万人を待っている来世の楽園に自ら行くことを イスラム教やキリスト教も 宗教者なら否定できない筈です

安楽死が欧米で認められるのは韓国の尊厳死法制化と同じく キリスト教にあると言われていて 逆に仏教国日本では何故か罪悪視されています

自殺が刑法的犯罪ではないのは 人の生命は本人に一身専属的に帰属する保護法益なので 本人がどう処分しようと自由であるとの考えと 行為者死亡により処罰が不能であるので犯罪に規定していない と考えるからですが 自殺未遂者まで違法性がないのは刑法の逃げかもしれません
このことは安楽自死にとっての強い味方になるように直感します

自殺幇助は犯罪であり 西部邁の自裁死幇助も有罪となったのです
弱い者いじめと 見て見ぬ振りが日本の文化なのです
ややこしいのは 自殺を扇動する自殺教唆罪で マイクが勧める終末期安楽自死は 完全に自裁死幇助並みにNGなのでしょうか

こんなおかしな刑法の仏教国日本なのです
これら自死や安楽自死が 倫理や宗教の面から擁護されるようになることを信じて マイクは10年以上も最善の死を求めてきているのです』

しかし現実的には 自死に犯罪性が絡むことがあるため 刑事絡みになってしまうことでゴッチャになって犯罪視化されているのです

倫理的に 自死の自由が憲法11条を含めて保証されるとしても 人の死には役目があることを忘れてはいけない
人生の最期を恥ずかしく飾ってはなりません
残されたものの模範になる様に看取られなければならないのです
それが老人の責務でもあり 老人としてのプライドと言うものなのです

時に切羽詰まった現実に迫られて 日頃から死に縁遠い若者が悲惨な手段を選んでしまうのですが 老人にはそれを許してはなりません
長い人生に社会や家族に世話になり生きてきたことに感謝する心があれば 単に死を個人の自由に任していいものではありませんし 日頃よりそろそろとメメント・モリして自覚と準備と覚悟を決めなければなりません

この3週後にも専門家に教えられてまた考えている
2018/10/20「最善の自死はある」(最善の死とは)

https://sky.ap.teacup.com/jishi/860.html

『友人が毎日新聞の10月15日の記事を紹介してくれた
「いのち追う」京できょうを生きる物語㉘竜谷大文学部准教授野呂靖さん(39)
自殺は「悪」なのかを仏教はどう教えているか
僧侶から自死すれば地獄に落ちると言われた遺族が苦しんでいるのを知って研究をしたとある
その結果仏教では自殺という「死に方」そのものについて 善や悪 肯定や否定といった形では言及されていない と説明

しかし明治以降浄土信仰を厭世的で 藤村操投身自殺事件と絡め自殺容認と批判され 教徒が自殺を認めていないと反論したことが原点にあるとする
更に昭和には芥川龍之介の自殺で 仏典の肯定否定を議論されたことも今に続くとも

現実を踏まえて死にたいという感情を否定するのではなく あるものとして受け止め 苦悩をかかえながらも生きることができる社会 多様な生と死のあり方を認め合える社会を目指す時 死に方を議論せず 生と死の不離を説く仏教との接点を見いだすことができるのではないだろうか

この様に野呂さんは議論を超えて思いを語るとあった
しかし仏教徒なのか日本人なのか 死に方を議論せずには引っかかる』

野呂さんは議論を超えてと言うが マイクは議論して「最善の死に方」を探し出したいものです
あると信ずる それは自死しかと思うマイクですが 中々です・・・・この頃こんなに・・・

安楽自死がムラムラと

今夜は外泊から帰って 9時消灯暫く経って 今夜の書き込みをベッドに寝転んで いつもの様に テレビを見ながらしようとしました
まず民放を幾つかみて面白くなかったので最後にNHKに切り替えてビックリ
NHKスペシャル(6/2 21:00〜50オンデマンドあり)のタイトルは「彼女は安楽死を選んだ」でした

20分は過ぎていましたので二人の女性の病名は確かではなかったが 延命措置選択を比較する興味ある また優れた番組でした NHKサイトでは次の様でした

去年、一人の日本人女性が、スイスで安楽死を行った。女性は重い神経難病を患い、自分らしさを保ったまま亡くなりたいと願っていた。患者の死期を積極的に早める安楽死は日本では認められていない。そんな中で、民間の安楽死団体が、海外からも希望者を受け入れているスイスで安楽死することを希望する日本人が出始めている。この死を選んだ女性と、彼女の選択と向き合い続けた家族の姿は、私たちに何を問いかけるのか見つめる。

安楽死を選んだのは マイクの球麻痺や手足の症状よりは確実に軽く見えるし 表情は今のマイク並みに元気でしたし マイクのような自死願望の時期があったような感じではなかったが 語りでは強い自殺の危険があったと言うより ズットのようです
一人の反対する妹を残し 二人の姉を説得し てスイスのライフサークルの許可を得て向かう
小島ミナさん(52歳)は 手続きと診断の後認められ 2日間考えた後に実行されるまでの心理を丁寧にルポしている
家族の介助を避けたい思いと 強い自殺願望を持っていたが 最後に世話になってありがたさを知るが 姉はここで迷うことの意味を考えたりでした
点滴と栓を自分で押すところも 満足そうな表情で 最後に幸せだった 見守られてありがとうで亡くなる また警察の検死撮影も実写され あっという間だったがマイクは涙した
遺灰は安楽死認められない日本に持ち帰れないので川に

もう一人の鈴木道代さん(52歳)は 家族の負担を 人の力を借りてでも生きられると説得されて人工呼吸器延命を選択する
既に文字盤の会話もままならないでの選択の様子は小島さんとつい比較してしまうような対比で構成されていて 見るのが辛かったが マイクには涙が・・・
最後に鈴木さんは2時間の外出許可で桜を見て涙されたで終わった

マイクは 清水さんのことをと思って帰ってきたのですが 今夜はここまでに

追記;再放送のことや 世間の反応について このページのコメント欄に自分で載せていています

昨日のこと忘れて/マイクの在宅拒否の理由を

94歳で亡くなった「わらじ医者」早川一光さんを 京都市は誇りとして敬い親しむ
105歳で亡くなった日野原重明医師が日本の長寿化に貢献したと言われていますが 早川医師は地域医療のあり方について 現場実践で信頼を築かれたのです
昨日のことを忘れる為にもご紹介したく
https://myfavoritetopics.net/archives/1019
を一部転記して見ます

『そんな早川一光さんでしたが、2014年10月、90歳のときに腰の圧迫骨折により入院します。
そのときに血液がんである多発性骨髄腫であることを告げられます。
以後、堀川病院時代の同僚だった根津幸彦医師を主治医とし、自らが地域に根付かせた在宅医療を受けることになります。
しかし、いざ自分がそのサービスを享受する側になったとき、早川一光さんの口をついて出てきた言葉は「こんなはずじゃなかった」でした。
在宅医療を受ける生活は、自分が医師として患者を診ていたときからは想像がつかないくらい、居心地の悪いものに感じられていたようです。
在宅とはいえ、夜は一人きりになるのが寂しくて、携帯電話を手放せない。
家族や昔の同僚など、近しい人に毎日を世話をされるのがとても居心地が悪く、特に風呂に入れてもらうのが嫌なのだそうです。
かと言って自分一人で風呂に入ることもできない。
人の世話にはなりたくないが、世話されないと何もできない、自分自身がそんな患者の状態になってみてはじめて見えてきたことがたくさんありました。
そして、「自分はよかれと思って在宅医療を普及させてきたが、実は患者の気持ちを少しも理解していなかったのではないか」と思い至り、それが「こんなはずじゃなかった」という言葉になって現れたのでしょうね』

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VSEDとか鎮静死より安楽死だけで!

多分 月末のお仕事でお忙しいことと存じます
何よりも生産性ある命に価値を感じてしまうマイクにいつもお叱りをいただくように マイクは現(に)役(役立つ)を終えたことの寂しさを感ずるのは自分だけのことでいいのですが 世間に世話になるばかりなのに 感謝も忘れた年寄り老人が贅沢しすぎと思えて腹立つのです
お忙しいことは羨ましいことです 現役を全うしてください 返信よりも

さてALSを自覚する前の マイクのブログを見返していたら「鎮静死」と言う言葉を改めて知った
そしてまた 当事者として 最期の答えは見つけないとならないのですとも 返信を見て思いました

マイクスタンディングのブログ 2018/9/27 「鎮静死が自殺幇助ではないのに」(最善の死)では

「今朝のラジオ深夜便【明日へのことば】で 「待ち受ける”死”に向けて」の映画監督 関口祐加さんが マイクをびっくりさせるお話をされた
最新作『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。』2018年7月
『毎日がアルツハイマー2』(2014)『毎日がアルツハイマー』(2012)
コメディ・ドキュメンタリー作品を心がける明るくて本音で生きる素敵な女性だ

安楽死が 医師任せのグレーな強制処置であることを疑問視し スイス(自死幇助クリニック院長エリカなど)の自死幇助を唱える
また強制安楽死ではなく 鎮静死であるべきとも
日本は自死幇助や安楽死は認められていませんが 人工的に眠らせたまま息を引き取る「ターミナル・セデーション」(鎮静死)は実際に行われています

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安楽死・安楽自死を見直したい

本当は若くて元気なら生きたい この先に希望が見え愛が溢れているなら
そんな贅沢は云う積りありませんし そうでなくともこれまで死にたいなどと思ったことはありません
でも事実2万人かの人が自死し このままでは厚生省が2030年には死にたくても死ねない47万人が自死?するしかないと言うのです
個人や環境によって死にたいくらい辛い方がいるのです 増えるのです それも凄いことになるのです
天罰として自死願望者を経験したマイクには 天命として「死にたくないが死しか見えなくなっている人を救う」義務があるのです
そのために10年来 他人事として考えてきた安楽死を考え直して 自分を生贄にしてでも考え続けたいのです では 安楽死とはから

安楽死・安楽自死を見直したい

この往復書簡では 自死・尊厳死のことに限ってしかお話をしていませんでした
マイクの元々のブログ「マイクスタンディングのブログ」では 現実離れかも知れないと認識しながらも 安楽死だけを妄想のように考えてきました

安楽死が世間で注目を浴びるようになったことの大きな貢献者は「安楽死で死なせて下さい」文藝春秋 (2017/8/18)の橋田壽賀子に間違いない
多くの賛同もあるのは確実ですが批判も激しい

4月22日に「そこまで言って委員会」で取り上げられた批判を紹介しましたが もう一度上げておきます
⑴人の死に国家が関与すべきでない
⑵医療費削減や臓器移植の狙いに
⑶尊厳ある死とない死との線引きすべきではない
⑷死にそうな人に自己決定能力あるとは
⑸遺産を狙った犯罪
⑹気が変わったら
⑺認知症の人は
⑻死ぬ義務を義務化されるのでは(難病遺族会)
⑼障害者を死に追い込む

厚労省が2030年に看取られる場所なくて死ぬ人が47万人とする
病床が足りず 特養とかは一杯で だから在宅で死ねと言われても余裕ある家族があるはずもないのです
殆んどの人が橋田壽賀子のようにスイスへ行ける訳でもなく その他には自死しか考えられません
多分マイクの自死願望体験からして 家族や社会に迷惑をかけない自死をするには 殆どの人がそんな気力も体力もないはずです

その時点で安楽死や尊厳死が許されても 医者に任すだけでは追いつかないのです
赤ちゃんポストのような ホスピスのような専門施設として受け入れる体制がないと機能できないのです
安楽死支援施設は決して人を殺めるためではなく 赤ちゃんポストと同じくらい社会的に必要なのです

死にたくなっても 人は少しでも我慢できる限界まで施設があることで安心して生きることができます
支援施設がなければ 赤ちゃんを捨てるか殺すしかないし 自死願望者は迷惑構わずの自死しか思いつかないのです

勿論この自死は 誰にでも許されるものではなく 終末期老人だけをマイクは考えてきました
病人や障害者とか自死願望者などの弱者一般については考えを避けてきました
それは人権に絡み マイクの手に負えなかったから当面問題化する老人終末期だけに限るべく避けて済まそうとしたのです

でもはっきり言って 終末期に間違いないALSの老人マイクが自死願望者を体験したから 当の本人のことして必要だ(った)と言えるのだと思って 無責任でも 如何なることかは分かりませんが 安楽死について考え直して語りたいと思っています

尊厳死が去年2月に法制化された韓国では 4ヶ月で8500人が施行したという
公式には韓国が日本人の安楽死を受け入れる日を待つしかなくても 尊厳死が実際には日本でも容認されていることを考えれば 和民とか民間がヤクザ紛にやって貰いたいと昔から願っていました
そのようなことを思いつくだけを楽しんでいたマイクでしたが 実現不可能を感じて虚しくもありました
しかし今は そのような波が来ているような世相を感じます

もう一つ別の見方で考えたいことがあります
京北病院事件から20数年 これを振り返ることをマイクはこれまでしてこなかった
振り返るにはマイクが自分でするには限界がありますが 考えたいと思います
当時とは全く違う受け取り方ができるはずと思うからです

一ヶ月前には遺影と辞世の句を準備

先月のこの日は「安楽自死の計画」を急がなければならない位にあやぶいマイクでした
その様子を マイクスタンディングのブログ2019.3.14の転記でみてみます

「決めていたのに全く今頃になって」
『「完全自殺マニュアル」で探して 迷惑が少なく確実なのは首吊りだと決めていたのですが 今頃になってサイトで 自殺の後処理について調べてビックリ
体から出るものが出て後始末が大変で 病院か警察で検視され 家族の負担は大きいとある
簡単には死ねないと言う事でした

それでも急ぐべきと思い今夜は 孫に着物を着たマイクの遺影を取ってもらった
それと HPの「私の解脱道」にあるマイクの辞世の句を色紙に書き込みました

太田「道灌の山吹伝説」で有名な
七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞ悲しき
を本歌取りした

山吹の 花も実もなく ただ幹の 燈明にてや 片隅照らさん

です(幹と明は マイクのファーストネームから)

まだこの程度の余裕があるとは思えないのですが 自死しかないと思っているマイクにまたセーブが入り またまた悩みが深くなりそうです』

かなり深刻だったのですが 家族のこと考えると 世間から理解されることもない自死を マイクが選べるはずがない`
在宅療養したくないマイクにはどんな死が約束されているのか
自分の症状がどう進むのか そ以上に 生き地獄をどこで迎えるのか 先行きの見えない不安に悩んでいたのです
しかし マイクが天命をいただいていることと エンジョイデスの精神はどこかに必ず残していました