安楽自死がムラムラと

今夜は外泊から帰って 9時消灯暫く経って 今夜の書き込みをベッドに寝転んで いつもの様に テレビを見ながらしようとしました
まず民放を幾つかみて面白くなかったので最後にNHKに切り替えてビックリ
NHKスペシャル(6/2 21:00〜50オンデマンドあり)のタイトルは「彼女は安楽死を選んだ」でした

20分は過ぎていましたので二人の女性の病名は確かではなかったが 延命措置選択を比較する興味ある また優れた番組でした NHKサイトでは次の様でした

去年、一人の日本人女性が、スイスで安楽死を行った。女性は重い神経難病を患い、自分らしさを保ったまま亡くなりたいと願っていた。患者の死期を積極的に早める安楽死は日本では認められていない。そんな中で、民間の安楽死団体が、海外からも希望者を受け入れているスイスで安楽死することを希望する日本人が出始めている。この死を選んだ女性と、彼女の選択と向き合い続けた家族の姿は、私たちに何を問いかけるのか見つめる。

安楽死を選んだのは マイクの球麻痺や手足の症状よりは確実に軽く見えるし 表情は今のマイク並みに元気でしたし マイクのような自死願望の時期があったような感じではなかったが 語りでは強い自殺の危険があったと言うより ズットのようです
一人の反対する妹を残し 二人の姉を説得し てスイスのライフサークルの許可を得て向かう
小島ミナさん(52歳)は 手続きと診断の後認められ 2日間考えた後に実行されるまでの心理を丁寧にルポしている
家族の介助を避けたい思いと 強い自殺願望を持っていたが 最後に世話になってありがたさを知るが 姉はここで迷うことの意味を考えたりでした
点滴と栓を自分で押すところも 満足そうな表情で 最後に幸せだった 見守られてありがとうで亡くなる また警察の検死撮影も実写され あっという間だったがマイクは涙した
遺灰は安楽死認められない日本に持ち帰れないので川に

もう一人の鈴木道代さん(52歳)は 家族の負担を 人の力を借りてでも生きられると説得されて人工呼吸器延命を選択する
既に文字盤の会話もままならないでの選択の様子は小島さんとつい比較してしまうような対比で構成されていて 見るのが辛かったが マイクには涙が・・・
最後に鈴木さんは2時間の外出許可で桜を見て涙されたで終わった

マイクは 清水さんのことをと思って帰ってきたのですが 今夜はここまでに

追記;再放送のことや 世間の反応について このページのコメント欄に自分で載せていています

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人生は寄り道回り道

マイクさん

「余生の濃縮化」という言葉に触れて、ぼくは50年程前に亡くなった祖父さんのことを思い出しました。脱線するかもしれませんが、今日は祖父さんの話をしたいと思います。
ぼくの祖父さん、清水忠一は腕のいい京指物の職人でした。江戸時代の中頃から続く職人の家で、忠一の父徳次郎の時代、明治の中頃が最盛期だったそうです。代々の当主たちは名人と称されるほどの手業を誇る一方で、花街に馴染みの置屋や料理屋を持ち、放蕩を絵に描いたような遊びに現をぬかしていたとも聞きました。忠一祖父さんも例外では無かったようです。

祖母さんがよく嘆いていました。ひとりで集金に出かけると、その金を持ったまま遊びに出かけ、すっからかんになるまで家に帰ってこなかったと。そこで祖母さんは幼なかったぼくを伴わせて集金に行かせました。幼い子と一緒ならそのまま遊びには行かないだろうと。ところが何の祖父さんは、ぼくを連れたまま遊郭の座敷に上がってしまうこともしばしばでした。

酒を飲み上機嫌になった祖父さんはぼくを膝に抱き上げ、必ずうれしそうな顔でこう言ったのです。
「人生は寄り道回り道。道草食ってこそ生きる道や」
と。今振り返ると、この言葉は自分の行為を自己弁護するものだったのか、ほんとうにそんな人生を目指していたのか、そのあたりはよくわかりませんが、若い頃のぼくはこの言葉を生きていくための教訓として受け止めていました。何だかカッコいいなあと。

ズバリ言って、祖父さんの生活はとても濃かったのです。それがマイクさんの言う濃縮化に重なるのかどうかわかりませんが、その濃さはゆとりとか、余裕とか、遊びとか、そんなふうに言ったらいいかもしれません。祖父さんの暮らし方は、ぼくの父に家業を委ねてからも一向に変わる気配はありませんでした。亡くなるギリギリまで遊び歩き、寄り道回り道、道草を続けていました。

そんなぼくらの家が裕福だったかと言えば、決してそんなことはありませんでした。「普通」の家だったのです。裕福どころか、ぼくは同級生の家に遊びに行くたびに、我が家は貧乏だと思っていたのです。祖母さんの怒りをよそに祖父さんはそんな生活を続けていたし、父にしたって似たようなものでした。でも、世間のあちこちにそんな祖父さん、親父たちはいっぱいいたように思います。

さて、ここで「今」の話に目を向けたいと思います。
数日前、政府が事実上の年金制度の破綻を認めたというニュースが流れました。その瞬間、SNS上で若い世代から安楽死の認可に共感する声がひろがったと話題になりました。そんな時代に惨めな思いをして老後を生きるなら、いっそのこと死んだほうが楽だし、マシだということなのでしょうか。マイクさんが言うように、長寿化が進むことによって老後の希薄化が進み、余生の濃縮、これは豊かな老後ということになるでしょうか、そんなことはよほどの財力がないと不可能だということなのでしょう。
しかも生きているのも関わらず、健康寿命の後の生き様を「生活死」とよぶなんて……。

今の世の中、ぼくの祖父さんや親父のように、自分の好き勝手に、自分が面白いと思うような人生を生き続けることは不可能なのでしょうか。

マイクさん

ぼくはマイクさんが、ALSという深刻な病と向き合いながら、とても濃縮された豊かな人生を生きられるんじゃないかと期待しています。もしマイクさんにそれが可能なら、ALSほど重い病気を得た人に余生の濃縮化が可能なら、普通に生きる人にはもっと可能なんじゃないでしょうか。ぼくはマイクさんにそれを見せてほしいし、それを見せることが「倍ほどのお世話になる」マイクさんの「倍ほどのお返しになる」んじゃないかと思います。

ぼくも濃い余生、老後を送りたいと思いました。

ほどほどに生きよう/何時迄も

太田典礼(安楽死)的に死を軽率?に捉える生き方と 死より尊厳ある生に拘る生き方があるように見えますが どちらがいい悪いではないことだけは自覚していないと 多様であるべき生き方そのものの指針を間違えさせることになります

安楽死にしても決して生を安易に考える筈もあり得ません
生きるについては尊厳ある生を全うするなどと言う事だけではなく 生きていることだけで満たされる?ものかも知れません

安楽死と生の尊厳は二項対立しているようでも 人生とは個々人の中間選択の結果です
現実の多様な人生はもっと多項な生と死の多様な選択肢からなるのです
その背景には平等な人権を要求する権利が前提としてあるのです

NHK現クロで 『刑務所が「終の住処」に‼︎』で 服役囚が 被害者からは考えられない最高の療養・介護を受けているのを見せられて 平等とは何か 視聴者を悩ませるだけだったように終わった(死刑囚には安楽死が合法?)

2年前のマイクのブログにこんなのがある
しかし今は 憲法に平等を保障されて生きたいだけ生きられるのです

マイクスタンディングのブログ2017/5/30「ほどほどでいいのです」(最期はセルフネグレクト)https://sky.ap.teacup.com/jishi/760.html

今朝のラジオ深夜便【明日へのことば】は「ほどほどの生を生きる」北里大学名誉教授 新村拓 でした
1946年生まれ 日本の医療史学者 北里大学名誉教授
「日本医療史」新村拓 吉川弘文館 (2006/7/27
古代から現代まで、医療はどのような道をたどってきたのか。平安人を襲った病、戦国の医療政策、越中富山の薬売り、国民皆保険制度の成立などを、豊富な表・図版を用いて詳説。命を守る闘い=医療の歴史を振り返る。

時代と共に 養生や死生観が変わる様子を語る
江戸中期 少しでも長生きすべきとする養生訓の時代は 色の 食の 眠り の三欲を抑えてでも長生きすべきだった
生産性が高くなった江戸の終わりは 小家族となって 家族で死を賄いきれなくなって 老婢思想となり 家族に迷惑かけないほどほどの最期が良いとするようになる

昔は老人の死が25%だったが 今は90%
尚更程々に しかし計画的な生き方で 遣るべきことをやって満足して死ぬべきと結論する

程々かたっぷりかは思うようになれるとは限りませんが 少しは運命をコントロールできる自己責任ですがいい時代になったのです

今一度思い返してみなければ

ALSになって直ぐにでも死にたかったのに 安楽死は夢見るだけで 自死もできず それなら尊厳死しかないと決めて入院したのに 尊厳死の苦しみを知ってしまい VSEDと鎮静市というものまであること知ってしまったのです
それでもう今一度 尊厳死を思い返してみなければと思いました

患者側からすれば 確実で 直ぐに死にたいのなら 鎮痛死より安楽死を望むべきでは?
と先に書きました
患者側が尊厳死を望んだら 医師がしたがる延命治療を拒否された憤懣で そのまま苦しんでいても放置される懸念があるとも知った
そうはさせないと医師から説明があるのだろうか
VSED(断食往生)は 安楽死の厳しい制限で死ねない患者側が ハンガーストをして抵抗するものの 苦しむこと間違いないのに 医師から放置されるリスクがあるらしい

さて医師からすれば 延命は医師の務めであり 治療は天職であり 何が何でもやりたいに決まっています
古いマイクのブログの書き込みに こうある

「終末期の処置と死の因果立証に司法は次第に遠退いている
現実 医療現場は透析や呼吸器外しを公表して憚らず 実態として安楽死は存在しているのです

しかし一方 胃ろうや呼吸器や 緩和ケアも進歩しており 拒否することに医師からの批判反対も多い
また宗教や弱者差別の倫理に対して向かい合わねばなりません
また オランダでは認知症や精神障害者から視覚障害者へとなし崩しに広がると この書き込みに参考・引用させていただいた京都新聞岡本晃明さんの2018.9.25の記事にあるようなことまで」

かくて 医師にはやりたい気持ちと 司法も同じく面倒に関わりたくない気持ちとがあるが 医療ビジネスとしては 当然 責任を法制化されるよりも無法地帯での 延命を進めるのがやり易いに決まっています

現実はこう言うところなのでしょう
医師やよく分かっている者同士であれば 曖昧な方が良いのでしょうが 患者は突然で初めての病気に 探して探して決めた主治医に運を任すしかないのです
悲運な難病と 医師不信が重なり 死にたくなっても 死に方も分からない不安に取り憑かれるのです

結局何が言いたいのかと言うと マイクがALSになった当初は 不安に取り憑かれて死にたいとしか考えられなかったことを 余裕が出てきて思い直して見たと言うことなのです
尊厳死と決めて落ち着いたと勘違いだったことを知り しかもまだ何時 どんな症状で どんな死に方になるのかが今も分からないのです
こんな甘いことを言うと また必ず清水さんからのご叱責があるのですが それを自分で考え反省するより お聞きすることに快感を覚えるように?なってしまったのかも知れません
これを余裕というとまでは言いません 済みませんが宜しくお願いします

VSEDとか鎮静死より安楽死だけで!

多分 月末のお仕事でお忙しいことと存じます
何よりも生産性ある命に価値を感じてしまうマイクにいつもお叱りをいただくように マイクは現(に)役(役立つ)を終えたことの寂しさを感ずるのは自分だけのことでいいのですが 世間に世話になるばかりなのに 感謝も忘れた年寄り老人が贅沢しすぎと思えて腹立つのです
お忙しいことは羨ましいことです 現役を全うしてください 返信よりも

さてALSを自覚する前の マイクのブログを見返していたら「鎮静死」と言う言葉を改めて知った
そしてまた 当事者として 最期の答えは見つけないとならないのですとも 返信を見て思いました

マイクスタンディングのブログ 2018/9/27 「鎮静死が自殺幇助ではないのに」(最善の死)では

「今朝のラジオ深夜便【明日へのことば】で 「待ち受ける”死”に向けて」の映画監督 関口祐加さんが マイクをびっくりさせるお話をされた
最新作『毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。』2018年7月
『毎日がアルツハイマー2』(2014)『毎日がアルツハイマー』(2012)
コメディ・ドキュメンタリー作品を心がける明るくて本音で生きる素敵な女性だ

安楽死が 医師任せのグレーな強制処置であることを疑問視し スイス(自死幇助クリニック院長エリカなど)の自死幇助を唱える
また強制安楽死ではなく 鎮静死であるべきとも
日本は自死幇助や安楽死は認められていませんが 人工的に眠らせたまま息を引き取る「ターミナル・セデーション」(鎮静死)は実際に行われています

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答えなんか見つからないんだろうなあ

マイクさん

今日も、安楽死の話しをしたいのですが その前に、尊厳死で退院したいと決めてからは 自死することを考えることもなく、この往復書簡で余裕ある療養生活を楽しんでいます。

このひと言とてもうれしいです。いい感じですね。

今朝NHKの地上波で「病院ラジオ」という番組をみました。
人気コントコンビのサンドウィッチマンが、東京・世田谷区にある、子どもに関するさまざまな病気を診る国立病院に出向き、2日間限定のラジオ局を開設。入院しながら難病に向き合う子どもたちや、闘病するわが子に寄り添う家族の、日ごろ言えない気持ちを、リクエスト曲とともに聞いていくというものでした。

入れ替わり立ち替わり、難病と向き合い今を生きる子どもたちが登場しました。その中でとても印象に残った男の子がいました。その子はわずかでも紫外線に曝されと皮膚がんを発症する恐れがあるという難病と向き合っています。UVをカットする顔まで覆う帽子をかぶり、その上に日傘をさし、服は長袖、長ズボン、付き添っていた父親は、夏がかわいそうだとつぶやきました。

男の子は友だちからきかれたそうです。
「なんでそんな帽子をかぶってるの?」と。
男の子はその問いにすぐさま答えたそうです。
「これがぼくだもん」と。
この何気ないやりとりの中に、ぼくはこの男の子の勇気をものすごく感じました。ちゃんと自分を受け止めて生きて行こうとしているなと。難しい治療を続けながら、その上で不自由な生活を続ける。外で友だちと遊ぶこともできない……。でもそれがぼくなんだと。

ある母親が登場しました。この母親と父親の遺伝子が一緒になると必ず子どもには障害が出るそうです。その障害は肝臓に腫瘍となって姿を現したそうです。就学期前の3人の子どもたちは、確実に病に蝕まれていました。上の2人には父親と母親から肝臓を移植してもらい、命を繋いだそうです。3人目の子どもはこれからだと。

ある女の子は、生まれつき排泄ができなくて、ずっとストマ(人工肛門)を着けていると。女の子は生まれてきても、数日しか生きられないかもしれないと言われていたそうです。それでもお母さんは私を産んでくれた、と感謝を口にしました。産んでくれたから今がある。生まれてきたから今がある。

延命治療の範囲とは、意味とは

マイクさん
ぼくは彼ら、彼女たちの姿を見、言葉を聞き、マイクさんのこの疑問をほんとうにどうとらえていいのかわからなくなりました。ぼくもじっくり考えてみたいと思いました。
でも結局、答えなんか見つからないんだろうなあとも、薄々感じています。

尊厳死の現実を知ってしまった!

「 この視点が欠落すると、社会という化け物を跋扈させることにならないでしょうか。」には同感ですが 化け物にどう対処するかで悩むべきか悩まざるべきか マイクはその答えを見つけようとして更に悩んでしまっていたのです
(長年考えてきた社会を意識しての安楽死支援施設が 無駄な考えに終わってしまいそうに思うしかありませんでした)

個人の力を信じても 結果的には 成るように成るとしか実感できないのが多くの人の現実なのではないかと 思ってしまいます
このように考えてしまう多くの社会人は マイクのような根暗か自己中で生きていくことに自信がある人なのでしょう
社会はそのような人ばかりではないことを 自ら弱者になった今 信じられるようになったばかりか 愛や希望と 忘れかけたものまでいただいたのです

今日も 安楽死の話しをしたいのですが その前に 尊厳死で退院したいと決めてからは 自死することを考えることもなく この往復書簡で余裕ある療養生活を楽しんでいます
しかしそう思えると信じていた入院前とは違って 難病病棟で現場のの事実を少しですが知った今 尊厳死とはそんな甘いものではないと知ってしまったのです

そのことを知ってしまったことで 益々安楽死の必要性を 考える様になり 安楽死3連チャンをマイクに投稿させたのですが 一旦 尊厳死についての最近の思いを述べさせて下さい

尊厳死は確実に苦しい
それならなぜ緩和ケアをしない?
しないのではなく 痛みどころか延命措置する時点では どうしようもない苦しい状態に確実になるのにです!

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47万人が彷徨うのを危惧しないでいられない

面白くないかも知れませんが 連チャンで安楽死シリーズにしてみます

去年の10月に マイクスタンディングのブログに コメント頂いたのは マイクが「ナンバ走り」について HPで力学的エネルギー研究をしていて それを評価して頂いているダンス・ランニング愛好家のluneさんこと南の風さんからでした

『橋田寿賀子さん「安楽死、もうあきらめました」
西部邁さんの死、橋田寿賀子さんの思い 安楽死を考える
など大いに刺激されました』とありました

そして関連して教えてもらったのが「痛くない死に方」ブックマン社 (2016/12/22)の著者 長尾和宏が橋田に反論しているのを知ったので そのことをコメントに返信しました

>南の風さん
懐かしく思います
マイクは橋田さんの思いが発展し広がることを大いに期待します

しかし長尾和宏は ご自身のサイトで「安楽死で逝かせて」橋田壽賀子の主張はここがおかしい で下記のように反論しています
https://ironna.jp/article/8620?p=1
日本人にはなじまない安楽死に世論を導くのではなく、日本が「在宅での尊厳死(平穏死)」が可能である国であるべき と

マイクは 長尾も橋田も理想として夫々を 現実の社会で早く実現できなければ 修羅場の老人社会が直ぐに訪れると危惧しているのです
また色々お教えください <

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安楽死事件に見る現実

古くに衝撃的な京北病院事件 1996 があったことを忘れかけていましたので
まず概要を見てみます

「21年前、筋弛緩剤を投与した医師が「事件」の真相を語った」
「安楽死を遂げるまで」小学館 の著者 宮下洋一が綴る(ZAKZAK)

21年前、京都の山間部の町を安楽死騒動が襲った。町で絶対的な存在だった院長が殺人容疑で書類送検されてしまう──。この1年、欧米諸国の安楽死現場を歩んだ筆者が見たものは、「個人主義」の価値観から生まれた死の世界だった。疑い、納得し、時には、共感した。・・・・・・・1996年4月27日、国保京北病院(現・京都市立京北病院)の山中祥弘(よしひろ)院長が、当時48歳の末期ガン患者・多田昭則さん(仮名)に筋弛緩剤を点滴の中に投与し、死亡させた。1か月後、内部告発によって、警察が捜査に乗り出し、6月に事件が表面化し、報道が過熱。その後、殺人容疑で書類送検されるが、翌年の12月12日、嫌疑不十分で不起訴処分が決まった。・・・・・「今日、私が貴方に会おうと思ったのは、ちょうど私の親父が死んだ年齢だったからです。もしかしたら死ぬかもしれない。そろそろ、誰かに話をしておきたいと思ったからなんです」

死は個人のものでもあるが家族・友人他のものでもある
山中院長は友人の 癌告知してない多田患者に 意思確認しなかったがそれでも不起訴で終わる

纏めとして別の記事(クール・スーサン)には
京都府警は殺人容疑でT院長を書類送検とした。しかし平成9年12月12日、京都地検は死因との関連性や殺意の立証が困難としてT前院長を不起訴処分にした。T院長を不起訴処分にした地検の判断は、文字通り証拠不十分で立件を断念したのではなく、証拠不十分を理由に安楽死を法律で裁くことを回避したといえる。この地検の判断によって、京北病院事件におけるT院長の刑事責任は不問にされたが、それに異を唱える者がいなかったことが地検の英断と思われる。

概略は斯くの如し

さてと この事件では 下記するそれ以前の判例にあるの安楽死の4要件が使われた
1962年 1991年の判例で安楽死が明確に容認されているのです
然も 京北事件では 意思確認の条件が欠けているのに

今更何故尊厳死法案に反対するのか 反対する必要もなく 終末期医療の現場では現実には実践されているのに
ホスピスを安楽死施設との違いとして見ても 確かな違いがあるのでしょうか
尊厳死を法制化せず曖昧にしておくことが 医師の自由度や責任逃れに有利なのだと思います
然も ビックリしたことに安楽死も然りなのです
判例や 要件には 消極的ならいいが 積極的が悪いと言うことを考えてもいないようです
ホスピスとの条件の違いなどあるのかまでは調べ切れませんが では何故 法制化など待たなくて 終末期医療がもっと積極的に堂々と取り組めないのか 取り組まないのか

安楽死の4または6要件とは

東海大病院安楽死事件1991 横浜地裁有罪判決の安楽死4要件

1. 治療行為の中止のためには、患者の意思が推定できる家族の意思表示でも足りる。
2. 医師による積極的安楽死の4要件は、
⑴ 耐えがたい肉体的苦痛があること、
⑵ 死が避けられずその死期が迫っていること、
⑶ 肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと、
⑷ 生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があることである。

山内事件1962 名古屋高裁 成田 薫判事の安楽死6要件

⑸ 医師によること
⑹ 倫理的であること

世論は衝撃的だったかも知れませんが 本人確認取れればと それだけで済んだ?
社会的な受け取り方には 容認条件の拡大解釈を懸念するとあるくらいでした?

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安楽死・安楽自死を見直したい

本当は若くて元気なら生きたい この先に希望が見え愛が溢れているなら
そんな贅沢は云う積りありませんし そうでなくともこれまで死にたいなどと思ったことはありません
でも事実2万人かの人が自死し このままでは厚生省が2030年には死にたくても死ねない47万人が自死?するしかないと言うのです
個人や環境によって死にたいくらい辛い方がいるのです 増えるのです それも凄いことになるのです
天罰として自死願望者を経験したマイクには 天命として「死にたくないが死しか見えなくなっている人を救う」義務があるのです
そのために10年来 他人事として考えてきた安楽死を考え直して 自分を生贄にしてでも考え続けたいのです では 安楽死とはから

安楽死・安楽自死を見直したい

この往復書簡では 自死・尊厳死のことに限ってしかお話をしていませんでした
マイクの元々のブログ「マイクスタンディングのブログ」では 現実離れかも知れないと認識しながらも 安楽死だけを妄想のように考えてきました

安楽死が世間で注目を浴びるようになったことの大きな貢献者は「安楽死で死なせて下さい」文藝春秋 (2017/8/18)の橋田壽賀子に間違いない
多くの賛同もあるのは確実ですが批判も激しい

4月22日に「そこまで言って委員会」で取り上げられた批判を紹介しましたが もう一度上げておきます
⑴人の死に国家が関与すべきでない
⑵医療費削減や臓器移植の狙いに
⑶尊厳ある死とない死との線引きすべきではない
⑷死にそうな人に自己決定能力あるとは
⑸遺産を狙った犯罪
⑹気が変わったら
⑺認知症の人は
⑻死ぬ義務を義務化されるのでは(難病遺族会)
⑼障害者を死に追い込む

厚労省が2030年に看取られる場所なくて死ぬ人が47万人とする
病床が足りず 特養とかは一杯で だから在宅で死ねと言われても余裕ある家族があるはずもないのです
殆んどの人が橋田壽賀子のようにスイスへ行ける訳でもなく その他には自死しか考えられません
多分マイクの自死願望体験からして 家族や社会に迷惑をかけない自死をするには 殆どの人がそんな気力も体力もないはずです

その時点で安楽死や尊厳死が許されても 医者に任すだけでは追いつかないのです
赤ちゃんポストのような ホスピスのような専門施設として受け入れる体制がないと機能できないのです
安楽死支援施設は決して人を殺めるためではなく 赤ちゃんポストと同じくらい社会的に必要なのです

死にたくなっても 人は少しでも我慢できる限界まで施設があることで安心して生きることができます
支援施設がなければ 赤ちゃんを捨てるか殺すしかないし 自死願望者は迷惑構わずの自死しか思いつかないのです

勿論この自死は 誰にでも許されるものではなく 終末期老人だけをマイクは考えてきました
病人や障害者とか自死願望者などの弱者一般については考えを避けてきました
それは人権に絡み マイクの手に負えなかったから当面問題化する老人終末期だけに限るべく避けて済まそうとしたのです

でもはっきり言って 終末期に間違いないALSの老人マイクが自死願望者を体験したから 当の本人のことして必要だ(った)と言えるのだと思って 無責任でも 如何なることかは分かりませんが 安楽死について考え直して語りたいと思っています

尊厳死が去年2月に法制化された韓国では 4ヶ月で8500人が施行したという
公式には韓国が日本人の安楽死を受け入れる日を待つしかなくても 尊厳死が実際には日本でも容認されていることを考えれば 和民とか民間がヤクザ紛にやって貰いたいと昔から願っていました
そのようなことを思いつくだけを楽しんでいたマイクでしたが 実現不可能を感じて虚しくもありました
しかし今は そのような波が来ているような世相を感じます

もう一つ別の見方で考えたいことがあります
京北病院事件から20数年 これを振り返ることをマイクはこれまでしてこなかった
振り返るにはマイクが自分でするには限界がありますが 考えたいと思います
当時とは全く違う受け取り方ができるはずと思うからです