こんな現実を無責任に見過ごしたくない

読売TV「そんなこと言って委員会」9/15の今日
医療費抑制対策がテーマに取り上げられ ゲスト長尾和宏(尼崎の町者で 中村仁一の受け売りの様な本35冊もある またマイクが虚偽と誇大広告違反で訴えたいと痛感している尊厳死協会の副理事長であることも引っかかる)医師が
今話題になっている花粉症などの薬を健康保険対象外薬品にする厚労省案の他に 自身の案として

薬は5つまで
4種類の高認知症役は保険適用外に
男性80歳、女性85歳以上のがん治療は保険適用外に
「大往生手当」 (マイクの言う安楽死希望者に出すべき還付金と同じ)
「医者ログ」(食べログならずのイシャログ)

を提案していた

この内の高齢者のがん治療を 保険から外せと言うのは 麻生副総理が 2013/1/21終末医療について 社保国民会議で 老人が「さっさと死ねるように」と言ったのと同じことです

この様な現実が迫っていることを見過ごす事のできない現実主義者の本音について 2012/2015/2018に マイクのブログで取り上げています
75歳過ぎたら覚悟せよと 高齢者差別排除の時代を感じると案じたのです

2018/11/8「75歳安楽死法案が映画化」(最善の死とは)
https://sky.ap.teacup.com/jishi/868.html

月・木の井戸端会議の仲間から 映画「十年」 “Ten Years Japan”が上映中との紹介を受けた
調べてみると 10年後の香港を舞台に、5人の若手新鋭監督達が近未来を描き、
社会現象となった短編オムニバス作品『十年』(2015年製作。日本公開2017年)。 とある
短編5作の一つが 『PLAN75』
監督:早川千絵 出演:川口覚、山田キヌヲ、牧口元美 ほか
75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度『PLAN75』。公務員の伊丹(川口覚)は、貧しい老人達を相手に“死のプラン”の勧誘にあたっていた。

長生きは恥 高齢者を減らさなければこの国の未来はありません 等 10年後の未来を考えさせるテーマを扱っている

マイクのteacupブログ内検索「75歳」で11件の同じ内容を取り上げています
中でも
2015/10/29「極め付きの75歳限界論が」
https://sky.ap.teacup.com/jishi/532.html
の新潮45 11月号 特別寄稿「医学の勝利が国家を滅ぼす」臨床医 里見清一とはズバリですし

2012/3/10「70歳強制自死法まで8年」
https://sky.ap.teacup.com/jishi/58.html
で紹介した小説『七十歳死亡法案、可決』垣谷美雨 幻冬舎のことと同じなのです

反響や如何に
話題になって欲しいものです

なかでも里見清一は 尊敬して止みません
安楽自死支援の必要を思い悩んだ3つの原点 「麻生発言」と 「厚労省の死に場所2030年のその他が47万人の推計図 」と 「赤ちゃんポストの活動」に重なり 彼の勇気に痺れたままです
でも 彼の内容は 対策の無い麻生も厚労省よりも 具体的であっても完璧でなく実践の運動には繋がってはいないのです
それに比べ凄いのは赤ちゃんポストなのです

久しぶりにこんな事を書かせていただきました
読売TV「そんなこと言って委員会」で 「安楽死・尊厳死」が取り上げられ Nスペで「私は安楽死を・・」が放映され 参議院選で「れいわ」程ではなかったが「安楽会」も話題になった
時は来た!

保守的ポピュリストに妄想を/臆病を経て安堵を

今日の清水さんの返信にある「臆病」という言葉は一見清水さんに不似合いと誰でも思います
でも マイクの好きな言葉に 「臆見」があります
ちょっと暗くて意味深ですが 妄想と同じに捉えていて 臆病とは病を妄想することと読み解きました
癌やALSほどの人生に差し障りある病なら尚更 風邪とか便秘くらいでも 放っておいても大丈夫か考えないとなりません
臆病は程度の差こそあれ誰でも必須の過程なのです
臆病/妄想あってのこと 闘病するか マイクの様に逃病するかに落ち着けるのではないでしょうか

さて 昨日は日頃のマイクの考える残忍かも知れないのですが 治療の映像化は患者に役立ち 不可能でないと望む本心を書きました
もうひとつ 今日書きたいのは なぜ出来ないのか ここまで考えている人がいるのに?日本では?
それは 台湾や韓国すら法制化施行されていると言うのに 日本では反対勢力が堂々といる尊厳死のことと 次のステップの安楽死に就てです

安楽死と刑法―医事刑法研究〈第1巻〉甲斐克則成文堂 (2003/2/1)
序章 終末期医療と刑法
第1章 安楽死と病者の自己決定―嘱託・同意殺の可罰根拠に関連して
第2章 ドイツの「臨死介助」論にみる患者の自己決定権と医師の刑事責任
第3章 死期を早める疼痛治療の許容性―「間接的臨死介助」に関するドイツ連邦通常裁判所刑事判決の分析・検討
第4章 末期医療とイギリス刑法
第5章 日本における安楽死論議の新展開―東海大学病院「安楽死」事件判決に寄せて
終章 安楽死問題の行方―安楽死および医師による自殺幇助の立法化の問題点

尊厳死と刑法―医事刑法研究〈第2巻〉 2004/7/1 甲斐 克則
尊厳死の意義と問題の所在、アメリカ判例法における「尊厳死」論のさらなる展開、末期医療と延命拒否、ドイツ法における「尊厳死」論等、著者が約18年間に亘って書いてきた論文をまとめる。03年刊「安楽死と刑法」の続編。

終末期医療と刑法 (医事刑法研究 第7巻) 2017/11/29甲斐克則

医療事故と刑法 (医事刑法研究) 2013/1/1甲斐克則

こんな凄い学者さんの成果がどう評価され社会に役立っているのか
何の為の学者さんか?
信念や実現に向けての熱意はないのか?
議論下手のお抱え学者なのでしょうか?日本はそんなのばかり?
マイクも10年来 安楽死の社会的な必要性をマイクスタンディングのブログで考えてきました
しかし恥ずかしながら マイクの妄想/臆見遊びに終わるしかありません
欧米や台湾韓国でも進んでいる思想が 日本の学者さんの論文の不十分さや熱意の不足なら別ですが そうではない日本の保守性にありそうに思えてならないのです

その保守性を破ってくれそうなのが 僅か2名のれいわ議員なのです?
日本文化の哲学性の無さななんでしょうか 非宗教性なのでしょうか
戦後の利己主義の甘さに酔ってしまったサラリーマン文化の所為だとマイクは現役時代から訴えてきましたが 友人からは反論も無く同意されるものの これでいいのだと変人扱いや無視されてきました
「れいわ」が国風を変えると選挙後暫くは騒がれました
でも太郎氏と2人に 人ごとの様に期待するだけではいけないのです

社会を変えるには哲学し妄想する風土を畏敬する文化を作ることでしかあり得ないのです
多文化共生社会もそうでなくてはあり得ないとこれまで言ってきました
台湾や韓国までそれに近づこうとしているのです
妄想好きな日本人だったことを取り戻せるはずです
妄想どころか思想や学問は出来上がっているのです
利己的で現状に満足する保守的ポピュリストを批判・軽蔑することで社会は変わるのです
みっともない・情けない・勿体無いだけの言葉だけで非難すれば済むと度々言ってきました
この程度のマイクですが 凄い学者さんが れいわと組んで(サポートで) 頑張って欲しいのです

治療や死に様まで映像で知りたい/バーチャで治療・死体験

清水さんは17時間運転で鹿児島にお帰りとか
若さや元気は「ガンちゃん」に好かれる?と聞きますが 嫌われるようでは寂しいし 丁度いい位のお元気でありますように

胃瘻をそろそろ覚悟すべきかと思うこの頃のことを最近書き込む事が多いマイクです
医師には 余命宣告や癌ステージをキツイめに言う医師と 軽めに言う医師がいることを実感しているマイクです
診断結果の説明もどんなに丁寧であっても モットと思う事も何時もです
患者の受け取り方も様々かも知れませんが 時には医師不信にもなり兼ねません
相性があるということでは済まされません

特に人工呼吸器の装着拒否などを考えている患者には相当前から詳細を知らされないと 突然ではパニックになる事でしょう
マイクの主治医はどうも甘め 且つ ゆっくり目で事前説明遅め少なめかも?
清水さんの治療法選択の難しさしもそれです
痛みもなく進行が遅いと言うのが前立腺癌だと気楽に思った訳ではありませんが 先日9/3&6に 「神頼みはしても自分をゆっくり眺められれることを感謝するのが一番だと思います」と「ゆっくり」などと他人事のように軽く言ってしま ったことを 実はずうっと気に掛けていたのです
でも本当にゆっくり考えないと判断・決断できないのです
そのためのゆっくりが出来ればいいのですが 医師からの詳細で確かな情報が得られなかったら 只ゆっくりでは何にもなりません
マイクはいつも思うのが 医師の口頭の説明だけではなく 映像でロールプレイングガイドして欲しいのです
絶対に 有効な医療価値を感じてなりません
先ずはALS人工呼吸器の気管切開手術の様子を映像で見るだけでいいのです

QOL QOD という言葉がありますquality of life, death
QOLは思う様になりませんが QODぐらいは自分の思う様に選択したいものです
その為には 死期・臨終期の症状と特徴に関する情報を知っておいた方がいいと思い調べてみました
言葉だけにして置きますが
「せん妄」とは 臨終前の妄想と行動のことです
「下顎呼吸」は臨終前の努力呼吸のことです
「断末魔」(身体のある小部位で 傷付けると死ぬほど)の苦しみと叫び(臨命終時は吸気発声) のことだそうです

こんな様子を死期が近づいてから映像で見るのは残酷でしょうか
皆んなが最期に味わう死を 前持って覚悟したほうがいいのか それともまさかこんな死に方をするとは知らなかったと(後悔する間も無く)成るが儘に任せた死に方が賢いのでしょうか
これこそ QODの為にも また「死に甲斐」を確実にする為にも そして出来れば「エンジョイです」の助けになるのでしたらとマイクは見知っておきたいと思ってなりません

「神頼みはしても 自分をゆっくり眺められれることを感謝するのが一番だと思います」と言ったのには
自分を眺めている内に もう死にたくないと思うかも知れませんし あんな死に方をしたいと見つかるかも知れません
そんな気持ちがあったのです

(NHKスペシャル「私は安楽死を・・・」に続いての放映を期待したいものです)
映像利用で 西欧の半分しかいない医師の過労を救えると思えるのです
医療財政の危機も

愛に咽せました/れいわ新撰組の刺激

先の参議院選挙比例区は ワンイシュー政党「れいわ」を全く理解していませんでしたので 安楽死認知度向上に期待し「安楽会」に入れました
「れいわ」は 山本太郎のSMS好戦力が成果を挙げたのだと思う
それが身障者の社会課題だけのワンイシューではないのです
政策も日本の現状を広く見据えており しっかりしている様に見える?のです
既成の与野党政策を破壊する可能性のある見解と計画を打ち出しているとの論評も多くあります
妄想レベルを超えており 検証に値すると思います
専門家が取り上げ 与野党が反論批判する段階に早くなって欲しいものです
そこから何かは必ず生まれるのです

もちろん反論もあります(幸福実現党関連サイト)
「れいわ新選組」に「ゆりかごから墓場まで」送られたいですか?
http://hrp-newsfile.jp/2019/3662/

その前に見てください
「政権とったらすぐやります
今、日本に必要な緊急政策」(れいわHP)
https://v.reiwa-shinsengumi.com/policy/

それよりも
「躍進するれいわ新選組、その公約「消費税廃止」がかなり現実的なワケ
消費税収の9割は法人税減税に化ける」
(小川 匡則週刊現代記者の詳細な解説を見てください)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65929? 入り口
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65929?page=2 消費税法人税法比較
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65929?page=3 国際比較

但し 肝心の障害者問題をどう扱うかによって 「れいわ」の不沈が左右されないよう期待します
「障がい者への「合理的配慮」を徹底、
障がい者福祉と介護保険の統合路線は見直し」(HPの政策)
障がいを持つ方々は、社会生活を送る上で様々なバリアに直面しています。
障がい者が社会生活を送りやすいようにする「合理的配慮」を受ける権利が障害者権利条約、そして障害者差別解消法で求められています。
障がいの度合いや種類はさまざまです。
障がい者の立場に立った合理的配慮を更に徹底させます。
また、とりわけ重度障がい者の方を苦しめているのは、現在の障害者総合支援法の第7条にある、「介護保険優先原則」です。この条文のせいで、それまでの充実した重度訪問介護などのサービスが利用できず、65歳になると利用時には原則一割負担を求められるうえ、サービスの幅も狭い介護保険の利用が求められています。障がい者の生活に不自由を強いる、障がい者福祉と介護保険の統合路線は見直していきます。

これだけではないイシューの「れいわ」が世論を刺激する様に期待します

今朝の嚥下食はN看護師がマイクの全粥の上に練り味噌で“Lov e”と書いてくれてありました
嬉しくて食堂の皆んなに見せちゃいました
食べるのが勿体なく 緊張で咽せもしましたが 今朝の天気の様に爽快でした

今日明日は土日ですが 明日のKDEの稽古だけの一寸の外出です
明日は家内が 大徳寺の月釜当番なので邪魔なのです
当然のことで 朝晩病院食で ひとりバスで往復移動します
まだまだ新参者でいたいマイクです

楽しんでから死んで欲しい/誰もがE.D.出来るよう

清水さんの返信を読ませていただきました
生検の段階以前から気になることもあったでしょうし 予想される可能性を自分で色々余計に考えてしまうとか いくら豪快な清水さんでも心揺らいだことは想像が付きます
マイクの同僚や先輩の話をいっぱい聞いていますので 白内障と変わらぬ安易なものと信じていました
しかし全身麻酔で生検15針も と聞いて 65歳と言う若さだからなのでしょうか
78歳のマイクのALSのこれからの割とシンプルな選択と違って 検査結果によっては選択と決断を求められるのが普通ですが ラテントとか過剰診断とかややこしい事と関係なく 放置で済ますことで済めばと 願ってしまいます

返信の最後にある「すべての人に幸せな人生の終焉を,」とある清水さんの思いは 実は マイクの「死ねない老人に 最期だけでも 安くて楽しい想いを味わって欲しい」との思いと同じです

昨日は全くお酒の飲めないリハビリ療法士に それならオランダで殆どお酒と変わらず楽しめる大麻を経験してみたらと勧めながら オランダの大麻や安楽死と 日本の安楽会の話に繋げました
それから 彼らには度々話しているマイクの安楽自死支援が 単なる自死幇助ではなく 色々効用があり楽しくなる麻薬なども最期にお手伝いすることも考えていることを話しました
するとご自分の母親が 若くて喉頭癌で 長い期間に 何度もの辛い手術の後 無残な顔を最期に残して死んだことで 医師を今も許せないと言われた
身内の死に顔は一生離れないと マイクの話を支持されました
勿論マイクは安上がりで死にたい終末期老人ご本人のためだけです
清水さんのお父さんの様な信念を通される選択も死に甲斐として美しく羨ましい
死に難いこんな世界に誰がしたと 問いたいマイクです

昨日で 第4クールの点滴が終わり 2週の休薬期間も入院のまま リハビリに専念します
それほど最近は看護師・療法士から誤嚥を心配していただいています
それも誤嚥性肺炎でなく 窒息をです
土日の自宅外泊のために 吸引器を購入しました
早速 甘エビとウナギの夕食で 喉に溜まった何かを とろみを付けた焼酎で流せず咽せてしまい 無事に使い熟せて役に立ちました

安楽死党について/世直しの奔りに

清水さんは 最近は祇園祭をお忘れかも?
何とか天気は持ちそうで安堵しているようです
お身体や検査結果は如何でしょうか
選挙もトーンが低く 安保育ちのマイクには耐えられません
世直しの思いが 「死に甲斐」のためにも湧いてきます

今度の第25回参院選に安楽死党が出ることはTVで知ってはいましたが 2010年の東京で落選の時のことをマイクのブログに書いているように 空耳で聞き流していいものだと決め込んでいました
所が 7/8の再入院の時から 看護学校の実習生がまた3週間マイクにベッタリ着くようになったその子が 安楽死制度を考える会(安楽会)のことを話題にしてきたのです
勿論 既に 彼女にはALSや死にかけた事や 安樂自死を天命としている事も話ししているからです
それで遅ればせながら調べてみると 比例代表は2009年から5回も落選している例の人でした
しかし粘った甲斐あって今回は相当の票になるのではないでしょうか
安楽死が「そこまで言って委員会」3/30 と4/21 にも取り上げられ このブログでも紹介しました
安楽死の肯定的な風潮が見て取れました
「Nスペ 彼女は安楽死を選んだ」は もっと反響があって このタイミングにはぴったりなのです

政治団体「安楽死制度を考える会」は参院選の公認候補として10人を擁立すると発表
【比例代表】佐野秀光
2009年6月「どうせ自殺するなら臓器提供を」をキャッチフレーズとした政治団体「新党本質」を結成 第45回衆議院議員総選挙で比例北海道ブロック に義母の本藤昭子とともに立候補し落選 2010年第22回参議院議員通常選挙で東京都選挙区から立候補し落選

【選挙区】北海道=中村治▽埼玉=佐藤均▽千葉=門田正則▽東京=横山昌弘▽神奈川=加藤友行▽愛知=牛田宏幸▽大阪=浜田健▽福岡=本藤昭子▽選挙区未定=鮫島良司

勿論 マイクが安楽会に投票するか? 分かりませんが 頑張って欲しい一番の党です
マイクも応援したくなりますが 気付くのが遅すぎました
生前葬で話せたら250票は固かったのですが

尊厳死法制化議員連盟の議員とコンタクトしようとして上手くいかなかった経験が マイクを億劫にしています
東京の安楽死ブログコミュニティにも参加していますが 活動が本格的ではないのです
太田典礼の初心を忘れて詐欺ビジネスとなった尊厳死協会はいずれ訴えねばと考えているくらいです

序でにサイトを調べてみると 2018年2月の韓国の前の 1月6日に台湾で尊厳死法が施行された事を次のサイトで知って とてもショックです
https://www.swissinfo.ch/jpn/命の尊厳_台湾の有名司会者がスイスで安楽死-その後台湾で起こった大きな運動とは-/44993418
このサイトは 小島ミナさんより前に台湾のキャスターが実行した事を伝えるのものです

何で こんな情けない日本になってしまったか
社会全体が 自己保身のために 弱い者虐めをし 弱者を助けないどころかネグレクトするのが当たり前に許される 悲惨で みっともない世間に
それも 決して安全でもなく 生き易くもない 管理過剰な末期社会になってしまっている
既に先進諸国から遠く見捨てられ 何事にも精神的貧困文化国なのに お互い顔を合わせても他人事のように眼を瞑る
唯の中国並みトランプ並みに自己中で 最悪に落ちぶれてしまっているのです
これは妄想でもなく単なる予感でもない現実なのです

こんな日本を世直し出来る切っ掛けに 安楽会(安楽死そのもの方がよかったのに)がなって欲しいマイクです
マイクの望みは ALSだけでなく 弱者への愛へも そして安楽死を切っ掛けに日本の精神文化の恥ずかしさを知識人・政治家・国民が最悪に陥る前に自覚して欲しいのです

芸セン藝術倶楽部通信当てお礼とご挨拶

鹿児島は大変なことになっています
何時も天災を思う時 個人を超えた運命の悪戯としか思えない その気紛れな残酷さに神仏を疑いたくなります
この半年のマイクは 運命に翻弄されて 天罰と覚悟したり天命と受け入れたり 幸運の神仏に救われたりの 浮沈を味わいましたが 天災ではそれどころではない理不尽な悲運にただ泣くしかないのです

ところで今日も疲れを休めようと飲み食べるだけで 2キロも痩せた体を回復させようとゆっくりしようとしています
今日の書き込みは 昨日と同じ内容ですが 今程 お手伝い頂いたボランティアの方々へのお礼の言葉(芸セン芸術倶楽部通信への)投稿を転記して休養に努めます

「京都芸術センターボランティアスタッフの皆さんに感謝の言葉を」

この6月29日は マイクこと藤井幹明(よしあき)にとって ALS告知後 危機一髪まで沈み込んでしまったのに ここまで再起再生できたことを 多くの方に祝ってもらった まるで誕生パーティのような「生前葬」でした
東京・金沢から親族が家族葬並みに15名 そしてダンス仲間が1/3 ボランテイア仲間が1/4 ギャラリストとアーティスト達 ジムの仲間 元会社の同僚 自治会・町内会 看護師と難病仲間 特にセンター元コーディネーターが何人もには驚き また嬉しかった
「チームマイク」で会場設営だけでなく一緒に踊って頂いた皆さんには深く低頭します
多様な方々250名が一体になって楽しんで頂いたのは 何も私の繋がり広さや深さではなく ダンス仲間のリーダーの執念だと感謝していますが 実は私のALSの残酷さを誰もが理解しておられるからでもあります
そういう意味でも 難病への社会的な理解をという主旨でしたが 私の残酷かも知れないこれからを見守って頂けるならば 世間には沢山の弱者がいることを身近に感じ受け止めて頂けるのではないかと信じられます
私のこれからは生き地獄かも知れませんが 病気を頂いたことで知った弱者の立場から 弱者支援そのものではなく 世間の目が弱者に対して優しい眼差しであって欲しいと訴えるだけでも 情け深い日本人の心を取り戻せるのではないかと このことも信じて残り有る限り生きることと決心しました
私は10年来ブログで安楽死を考えてきたのに 無力な私には絶望感だけでしたが この度のALSは天命として自らやって見せよと 天から仰せ付けられたものです
この難問は叶えられるとは未だ思えないのですが 生き地獄の前にALSのような弱者だけにでも許されるべきかと思われてしようがありません
生き地獄で苦しみ 自死願望する者に同情すらなく「一人で死ね」とネグレクトする人こそ 自殺強要者で閻魔様に裁かれるべきと思ってきました
ALSになったお蔭で また入院して知ったことで 日本の福祉の貧しさが日本人の失った心の貧しさにあることを 鹿児島の作家さんの支援を得て新しく始めた往復書簡ブログhikurashi.comで訴え続けることが出来るようになりました
幸運な私は死に甲斐なる目標を得て エンジョイ・デス出来ると思いながら死を待てるのです
こんな幸せは誰にでもあるということをも また広めたいとも思っています
最後にこんな私をお見守り ご支持いただきたく そして皆さんの益々のご活躍を祈念して止みません ありがとうございました

安楽自死がムラムラと

今夜は外泊から帰って 9時消灯暫く経って 今夜の書き込みをベッドに寝転んで いつもの様に テレビを見ながらしようとしました
まず民放を幾つかみて面白くなかったので最後にNHKに切り替えてビックリ
NHKスペシャル(6/2 21:00〜50オンデマンドあり)のタイトルは「彼女は安楽死を選んだ」でした

20分は過ぎていましたので二人の女性の病名は確かではなかったが 延命措置選択を比較する興味ある また優れた番組でした NHKサイトでは次の様でした

去年、一人の日本人女性が、スイスで安楽死を行った。女性は重い神経難病を患い、自分らしさを保ったまま亡くなりたいと願っていた。患者の死期を積極的に早める安楽死は日本では認められていない。そんな中で、民間の安楽死団体が、海外からも希望者を受け入れているスイスで安楽死することを希望する日本人が出始めている。この死を選んだ女性と、彼女の選択と向き合い続けた家族の姿は、私たちに何を問いかけるのか見つめる。

安楽死を選んだのは マイクの球麻痺や手足の症状よりは確実に軽く見えるし 表情は今のマイク並みに元気でしたし マイクのような自死願望の時期があったような感じではなかったが 語りでは強い自殺の危険があったと言うより ズットのようです
一人の反対する妹を残し 二人の姉を説得し てスイスのライフサークルの許可を得て向かう
小島ミナさん(52歳)は 手続きと診断の後認められ 2日間考えた後に実行されるまでの心理を丁寧にルポしている
家族の介助を避けたい思いと 強い自殺願望を持っていたが 最後に世話になってありがたさを知るが 姉はここで迷うことの意味を考えたりでした
点滴と栓を自分で押すところも 満足そうな表情で 最後に幸せだった 見守られてありがとうで亡くなる また警察の検死撮影も実写され あっという間だったがマイクは涙した
遺灰は安楽死認められない日本に持ち帰れないので川に

もう一人の鈴木道代さん(52歳)は 家族の負担を 人の力を借りてでも生きられると説得されて人工呼吸器延命を選択する
既に文字盤の会話もままならないでの選択の様子は小島さんとつい比較してしまうような対比で構成されていて 見るのが辛かったが マイクには涙が・・・
最後に鈴木さんは2時間の外出許可で桜を見て涙されたで終わった

マイクは 清水さんのことをと思って帰ってきたのですが 今夜はここまでに

追記;再放送のことや 世間の反応について このページのコメント欄に自分で載せていています

人生は寄り道回り道

マイクさん

「余生の濃縮化」という言葉に触れて、ぼくは50年程前に亡くなった祖父さんのことを思い出しました。脱線するかもしれませんが、今日は祖父さんの話をしたいと思います。
ぼくの祖父さん、清水忠一は腕のいい京指物の職人でした。江戸時代の中頃から続く職人の家で、忠一の父徳次郎の時代、明治の中頃が最盛期だったそうです。代々の当主たちは名人と称されるほどの手業を誇る一方で、花街に馴染みの置屋や料理屋を持ち、放蕩を絵に描いたような遊びに現をぬかしていたとも聞きました。忠一祖父さんも例外では無かったようです。

祖母さんがよく嘆いていました。ひとりで集金に出かけると、その金を持ったまま遊びに出かけ、すっからかんになるまで家に帰ってこなかったと。そこで祖母さんは幼なかったぼくを伴わせて集金に行かせました。幼い子と一緒ならそのまま遊びには行かないだろうと。ところが何の祖父さんは、ぼくを連れたまま遊郭の座敷に上がってしまうこともしばしばでした。

酒を飲み上機嫌になった祖父さんはぼくを膝に抱き上げ、必ずうれしそうな顔でこう言ったのです。
「人生は寄り道回り道。道草食ってこそ生きる道や」
と。今振り返ると、この言葉は自分の行為を自己弁護するものだったのか、ほんとうにそんな人生を目指していたのか、そのあたりはよくわかりませんが、若い頃のぼくはこの言葉を生きていくための教訓として受け止めていました。何だかカッコいいなあと。

ズバリ言って、祖父さんの生活はとても濃かったのです。それがマイクさんの言う濃縮化に重なるのかどうかわかりませんが、その濃さはゆとりとか、余裕とか、遊びとか、そんなふうに言ったらいいかもしれません。祖父さんの暮らし方は、ぼくの父に家業を委ねてからも一向に変わる気配はありませんでした。亡くなるギリギリまで遊び歩き、寄り道回り道、道草を続けていました。

そんなぼくらの家が裕福だったかと言えば、決してそんなことはありませんでした。「普通」の家だったのです。裕福どころか、ぼくは同級生の家に遊びに行くたびに、我が家は貧乏だと思っていたのです。祖母さんの怒りをよそに祖父さんはそんな生活を続けていたし、父にしたって似たようなものでした。でも、世間のあちこちにそんな祖父さん、親父たちはいっぱいいたように思います。

さて、ここで「今」の話に目を向けたいと思います。
数日前、政府が事実上の年金制度の破綻を認めたというニュースが流れました。その瞬間、SNS上で若い世代から安楽死の認可に共感する声がひろがったと話題になりました。そんな時代に惨めな思いをして老後を生きるなら、いっそのこと死んだほうが楽だし、マシだということなのでしょうか。マイクさんが言うように、長寿化が進むことによって老後の希薄化が進み、余生の濃縮、これは豊かな老後ということになるでしょうか、そんなことはよほどの財力がないと不可能だということなのでしょう。
しかも生きているのも関わらず、健康寿命の後の生き様を「生活死」とよぶなんて……。

今の世の中、ぼくの祖父さんや親父のように、自分の好き勝手に、自分が面白いと思うような人生を生き続けることは不可能なのでしょうか。

マイクさん

ぼくはマイクさんが、ALSという深刻な病と向き合いながら、とても濃縮された豊かな人生を生きられるんじゃないかと期待しています。もしマイクさんにそれが可能なら、ALSほど重い病気を得た人に余生の濃縮化が可能なら、普通に生きる人にはもっと可能なんじゃないでしょうか。ぼくはマイクさんにそれを見せてほしいし、それを見せることが「倍ほどのお世話になる」マイクさんの「倍ほどのお返しになる」んじゃないかと思います。

ぼくも濃い余生、老後を送りたいと思いました。

ほどほどに生きよう/何時迄も

太田典礼(安楽死)的に死を軽率?に捉える生き方と 死より尊厳ある生に拘る生き方があるように見えますが どちらがいい悪いではないことだけは自覚していないと 多様であるべき生き方そのものの指針を間違えさせることになります

安楽死にしても決して生を安易に考える筈もあり得ません
生きるについては尊厳ある生を全うするなどと言う事だけではなく 生きていることだけで満たされる?ものかも知れません

安楽死と生の尊厳は二項対立しているようでも 人生とは個々人の中間選択の結果です
現実の多様な人生はもっと多項な生と死の多様な選択肢からなるのです
その背景には平等な人権を要求する権利が前提としてあるのです

NHK現クロで 『刑務所が「終の住処」に‼︎』で 服役囚が 被害者からは考えられない最高の療養・介護を受けているのを見せられて 平等とは何か 視聴者を悩ませるだけだったように終わった(死刑囚には安楽死が合法?)

2年前のマイクのブログにこんなのがある
しかし今は 憲法に平等を保障されて生きたいだけ生きられるのです

マイクスタンディングのブログ2017/5/30「ほどほどでいいのです」(最期はセルフネグレクト)https://sky.ap.teacup.com/jishi/760.html

今朝のラジオ深夜便【明日へのことば】は「ほどほどの生を生きる」北里大学名誉教授 新村拓 でした
1946年生まれ 日本の医療史学者 北里大学名誉教授
「日本医療史」新村拓 吉川弘文館 (2006/7/27
古代から現代まで、医療はどのような道をたどってきたのか。平安人を襲った病、戦国の医療政策、越中富山の薬売り、国民皆保険制度の成立などを、豊富な表・図版を用いて詳説。命を守る闘い=医療の歴史を振り返る。

時代と共に 養生や死生観が変わる様子を語る
江戸中期 少しでも長生きすべきとする養生訓の時代は 色の 食の 眠り の三欲を抑えてでも長生きすべきだった
生産性が高くなった江戸の終わりは 小家族となって 家族で死を賄いきれなくなって 老婢思想となり 家族に迷惑かけないほどほどの最期が良いとするようになる

昔は老人の死が25%だったが 今は90%
尚更程々に しかし計画的な生き方で 遣るべきことをやって満足して死ぬべきと結論する

程々かたっぷりかは思うようになれるとは限りませんが 少しは運命をコントロールできる自己責任ですがいい時代になったのです