入院体験は人生を短時間で/色々と 濃く ギリギリまでも

マイクの最近の悩みは 粘ねばの唾液が口に一杯 溜まることなのです
医師と相談したら 薬で唾を少なくする事を勧められましたが 今は我慢する事にしています
ところが昨日 不安な気持ちになると交感神経の働きで唾が粘っこくなるらしいと薬剤師が自信なさげに教えてくれました
(しかもサラサラと粘度の高い2種類の唾液腺がある?とも?)
退院が決まって寂しいような不安な気持ちの所為なのか その粘った唾を とろみ付けたお茶で 下手に飲み込んでしまい誤嚥で咳き込んだ
偶々ベテラン看護師が聞きつけて吸引してくれたまでは良かったのですが お茶の匂いを嗅いで怪訝な顔して臭うといって取り上げられ ドキッとさせられました
捨てると言ってナースセンターに持ち帰られ 流石のマイクも覚悟はしましたが その後主治医の回診でも何もなくホッとしました
どんな匂いだったのでしょうか?詮索なしで・・・

マイクは学生時代の山登りのザックに “Mine albaiten est das abenteuer”
と書いて粋がっていました
弱虫でシャイな癖に 正義感があると言うより憧れていた程度ですが 弱い者の味方を好み 危険・冒険をも結構楽しむ方です
と言うか実は 只の開き直りに自信があるスコイ奴 なだけなのです
でも確実に 危険な所には 面白い人間がいて 楽しいのです

危険とは一寸違いますが 入院患者を見ていると 色々の人がいて或る意味で楽しいのです
昨日はこの病棟の入り口に変なセンサーが特設してありました
看護師に聞くと1人抜け出す患者がいての対策だと言う
これくらいではなく 爪切りで酸素呼吸器の管を切った人がいて その方は夜になると酒を酒をと探すのですが看護師からここは家ではないと諭され諦めて寝ます
何を言っているのか如何しても分からない奇声を 一日に何度もあげる人にも特別の関心があります
こんな人が側にいてもマイクは殆ど気にならないか 却って関心があるのですが 病院ではこれ以上近づくことは難しいのです
話したくても全く話せないのは カーテンを閉めて閉じこもる人と 今はもう一人 家族が来られても全く反応のない 胃瘻で生きてるだけの人もいます
閉じこもる方には お風呂で一緒になれるので何とかしたいのですが 無理は無理と諦めるしかできません
これまで何人もこれ以上QOLが下がりようもないの方が同室におられましたが ご家族には少ししかお聞きできず 折角の機会なのに「勿体ない」と感ずるばかりです
病院の中では 全てクローズに思えて「情けない」思いがします
折角の色々の人生を堂々と見せ合えないのは 何としても「みっともない」ことだと思ってしまいます

昨日は清水さんの著書「夢 なかまたちの明日」を読み あとがきに かごしまコープ障害者共同作業所の62人の仲間たち一人ひとりに贈る感謝の短くても心ある言葉には 感激し大泣きしました
それにはKDEまやちゃんが 何時も公演の打ち上げで 全員に一言づつ手書きで大入袋を配るのが恒例になっているのと重なって思えたからです
昨日メッセンジャーでこのことを 誰にでも平等に優しい神様仏様に泣かせてもらってありがとうと伝えました

序でですが マヤちゃんからは 北海道に行った時に大仏様をバックに観音様をポーズした写真を拝んでおいてとの返信があり ナンマンダブと拝みました
それである質問を返したのですがそれは秘密と逃げられました
その秘密ということですが マイクは相当危険なことをやってきた自負はあるのですが 世間体を弁えれば それを直ぐには話せず 秘密の儘か 暫くしてからなら自慢話なのです
秘密は自慢話になり また多い方が豊かな人生の証拠なのです
それも失敗話や恥ずかしい事でも尚更です
しかしその自慢話を若い現役の人間には語れないのですが 逆に年寄りには 語らずには死ねないのです

もっと病気を誇らしげに そしてオープンに
年寄は自分を告白し懺悔し 今は出来なくとも 罪滅ぼしの切っ掛けになるのです
年寄りには 少しでもいいからの世直しのチャンスがあるのです 命を懸けてでも

理想を求めるトルストイが晩年 日記で 自分の醜聞ばかりか 3大悪妻として有名なの妻をあからさまにしている事を6/13に書きました

愛ある親切で絶望から救われました

嫌老社会に生きる老人よ 終末期を悟ったら 罪滅ぼしに懺悔だけでも必ず!
老人よ 大志を忘れては 地獄行き確実なのです!

諦めた夢にもう一度

若い難病患者の轟さんや 癌で闘病される清水さんとは 高齢で残された人生に夢持つことを諦められるマイクとは 闘病に価値を見いだせるお二人と それよりも逃病しか考えようとしないだけのマイクに 大きな違いがあります

それでも今のマイクは 清水さんから準備頂いたこのブログのおかげで 夢を持つことができました
それがどんな夢なのかを考える必要があります
清水さんから ALSに苦しむ私マイクには まして死についての社会的矛盾を考えてきたマイクには 社会と繋がり続け それを発信する義務があるのではと問いかけられ 諦めていたこれまでのブログでの限界に再チャレンジする気持ちになったのです
清水さんと言う後ろ盾にご縁を頂いた幸運を無駄にしたくはありません

それにしても マイクは難病ALS患者の症例としてというより 長年考えるだけだった安楽死についての思いが先行してしまいます
何しろ当の本人になったのですから

いつも清水さんの症状のことにも 名文を頂いたお礼もせず 自分のことばかり勝手に書き込んでしまいますことお許しいただけるでしょうか
まだまだ余裕や修行が足りません

我が儘になれないマイク

「こんな夜更けにバナナなんて」を演ずることなんてマイクには出来ません
雪国の人 北陸生まれの忍耐強い我慢の人だからかも知れません
子供の頃から 浄土宗他力本願も身に付いているからかも知れません
何事も争いを避けて 諦めることを美徳にまで信じてしまいます

「日々できることが少なくなっていく。でも、まだ何かできるはず。できることがあるはず」と轟さんは夢を手放さなかったのは 若さだったのでしょう

マイク78歳でも 発症前には まだまだ夢を持っていました
特に10年来考えてきた安楽死支援施設の必要性については 夢叶わぬと分かっていても諦めることはありませんでした
しかし 発症からは 遅かれ早かれ生き地獄の終末期が訪れることを成るように成ると楽観的に見ることは出来ませんでした
どうせなら 苦悩を味わう時間積分を少なくするためにも マイクの死は早い方がいいのです
勿論 今未だ苦悩レベルではないし 夢があるはずだと説得されても反論出来ません
でもいつ頃から生き地獄レベルになるか?それは分かる筈がないからと言って マイクに成るがままにそれを待てと言えるでしょうか
清水さんのお蔭で いまこのようなチャンスをいただいて ALSの社会的矛盾を問う機会を得たことを 夢以上の喜びとしています

もっともっと考える時間を作りたいと思います
我が儘になれないマイクでも ありのままのマイクでありたいと思っています