医療も悩みも高度に/ALSは?

神様にもなったような豪放磊落の風貌でも 人は時には運命に任せようにも任せられない残心に戸惑うものです
それにしても悩む時間が他力に依存するばかりで何ともしょうがない辛さは マイクも味わうしかなかったのです

8/8に 前立腺癌の生存率のことを参考に書きました
https://hikurashi.com/archives/910
国立がん研究センターニュースでは 癌5年生存率の平均は67.9%で トップは98.6%の前立腺癌でした
ステージIの5年生存率では100%(ステージII・IIIでも100% ⅳは62.2%)

100%と知ると思い出します
高齢友人から聞く話では 白内障・前立腺は病気でないとか言いますが しかしパーキンソンまでもそう言われると 毎日苦労している患者を見ていると そんな他人事で済ますのは それこそ昨日書き込んだように無視隠蔽することこそ罪なのだと言ったのを思い返しました

また清水さんの癌を眺めて 闘病という言葉の意味をいつも感じさせられましたが 今回はもう一つ 高度化した医療が 病気そのものよりも 不安をも助長してしまっているのではとも感じてしまいました

それに比べALSは何にも進歩のない 選択肢も少ない 今や古典的程度の治療ですから マイクがそうであった様に 病気そのもので闘病の覚悟も 悩みも少ないのです
でも医療制度の矛盾では 国際的遅れや無駄がある様に思います
マイクの住まいの貧困以外は 制度で改善されるべきではないでしょうか
日本の財政不足の問題と関係ない様に思います

こんな能天気なALS患者の悩みは 医療制度に考えるところはありますが 確実に衰えを感じても 余りストレスにならず 精々 唾のネバネバが堪らなく辛い程度です
マイクは癌に耐えられなくとも ALSには耐えられそうです

マイクの様子を
唾で滅入ってますとの書き込みが最近多い様に マイクの最大のストレスです
粘度の高い唾液は舌下のネバネバ唾液腺がストレスで活発になるからだと言うのですが ネバネバが更にネバネバをと落ち込むのです
ALSとは関係なく 医師と薬剤師に聞いても唾の量を減らす薬があるがネバネバはと言う
ストレスを減らすしかないが そのストレスがALSそのものか 肉体的や精神的なものかは分からない
兎に角交感神経を宥めよと言うしかないと

今の清水さんのことを考えると ALSほどシンプルな病で悩む事はこれ位かと思ってしまいます
それに比べ清水さんの唾はもっとネバネバしてる筈ですが?

昨日の書き込みの最後に 薬がなくとも嗜好品とかで如何なるか調べればと気がついたのです
医師はアイスクリームでサッパリすると言われたのですが 自分で酢昆布とか確かめるのも 入院の楽しみかも

そう思いながら 今朝からネットで「唾液の粘度を下げたい」と訊ねると いっぱい出てきて呆気にとられましたが 酸っぱい物と昆布を食べるとサラサラになるとあるだけで 口臭とドライマウス対策ばかりでした

それより何より緊張しているときは固い粘りのある唾液が出て これが固唾(かたず)を飲むという言葉とか
粘液性唾液にはニオイの元を分泌する嫌気性菌をおさえる自浄作用が利きにくいので口臭になりやすいとも

それよりもサラサラしたきれいな漿液性唾液を増やすことも考えると 姿勢 鼻呼吸 耳下腺マッサージ そして副交感神経がカギとか
今日から唾液増加トレーニングを始めましょうとあります
では 売店で酢昆布をすぐ買いに参ります!
(忘れていました!マイクにはしゃぶるしか出来ないのです)

暮らしたいまちで最後まで

マイクさん

スーパーALSってなんだ?! ぼくは考え込んでしまいました。
たしかぼくは、マイクさんにこんなふうに言いました。「マイクさんをALS患者のスターにする!」って。これにはいろんな解釈が成り立ちます。でもこの言葉を聞いた多くの人たちが思い描いたのは、あの「えんじょい・デス」の時のように、華々しくイベントを成功させ、メディアの注目を集め、ALS患者として有名、著名な存在になっていくマイクさんの姿ではないでしょうか。それは間違いでも、的外れでもありません。「えんじょい・デス」以後のマイクさんは、自らの存在と思量に自信を深め、文字通り綺羅星のごとく輝いてますもんねえ(ちょっと言い過ぎかな)。

実は何を隠そう、ぼくもはじめはそう思っていました。超有名になったマイクさんが、医療制度や介護保険制度、難病患者の療養支援の在り方などに発言することで、社会に対する影響力を行使するみたいな。そのためにメディアの世界とも関わりを持って生きているぼくの力を発揮していこうと。

でもぼくは今、ちょっと違った考え方をしています。それはマイクさんに注目を集める方法です。イベントで話題をつくって注目を集め、それがメディアに取り上げられることで、さらに注目度を高めていく。そんなことを考えていたのですが、ちょっと違うことを考えるようになったのです。
たしかにイベントというのは効果があるし、注目も集め、人も集まるだろうけど、結果としてマイクさんのための支援、サポートに具体的にどう結びついていくのかな、もう少し直接的な支援、サポートにつながる方法はないのかと考えるようになったのです。直接的に支援することから始められないだろうか、と。
並行して、スーパーALSってなんだろう? 何をもって「スーパー」って言うんだろうって考えたわけです。いろいろ思い悩みましたが、ぼくの結論はこうです。

どんなに症状が進行して、身体状況が悪くなったとしても、自分が暮らしたいまちで最後まで暮らす。どんなに思い難病、障害でも、向き合いながら地域社会に参加し続けること。これが「スーパー」と呼ぶにふさわしい条件じゃないかなと。つまり、マイクさんが暮らしたいまちで、普通に暮らし続けることこそ大切だと。それがぼくがサポートすべきことだと考えたのです。

イベントで話題をつくり、注目を集めてメディアに取り上げられる方が、インパクトは強いじゃないかという声もあります。もちろんそうですし、その方法を放棄するつもりはありません。大切なサポートのひとつとして考えています。しかし、先だっての「マイクの家」が実現し、マイクさんの自立生活が可能になれば、そちらの方がスーパーだし、インパクトは強いに決まってるじゃないかとぼくは思います。
あわせて、ALSに関する情報や知識をひろく流布していく取り組みもはじめていきたいと考えています。その情報や知識は、マイクさんの暮らしの中で蓄積されるものも含めてです。マイクさんには、ALS患者ではじめてのピアカウンセラーとして社会と関わるという道もあるのではないでしょうか。それがマイクさんの竟の仕事になるかもしれません。あるいは患者の立場で、福祉用具や機器、コミュニケーションツールの開発などに関わることも可能でしょう。
この暮らしと仕事を車の両輪にして、前に進んで行きたいなあと。

ぼくは鹿児島でこの2つを実現するために、仲間たちと動きはじめています。鹿児島でも同じことを考え、思いを共有できる人たちがいます。京都であれ、鹿児島であれ、1つの成功例をつくることができれば、その経験と知恵を全国にひろめることができます。それがALSにかぎらず、多くの難病患者さん、障害を持ったみなさんの希望になればいいな、それをマイクさんに担って欲しいなと思っています。

どんなに思い難病や障害があっても、暮らしたいまちで最後まで社会の一員として生き抜く。そんなことをスーパーだと思わなくてもいい、当たり前にできる社会になればいいと思います。