保守的ポピュリストに妄想を/臆病を経て安堵を

今日の清水さんの返信にある「臆病」という言葉は一見清水さんに不似合いと誰でも思います
でも マイクの好きな言葉に 「臆見」があります
ちょっと暗くて意味深ですが 妄想と同じに捉えていて 臆病とは病を妄想することと読み解きました
癌やALSほどの人生に差し障りある病なら尚更 風邪とか便秘くらいでも 放っておいても大丈夫か考えないとなりません
臆病は程度の差こそあれ誰でも必須の過程なのです
臆病/妄想あってのこと 闘病するか マイクの様に逃病するかに落ち着けるのではないでしょうか

さて 昨日は日頃のマイクの考える残忍かも知れないのですが 治療の映像化は患者に役立ち 不可能でないと望む本心を書きました
もうひとつ 今日書きたいのは なぜ出来ないのか ここまで考えている人がいるのに?日本では?
それは 台湾や韓国すら法制化施行されていると言うのに 日本では反対勢力が堂々といる尊厳死のことと 次のステップの安楽死に就てです

安楽死と刑法―医事刑法研究〈第1巻〉甲斐克則成文堂 (2003/2/1)
序章 終末期医療と刑法
第1章 安楽死と病者の自己決定―嘱託・同意殺の可罰根拠に関連して
第2章 ドイツの「臨死介助」論にみる患者の自己決定権と医師の刑事責任
第3章 死期を早める疼痛治療の許容性―「間接的臨死介助」に関するドイツ連邦通常裁判所刑事判決の分析・検討
第4章 末期医療とイギリス刑法
第5章 日本における安楽死論議の新展開―東海大学病院「安楽死」事件判決に寄せて
終章 安楽死問題の行方―安楽死および医師による自殺幇助の立法化の問題点

尊厳死と刑法―医事刑法研究〈第2巻〉 2004/7/1 甲斐 克則
尊厳死の意義と問題の所在、アメリカ判例法における「尊厳死」論のさらなる展開、末期医療と延命拒否、ドイツ法における「尊厳死」論等、著者が約18年間に亘って書いてきた論文をまとめる。03年刊「安楽死と刑法」の続編。

終末期医療と刑法 (医事刑法研究 第7巻) 2017/11/29甲斐克則

医療事故と刑法 (医事刑法研究) 2013/1/1甲斐克則

こんな凄い学者さんの成果がどう評価され社会に役立っているのか
何の為の学者さんか?
信念や実現に向けての熱意はないのか?
議論下手のお抱え学者なのでしょうか?日本はそんなのばかり?
マイクも10年来 安楽死の社会的な必要性をマイクスタンディングのブログで考えてきました
しかし恥ずかしながら マイクの妄想/臆見遊びに終わるしかありません
欧米や台湾韓国でも進んでいる思想が 日本の学者さんの論文の不十分さや熱意の不足なら別ですが そうではない日本の保守性にありそうに思えてならないのです

その保守性を破ってくれそうなのが 僅か2名のれいわ議員なのです?
日本文化の哲学性の無さななんでしょうか 非宗教性なのでしょうか
戦後の利己主義の甘さに酔ってしまったサラリーマン文化の所為だとマイクは現役時代から訴えてきましたが 友人からは反論も無く同意されるものの これでいいのだと変人扱いや無視されてきました
「れいわ」が国風を変えると選挙後暫くは騒がれました
でも太郎氏と2人に 人ごとの様に期待するだけではいけないのです

社会を変えるには哲学し妄想する風土を畏敬する文化を作ることでしかあり得ないのです
多文化共生社会もそうでなくてはあり得ないとこれまで言ってきました
台湾や韓国までそれに近づこうとしているのです
妄想好きな日本人だったことを取り戻せるはずです
妄想どころか思想や学問は出来上がっているのです
利己的で現状に満足する保守的ポピュリストを批判・軽蔑することで社会は変わるのです
みっともない・情けない・勿体無いだけの言葉だけで非難すれば済むと度々言ってきました
この程度のマイクですが 凄い学者さんが れいわと組んで(サポートで) 頑張って欲しいのです