たかがボデイピアスぐらいで

何しろ手術をするのが初めてです
清水さんの経験された癌に比べれば至極軽いものだと 全く不安はありません
だけど手術の前に 窒息の可能性を避け 肺炎で体力を落とさぬようにと絶食までして待たなければならないのです
患者に余計な心配をさせない為か 主治医から手術の心構えなど訊いてみましたがなにもない
でもリスクを最小にと 遣り過ぎではと思ってしまうほど万全の処置をするのが医療行為の原則なのです
たかがボデイピアスぐらいで

在るが儘 成るように成る 卓越した気持ちになって天命に従うことがマイクにとってとても難しいことと何度もここで白状したように思います
主治医からこの程度の説明で身を任せてしまうのです
元々人間不信と言う程の性格ではない筈なのですが まあいいか
北陸生まれの他力本願 お任せの信心が身に付いているのです

今朝から栄養剤点滴とラジカット点滴のルート(針)セットに6回も失敗
体重も昼には53kジャストに減っている
なのに主治医は回診で 胃瘻の後は筋肉を沢山つけましょうと言う
ALS患者にそんなことできるのでした?

向かいのベッドの胃瘻設置のパーキンソンの方は 昨日のプリンでか誤嚥性肺炎になって39度になり ベッドのままレントゲンを撮り 絶食が始まりました
そして流動栄養剤を注入するのを見て 来週からのマイクの姿を想像することに

エクセル育ちは変えられません/我儘も

久しぶりに清水さんの返信を読んで お身体のことが気になりながらも 言葉をかけようにも戸惑うところがあって 何時もの様に自分の事ばかりになってしまい 素直になれないマイクは パートナーとしてこれでは不味いと思うばかりの毎日でした
ひとまず安心させて頂きます
そして何より久しぶりに読んだ清水さんの文章の読み易さと内容に これまた恥ずかしい限りと思わされました
随分前に SMSでの長通話してここに全部転記した4/17の青ヤンが 見舞いに来てくれて その時マイクの文章の読み難さと 起承転結の無さを指摘されたのを白状します
言われるまでもなく自覚していると言い訳したいところですが 実は彼が中々上手い例えで 清水さんとマイクの文章の違いを言い当てました
ワードとエクセルの違いだと
文学部と理学部の頭の質の違いなのですが何時ぞやも マイクが此処で 文系と理系の違いが 死生観の違いにもなるのではないかと述べた

マイクは 現実を見て 現実を知り 客観的に 或いは直感的にせよ 数字化できるところはそれに務め 相対的にも全体的にも把握できないと次に大事な妄想の精度と信頼性に期待できないのです
とは言えマイクの欠点は妄想自体を楽しんでしまい 些末な思い付きを起承転結を忘れ大事にしようとエクセルの升目に留めて置いてしまうのです

そんなマイクは毎日の入院先で見る患者と看護師の対応と言葉を 結構楽しんで見聞きしているのです
痛い辛いの患者と 人間として仕事としての看護師の葛藤が丸見えなのですが 両者にそれぞれに余裕がある内は 第3者から見れば滑稽でもありそれで済ませられるのですが どちらかに明らかに余裕がなくなる場合もまあまあでなく しょっちゅうあるのです
そんなとき時々思うのは 患者は殆どが素人で 看護師は玄人の立場です
患者には新米が優しく ベテランは安心ですが・・・とか
この程度なら 我儘とかなんとかの話にはならないのですが 現実は 我儘にうまく対応される看護師を見ていると ナイチンゲール以上に崇めたくなります
そうでなければ長くは務まらないと思いますし 先日書きましたように 家に帰られたら 変身されるのかと心配するくらいです

病も様々 患者も様々です
自力本願のギャンブラーに向いた病には そのような方なら 卒なく乗り越えられるでしょう
他力本願で逃げ切ろうとするしかないと思うような病には 不平不満も出やすいかも・・・・

判ったか 判り難いような 何時ものようになりました

まっしぐらに落ちても/調子に乗っていたい❓

何時かは 清水さんのお父上の壮絶な信念ある死に方をお聞きし 昨日はお祖父さんの羨ましい生き方に 共に清水さんのDNAを見る様でした

マイクの父は 和菓子屋の祖父に子供がなく 親戚から母を貰い子し 丁稚の父と一緒になって両貰いされたのです
父は養子のように真面目生一本でしたが 菓子組合や町内や公民館の仕事を引き受け 議員の世話役など 信頼されることに喜びを得ている様子をマイクは見て育ちました

逆に祖父は40代から隠居し 女遊びの話は全く分かりませんが 盆栽 畑仕事 釣りに 小鳥を飼い 深山の苔取り ありとあるだけの知識と趣味を楽しんだばかりか 最後は在家の坊主として自宅で法話をし マイクが後継する話があったくらいです
そんな父の堅実さと 仏心と遊びの人生を見せた祖父への憧憬からは逃げられません

今も知的でお元気な95歳の清水さんのお母さんのことはよく存じ上げている積もりです
マイクの父母とも亡くなっていますが 母の子への思いは並み並ならない事を 5人兄弟姉妹の誇りとしていて 今も5人の繋がりの強さの元となっています

家内や子供・孫の話はまたにして 兄弟家族の存在は マイクには何よりも大事なこととは身に沁みて分かっているのですが 現実の人生と言う波は どの家庭でも平穏とは限りません
でもなんとか並みにやってこれたものと満足しています
そんな中でのマイクに起こった事件とも言うべきことは 皆に相当にショックを与えたと思います
しかし長い人生の一場面でしかなく それも天災や事故の被害に比べれば並みのことなのです

病は本人の体でしか苦しめないし 所詮家族には見守りがあるだけで満足なのです
かえって心配過剰は本人に気遣いの負担になります
家族とは互いに自力本願で生きており 最小限の他力本願で繋っていると心得ておくべきなのでしょう

病人に掛けてはならない言葉が参考になるかも知れません
癌患者が言われて傷つく言葉を調べています
がんばって かわいそう 前向きにならなきゃ 手術で・・・とか
『あのひとががんになったら – 「通院治療」時代のつながり方』 桜井なおみ 中央公論新社 (2018/3/20)
には家族だけではないコミュニケーションの大事さを教えてくれています

マイクの人生は 思わぬ78歳で 並みのままで予定していた身体の平均コースから外れたものの 寄り道や回り道どころか 真っしぐらに天命を果さんと道付けられました
それでも2月3月の危険状態を切り抜け 丁度ひと月先の「生前葬 パフォーマンス」に向けて駆け上がり また清水さんからのご支持を受けて マイクのぶち撒けを社会に実らすチャンスを頂いて 少し濃いめの最期を迎えられるよう生きる目標ができたのです

まっしぐらに落ちていても 錯覚にでもそう思える内は 何の不安も無いはずと信じられます
それは マイクが後期高齢者になるまでにして来た「寄り道と 回り道の人生」に 充分心身共満たされているからです
これからひたすら末期高齢者に近づくマイクは 精神力だけで心満たされることでも生きる価値があると次第に思うようになれるような気がして来たのです

一寸 調子に乗り過ぎたかな?