10/4のことを二つ報告/リスクを定量化したくなりそう!

昨日は「オドルタカラバコ」〜コミュニティダンスの小さな祭典〜vol.3 にチョイ出演しました
今も昔の仲間が誘ってくれて リーダーのマヤちゃんがマイクに無理のない振り付けを考えてくれるのです
それとパーキンソン病ダンスワークショップも成功裡にできてこれからが楽しみです

さて 10/4のことを
とうとう医師から 胃瘻をするかどうかを考えて欲しいと言われました
やっと?
マイクが告知2/6の後 主治医を探し回って 4/8に2週間のリハビリ入院を 初めてのALS療養をしてから 何時の間にか6ヶ月目です
入院までの2月3月はマイクが危機一髪でしたことを何度も恥ずかしながらもお話ししてきました
それもその2週間の入院で胃瘻拒否して「院内死亡」するのが切実な願望だったのです
それが出来なければ主治医を脅してでもと色々策を練っての入院でした

介護地獄を避けようにも 転院地獄もままならず どうせ生き地獄しかないのなら 少しでも早い安楽自死が最善ですが これこそ現実的ではなく 考えて考えても自死と 病死しかないのです
自死は世間から蔑視される遺族地獄になり 介護地獄以上に避けねばなりません
残された可能性は病院死しかないのです
ALSでは 胃瘻拒否と人工呼吸器拒否に頼るチャンスがあるのです
だからと言って2週間のリハビリ入院の期間でそれをと言うのはあり得ないのです
それが入院後のラッキーハッピーが続いて精神的な延命をされて今があるのです
それが無かったらと考えると 2月3月の危機一髪の苦しみを2週間で片付かず 病院で大騒ぎが無かったとは言い切れません
考えるも恥ずかしい限りですが 他にこの信じられない程のラッキーハッピーが無かったら・・・
これ以上は悪い臆見になります やめておきます

(しかしそうだったからと言って尊厳死協会の詐欺的広報で 安楽死をこれほど勉強してきたマイクまでに胃瘻拒否で簡単に死ねると思わせていることを放っては置けないのです)

ALS告知が1年半先輩のマイクの友人は ALSで球麻痺先行でなくても 1年半目に胃瘻しています(マイク告知の時に手術を)
マイクは球麻痺先行で 今は8ヶ月目ですが 症状から2ヶ月前からそろそろかと覚悟するようにしていました
しかし回診では 主治医はいつも進行が遅くラジカットも効いていると 安心させて下さっているばかりでした
それでも療法士や看護師の心配を感じてしまい また自覚もそろそろかなとなってきていました
担当医にカマかけて年内ですかと聞いたことは 少し前9/5の通りです

退院 ・再入院の予定/せりか基金


それが10/4の回診で するか・しないかという言い方がありました
窒息のリスクがあると言うことだと思います
リスクがあると言われても胃瘻を急ぐべきかどうかはこれこそマイクに言わせればギャンブルで しかも未だ医師が骰子を振るのか患者に任すのか そこら辺はまだ先のようだと勝手に判断してます
或いは流行りの延命拒否宣言を事前確認するための医療行為として 患者の為か医師の保身的行為としてなのか そこまでは確認していませんが ALS患者として確実にステージアップしたことは間違いありません
昨日は 「オドルタカラバコ」〜コミュニティダンスの小さな祭典〜vol.3 にチョイ出演しました
今も昔の仲間が誘ってくれて リーダーのマヤちゃんがマイクに無理のない振りを考えてくれるのです
未だALS新参者だからできた それも甘えて楽しませて頂けたのです
12/29には KDEの忘年会を兼ねた生前葬vol.2を企画しています
喋りも飲み込みも出来ず胃瘻となっても 身体さえ昨日のどれくらいであれば?
あと2ヶ月の予想はALSでは医師もしません

気管切開のことも真剣に説明されて やっとマイクもALSらしくなってきたのだと自覚してきました

もう一つありました
リハビリOT(作業訓練) で 積み木のテストがありました
右手指が摘み難くなって こうも下手糞になった自分を知って 如何したことか 笑えるくらい楽しかった
多分苦労している患者を見たら可哀想だと思う筈なのに こんなマイクにこんな余裕ができたのだと療法士と笑った
とうとう仏様の心境になったのかもと 満足気だったのかも

自分を卑下自虐する性格があるのも確かです
それは多分下方比較で弱者より優位あることは 本心隠蔽するしか許されないのが辛いからだと思います
今回は 上方比較?も安堵法?としてあるのだと初めて気付いたのです

何方にしても 自虐的なマイクであることは間違いないのですが 仏心があるからだと自己満足することにして置きます?

「か行」不得意な「新参者」は終わり ステージⅱに

しみてつ祭り2019のご成功おめでとうございます
人は 相当のエネルギーを溜め込むキャパがあるのですね
身を削ってもと言うほど大袈裟でなくて それもステージⅱのしみてつさんでも またマイクのような新参者の内なら やりこなす喜びを知っているばっかりに 演れるのでしょうね
でもしみてつさんは 本業や次の企画や 控えている治療のためのエネルギー蓄積をもお忘れなく

所がマイクの方は 一昨日の晋ちゃんの通夜に行けて 拝顔のお別れができたのはいいのですが 自宅から駅までの歩きに時間が掛かるのはしょうがないにしても 玄関出るなり腰が60度以上曲がったままで まるで老人そのもので情けなくなり また葬儀場へのタクシーで「槙島会館」の「カイカン」を何度言っても伝わらず運転手から紙とペンを出されました
晋ちゃんのポックリも堪えましたが 呑み食べの時間で1日が終わる退院生活に加えて 強いショックを受けています
昨日は 風呂に浸かりながら 新参者はもう終わったのだとシンミリしてしまい 風呂から上がる気力もなく 長湯してしまいました

昨日は訪問リハの言語療法士から 特に「か行」がダメなマイクに 飲み込みも良くなる 上顎にへばりつく様な入れ歯紛いの補助具を紹介されました
また昨日は 誰が見ても上半身は身障者でも また腰が曲がっていても杖なしで歩ける様では身障者手帳が貰えない制度なのですが 申請しておけば 市から コミュニケーションツールの貸し出しが出来ることを 役所の(娘に言わせればお父さん好み?のその通りの)難病担当の保健師さんからの指導を家で受けました
事務的で冷たいばかりのお役所ではなくラッキーに相談窓口に巡り会えるとハッピーになれるのです

でも本当を言うと 新参者はもう終わりと覚悟していますが ラッキー&ハッピーが途切れてない自覚はあります
多くの方の見守りと親切にどんなお返しをできるか
思うことだけではなく やらねばと考えるだけでもエンジョイして生きられる幸せなマイクです

明日は難病連の団体(個別の難病団体に属さないワラビの会)に顔を出し
明後日は ALSについての講演会がるので そこで ALS患者ネットを作れる様な方を探してみようと思っています
その翌日は点滴2週間だけが決まっている再入院です

追記1 朝刊に 公的病院(全国1500の内424 京都で4)に統合整備を検討せよとの記事が載っています
マイクが世話になっている病院の名前があり 如何なることか気になります

追記2 退院中にやることの一つ
賃貸家屋・部屋の調査はしましたが 保健師に相談しながら気づいたこと
スーパーALSでないと独居生活では訪問介護はほとんど受けられない?現実?

追記3 ステージⅱは 肉体的には自覚少なく QOLは高いが 精神的には辛くないことはないでしょう しかし完治の期待を信ずることで乗り越えられます
新参者のQOL は 程よく徐々に馴れる様に低下するのではないかと思う様にしていますし それなりに受けいれば済むことだと思う?忍耐強いマイクです

医師にタブレットでALSの側索について質問/明日は胃瘻?

昨日から食事をワンランクソフトにしたのに その昼のハンバーグで酷く咽せ 大騒ぎになったのを 今朝は療法士が心配し 更にワングレード下のミキサーに今日の昼食から変えることになり ました
然もこれまでの部屋食ではなく 安全のために(集中管理?)「共生?食堂」で食べることになりました
監視付きの食事で慎重だった所為か 飲み込むだけなのに30分も掛かりました
何の味かを考えないと分からない食事ならば 胃瘻と同じ様なものなので ソロソロ覚悟の積りせよと説得されている様です

ところが主治医からは全くそれらしい話がないのに 看護師や療法士からは心配されて 早めの(個人的と断り)見解や準備トレーニングをして呉れるのです
マイクとしては医師から早めの説明や覚悟をさせて欲しいのですが そうでないと 医師不信感につながる様ではまずいと思った療法士は 医師に直接言い難かったら 折角訓練したタブレット発声で 質問や意見を述べる様にと諭してくれているのです

それにしても よく通る廊下から見る手術室は 何時も薄暗く こんな所で 大丈夫かと気にしているのだと話したら セカンドオピニオンでもする積りある?と言われた
胃瘻を拒否する積りで入院した筈のマイクですが 入院してから尊厳死の困難を知り 胃瘻拒否の積りはなくなっているのです
しかし 気切拒否までは マイク自身の情報では判断がつかなくなっているのです
気切については医師からの情報をそろそろ無くては 決心つかないと思っています
それよりあの手術室でとはと思うと 尚更悩むところです
実はセカンドオピニオンする価値のある医療機関を知ってしまったのです
でも不義理は絶対し(たくあり)ませんが セカンドオピニオンでなくとも調べ尽くして 違いを納得したく それには施術見通しの相当前に機会が必要です

こう書いてみると マイクが相当心配性に見られますが 全く逆で 単に折角のチャンスを楽しみたいだけです
生きる未練も無くして危機一髪だったあの頃とは違うとは言え これだけのラッキーに感謝し 恩返しせずには死ねません
従って これ以上の医療的な贅沢はしたくありません
その範囲で 元気なうちに 罪滅ぼしになるお礼をできるだけしたいマイクなのです

「ああ、よかった」

マイクさん

ぼくはこの2カ月ほどとてもしんどい思いをしていました。自分でしんどいというのが、すでに弱っちいですが……。

6月26日、大腸がん摘出手術後1年半の検診を受けました。血液検査とMRIです。その結果を2日後の28日に聞きに行ったのですが、意外な指摘を受けました。腫瘍マーカーは正常な範囲内にあったのですが、MRIの画像診断では前立腺に影が出ているというのです。

「前立腺がんの疑いがありますね。PSA(前立腺の腫瘍マーカー)の検査を受けた方がいいですね」

「えっ、だって先生、ぼくはこの1年抗がん剤も飲んできましたよ」

「大腸がんの抗がん剤は前立腺には効果ないですから」

ということで、泌尿器科への紹介状を受け取り専門医を訪ねることになりました。その病院は前立腺がんの手術では全国的に有名で、検査施設、機材も最新鋭のものを揃えていましたし、医師もマスコミで何度も取り上げられ名医とされていました。特にロボット(ダビンチ)支援の手術では数多くの実績を残していると。つまりは手術をしたい病院ということなのです。

ところがなかなか予約が取れずに、結局月が変わり7月15日になってようやく病院へ。その日のうちに血液検査、MRIを撮りその上で、がんの疑いが濃厚なので入院して組織検査を受けるようにと言われました。そうして10日後の25日に入院、26日に組織採取のための手術を受けました。

この間に医者から聞かれました。自覚症状はありませんでしたか?と。

「自覚症状って?」

「おしっこが出にくくなるとか、頻尿になるとか、したいと思ったら我慢できなくなるとか……」

たしかに頻尿にはなっていたし、我慢もできなくなってはいたけど、それは歳のせいだと思っていました。同世代の友人、知人もみんな似たようなことを言っていたし……。

結果が出るまで2週間は必要だということでしたが、夏休みやお盆休みが入り結局8月21日になりました。待合室で長い時間を過ごし、身体も気持ちもヘロヘロになった頃にようやく診察室に呼び込まれました。医師は淡々と言いました。

「前立腺の組織を15カ所採取したうちの7カ所から悪性のがん細胞を検出しました。極めて危険度の高いものです。まず他臓器や骨への転移の有無を調べて治療の方針を立てましょう」

「そんなに悪いですか? ステージでいうと?」
「それをはっきりさせるために検査をしようということです」

その日のうちにCTスキャンを受け、骨シンチの予約を入れました。他臓器や骨に転移しているということはステージ4にあたるのかな……。そうなると手術も難しいっていうことだろうし……。治療は難しいだろうな……。その時点でぼくの頭の中は不安でいっぱいになりました。

その一方で、大腸がんの手術から1年半、何度となく検診を受け、身体もスキャンしてきたのに、なんで今頃と、疑問と憤りがごちゃ混ぜになったような気分でした。しかしどこかで、何かの間違いに決まっているとも。

そうして8月26日、骨シンチの検査を受けそのまま結果を待ちました。その待ち時間の長く不安だったことと言ったら……。

診察室に呼び込まれて医師の口から「他臓器、骨への転移はありませんでした」と聞かされた時、

「ああ、よかった」

と呟いていました。ほんとうによかった。医師は続けました。

「ステージでいうと2ですね。よかったです。ラッキーでしたね」
「ええよかったです。ラッキーでした」

そう答えるぼく。
おかしいですね。ほんとうにラッキーなら、がんになどにはならないのに。

それは前立腺がんという疑いをかけられて、白黒がはっきりするこの2カ月が思った以上にしんどくて、結果としては悪かったのに、最悪ではなかったということにホッとしてしまったということなんでしょうねえ。人間って弱っちいものですね。

ステージ2ですが、ぼくは間違いなく前立腺がんになったのです。大腸がん、前立腺がん、さて次は……と、まだ治療もはじまっていないのにそんなことを思ってしまいました。

そうして思いました、こうなったらぼくもスーパーながん患者になってやろうと。がん患者としての社会的な役割を探し出し、果たしていこうと思ったのです。

これは、たしかにマイクさんのおかげなのです。

残された死に甲斐で生きる

1年前のマイクのブログ2018/5/5「生き甲斐より死に甲斐?」(死に方教えます)に 「死に甲斐」についての思いがあります

『1年前から SNSで 生き甲斐「IKIGAI」が 世界に発信されているとか
勿体ないや おもてなしに続いて 日本の心として 日本人にも意識されてきたようです

生き甲斐とは
LOVE(好きなこと)
GREAT AT(得意なこと)
PAID FOR(稼げること)
NEED FOR(世界が必要としていること)
だとか

死に方ばかりを考えるマイクですので この様な生きる意味については 多くの賢人にお任せしています
それより死に甲斐について このような簡潔な指針を作りたいと思います

「マイクの死に甲斐」とは
もう十分生きてきたことと 終末期が近いことを既に悟っており
苦しまないで死ねることを確信できれば安心して死ねる筈です
他人にお世話になっても 迷惑をかけたくないこと 感謝して死ねること
やりたいことは残り少ないし 疲れ切っていて 自分一人ではなしえないと諦められること
それでも最期に少しは それをなし得たと 錯覚でもいいから味わって死ねるならそれに越した幸せはない

「老人マイクの死に甲斐」には 生前の自己や社会の悪行を懺悔しながら生き永らえてきたので 死ぬまでには罪滅ぼしをしてから死にたいという思いが 根底にあるのです
特に 死ぬくらいなら 社会が必要なことを 死をかけてやれるのではないかと いつも思い探しているのです

SNSに発信できるような格好良い纏め方をしたいものです
死に甲斐が 高齢先進国の悩める日本が発する 日本人の心になる日は近いのです』

1年前のこのブログには 健康寿命を過ぎたことも 余命がまだ10年もあるなどと言うことも意識することなどもない元気さがあったのに また 誰もが人生100年時代と世の中は浮かれているのに マイクは生き甲斐より死に甲斐に関心があったのです

だからと言って 生き甲斐として やり残ししたことがない訳ではありません
生き甲斐と言うより 老人の責務として マイクは社会的にも 個人的にも懺悔すべきことを考え直し既に告白しています(HPなどで)
しかし 罪滅ぼしとして 閻魔様に許されるだけのことを十分したと言う自信は残念ながらありません
それでも余生にまだ充分の余裕があると漠然とした自信があり そうする積りでいました
マイクとしてどんな罪滅ぼしがいいか それを考えださねば それを実践せねばと言う思いが老人マイクの唯一の残された生き甲斐でした
それはマイクだけの思いではなく そう言う思いを持つべきと知人友人に幾度となく説いてきましたし 同じ思いの老人もいると信じています
そのような未練を残したまま安楽自死支援施設へ来た終末期老人には その願いを バーチャルな錯覚ででも叶えてあげたいと言う構想を考えているのです

実際に罪滅ぼしや そうでなくとも 誰かに仕返しをしてから死にたいと思う友人は沢山いますが 家族や世間体を考えて 元気な内はできないことばかりです
その無念を残したまま死なせたくないのです

2/6の告知の後の2月・3月の危険状態ではこのような未練がいっぱいで死に切れなかったのです
勿論二人の神様仏さんによって精神的延命されたことには間違いありませんが この未練があったからでもあるのです
その諦めかけた未練の具体化が これからのマイクの気力体力で足りるかは分かりませんが 励みにもなり ラッキーとハッピーが続いているのです
嬉しくもありがたいことです

出来るか分からなくってもやって見たい

程々に生きて 長生きできるとは思ってもいなかった筈なのに 偶々あっという間に100歳となっていたと言う程度のラッキーとしか言いようのない元気老人ばかりが 人生100年時代と言う話題に持ち上げられています
これを中村仁一は浮かれ過ぎではないかと言っている
実際 100歳まで 心満たされて生きられる確率は どれ程なのかと疑問視しているのです
でも素直にラッキーはラッキーで羨ましいし あやかりたいものです
死にたいのに死ねない老人がどんなに多くてどんなご苦労をされているのか マイクはそれの方を知りたくて また何とかせねばならないと思い続けています

さて今夜は マイクをどう作りあげるかを
マイクの78歳は 健康寿命7年を過ぎ 平均余命は後10年と言われる年齢です
健康寿命の後の生き様を「生活死」というらしく 人のお世話になっても当たり前と許されるらしいのですが 幸いにもマイクにはその意識がありません7年でした
もうお世話したくとも出来なくなったと言われかねない様になると覚悟すべきまでには10年ある筈でした
ところが前7年後10年というほぼ真ん中の78歳の今 どうした訳か もう10年も要らないのではと問いかけられもせずに 半分以下の3〜5年で良いなら 精々倍ほどのお世話になっても良いよと 天命として ALSを頂いたのです

なのに 何を焦ったのか 告知からの2ヶ月は家族の世話になりたくないとかなんとか言って 他人の迷惑顧みず 少しでも早くと危険状態を自らセットする事ばかりの日々でした

こんなマイクですが 結構ネガティブながらあれこれ考える習性を楽しんでもいました
それを見抜いた清水さんがマイクの『エンジョイデス』に興味を持って頂いたのだと思います
そうなればこれからは 皆さんのご支持に感謝し 公的な支援を 遠慮なく受け入れて生きますこと ありがたきかなであります

しかし倍ほどのお世話になることは倍ほどのお返しをせねばならないのです
せめてマイクの余生は 長寿化で希薄化する老後に逆らい ALSならではの余生の濃縮化を天命として課せられているのです

断固支持します

マイクさん

スーパーALSをめざしてください。ぼくはもとよりそのつもりでした。
ぼくの生涯の友である轟木敏秀君はこんなことをいつも言っていました。

またひとつ何かができなくなった。
でもまだできることはたくさんある。
それがぼくのスタイル。
できなくなったことをカバーするのは
意欲と工夫と大勢の人たちの協力だ。
その人たちのためにもぼくは生きる。
生きなければならない。

そうしてあいつはスーパー筋ジスになりました。

ぼくはマイクさんにはスーパーALSであると同時に、スターにもなってほしいと思っています。自身の生き様を切り口に、ALSの事実を広く知らしめるために。そうすることで、1万人近い患者さんとその家族の現状に目が向けられ、社会としてどのような支援が可能かを多くの人ととも考えるきっかけになればと。マイクさんにはそうすることを通して、社会に大きく貢献できる道が拓けていると思います。

主治医の言葉をその通りに受け取ると、人工呼吸器を想定していることは覚悟のマイクですが、神様も仏様も同じくそれを前提に支援して頂いている事を確かめたくはないのですが、明らかにそうである事を認識しています。

マイクさん
ぼくはマイクさんに呼吸器を装着することを積極的にすすめないし、想定もしていません。ぼくが言っているのは、まだ結論を出す必要はないんじゃないか、ということです。もっとゆっくり家族の皆さんとも、支援を考えてくれているマヤさんたちとも、同じ病気と向き合う患者さんやその家族とも、いろいろ話し合って、考えて、マイクさんの身体的状況に決断を必要とする時期がきたら、マイクさん自身が決断したらいいと思っています。ぼくらは、少なくともぼくはマイクさんの決断を断固支持しますし、その上で必要な支援を考えたいとも思っています。

マイクさんは自分をラッキーだと言いますが、ぼくはマイクさん自身が現状を切り拓いてきたんだと思います。何事につけても積極的に受け止めて、理解できたことに対しては、自分の考えのもと行動をしようとしているように思えるし、理解できないことは徹底的に究明しようとする。そういうあり方が、マヤさんやその仲間、そうして身の回りの人々やぼくを動かしているのだと思います。

ぼくは予々思っています。人はこうありたいと思うように動く。結果は後からついてくる、と。

昨日のイベントは楽しかったみたいですね。
投稿にも、いただいたメッセージにも、弾む思いが滲んでいました。
マイクさん、もっともっと弾みましょう。ぼくも負けないように弾みます。

ラッキーが続いています/スーパーラッキー

今日5/23は「難病の日」です
この日に合わせ 京都カトリック西陣聖ヨゼフ協会で「吉井健太郎チェロ独奏会」が開かれるので 主治医から外出許可を得てマイクも楽しんできました
この企画は 本格的な舞踏ダンサーであったALSと共に生きる甲谷匡賛さんを 24時間他人介護する在宅独居支援ALSーDプロジェクトの12周年イベントで 難病患者にコンサートをと開かれたのです

ダンサーの端くれのマイクですが ALSになってから甲谷さんを教えてくれた人がいて いつかお会いしたいと思っていました
昨日企画運営をされる志賀さんに申し込みすると スーパーALSが大勢集まると言われ 回診の主治医にその事を言ったら マイクにもスーパーALSになるように説得されたと昨夜書いた通りです
主治医の言葉をその通りに受け取ると 人工呼吸器を想定していることは覚悟のマイクですが 神様も仏様も同じくそれを前提に支援して頂いている事を 確かめたくはないのですが 明らかにそうである事を認識しています

さて バッハ組曲の素敵なコンサートでしたし 何よりもオーディエンスがスーパーでした
車椅子35 介助・スタッフ他150名が荘厳な木造教会を埋める
東京からのJALSA前会長の他 近畿ブロック支部長 ダンサー崇拝の甲谷さん等の大物と肩を並べる人工呼吸器の面々で埋まり マイクは休憩時間に 全ての方を見て回りました
人工呼吸器の女性が数名おられましたが 後で聞くと普通男性の5分の1だとか
何故そうなるかも教えて頂きました
連れ合いの介護の所為だとも 女性の更年期の所為とも

甲谷さん介護をされている知り合いのダンサーや 2/2の安楽死講演会でマイクの名前をしっかり覚えて頂いた立命の生存学研究センターのDr.他 知り合いとこの席でお会いできたのも嬉しかった

そして何よりも嬉しかったのは 二次会で たまたま横になった仙台の大学准教授から セカンドオピニオンなら2時間半5万円相当の ALSマイクの個人的症状や家庭環境に合わせた今後の療養と生活行動についてまでご指導をいただきましたし マイクの危険状態であっ頃のご理解や助言をいただきました
またそれ以上に 清水さんが尊敬されておられる鹿児島の先生のことをよくご存知で 命の倫理を大切にされる情熱の方と仰っていましたし 九大の太田典礼(安楽死)の匂いのするそちらのもう一人の先生とは大違いで その系列の方が 京都のあるところにおられて そこはその匂いがするとも
マイクの主治医のこともベタ褒めでしたし 死に掛けのマイクが 入院以来幸運が続いていることもお話ししました
それにしても京都に共同研究でよく来られる研究者なのに 実践的で患者サイドでお話しして頂けたことには大変嬉しかったとお礼をお伝えしました
それもこんなに長く
入院以来 本当にラッキーな事が続いてます

弱者が情けを社会に育む

ALSの自分のことを疫病神と思ってしまっていた頃の自分を恥ずかしく思うマイクです
一人何処かで篭ろうとまで思っていたマイクは 昔の自分がALSの自分を差別していることなのです
弱者差別を普段からしていない積りでも 実際にはその様な場面をあまり体験していないし考えていないからです
そのことに気付いたのは マイクの様な鈍感な人間と (酒の)神様 (金粉の)仏様の様な人がいる事実を知って 何故鈍感な人間と 敏感で情けある人に別れるかを考えてみたからです
結論から言うと 弱者と接する頻度にも関係するのではないかと思ったのです
勿論そんな情けというものは 人それぞれの人生体験で育まれるものですが 弱者の密度や接する頻度にも要因があると思い 障害者の人数を調べてみました

厚生労働省は9日、体や心などに障害がある人の数が約936万6千人との推計を公表した。日本の全人口に占める割合は約7・4%にも。
障害者への生活実態調査からの推計で、身体障害者は約436万人、知的障害者が約108万2千人、精神障害者が約392万4千人。
いずれも高齢者が増加傾向にあり、65歳以上の割合は身体障害者の74%、知的障害者が16%、精神障害者が38%だった。(佐藤啓介朝日デジタル2018/4/9)

障害者総数 936.6万人(人口の約7.4%) のうち在宅 886.0万人(94.6%) 施設入所 50.6万人( 5.4%)
年齢別には総数のうち65歳未満 48% 65歳以上 52%

難病患者についても

指定難病受給者 総数 89万2445人(H30)
内 ALSの総数は 9千636人 年齢別に観ると
0〜9歳 10〜19 20〜29 30〜39 40〜49 50〜59 60〜69 70〜74 75以上
0 2 18 113 549 1169 2924 1853 3008
確実に高齢者が多い
発症年齢は 65〜69歳をピークに50〜75歳に広がり 男は女の1.3倍(1.5~2ともある)
発症者数は 10万人当たり1.1~2.5人(2〜6とも)

ALSを障害とか他の難病と比較することにどんな意味があるのか 漠然としたことしか掴めていないのですが 取り敢えずデータを集めてみました

他の障害との比較で ALSはラッキーなのではと思いたがっているのかも知れません
生活行動不自由になるも苦痛少ないし 比較的病状進行分かりやすい
マイクはそう思って自分を慰めようと このブログの 「ALSは楽しめる筈なのです」2019.4.14 にしっかり書いている程です
ところが 事実は 障害者認定は足が不自由でないと駄目で 自分では完全な障害者と自覚する球麻痺先行のマイクには到底無理らしいと諦めさせられました
介護判定も然りなのです

数字を見て 日本人の7.4% 937万人の障害者がいて 家族がいる社会であれば 障害に目を瞑って生きられない人が 10%どころか20%以上はいるのだと知りました
マイクは 世間が弱者を疫病神と見るのが当たり前で 健全な友人知人を同じ様に見てしまい 遂には閉じ籠ろうと思ってしまったくらいでした
そこにマイクを救うまでに考えて頂いた神様仏様が現れて 希望や可能性を知ったのです
80%の自分が10%の いや80%なのに10%の気持ちの大事さを知る皆さんに救われたのです

毎年10万人に2人発症するALSが 1億人の日本に 1万人いるのは 平均5年生きているからですが この事は 100年の一生の間にALS を発病する確率が 百人に1人なのです
パーキンソン余命15年15万人
筋ジスも15年生きて 25千人
もっと確率が高いのです

身障者・難病者合わすと 1千万人を越えていて 10人に1人がそうなのです
先に考えた様に 家族だけでなく 親戚友人知人合わせて10人いれば 10人が10人 人誰でも 弱者を無視して生きられないのです

マイクの言語障害・嚥下障害に比べても 強く生きておられる多くの視覚・聴覚・聾唖障害者の事を思うと 恥ずかしくなるだけです
お互い支え合って生きている一人なのです

それでもマイクは その様な社会の成り立ちよりも 自分の死を考え また社会に於ける死ばかりを考えるだけでした
ALSを 死をかけてなすことができる病だとか粋がってみたり
元気なうちなら・・・
自死を許せる病?
安楽死なら!!
尊厳死ならOK

このことをも今思いついて 恥ずかしくなるばかりです
また昨日清水さんに障害者・難病者に関心を持たれた動機をお聞きしたのもそんな思いからです