何時まで新参者でいられるか/自立するスーパー目指し

5クール目のラヂカット点滴2週間が今朝から始まりました
詰まり9月初めには退院するとを決め それまでの5ヶ月ものマンネリ入院を思い返してみる積りです

マイク自身は胃瘻が近いと最近は強く自覚しているのに 主治医からはまだまだだと言われます
4/8に2週間限りのリハビリ入院したあの頃は 家族に迷惑少ないのは死亡退院しかないと考えていて 胃瘻拒否が最短のチャンスと決め込んでいたのです
ところが2週間で球麻痺が進行する筈もなく 最近になってやっと近付いたと言うことでもないのですが 手足がこう元気では 胃瘻拒否しても断食往生は不可能なのは明白です
こう考えるとマイクは手足先ず先ず元気な儘 気管切開に至る可能性もないとは言えないかも?

マイクが「スーパーALS」と言い始めたのは 5/23難病の日のコンサートに「気切のALS患者」が多数参加すると開催者から知らされてからです

ラッキーが続いています/スーパーラッキー

スーパーとは他人事でしかないと思っていたマイクに それ以来身直かに感じられるようになったのです
加えて入院以来の往復書簡や生前葬に続くスーパーラッキーがそうさせました

難病患者にも元気な方は実業や芸能で「スター」紛いの方も多いと聞きます
「れいわ」の議員もその類でしょう
マイクは難病という特例を受けて延命の可能性を頂く限りは 死に甲斐のためにも社会的なお返しをできればと願っています
ALS患者の現状に社会的な矛盾を知った当事者としての発信をどう進めるか
弱者共存社会の理想を当たり前化する共生啓蒙活動にもマイクなりの遣り方をやれたらと願っています

取り敢えずは 「ALSピア活動」の不十分な京都に 定着させたいとの思いがあります
ダンス仲間のKDEが パーキンソン病患者がエンジョイダンスできるサポート活動を進めていて その事業は出来る限りお手伝いせねばと思っています
またKDEには マイクを活かしたパフォーマンスを外部からの依頼であります
年内はこれらの在宅活動が 可能かどうか 気力や体力を掴みたいと思います
ALS新参者が そろそろ終焉かとの思いがあるのですが そんな弱気ではいけません
マイクの症状に関係なく 清水さんのご提案の自立支援の家/部屋についてを真剣に考えながら そうなる準備/考えを進めてまいります

生前葬したからには もうひとりぼっちになれない

鹿児島にお帰りになって 水害も気になりますが お身体の調子はいかがでしょう
お陰さまで マヤちゃん企画と清水さんのテレビ誘致で 会場が一体となって盛り上がり 最高に楽しんで頂けたことに感謝します
そしてまたこれは ALS冥利に尽きるものだったことは間違いなさそうです

この生前葬の「生前」には言葉遣いを前々から気にしています
何か仏教的な仕掛けがありそうですが調べてみても分かりません
反対語は分かり易い「死後」であることから考えると 生前と死後の境は 生と死が 表裏で合体した領域があると解釈できます
それを生側からみると生前 死側から見ると死後になるのでしょうか
その境界を超える事を死という不可逆な一方通行でかつ 命が時間的にも事象的にも紙一重の違いであることを言い表しているのでしょうか
こんな屁理屈はここまでに

生前葬はこれまでの絆ある方々への感謝と お別れの言葉を存命中に済まそうとする事ですが 隠居などの変身宣言のためでもあるのです
マイクも生き還らせてもらったお礼と これからは死んだつもりで 細やかでも世直しになることをしたいとの思いを宣言することになったのです
その意味の目的も果たせたのではないかと安堵してますが これからがその責務ある余生になるのです

明後日からの再入院の前に 今日は京都市「難病連」と 「京都府・市難病支援・相談センター」に行って ALS同病者の集いとかの団体組織を聞きに行ったが ALSの会は JALSA近畿ブロックしかないと知った
ALS患者は 京都府に200人 そのうち市に100人とかなのに個人を全く把握しなくて 難病夫々の患者会の支援や個人相談を受け付けていると言う
医師は患者同士の繋がりを個人情報とかで避けていますどころか 症状の進展は個人差と言うだけでこれも言うのを避けています
同病者からの臨床的な話が役に立つ筈ですが それが出来なければ あとは占い師に教えてもらうしか?
米国では政策としてのしっかりした医療方針として 患者同士の情報交換が大事だとして ピア・サポートを推奨していると言う
調べると鹿児島や金沢にはそような動きがあるようです
かなり前に考えたり調べて投稿の準備はできているのですが長いので いつかは分割して載せるつもりです

それににしても 生前葬の後は ALSでなければご隠居ではないかと思うのですが マイクはお蔭さまで 悠々にも お隠れの「ひとりぼっち」にも もうなれないのです