大恩人から勿体ないお言葉を

この度の生前葬パフォーマンスプログラムの初めと終わりに「マイクの部屋」なるマイクと色々の知人友人18人との1分トークがありました
そのひとり ダンサー大御所の なにわのコリオ“しげやん“こと北村茂美さんから勿体ないお言葉を頂いたので 嬉しくてまた自慢げに紹介したく思います
何時ものように度肝を抜く衣装でマイクに迫って会場をびっくりさせたエネルギッシュなエンタメダンサーです
その晩のフライトがあるのにノーギャラで出演して頂いたのです
そのネシアから帰って直ぐに 摩耶観音に伝えたメッセージを紹介したいのです

市川まや様
このたびは「エンジョイです!」に参列させて頂きまして本当にありがとうございます。フォトブック1冊お願いいたします!!。あの日、これ以降の私の全てのパフォーマンスは生前葬足り得るものするとマイクさんに心で誓い、その足で出発し遠くインドネシアの地で踊らせて頂きました。エンジョイです!は私の人生に大きな転機を与えてくれました。マイクさんに出会えたことを心の底から感謝しています。どうかよろしくお伝え下さいませ。
北村茂美http://www.shigeyan.com/profile.html

マイクからはマヤちゃん経由で
「勿体ないことです!嬉しいです お伝え願えれば!でもALSとマヤちゃんのお陰です!!!」とお礼の言葉を返しました

しげやんは マイクの所属するダンスカンパニー「KDE」と「ロスホコス」の立ち上げと育成に深く関わって頂いた恩人師匠です
こんな勿体ないお言葉を頂いて嬉しいだけでは済みません
あの一体感はなんであったのか
しげやんに ここまで言っていただけたことは何故か
答えは何であれマイクには あの会場の熱気は ALSを超えた奇跡としか思えませんでした
所が本当は こんな幸せの可能性を見捨てて 自ら終末期に入ったと決め込んで しまい これまでの仲間からまで 勝手に遠ざかろうと決めかけていたマイクなので 皆さんからの賞賛を受ける資格はありません

でも奇跡は起こったのです
ALSをマイクへの「九重苦の天罰」として承った事を率直に受け止めました
加えて安楽自死を自ら実践せよとの「天命」までを頂いており このことは紛れもなく 神仏からの 奇跡としか言えないことが重なっているのです
これからのマイクは皆さんと知らず識らず育んできた絆が こんなにも熟成し奇跡になる可能性のある事を教えられたのです
命ある限りです天命に向かって細やかでも世の中のお役に立てることを生き甲斐でもあり死に甲斐にもなると信じて生き続けます

恥ずかしいマイクをふたつ告白します

まず一つ目は 今 清水さんからの返信を読んで 気付かせて頂いたことです
清水さんのお父さんとのお話から マイクにも家内との絆と言うものがあったのだと 思い知りました
父息子の血の絆があっても難しいのに それがない家内とは命の絆というものに縛られて?いたのです
こんな恥ずかしい事をと思いながらも 正直に話したくなる程に嬉しくなれたことを いつものお言葉の中から見付けられたことに感謝します

ふたつ目は 昨夜も 自ら知人友人の絆を裏切るような恥ずかしいマイクであった事を告白しましたことです
実は それも唯 自分の狭い心の中だけで済ますのではなく 今考えると 皆に恥を晒して心配させるだけの仕掛けまで 4月8日の入院の時には用意してたのです

元々役行者や仙人に憧れ 山が好きなマイクには 「閉じ篭り念慮」があったのです
マイクの最期は 白隠禅師の病を癒したと言われる白幽子の修行した京都瓜生山の巌居で 酒だけで断食死すると決めていたくらいなのです
元よりネガティヴマイクの人付き合いはシャイで孤独好みなのです

転院地獄ならまだマシで この先の看取られ場所が 「その他47万人」の「死にたくても死ねない老人」となることしか考えられないマイクを 白幽子が手招きしているのです
入院先も分からぬまま 最悪を考えながらも 遁世の夢を叶えられたらとの夢を捨て切れませんでした
その時に格好悪く惨めなマイクの記憶をこの世に残したくないとの思いもあって せめて賀状を交換している方々には 年賀欠礼の案内を兼ねてこれまでの感謝とお礼を報告すべく 次のような葉書を 宛先も印刷しすぐにでも投函する覚悟で リハビリ入院先にまで持ち込みました

『皆様にはご健勝のこととお喜び申し上げます
いつも年賀状でぼやいてばかりでしたが 先の夏から 私は 不治の難病ALSを発症し 余命分からぬ状況ですが 何れ尊厳死を選択いたす覚悟です  金沢で生まれ育ち親兄弟に恵まれ 友人にも恵まれ 大学で物理を学び 山に遊び 社会人としてまた恵まれて 家庭と子供に恵まれ 50歳からスイムバイクランに嵌り クライミングやインラインもやりました  また退職後は多くのボランティア仲間と またダンス仲間にも恵まれた人生でしたが 最後はまさかの運命に驚くばかりです  それでもマイクは10年前から終末期老人には安楽死支援施設の必要をブログで考え続けてきました  奇しくもその当人になったことで 誇りをもって実践の覚悟ですが 現状ではとても死ぬことは簡単ではありません
ALS確定後の毎日は エンジョイ・デスを享受すべく 断捨離と友人とのお別れを楽しみに過ごしてきました  78歳既に思い残すことなくその時が来れば 家族葬だけで献体する積りです
最期は不確かでも確実に近付いて参ります これをもちまして ご放心のことお願いしてお別れしたいと思います  生前受けましたご厚意に感謝を申し上げるとともに お会いできなかった方からは哀悼を頂けたらとの思いを手紙にしました
誠に失礼ながらこちらからの勝手なお別れをお許しください
不遜を覚悟の私を ご理解お願いします
マイクスタンディングこと藤井幹明(よしあき)』

良くも悪くも無駄な仕掛けに終わりましたが 恥ずかしくもマイクだけでなく家族からの検閲を受けて用意したくらい真剣だったのです
是非こんな馬鹿なマイクをお笑いいただけたら 恥を隠したままより気が楽になりそうです
でも本気で笑わないでください 声を出される程だと辛くなります

「Mr.No!」から「Mr.Yes!」に

マイクさん

怒涛の連投、ありがとうございます。追いつけていないこと、とても申し訳なく思います。「往復書簡」になってないですね。どうぞご勘弁を。

まだ6月29日の熱気と興奮が身体の中に充満しています。そうして時折、あれは夢だったんだろうかとも思ってしまいます。しかし、250人もの人が集い、そのすべての人がマイクさんへの思いでつながったというのは、紛れもない事実です。あれは現実の光景だったのです。
ぼくはあのフィナーレの光景を眺めながら、はじめてマイクさんに会った日のことを思い出していました。マイクさんの第一印象は「Mr.No!」って、すべてに否定的な姿勢でした。ぼくは、〈この人、ひとりぼっちで人生を終わろうとしている〉としか思えませんでした。

そんなのつまんないじゃん。マイクさん自身から聞いたように、それまでボランティアとか地域の活動とか、人にまみれて生きてきたのに、大勢の人の中で生きてきたのに、もっと生きようよ。ぼくならそうするし、もっと大勢の人をふりまわしてでもそうしたいと思いました。だから社会とのパイプを閉ざさないでと言ったのです。ぼくがそのパイプ役をやりますと。でもそれはぼくだけじゃなかった。
生前葬パフォーマンスを企画して実行した市川まやさんやKDE(Kyoto Dance Exchange)の仲間のみなさんもそうでした。そうしてあの一体感が生まれたのですね。ぼくにとっては鳥肌が立つような経験でした。

どうです? マイクさんは決してひとりぼっちじゃなかったでしょ。
きっとマイクさんもそう感じたはずです。そうして驚かれたはずです。こんなに大勢の人が支えてくれているのかと。でもそれは、これまでにマイクさんが大勢の人を支えてきたからにほかならないのです。
ぼくは思いました。
たしかにALSという病気になったことは不幸なことです。でもまだマイクさんにはこれだけ多くの仲間の支えがあって、これは間違いなく幸せなことなんだろうなって。

マイクさん、ぼくはマイクさんがあのイベントの最中に、「Mr.No!」から劇的に「Mr.Yes!」に変わっていく姿を目の当たりにしました。それはこれからガンに立ち向かっていくぼくにとっても大きな励みになると思いました。マイクさんの姿を自分自身にあてはめて前へ進もうと。

「ALS患者としての社会的役割を生き甲斐ならぬ死に甲斐に」
これはマイクさんがあの後よく口にしたり文字にしたりしている言葉です。
誰もが自分の人生の終わりを意識して思うことなんだろうなって思います。たしかにぼくだって、死に甲斐というものを求めて、すでに右往左往してるんだろうなって。でも一方でこうも思います。死に甲斐って最後の最後まで徹底的に生きないと見えないものだろうなって。

マイクさん
もうちょっと生きましょう。
大勢の人と一緒に、右往左往しながら生きましょう。
徹底的に生きましょう。

芸セン藝術倶楽部通信当てお礼とご挨拶

鹿児島は大変なことになっています
何時も天災を思う時 個人を超えた運命の悪戯としか思えない その気紛れな残酷さに神仏を疑いたくなります
この半年のマイクは 運命に翻弄されて 天罰と覚悟したり天命と受け入れたり 幸運の神仏に救われたりの 浮沈を味わいましたが 天災ではそれどころではない理不尽な悲運にただ泣くしかないのです

ところで今日も疲れを休めようと飲み食べるだけで 2キロも痩せた体を回復させようとゆっくりしようとしています
今日の書き込みは 昨日と同じ内容ですが 今程 お手伝い頂いたボランティアの方々へのお礼の言葉(芸セン芸術倶楽部通信への)投稿を転記して休養に努めます

「京都芸術センターボランティアスタッフの皆さんに感謝の言葉を」

この6月29日は マイクこと藤井幹明(よしあき)にとって ALS告知後 危機一髪まで沈み込んでしまったのに ここまで再起再生できたことを 多くの方に祝ってもらった まるで誕生パーティのような「生前葬」でした
東京・金沢から親族が家族葬並みに15名 そしてダンス仲間が1/3 ボランテイア仲間が1/4 ギャラリストとアーティスト達 ジムの仲間 元会社の同僚 自治会・町内会 看護師と難病仲間 特にセンター元コーディネーターが何人もには驚き また嬉しかった
「チームマイク」で会場設営だけでなく一緒に踊って頂いた皆さんには深く低頭します
多様な方々250名が一体になって楽しんで頂いたのは 何も私の繋がり広さや深さではなく ダンス仲間のリーダーの執念だと感謝していますが 実は私のALSの残酷さを誰もが理解しておられるからでもあります
そういう意味でも 難病への社会的な理解をという主旨でしたが 私の残酷かも知れないこれからを見守って頂けるならば 世間には沢山の弱者がいることを身近に感じ受け止めて頂けるのではないかと信じられます
私のこれからは生き地獄かも知れませんが 病気を頂いたことで知った弱者の立場から 弱者支援そのものではなく 世間の目が弱者に対して優しい眼差しであって欲しいと訴えるだけでも 情け深い日本人の心を取り戻せるのではないかと このことも信じて残り有る限り生きることと決心しました
私は10年来ブログで安楽死を考えてきたのに 無力な私には絶望感だけでしたが この度のALSは天命として自らやって見せよと 天から仰せ付けられたものです
この難問は叶えられるとは未だ思えないのですが 生き地獄の前にALSのような弱者だけにでも許されるべきかと思われてしようがありません
生き地獄で苦しみ 自死願望する者に同情すらなく「一人で死ね」とネグレクトする人こそ 自殺強要者で閻魔様に裁かれるべきと思ってきました
ALSになったお蔭で また入院して知ったことで 日本の福祉の貧しさが日本人の失った心の貧しさにあることを 鹿児島の作家さんの支援を得て新しく始めた往復書簡ブログhikurashi.comで訴え続けることが出来るようになりました
幸運な私は死に甲斐なる目標を得て エンジョイ・デス出来ると思いながら死を待てるのです
こんな幸せは誰にでもあるということをも また広めたいとも思っています
最後にこんな私をお見守り ご支持いただきたく そして皆さんの益々のご活躍を祈念して止みません ありがとうございました