点滴のお陰で 今日から3ヶ月目/天敵は許せない

暑かった5月とは言え 入院中のマイクにはあまり関係なかった
しかし窓の外の曇天の庭を見ていると 症状が進行しそうで滅入ります
それでも今日は久しぶりに 主治医回診があり 今日から3クール目の 平日10日2週間の点滴が始まり その効果?か進行がゆっくりなのではとのお言葉を頂いた
その話の流れに乗せて 4クール目はありですかとの質問にすうっと答えて頂いて 確約頂いた
それと 何度か話して頂いている 主治医の開発されたメコバラミン筋肉注射が来年から使えるようになるのを期待して欲しい由 今日も付け加えらました
このまま来年9月まで主治医のお世話になる?
いや スーパーALSまで⁉️

3クール終わりで 3ヶ月になりますが 休薬期間にうまく29日の「えんじょいデス」公演をやれるのもラッキーなのです
その公演のMBSテレビ取材に合わせて 14日にも入院風景を撮るについては主治医からOKを頂いているばかりか 当日は個室でとの配慮まで頂きました ラッキー‼️

さて 基本的にALSは在宅で 入院は1ヶ月 長くて3ヶ月を転々とするものだと理解していますのに 不思議なマイクです
それなのに 向かいのベッドの震えがきつくまた不規則なパーキンソンの方が3ヶ月になり退院されるのです
マイクに色々と教えて頂いた有難い方なのですが ご本人は覚悟されているように振る舞っていますが マイクにはとても在宅独り住まいは無理にしか思えません
そのことと思いますが数日前も陽気で繊細な彼が涙し 今日もそうだった
気の持ち方ぐらいしかお話しできませんでしたが 如何しようもなくて辛かった

昔 と言っても2年前のマイクのブログを転記で付け足して置きます

2017/7/14「新しいカテゴリーを」(他人の死をも考えねば)
このブログは 自分の死を考え初めてもう長年になり 自分のことだけでなく社会的に安楽死センターが必要な時代になると予感して発展させてきましたが 考えるだけではなく 実践を急がねばならないと焦ってきたこともあって カテゴリー「最期はセルフネグレクト」で 自死の具体的な状況作ろうとしたのでした

このブログでも度々紹介し 死に方の本を多く出し また京都で「自分の死を考える集い」を主催する中村仁一老人ホーム「同和園」附属診療所所長のことを 尊敬申し上げますが よく考えると 中村さんは 老人の個々の方の死についてを考えておられるだけで 社会的な問題として 安楽死センターなどの必要性については全く述べておられない
(この交換ブログ5/18に ALSのマイクに自然死してみて欲しいと言ったことを書きました許せない医師です)

マイクとしては 個人の死は個人の問題で 最期はセルフネグレクトすれば 他人に何の迷惑もかけないとかの死に方が出来るのですが 実際は 誰にでもそう出来る訳でもなく ヘルプも必要なのです
詰まり自分の死よりも 社会的に 他人の死に方にもっと関心と支援を必要とするのです
『他人の死を支援する』『他人の死を考える集い』などが大事なのではないか
そう思って 今日から カテゴリーを新しくしてみました

(天敵は 他人に 無責任に自然死を勧める 苦しもうと我関せずというのは 自死者を見て見ぬ振り 弱者支援救済放棄で 閻魔様に裁かれます)

老人は美しくセルフネグレクトを❓

2年前は ゴミ屋敷がテレビを賑わす
それを老人の自己否定とか自己放任とか言って嫌老社会を煽っていたのを思い出します
拡大自殺もトーンダウンしたかと思うや 高齢者事故で次々と叩かれ続けています
そこで思い出したように 2年前のセルフネグレクトを老人の死に方問題として見直します

2017.4.27「セルフネグレクトを放任するのではなく」(最期はセルフネグレクト)
このカテゴリーを「最期はセルフネグレクト」としたのは ごみ屋敷の原因を 病的扱いとするところから出来た異常症候群の一つの表れとしたことと マイクの思い願う終末期は同じであるべきではないかと直感したからです

小学館/デジタル大辞泉によると『セルフネグレクト』とは
成人が通常の生活を維持するために必要な行為を行う意欲・能力を喪失し、自己の健康・安全を損なうこと。必要な食事をとらず、医療を拒否し、不衛生な環境で生活を続け、家族や周囲から孤立し、孤独死に至る場合がある。防止するためには、地域社会による見守りなどの取り組みが必要とされる。自己放任。

とある
ところが 一般には ごみ屋敷に限定されているかのように使われていて 恰も汚れて汚いもののように思われているのが残念です
老人の生活能力が衰えるのは避けられず それでも象が死に場所に向かうように 美しい最期を迎えたいとの思いを大事にしているのかもと思います

ネグレクトを意識する→自己価値認識(自己否定)→セルフネグレクト(自己放任)→習慣化→症候群
次は 周囲から放任されると →ゴミなどに価値を認めて友人知人の様に安心する→ごみ屋敷

このような症候群状況になるのは避けれれない
それを避けるには マイクが必要と考える安楽自死センターの 一つの機能として セルフネグレクトサポートも大事だと思うこの頃です

2017/3/13「積極的なセルフネグレクトを」(最期はセルフネグレクト)
孤独死やゴミ屋敷の問題と「セルフ・ネグレクト(自己放任)」がとても密接な関係にあるとある
「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」「アスペルガー症候群」など 発達障害や「セルフネグレクト(自己放任)」「統合失調症」「認知症」と言われる精神疾患の可能性もあるとか
指導・叱責しても無意味なばかりか 余計なプレッシャーを与えて逆効果の場合もあり 凶暴性があるとも

マイクが考えるセルフネグレクトは 性格の優しい人ほどなり易い 他人に迷惑を掛けたくなくて孤独によって解決しようとするケースを想定しています

このカテゴリの前は(死は他人事ではない)でした
死を自分のことであることを忘れてはいけないとの思いが 実際に家内の弟の死に接した最近のことで身に染みました
優しい一人身の彼の最期に 何の手伝いもできなかったことを悔やんでいますが メメント・モリの機会を深めたことを感謝するばかりでした

厭世や精神疾患でセルフネグレクトになるようなことではなく マイクは もっと積極的なセルフネグレクトを 安楽死と絡めて考えてみたいと思います

最近の精気が低下しているマイクには ボチボチになるかもしれませんが・・

( )は2019.6.6追記
(ボチボチなどと こんな生気のないことを書き込んでいますが 2年前にはまだ元気そのものだったマイクには こうなると言う予知能力があったとしか考えられません)
(2年前はゴミ屋敷問題がよく取り上げられていて 無責任な住人心理を世間はこう説明して批判するだけでした)
(自分自身を断捨離するべく死に逝く老人が そん風にワルになるべきではないことを思いながら 積極的に美しいセルフ断捨離をさせてあげるべきと2年前には思っていたのです)
マイクは(ALS確定前には)養子でもないのに家内から養子以下の扱いをされ 子供や孫からもネグレクトされているのを感じています
(ALSはそんなに悪い病ではないと前に書きましたが(このブログ2019.4.12) 個人的には 家族が激変して優しくなったというメリットもプラスするのです)
(或いはマイクのように老人性ALSになって→自己価値認識すると→セルフネグレクト→自死願望症候群)

(何を言おうとしているのか分かり難かったことをお詫びします
実は 自分を見失ったゴミ屋敷高齢者が 嫌老社会を煽るのでなく 彼等の最期を象のように美しく導いてあげる施設としたかったのです 安楽自死支援施設を)
(そしてまた付け足しますと 自己否定や如何でもいいなどと思わせないように 人生最期までに出来なかったことを バーチャルでもいいから叶えてあげたかったのです)