情けない・みっともない・勿体無い/NO!虐めの文化

今日の祇園後祭巡行は 梅雨明けに合わせたかのように盛大に行われた様です

昨日は 山田創平さんのジェンダー芸術論に刺激され 社会に於ける弱者と平等について考えながら返信を書き込んでいるうちに 支離滅裂の状態にはまり込んでしまい抜け出せなくなりました
エクセル型の升枠を埋め尽くそうとするマイクの文章癖が 何時まで経っても抜けません

言いたかったのは 「虐め文化」の日本社会を非難したかっただけなのです
実に「情けなく」も「みっともない」ことだと思うからです

例えば弱者を差別する虐め側の本当の理由は 弱者排除と言う意地ましい敵対意識以前に 軽い気持ちで偶々見付けたくらいのマイノリティであっても それをターゲットにしてみたことで 自分がマジョリティのリーダー感覚を味わえたことから始まるのです
こんな程度の弱い者虐めの構造は 確実に脆弱に決まっていますし リーダーの信念も熱意もないに等しいのです
だけど一度味わうと簡単には手放そうとしません
その構造が持続するのはリーダーの思想や信念が優れているからでもなく その軍団の一体感によるのです
一体感は付和雷同する国民性にあると言ってもいいかも知れません
マジョリティ帰属本能なのかも知れません
大衆迎合型の民族レベルなのです
政治と国民を見てもそれを否定できません
国家の保守的構造は 革新的な筈の明治維新の不完全さによるものなのでしょう
今現在の問題は 野党まで与党を虐めることしか考えていない政治文化なのです
(れいわ維新や安楽会がそれを気づかせてくれればいいのですが)

ではどうすればいいのか
例えばマイノリティであっても自国民なのです
排除や差別を自国の文化と言い切るなら別ですが 共生と平等を掲げる日本であろうとするなら マイノリティの存在を蔑視することは罪に値するのです
弱者や少数者がいる社会は現実であり それを敵対視や虐める現実があっても それは歴史の中で改善されるべきものです

弱者差別する者を非難することも世間で多く見られるし 嬉しいことに多くの社会運動にもなっています
しかし 弱者差別する者を非難することは戦いに違いなく 時に悲惨で醜い
彼等は彼等で 既得権保身で身を張るのです
彼らと戦うのは至難で歴史の運命を待たねばならないほどです
政治とはこのような無駄な戦いなのです

しかし 弱者差別する者を非難する前に 弱者を蔑視し 弱者を無視すろことをも非難したい
実はこの輩は 必ずしも弱者批判者でもなく関心が無いだけのポピュリストでしかないのです
しかも国民の大方はポピュリズムの中身も知らず 大衆迎合に満足していて しかもそれがマジョリティなので 安心感と一体感で結ばれているだけなのです
問題はこの無頓着層を少しでも減らすこととで解決させたいのですが 理論も信念もない保身だけの自己中を崩すことです
甘い水や人参ぐらいで済むのですが そこはもっと別のやり方があるはずです

虐められる者を救うためには 虐める者やそれに加担する者だけでなく その前に 虐めを黙認したり 見ぬ振りしたり 自己保身の心しかない者全てを漏れなく非難せねばならないのです
虐める者より その方が効率的で 確実性が良いのです
この考え方は 個人主義が蔓延る以前は 文化としてあったのです
エリートがポピリスト導く責務があるのに それを忘れた政治家・知識人・報道人までもが保身の自己中ポピュリストに落ちぶれ 彼等がマジョリティなる大衆を先導しているのです
彼等を閻魔様に裁かせる前に いや無関心で騙されているだけでも地獄へ行くことを 国民こそ知るべきなのです

昨日と代わりなくなりました
明日は別のテーマを探してみます

エクセル育ちは変えられません/我儘も

久しぶりに清水さんの返信を読んで お身体のことが気になりながらも 言葉をかけようにも戸惑うところがあって 何時もの様に自分の事ばかりになってしまい 素直になれないマイクは パートナーとしてこれでは不味いと思うばかりの毎日でした
ひとまず安心させて頂きます
そして何より久しぶりに読んだ清水さんの文章の読み易さと内容に これまた恥ずかしい限りと思わされました
随分前に SMSでの長通話してここに全部転記した4/17の青ヤンが 見舞いに来てくれて その時マイクの文章の読み難さと 起承転結の無さを指摘されたのを白状します
言われるまでもなく自覚していると言い訳したいところですが 実は彼が中々上手い例えで 清水さんとマイクの文章の違いを言い当てました
ワードとエクセルの違いだと
文学部と理学部の頭の質の違いなのですが何時ぞやも マイクが此処で 文系と理系の違いが 死生観の違いにもなるのではないかと述べた

マイクは 現実を見て 現実を知り 客観的に 或いは直感的にせよ 数字化できるところはそれに務め 相対的にも全体的にも把握できないと次に大事な妄想の精度と信頼性に期待できないのです
とは言えマイクの欠点は妄想自体を楽しんでしまい 些末な思い付きを起承転結を忘れ大事にしようとエクセルの升目に留めて置いてしまうのです

そんなマイクは毎日の入院先で見る患者と看護師の対応と言葉を 結構楽しんで見聞きしているのです
痛い辛いの患者と 人間として仕事としての看護師の葛藤が丸見えなのですが 両者にそれぞれに余裕がある内は 第3者から見れば滑稽でもありそれで済ませられるのですが どちらかに明らかに余裕がなくなる場合もまあまあでなく しょっちゅうあるのです
そんなとき時々思うのは 患者は殆どが素人で 看護師は玄人の立場です
患者には新米が優しく ベテランは安心ですが・・・とか
この程度なら 我儘とかなんとかの話にはならないのですが 現実は 我儘にうまく対応される看護師を見ていると ナイチンゲール以上に崇めたくなります
そうでなければ長くは務まらないと思いますし 先日書きましたように 家に帰られたら 変身されるのかと心配するくらいです

病も様々 患者も様々です
自力本願のギャンブラーに向いた病には そのような方なら 卒なく乗り越えられるでしょう
他力本願で逃げ切ろうとするしかないと思うような病には 不平不満も出やすいかも・・・・

判ったか 判り難いような 何時ものようになりました