笑ってください

マイクさんを見守る長女雅子さん

マイクさん

暑い夏が戻ってくると、宇多野病院の病室であなたを見続けた日々を思い出します。あの夏もとても暑くて、病院までの道のりエアコンの効かない車で汗まみれになっていたことを思い出します。あれからまるまる2年も経とうとしているのですね。
あの夏、僕は自分のことなど考える余裕もなく、マイクさんの命の行方だけを見つめようとしていました。あなたの望んだ死がもうすぐそこまでやってきていて、あなたは淡々と受け入れようとしているように見えました。僕はなんとなく取り残されるような気がして、本心を言うとまだまだ逝かないでほしいと思っていました。右往左往していたのです。
その右往左往はこの夏、自分自身のことにめぐってきています。今年に入って体調がスッキリせず、前立腺癌の放射線治療後の副作用として血尿どころか激しい出血が続くようになりました。「よくあることですよ」という医者の言葉に納得しようとしていたのですが、4月以降の2度の検査で消化器系、前立腺双方の腫瘍マーカーの数値が高くなり、消化器系では基準範囲を大きく超えてしまいました。が、どちらも画像診断では不穏な影は見られませんでした。不安だけを抱える日々が続いています。

マイクさん

もしあなたが生きていたら、僕のこの不安にどんなことを言っただろうと考えました。
「もし再発したとしても、転移があったとしたても治療すればいいことじゃないですか。君にはまだまだ時間は残っていますよ」
きっとそう言って笑ったと思います。何をくよくよしているのだと。
確かにそのとおりですね。僕にはまだまだ時間が残されている。歳が歳ですから30年、40年というのはさすがに無理でしょうけど、あと何日と命の時間を限られたわけではありませんしね。
そこまで思い出してハッとしました。僕に対する数々の励ましは、自分の生に対する諦めの裏返しだったのじゃないだろうか。「君なんかまだましだよ。僕を見てごらん」と。確かによくそう言われました。「がんはそんなに怖くない。治療の手立てがあるから。ALSは治療すらできない」と。そう思うと、もっともっとあなたの本心に迫っておけばよかったと思います。もっともっといろんなことを聴いておけばと。
僕はこれから検査を重ね、もし何か見つかれば淡々と治療に臨むつもりでいます。とはいうもののその都度不安になったり、嫌になったり、耐えられなくなったり、右往左往すると思います。その度にきっと記憶の中のあなたと会話するに違いありません。その時はどうぞ笑い飛ばしてやってください。僕は右往左往しながら徹底的に頑張るつもりでいます。