
マイクさん
京都で衝撃的な事件が起きましたね。去年の11月、女性ALS患者の依頼を受けて2人の医師が彼女を殺害したとして逮捕された嘱託殺人事件です。
様々な意見が飛び交いました。
「彼らは尊厳死を助けたのだ」「女性は苦痛から解放された」「こうすることが本人にとっては最善の道だった」「悲しいけれど、本人にとっては究極の選択だ」
ALSのような難病患者は、治療することもできず死を待つのみだとする人たちからは、肯定的な言葉が相次ぎました。中には「切腹の苦痛を取り払う介錯のようなもので、武士の情けだ」という元政治家の声もありました。逆に、
「死にたいは生きたいの裏返し。生きたくても生きられない社会状況が問題だ」「どんな姿になっても生きて欲しかったし、そのためのサポート体制を整えなければならない」「どんなに思い障害があっても、難病にかかっていても、地域で生きていく環境を整えるべきだ」という否定的な声もありました。
しかし、日本の状況は法的には尊厳死は認められないということです。ですから、2人の医師の行動を心情的に肯定しても、これはれっきとした殺人事件なのです。その後、金銭の授受があったという報道があり、僕は紛れもない殺人事件だと思っています。
僕はといえば、個々の生きたいという思いが容易に押しつぶされるこの社会の歪みもですが、ALSという病気の恐ろしさを改めて思い知らされました。
そしてこの容疑者逮捕の報道は、マイクさんが人工呼吸器の装着を〈拒否〉するという最後の意思表示と重なりました。
マイクさんは去年の4月、入院する直前に1枚の色紙を書きましたね。
〈尊厳自死をお許しください 藤井幹明
ALS患者の唯一の選択です〉
僕は疑問をぶつけました。ALS患者の誰もがそう思っているわけではないでしょ、と。するとマイクさんは言葉を付け加えました。
〈尊厳自死をお許しください 藤井幹明
在宅療養を望まぬALS患者の
病院での尊厳死を望めぬマイクの
残された唯一の選択です〉
と。加筆された文章にもツッコミどころは満載でした。まず〈在宅療養を望まぬ〉というところ。なぜ望まないのか?
マイクさんは言いました。
「家族を介護地獄に巻き込む。迷惑や負担はかけられない」と。
「じゃあ〈望めぬ〉だ」
マイクさんは力なく笑うのみでしたね。
「お許しくださいって、誰に許しを乞うているのですか?」
「警察沙汰になって残された家族に迷惑をかけるんじゃないかと……」
その時にこの色紙は、マイクさんが警察に自分の自死を明らかに自死として扱い、事件にしないことを願い出るためのものだと知りました。
生きるにしても、死ぬにしても家族に迷惑、負担をかける。マイクさんはそう思っていたのですね。
ALS患者の7割は呼吸器を着けないと言われています。そのほとんどの人が家族に迷惑をかけたくない。負担になりたくない。介護地獄に巻き込みたくないということを理由にあげるそうです。家族がそう思っていなくても、患者本人はそう思うのだそうです。