生前葬vol.2に 仲間に恵まれた喜びを

清水さんからのお便りに マイクの下方比較への自覚についてのコメントと 加えてそのような比較をご自分にされた時のことを書かれています
成る程 同じようにマイクもされて 複雑な気持ちになったことがあります
比較そのものは大事なことでもあるのですが 使い方が難しいと言うことですね
大晦日なので一年前を振り返って見ます

到頭 大晦日をこのまま越せるなんて
一年前の今頃は 医者は病名も何も言わず2カ月先の検査入院を待たされる
そんな無責任なと言いたい放置に不満が積り 不安よりも苛立ちを
それでもALSではと 勝手に自覚するしかない年越しでした
待たされた挙句 予感通りの告知で しかも治療すること無しとは
後は生き地獄までの 転院地獄と介護地獄を覚悟するしかない
こんなこれしかないのなら少しでも早く逝く方がと焦ったのです
危機一髪でしたが家族の存在が 自死願望の非現実性に悩み苦しめる
4月になって二人の救世主が現れ 自死願望は消え そのお陰で今があるのです
それが無ければ年越しどころか夏越しをもしたくなかったのです

救世主となった一つはマイクのダンス仲間のリーダが6/29に生前葬を企画してくれたこと
しかも一昨日の12/29に生前葬vol.2までやってくれたのです
仲間KDEの大忘年会でもあって 実に楽しい時間を作ってもらいました
マイクもまた「恋人よ」と米津玄師の「フラミンゴ」を踊りました
しかし半年前にはそこそこ喋れたのに 文字盤使っても意思伝達ママならず 症状が相当進んでいることを皆に知れてしまいましたが それなりに楽しんでいるマイクをも見てもらえたと思います
こんな素敵で楽しい仲間に巡り合った幸せをしみじみ感じたパーティでした

vol.1ではマイクの語りを3時間喋る元気はありましたが 許された時間は3分でした
vol.2ではマイクが十分一人語りできると聞いていたので 紙芝居を用意したの
ですが時間が取れずに終わりました
多分語りの時間より喋りの伝わりに問題があったので これで良かったのです
それくらいの進行の早さでは 主治医がいつも言っていただくような進みが遅い事になるとは思えません
患者として一番知りたい余命や切開の時期については 患者が妄想するしかないのです
右手は握力ゼロだけではなく 手が上がらなくなり 指の力が全くない不自由に!
左手も弱くなっているのは確かで 生き地獄を予感させるのです
でも予感で滅入ることはまだまだ先のことと思えます
笑って済ませるのですが 新参者では次第になくなっているのは事実です

正月の準備は何もできませんし しませんが 神棚の榊と仏壇の仏花とお鏡飾りだけは亭主の仕事 それだけは昨日の仕事で済ませました
家内娘孫はお節料理で てんてこ舞いはいつもの通り頑張っています

皆さんが良いお年をお迎えられんよう切にお祈り申し上げます

ね、そうでしょマイクさん

写真展の合間に、京都木屋町の居酒屋たこ入道で

マイクさん

〈自分のことは自分で考えること。他人と比較することの無意味さに気が付いたような気がしました〉

いい感じですね。実にいい感じです。これに尽きると思います。人はみんな他人のことを気にしすぎなのです。しかも、誰かが悲劇的な状況にあると、もううれしくてうれしくて、気にする、同情するような風でいて、実は自分が思い描く悲劇的状況にその相手を押し込めようとするのです。

ご存知の通りぼくはがん患者です。大腸がんを経験し、2年も経たずに前立腺がんが見つかり、年明けから治療に取り掛かります。この前立腺がんが転移したものなのか、原発性のものなのかそれはわかりません。しかし大腸がんはリンパ節に転移が見つかり、全身のどこに飛び火していても不思議ではないなと自分でも思います。
すると周囲はこう受け取るのです。清水はとても深刻な状況にあると。本人もかなり落ち込んでいるのではないかと。体調的にもしんどいに違いないと。抗がん剤の治療で、髪の毛なんかも抜けているはずだと……。

そういう人が久しぶりに出くわしたりすると、やや残念そうな表情でこう言うのです。

「なんだ、意外に元気そうじゃないか」

そんなときぼくは心の中でつぶやきます。〈こいつはいったい何を期待してるんだ!? ごめんね期待通りでなくて〉と。つい先だっても、何度も繰り返し「意外に元気そうじゃないか」と言われて、「君は何を期待してるんだ」とつい言ってしまいました。すると彼は、「人が真剣に心配してるのに、なんだよその言い草は」とムクれてしまいました。でも本当に心配してくれているなら「意外に」などという言葉は出てこないんじゃないかと思います。

ぼくは確かにがん患者です。でも、だからと言って、何か深刻にならなければならないのでしょうか。
がん患者ですが、1000キロの道を車で飛ばして、京都で2週間の写真展をやり、毎日深夜まで動き回りました。さらに鹿児島に戻った直後に種子島に渡り、みっちり取材をして先ほど帰ったばかりです。その間に思い切り酒も飲みました。「妄想ラジオ」の動画配信では、ビールを飲みまくるぼくが登場しマイクさんも驚かれたはずです。もうちょっと節制して、身体を大切にしたらどうかとはよく言われることです。

でもぼくはこれでいいと思っています。これがぼくなのです。がんになったからといって、何も変わることもありませんし、一般的に語られるがん患者のイメージにはまりたいとも思っていません。〈心配〉してくれている皆さんには申し訳ないのですが、ぼくはぼく、ずっとこのままでいたいと思っています。自分のスタイルにこだわり、自分の生き様を大切にしたいのです。
へそ曲がりなぼくは「心配している」と言われると、「自分の心配をした方がいいよ」と言ってあげることにしています。で「もし君ががんになって落胆したり、落ち込んだりしたらいつでも話を聞いてあげるから」と言い添えることにしています。経験者の言葉は重いですよ。

ね、そうでしょマイクさん。

文字盤の世話になって楽しむ積り

明後日は生前葬vol.2と忘年会です
vol.1ではマイクの1人語りが殆ど出来ていなかったので 今回はマイクが連れ込み部屋で好きなだけ話を出来るのではと思っています
とは言え喋りが相当難しい状態なので 半年で進んだ症状を知って皆んなに心配かけそうです
でもマイク本人は焦(じれ)ったくも無く落ち込むどころか却って変なコミュニケーションを楽しむ積りです
清水さんの返信にある曖昧な意思疎通のことです

明後日を楽しみにして 家で退院生活をゆっくりしてきましたが 入院中と違った雰囲気がある事に気が付きました
実際に入院中に見る患者はマイクより相当不自由な方ばかりですが 不思議と暗く落ち込んでいる人を見ないのです
マイクは嫌な性癖と自覚しているのですが 直ぐに下方比較して自分よりキツイ人を見て可哀想だと思うことで自分を慰めてしまうのです
ところがそう見られていてもご本人は自分は自分で どう見られていようと関係ないのです
自分は自分の思いで悲観的な様子はないのです
これこそ在るが儘 成るが儘で 神を信じ医師を信じ療養に専念しているのです
下方比較は自分を慰める方法としては意味ある有効な方法で不謹慎なことではないと言われてはいますが マイクは自分では自分を卑下してしまいます
その他人と比較するのが 退院では家族とだけ接しているので ないのです

結局なんとなく分かったことは 自分のことは自分で考えること 他人と比較することの無意味さに気が付いたような気がしました
清水さんの「明日の自分は自分の目で確かめたい」というメッセージと同じなのだと
自分を信じ 自分のベストを尽くすこと
それで良いしそれしかないのだと清水さんの返信の言葉で理解しました
清水さんと接してから 清水さんの風貌通りの強さを度々感じさせて貰うのですが マイクには中々真似できないパワーを感じます
それでも そうあるべきと言うことは清水さんの言葉を何度もお聞きしていて できるだけに近付きたいと思っています

しかし元々闘争より逃走を選択するタイプです
これから生き地獄に近付いても自分を信じベストを尽くせるか 自信持っては・・・

自分の明日は自分の目で確かめたい

清水哲男写真展「虹の旗」@八文字屋、京都市

マイクさん

写真展にお運びいただきまして、ほんとうにありがとうございました。他の誰に見ていただくよりうれしかったです。そうして不思議なことを感じました。

今までずっと〈正確な意思の疎通〉などということを思いながら、人と話をし、文章を書いてきましたが、実はそんなことどうでもいいことなんじゃないかと思いはじめているのです。
どんなに思いを尽くしても、言葉を選んでも、伝わらないことは伝わらないし、その逆に言葉なんてなくても思いを共有することもできるんじゃないかと。ときによっては言葉が邪魔なときもあるんじゃないかと。そんなことを思うようになったのです。

実際マイクさんとの会話は、おおよそ曖昧な感じで、そう、写真展の会場での会話でも、曖昧なやり取りに終始しましたが、なんだか思いはちゃんと伝わっているように感じられました。それは受け取る側の聞き取る力だと言ってしまえばそれまでですが、たとえ聞き取れる言葉が3分の1であったとしても、それですべてが推しはかれるような思いを共有していることが大切なんだと思います。

それがたとえ〈はい〉〈いいえ〉の一言のやりとりだとしても、その背景にある数百、数千、数万の言葉をすべて含んだやりとりができるはずです。そう思うと閉じ込め症候群=生き地獄などという状況は恐れるに足りないのではないかと、ついつい楽観的になってしまいます。たった一言のやりとりですべての思いが伝えられるように、受け取れるようにちゃんと準備をしておけばいいだけのことじゃないかと、そんなことを考えています。

この3週間ほどの間に、ぼくはマイクさんと3度顔を突き合わせて話をさせてもらいました。誤解を恐れず言うと、言葉の明瞭度という意味では絶望的な気分になりました。だって、現状から改善されるはずはないのですから。でも、意味の明瞭度を考えると、ぼくは一言一句を選びながら伝えようとするマイクさんの言葉、身振り、手振りに、伝えたいという強い意志を感じました。だから少々の行き違いはあっても、最後はちゃんとわかりあえるんだという確信を持てました。

文字盤を前にして 清水哲男写真展「虹の旗」@八文字屋、京都市

もっとたくさんのことをお話ししたいのですが、想いが先走ってうまく言葉にできません。ごめんなさい。

ところでぼくの前立腺がんですが、年明け1月16日から治療が始まることになりました。3月11日まで、土日祝日を除く毎日続けられます。どういう状態になるのか予想もできません。でも前に進むしかないと思っています。まだまだやりたいこともたくさんあります。そのためには1日でも長く生きて、1日でも元気に仕事をしなければなりません。そのために、どんな辛い治療でも受けようと思っています。ぼくに今できることは、明日を迎えるために最善を尽くすことだと思っています。頑張るなどという言葉が適当なのかどうかはわかりません。ただ、自分の明日は自分の目で確かめたい。その一心なのです。

在宅療養は相当しんどい

12/29のえんじょいデス生前葬vol.2の公演と忘年会が1週間先になったのに KDEの日曜稽古12/22は稽古はお休みでした
vol.1の時もマイクには 殆ど段取りを知らせず 当日サプライズでした
今回もマイクに体の負担を掛けさせないように配慮しての事なのです

さて12/20から1/8までの退院が始まり 胃瘻で食事で楽ができるのかと思いきや 食事に時間が掛かり 在宅治療の大変さを知ってしまいました
12/18の誕生日は病院でボーッとして見ましたが 在宅では介護する方もされる方も相当疲れるのです
これからの正月休みでも相当疲れそうです

そうとは言え今日は昔のジム仲間からの招待で吉本@祇園花月を楽しんで来ました
特に新喜劇が好きで その中でも毎週火曜日が初演になるので 台詞間違いとあどりぶがあったりで面白いのです

新喜劇のワンパターンたるところに面白味があるのです
まるで免疫力アップを感じられる程笑えるのです
ALSに免疫力が効き目あるか定かではありません
ALS患者は癌にならないとサイトで見つけたことがあります
ALSは進行性の病で 癌のようには免疫力に期待できないと思います
それならどうして癌にならないのか?
考えても無駄な気がします
今日もまたこれくらいに

エンジョイぼでいピアス/正月休みです

胃瘻造設後の病院での注入に慣れ 今度は在宅での療養を19日間するべく一昨日に1月8日までの短い退院をしました
と言うより12/29の生前葬vol.2の為でもあり 正月休みでもあるのです

退院の直ぐ後に 清水さんの写真個展最終日なので「八文字屋」に顔をだしました
「虹の旗 原発のある風景」が語る あるがままの作品から清水さんの人生哲学を味わう時間を感じました

昨日は朝から投薬を全て注入にしました
家内はビクビクの様子でしたが 先ず先ずの出来で一先ず安心
薬より流動食の注入も慣れないといけないのですが 慌てない事に

それよりマイク自信が一人でやれるようにしないといけない酒の注入ですが 慌てず騒がずそうっとトライして見ます

今朝のラジオで次の本を紹介していた
「人生で大切なことは泥酔に学んだ」栗下直也 左右社(2019/6/30)

登場する偉人たち
太宰治・福澤諭吉・原節子・三船敏郎・小島武夫・梶原一騎・横溝正史・平塚らいてう・河上徹太郎・小林秀雄・永淵洋三・白壁王・源頼朝・藤原冬嗣・力道山・大伴旅人・中原中也・梶井基次郎・辻潤・黒田清隆・米内光政・古田晁・泉山三六・藤沢秀行・梅崎春生・葛西善蔵・藤原敏男
酔いがまわって師匠の妻を全裸で通せんぼ
日本開国の父・福澤諭吉
泥酔し大砲で住民を誤射、妻斬り殺しの容疑までかかる
第2代内閣総理大臣・黒田清隆
ウィスキーを呑みながら日本刀で素振り
世界のミフネ・三船敏郎
家に石を投げられても飲酒をやめなかった
女性解放運動の先駆者・平塚らいてう
無銭飲食で親友檀一雄を置き去り、おかげで『走れメロス』を書いた
天下のナルシスト・太宰治

経口では誤嚥しやすく とても泥酔できるほど呑めなくなってしまっています
胃瘻からでは簡単に注入できるのではと思いますが慎重に少しずつ増やそうと思っています
ボデイピアスに期待を掛けています

満79歳とは?ボーッと生きてんじゃないよ!!

今日はマイクの誕生日で 祝いのお言葉を沢山頂きました
無理せずお元気にとのお気遣いも添えて

日頃から生きているだけで素晴らしいとは思いたくない そんなマイクなのに 今日の誕生日だけは素直な気持ちでボーッと過ごして見ることに

79年の人生の積み重ねを振り返る積もりもないのに また大したことも出来ずに生きながらえて来ただけなのに これまでの人生に充分に 79年なりの「厚み」を感じます
厚みは時間軸なのでしょう
平均寿命にあと1〜2年足りないのに 充分満足してしまいます
しかし「重み」については余り拘る気持ちがありません
重みは人生の中身の質・比重なのです
済んでしまった自分の人生を反省するなど今日はしたくないから?自信もないからでしょうか?

マイクは実は人生の反省を既に結構済ませているのです
定年の2001年に立ち上げたマイクスタンディングのHPには サラリーマン人生を反省し批判することをライフワークと思い込み 書き続けてきました
安楽自死をブログで考える前からのマイクの人生論です
オープンマインドの思考で ユートピアを探し続けています
ボランティア論やエコロジー論とかアート論にも及んでいます
(このHPはVistaバージョンで作っていて 7、8、10では画像が現れず 悲しいかな面白くないままで残念ですが)
http://mike12.web.fc2.com/top1.htm
安楽自死はその中でもブログとして時間を掛けて構築したものです

HPの原点は 自分を含めて現役時代のサラリーマン精神を批判すところにあります
ここでも何度かお話ししていますが 日本人がビジネスマンでなく自己中サラリーマンでしかないことを批判するマイクなのです
加えてマイク自身が現役で花を咲かせたとも言えなかったことを懺悔したかったのです
その懺悔はこの書簡で辞世の句としてお話ししています

一ヶ月前には遺影と辞世の句を準備

HPの方が詳しく載せています
http://mike12.web.fc2.com/gedatsu.htm

取り留めのないことをまたまた続けてしまいました
たまにはボーッとした方がと思いながら ツイツイマイクはマイクでしか

バトルで成長をしたいのです

「しみてつxながやん妄想ラジオ」で 清水さんのビールのお替りの速いピッチ(音) がラジオでは伝わらないのが一寸寂しい?
三角書簡のアイデア提案がありましたね
マイクがこの往復書簡で一寸寂しいのは コメントが殆どないこと
折角の妄想には バトルの場があれば盛り上がりますし 予期せぬ発想や妄想の迷走を振り返ったりにもなります

12/29予定の 生前葬vol.2では食べられない呑めないマイクは来場者を「連れ込み部屋」に引き連れ もう1/3しか通じないかも知れなくても 文字盤活用でマイクの気持ちを発散したいと思っていますし 皆さんからのご支援とご叱責を沢山掴みたいのです

これからどんな症状の進展があっても多分へこたれる様なことはないと思います
それ以上にここまで皆さんから見守られているマイクが 下手に見っともない格好はできません
マイクがプライドを持って見守ってもらえるには まだまだ皆さんからのご意見を聞いておきたいのです

マイクの安楽自死については まだマイク自身で現実味を掴めていないでいます
ALSの最期の修羅場を未だ想像できていないマイクですが それまでには 神からの天命を果たすべく しかも生き地獄とはこんなものかと知ることもなく 神に見て貰えるような安楽自死(紛いでもいいのです)したいものです

マイクさんを真ん中に

マイクさん

京都にいるのにバタバタして、なかなか返信に手をつけられません。ごめんなさい。
で、今日はいつも鹿児島から配信している「しみてつ×ながやん妄想ラジオ」の京都ロケ版を、この往復書簡の読者のみなさんにもご覧いただきたいと思います(手抜きですが……)。

この回はマイクさんを病室に訪ねた直後に収録したもので、マイクさんとのやりとりを真ん中に置いて、コミュニケーションのことやそれに関するテクノロジーのこと、さらにはマイクさんの心の奥底にあるであろうもののことなどをお酒を飲みながら話しました。ちょっと失礼な話もあるかもしれませんが、そこはご勘弁を。

1年前を振り返る

今日は20日の退院と正月明けの8日に再入院を主治医に了解を得ました
ところが家に帰っても 折角の胃瘻注入を誰がするかで不安が残っているのです
家内は先週二回練習させられましたが未だ覚束無く 今日また指導を受けて何とか合格?を 看護師に頼んで 主治医に報告して貰いOKとなりました

今日もグズグズと何をするともない過ごし方でした
今日3時に事務次官の長男殺人の判決があった
このことを考えたいのですがやめておきます
そこでマイクの先の正月をマイクスタンディングのHPで顧みることにします

それで直ぐに気がついたことは 去年の12/4から27まで 書き込みが飛んでいるのです
それ以降12/28からは 正月から2月の検査入院まで毎日のようにALSを覚悟して(死をチャンスに)のカテゴリーとして書き込んでいます
去年の12月の心境がさせた空白なのです

去年の11/10までは(最善の死とは)のカテゴリーで まだ死を他人事のように臆見しているマイクです?
そして11/11から(死をチャスに)とし 自分のことのように意識し始めることに?
それが突然12/4以降は 進行性の難病を自分のことと理解し 自分の心の中にしまっていました
家族には言わずに
正月にはいつものように飲んだくれの振りで通しました

振り返って見ると自分のことを客観的なクール人間に見えたり色々思うことが湧く
今夜もこのことをここでやめておく方がよさそです

https://sky.ap.teacup.com/jishi/
で 左枠の記事カテゴリー の(死をチャンスに)から覗いてください