元農林次官が息子を殺人の初公判

昨日は清水さんと鹿児島からお二人が 南日本ラヂオ放送@京都収録の前に病院に見えられ マイクの事情や様子を2時間以上お話しさせて貰いました
6/29の生前葬の頃は テレビ取材ばかりでなく3時間ほど喋りまくっても疲れることもなく また呂律が回らず分かり難いとは言え我慢して聞いて頂きました
ところが昨日は久しぶりに長時間話すことになったのですが
1/3くらいしか理解してもらえなかったのです
しかも文字盤を使ってです

12/29の生前葬のvol.2では「マイクの連れ込み部屋」を特設し そこでvol.1では3時間喋りたかったのに3分の持ち時間しかなかったことを今度は配慮して貰ったのです
だけどあの時とは1/3しか理解してもらえず 3倍の時間が掛かりそうです

今日は点滴と胃瘻注入だけでダラダラとした時間でしたので何を書こうか考えることもなかった
今日のニュースでは6/1に川崎の拡大自殺事件に触発されて引篭り息子を殺した事件の初公判のことを語っていた
それでその事を6/5に投稿しようとした下書きが残っているので それで済まさせてください

「川崎の拡大自殺の報道が 上級国民エリートを刺激し息子の殺人にまで拡大して 61万の中高年引き篭もりを持つ多くの親の心配にまで拡大していると報道している

バブルで傲った親と 就職氷河期で引き篭もった息子の家庭内格差が 愚息を更に自己中に育み 家庭内に憤懣を爆発させるか 世間に向かうかは本人の自己分析能力にもよるが 気紛れに近い
気紛れも被害者意識を個人に向ければ恨みになり 不特定多数に向ければ破れかぶれの不特定無差別心中になるが これを拡大自殺と言ったのは 片田珠美だろうか

「拡大自殺 大量殺人・自爆テロ・無理心中 」片田珠美 角川選書(2017/8/26)
相模原事件をも

「無差別殺人の精神分析」片田珠美 新潮選書(2009/5/1)
六つの共通する要因が浮かび上がると言う

これは世間を騒がせた事件がエリートを刺激し 愚息殺人を模倣し兼ねないが 模倣犯(コピーキャット)とも区別される

死刑を求めて無関係な他者の(大量)殺人を犯す場合は、間接自殺(suicide by cop)と呼ばれ、区別される

ウイキペディアの定義5項目の気になる1つ
4) 自己中心的な動機でなく、利他的な、あるいは偽利他的な動機から犠牲者を道連れにしようとしていること
マイクは安楽自死支援施設を作って 道連れ 集団自殺を扇動する?」

下書きはここまでで終わっている
その後は世間で8050問題とか言われていて 80歳の親と50歳の引篭の息子の問題を意味していて 7040でもあり61万人の問題に広がっています
最近は児童虐待にも考えさせられているのです

と言うことだけにして終わりにします

平成最後令和の最初いいことありそう?

12/6(金)に清水さんは八文字屋での個展(12/20まで)に山田さんと設営が終わって 山田さんが鹿児島まで帰られる前にお二人で病院に来て頂きました
このブログの立ち上げや運営管理にお世話になっている大事な方です
何時もはFBで焼酎とそのあて(肴)の写真でどんな人か想像していました
しかし大柄で洗練したご本人には鹿児島の匂いがしませんいい男でした

今日からまた2週間の点滴が始まり その後は元旦挟んで2〜3週を退院にしようかと思っています

一昨日は我が家は稽古日なので帰ると邪魔なので 薬も三食も胃瘻を使い病院で済ましてから遅くに自宅へ
昨日はKDEの稽古はなく 家での食事3食と戦うだけの1日でしたが 相当疲れるのです

その昨日は「クリエイティブアウォード関西2019」の授賞式でした
KDE代表マヤちゃんが応募してまた当日プレゼンと合わせて グランプリと当日特別賞を合わせて頂くという快挙があったのです

クリエイティブアウォード関西(CA関西)は2013年度から毎年『つながりの力で関西圏の創造力を可視化する』を目的として広くエントリーを募集し、その中から毎回その年の重点テーマを設定した上で「その年のベストクリエイティブ」な活動を審査及び投票により決定、表彰する『公募アウォード』という形で『元気を送り続けている』プロジェクト。

このプロジェクトは何かしらの『表現活動』を始める事自体は容易になってきている現在、それぞれの活動を『相互理解する機会が足りなくなっているのではないか?』また、カテゴライズ化により分断され、かえって『分野を横断した活動を評価する機会が少ないのではないか?』といった課題を共有する有志一同により2013年からスタートした非営利プロジェクトです。

何かしらクリエイティブな活動を『始めようとしている』または既に『始めている』個人や団体、拠点やプロジェクトの更なる飛躍の一助となる事を目指し、そしてそれが関西圏の創造力を全国に発信する機会の一つに繋がる事を目指して、毎年継続して開催しています。

凄いことなのです
プレゼン審査に生前葬の実績もあったと思いますが 代表マヤちゃんの努力と執念 そして何よりKDEの皆んなのワンチームがあったことが評価されたと思います

平成の終わりは天災や事件の絶えないこの頃ですが 令和に清く美しい先駆けが訪れたのだと嬉しく思います

充分福祉国家であっても当事者だけが知る

今日は最近身障者手帳を取得したことを報告します
介護保険は今年初めに要支援2でしたが要介護1級に更新されています
自分では手足の不自由より構音と嚥下障害で身障者の自覚しているのですが 手帳も介護も下半身の障害を優先して判定しているのです
介護の方は1級では受けられる介護と時間に制約があって充分ではない?
実は入院が続いているので退院中にまだ数えるほどしか 利用していないのです
手帳の方もまだ利用実績がありません
手帳も1級など無理と言われていたのですが 行政からコミュニケーションツールを借りるのに手帳は無いよりあった方がいいと言われ申請しました
申請主義と言うのでしょうかなったものでないと然も教えられないと初めてのことで分からない事ばかり

社会福祉とはこんなに豊かなものであることをもっと国民に周知させないと勿体無い
弱者に向けて公費を無駄使いと捉えかねないのでか 隠蔽するべくもない それより広報が不十分

今 向かいのベッドで 考えないで見るだけにと決めた若い患者が 肺炎で苦しんでいてまだ治療中です
このままだと呼吸能力低く 危ないと話している両親が人工呼吸器を造設するか本人に確認している
以前はしないに丸を付けたが それで良いのかと
看護師は記録を残すべきと察知し担当医を呼ぶ
担当医は肺炎を治してからで  まだ聞く段階でないと

どうも立ち入るべきではないので今日もここまで
隣の隣の部屋から大声の喚きが何時もながらする
本人より親御さんの辛さ・・・

75歳超医療費2割負担の意味する所

1週間前の新聞1面トップに「政府、引き上げ検討」とあった
色々ある保険も 75歳以上の人(1800万人)全員が後期高齢者医療制度に移っている
その後期高齢者の窓口負担は原則1割(年収370万円以上は3割)を2割にすると言うものです

その後期高齢者医療費は16兆円に膨らんでいるのに その保険料は1割でしかなく 公費で5割 残りの費用の4割が現役の保険料から賄っている

団塊世代が2022年から75歳になり更に医療費が膨らむことと 世代間公平を考えての策である
それで2022年から 75歳になる人を2割にする 又は一斉に2割にするか検討すると言う

75以上の保険料は年7万とか
マイクは事情あって45万である
(厚生年金と 退職金を積み増しした企業年金とで現役並み扱いに)
しかも家内は75歳から扶養者扱い(それまで保険料は0)でなくなり個別に8万払いに
更に家内まで負担は3割(弱い者いじめ)(75から家内の分増える)

この事はマイクの天罰と受け止め ALSだけでない九重苦の一つとしてお話ししています4/13

マイクのALSは天罰でもあり天命でも


(去年の12月と言うタイミングに 企業年金18年が切れ 今年から0なのです
企業年金は退職金を全て積み増したもので そのため現役並収入として18年間高い健保・住民税で150万払ってきたのはいいとしても 企業年金0になった今年1月から前年度の現役並みのまま来年8月まで続くのです
高齢健保負担3割負担も)(介護保険も高くしかも3割負担)

2013年に 麻生副総理財務大臣に老人はさっさと死んでくれと言わせた財政難
その状況は確実に厳しくなっているのに1割を2割にするだけでの政策しかない
マイクは来年8月までの高齢者負担3割は精神的にかなり不満があって 事実病院通いを我慢しました
保険料を1割の人より数倍高く払っているのに治療費まで高いのは不公平としか思えないのです
降圧剤を1/3に飲み控えていたくらい精神的な辛さがあります

取れるところから取るのを納得して数倍高い保険料を納めてきました
しかし同じ治療をして3倍も高い支払いには納得できません
治療を受けるのを控えるしかないのです
高い保険料を払ってあるのに高い治療費は差別の差別?

窓口負担を1割から2割にするこの施作で 16兆の1割しか保険料補填になっていないのが2倍になるのでしょうか
多分1800万人x7万円(1.26兆) の保険料は変わらず q窓口増収効果とみたらいいのでしょうか
定量的な解説をして欲しいと思いました
3割のマイクが我慢するような精神的な抑制効果を期待するなら 1割から2割に倍増でなくチョットで良いのです
マイクが考えるメタボ策は 体重税です
60キロの人に60円課税します
これだけで人は競い合うと妄想します

それとこの75歳と言う区切りはマイクに思い出させる数字なのです
9/15 こんな現実を無責任に見過ごしたくない

こんな現実を無責任に見過ごしたくない


新潮45 11月号 特別寄稿「医学の勝利が国家を滅ぼす」臨床医 里見清一

『七十歳死亡法案、可決』垣谷美雨 幻冬舎

など気になる提言や小説を紹介しています
このような長寿否定が次第に公然と言われている
理想で見つめる清水さんは徹底的な否定をされていて それをマイクが正論として受け入れようとしますが 直ぐに現実社会を見てしまうのです
もっともっと修行が足りないマイクです

追記;向かいのベッドの若い彼は痰唾を取るために喉に穴を開けている
今看護師が吸引しているがどう見ても痛がっている
看護師は涼しい顔にしか見えない
マイクは口から唾を自分で吸引している(左手が使えるから看護師にして貰うより痛くないのです)
生き地獄とまでは行っていないと思うが 見るだけにしておかないと

ボーッとしてるだけでは悔いが残る

流石の清水さんの もがき苦しみ抜くと言う選択肢は ここでもお聞きした清水さんの親父さんの最期の壮絶なお話を思い出させます
信念を通すDNAがお二人に繋がって存在するのが見える様です

マイクはだらし無くも 先の11/30に白状した様に マイクの生き方が諦観と闘争に揺れ動き 苦しみの都合に合わせ楽な方を選択してしまいます
何しろ生き地獄なんて初めての経験なのですから 信念なんぞ 元より持ち合わせず その場凌ぎの信念で悩み惑うしかあり得ません
でも 第二関門まではまだまだです?

今マイクが悩んでいるのは 生きると死の両方について目標となりうる生き甲斐/死に甲斐を掴んで 余命をエンジョイしたいと言いながら 一向に実践の動きがありません
危機一髪のあの頃の勢いが ただの見栄きりでしかなかったのではと反省するばかりです

昨日もベッド生活が板についたと話しました
8ヶ月もの入院生活に慣れきって介護地獄や転院地獄もどこかへ飛んでしまい 生き地獄は未だ未だだとすれば 土日毎週の帰宅と 安全快適な入院生活に慣れ切っていて 面倒なことを無理せずと思ってしまうのです
何もしないでベッドに横たわるだけではと自問するものの 胃瘻造設の後は時間的な余裕が減って少々くたばっています
これまで通りミキサー食を口から30分以上掛けて3食摂り 加えて胃瘻からは食前食後に薬を注入し 朝夕に流動栄養パック250ccを30分以上掛けて注入します
食べる時間が増え相当疲れ感がありベッドに直ぐ伏せるのです
ボーッとしてしまうのです

さて再入院の後この病室の患者はスッカリ変わり出入りも激しい
そして今35歳くらいの神経型ベーチェット病患者が向かいのベッドに入院された
気管切開はしているが微かな声がやっと聴こえる
(カニューレと言うタンツバ吸引のための物)
前にも隣のベッドにいた若者と変わらず意思疎通大変で 手足も全く機能していません
もう一度今度の彼の身になって考えるべきか迷います
(神経型ベーチェットだとのこと)

ベーチェットがこんなきついものとは?
実はマイクの母親が30年前数年間苦労した病ですが 同居の兄が全て世話をし マイクは離れていて何も出来なかった(しなかった)
長兄の兄には両親の世話を全部やって貰うばかりで マイクの親不孝と兄への甘えに天罰下ったと自覚しているのです

今向かいのベッドで父親が息子が何を考えてか笑っているのを見て そんなエッチなこと考えんほうがいいと言う
流石と言うより不思議な父・息子のコミュニケーション能力です
彼の気持ちを考える時 親の気持ちを抜きに考える訳にはいかないのです
マイクには無理です
ボーッと考えず見るだけにします

もがき苦しみ抜くという生き方

マイクさん

生きるための胃瘻、延命のための胃瘻。このことをずっと考えています。胃瘻のことというか、多分生きるため、延命のためということかな。生きるため、延命のためと言うと、そのことだけが目的みたいになっちゃって、なんだかとても執着心の塊のような感じになっちゃいますね。それはきっと、

〈ここの入院患者に胃瘻の方は多くいます。お年寄りばかりで延命を望まれた方ばかりでしょう。確かにベッドから自立している方には見ません。ベッドに伏せたままの人しか見ていません〉

という風景もそのイメージを強めるひとつの要素になっているような気がします。でも、とぼくは考えてしまいます。生きるため、命の期間を延ばすため、というその向こうに何があるのかと。ただただ生きることだけを目的にするというのは、なんとなく違うなと思うのです。

前にマイクさんは、国外で安楽死を選択したアスリートの話をされていましたね。苦痛に耐えながら、それでも生きていた。そこにはアスリートとしてやり遂げたい、やり遂げなければならない人生の目標、生きるための目的があったのでしょうね。それをやり遂げたら、苦痛に耐えてまで生きている必要がなくなった。だから自ら進んで。その胸の内に分け入ってみると、ひょっとするととても晴れやかな気分だったかもしれないとさへ思います。

なんだろう……。自分でも自分が何を考えているのかよくわかりません。〈生きること〉と〈生かされること〉の違いというか、その意志の問題というか、なんだかフラフラしてしまいます。その〈なんのために生きるか〉という目的、ぼくにはやり遂げたい、やり遂げなければならないミッションというやつがはっきりしていないんでしょうね。でもそれがはっきりしないからといって、見つからないからといって、生きることを諦めるなどということはできないのです。生きることにしがみついているといってもいいかもしれないなと自嘲したりもします。

〈捨てきれない荷物の重さまえうしろ〉 山頭火
〈某とかやいひし世捨人の「この世のほだし持たらぬ身に、ただ、空の名残のみぞ惜しき」と言ひしこそ、まことに、さも覚えぬべけれ〉 兼好法師

生きることへの執着をいかに捨てるかともがき苦しんできた歴史があります。ぼくはこの〈もがき苦しむこと〉を生きる目的にしてもいいのかなと思ったりもしています。安楽死を選択したアスリートのように、人生やり遂げた感に満ちて最後の選択をできる人って、そんなにいないような気がします。みんなもがき苦しんでいる。変な言い方をしますが、だったらもがき苦しみ抜くというのもひとつの生き方かもしれないなと思うのです。

目的の見えない生……。そういう生を生きるものとして、胃瘻を増設することも、気管切開をして人工呼吸器を着けることも、断固支持したいと思います。打ち倒されても、ギリギリで立ち上がりふたたびファイティングポーズをとる。そんな生き方をぼくもしたいと思っています。

どんな姿になっても長生きしますよ、ぼくは。

ベッド生活板につく

あっと言う間に師走に
看護師が廊下を走る
あっと言う間に進む
構音・嚥下障害が
それでも第一関門を潜った
こんなものかと平気の平左
誤嚥・窒息万全の処置?
既に未練なしの食欲に
ペットフードに+ビタミンC
筋力サプリも筋トレも
やっても無用だとは残酷な
それでも進む右手指萎縮
大事を知る利き手の指の繊細さ
自立生活アチコチままならず
ベッド生活板につく
このまま迎える第二関門?
いつの日にか呼吸能力低下
想像もつかない苦痛?
それともCO2で朦朧とも
その時の一大事そして選択
気管切開は大仕事・激変
いつの日にか必ず来る
待ちに待った人生初体験
生き地獄か天国か
多くの人に精神的延命力
何度も頂いての今なのです

人間フードと言うのがあるのです

必要以上の絶食?で体重減には確かに悩まされ そのことを何度もお話ししました
胃瘻造設とは10分で済む様なもので ALSにとって第一関門とはこれ位のものかと安易に思っていたのです
所がいざ使う段になって結構面倒臭いものと分かりました
4〜5kgの減量をリカバーするカロリーを経口流動食缶エンシュア250cc375calで摂ろうとすると 1日5缶も飲まなければならず 誤嚥しない様トロミを付けゆっくり注意深く ひと缶30分以上掛けて飲まないといけないのですが それを胃瘻から注入しても変わらないか それ以上に時間が掛かるのを知ったのです
そに加え胃瘻のボタン(蓋)を開けカテーテルを繋ぎ 点滴スタンドに吊るしての準備と 缶と同じ容量のパックから注入に30〜60分掛かるのです
終わりにシリンダーで白湯を通してボタンを閉め カテーテルとシリンダーは再使用のため煮沸消毒保管します
これを1日5回も繰り返す
1週間に2度の透析に比べ この時間を毎日することに?
更にマイクはアルコールの注入を工夫しなければ胃瘻造設の意味がない
家族がどこまでやってくれるかも不安があります
自分でやれるだけやるにしても相当面倒で疲れそうです
看護師に聞くと 胃瘻はお年寄りばかりで自分でされる方はいませんとのことです

この話から延命拒否で胃瘻を拒否して尊厳死される方はどんな状態なのかを妄想してみましたが思い浮かびません
ここの入院患者に 胃瘻の方は多くいます
お年寄りばかりで延命を望まれた方ばかりでしょう
確かにベッドから自立している方には見ません
ベッドに伏せたままの人しか見ていません

マイクには今月12/29 生前葬vol.2の計画があります
胃瘻が延命処置と言われている程の大袈裟なものとは考えずやってしまい パフォーマンスまでは嚥下窒息を避ける為には必要と感じての処置だったのです?
体重を取り戻しパワーをつけねば

諦めたり闘ったり両方が人生に

10分ほどのPEG造設手術のために 昨日まで2週間の新築病院に転院し 無事かどうか?まだボデイピアスの痛みが残り また抜糸が残ったままで元の病院に昨日戻ってきました
4月からの長期療養で住みなれたこの病院に戻り 一昨日は特記するほどの病院間の違いはないと書きましたが 戻ってから看護師の違いがとてもあるのだと気が付きました
先方はデジタルでこちらはアナログな看護師と言っていいくらいなのです
患者管理は腕バンドのQRコードを読み取り本人確認するのはいいのですが 患者の顔色とか顔を見ないで機械的に薬の投与の本人確認するのです
こちらでは造設ピアスをしっかり見届け まだ痛そうなピアス周りを綺麗に拭いてくれたり 流動栄養を注入するにもPEGのキャップ開け閉めを痛くないように慎重丁寧にやって貰う
仕事としての仕事と 看護師としての仕事 それくらいにハッキリした違いがあるのです

向こうでは注入の仕方を指導されていないので自分一人では未だしたことがありません
肋骨の一番下にあるので自分では見られないのです
使い方は結構面倒で しかも点滴ポールの流動栄養パック250ccエンシュア375カロリーを点滴と同じ細いカテーテルで注入するのです
向こうでは慎重に2時間掛けて 早くしても1時間でした
1日5本1875カロリー入れるとなると 5時間も まるで透析だと気づくのです
それと食前食後就眠前の薬を毎回潰して水に溶かしピアスの蓋を開け注入シリンダーで入れます
その度にまだ馴染んでいない所為か ピアスの周りが痛むのです
でもそれ以上にこれを果たしてボディピアスと言っていいのか 見すぼらしさに少々ガッカリしているのです
イミテーションダイヤの一つや二つを貼り付けたいものです

それと こちらに戻って看護師からお帰りなさいと言われて違和感が全くありませんでした
そのことともう一つ 向こうではマイクの様な構音障害の患者に慣れていないので 文字盤なくては看護師に伝わらなかったのですが ここでは一桁違いほどの差があります
スッカリ違和感なく元の療養生活に戻りました

さて それでもコミニュケーションのし辛さは 実に精神的に辛い物です
言いたいことがまだあるのに途中でやめてしまう事が確実に多くなりました
清水さんから諦めないでとお言葉は嬉しいのですが 面倒臭がりのマイクになってしまいます
闘うより逃げる方になり易いマイクなのですが 大事なこと肝心な事までは譲りません
そんな気持ちを 「私の諦観道」としてHPにマイクの生き方を語っています
http://mike12.web.fc2.com/teikan.htm
闘うマイクも語っています
「私の罪滅ぼし 闘う老人道」に諦めないマイクを
http://mike12.web.fc2.com/tousou.htm

今晩は土日外泊で今から自宅へ
胃ろうは自分ではまだ無理なのでアルコールは口からですが注意してトライしますし 胃瘻想定してのスタイルを考えながら

ええ、諦めません

マイクさん

〈10月頃から文字盤なしでは伝わらないのです。でも喋りたい。踊りたい〉

ぼくはこのひと言に心を鷲掴みにされました。そうですよね。文字盤を使って伝えることができても、やっぱり喋りたいですよね、語りたいですよね。身体が動かしづらくなっても、踊りたいですよね。それが難しくなって、人ってはじめて気がつくんですよね。だからぼくはまだマイクさんの辛さや、その裏返しの「したい」と言う熱い想いをほんとうの意味ではわかっていないと思いました。
そんな思いで、

〈准看護師かもの男の方が身体拭きに回ってくれるのですが、マイクの言葉が理解できず、マイクが手真似で話すのはいいのですが、彼まで喋るより手真似ばかりになって、二人とも聾唖者かのような会話風景になっています。彼の真剣さを見ると笑えてくるのですが、あなたは普通に話してと言いたいのですが簡単には伝わらないので諦めています〉

この行を読んでふふふと笑ってしまいましたが、そのあとハッとさせられました。彼は言葉の出ないマイクさんにほんとうの意味で寄り添おうとしているのじゃないかって。もっともっと、もっと話してって、自分も身体を使って表現しているんじゃないかって。「ボディ・ランゲージ」ですよね。身振り手振り顔の表情すべてが言葉になり、意思の表現になるのですね。音はなく静かだけど、熱い会話だなと思いました。

だからマイクさん、伝えることを諦めないでくださいね。何があろうと、伝えることを諦めないでください。

29日にもとの宇多野病院に戻られて、きっと歓迎の嵐だったんでしょうねえ。きっといっぱいの「お帰りなさい」を聞かれたことだと思います。病院にお帰りなさいだなんってって思う人もいるかもしれませんが、ぼくはそこがマイクさんの居場所の1つになっていることをいいことだと思っています。逆境を自分のものにする。逆境を楽しむ。それこそがスーパーALSだと思います。ぼくもスーパーがん患者になりたいと思っています。

〈「地域医療・介護確保法2014」に基づいて、医療費抑制のために打ち出した「地域医療構想」として ベッド数を減らすべく全国の公的1455病院の内、名指しで全国424非効率病院を公表したのです〉

これ、頭にきますね。人の命のことなんて、何も考えてない。国の予算の使い方にまで効率アップと収益アップを物差しにして……。でもそれが自分の暮らしている、生きている国の現実なのだと思うと、怒りを通り越して失望とか諦めとか、そんな思いになって、そんな思いになっている自分がまたいやになります。この国の人は、なんで怒らないんだろう。みんな平気なのかなぁ〜。

でもぼくは諦めませんよ。ずっと発信し続けたいと思います。ずっと怒り続けて、その怒りをずっと発信し続けたいと思います。ぼくやマイクさんのためはもちろんだけど、この国で生き続けたいと思うすべての人のためにも。ええ、諦めません。