対酌しましょう!

マイクさん

ぼくはいま、自分の口でものを食べ、酒を飲んでいるという、この当たり前のことがすごく幸せなことなんだと感じています。幸せなことであり、とても大切なこと。生きていくために必要欠くべからざることなんだと。いままでそんなこと微塵も思ったことありませんでした。

毎日、ただ口を開き、食べ物を放り込み、咀嚼し飲み込む。無意識の行動、行為。だから、つくってくれた人の思いを慮ったり、感謝したりなどという心の動きや豊かさを蓄積し、人生の豊かさにしていくのではなく、ただただあれはうまかった、これはもうひとつだなどという、どうでもいいようなことを口走り、それが豊かさだと錯覚していたような気がします。

〈元気な頃の対酌してた頃を思い出します〉

対酌、楽しかったですね。何を飲んでいるとか、何を食べているとかじゃなく、誰と向き合っているのかが、その楽しさの根っこにあると思います。たとえPEGからの注入でも、それが可能ならマイクさんとの対酌を楽しみにしたいと思います。一緒に飲みましょうよ。

痛みが早く取れるといいですね。PEGが早く身体の一部になって、自然になって、マイクさんが自分でお酒を注入している姿を思い浮かべて、ふふふと笑っています。そうすると、人工肛門を拒絶した自分は何なんだろうなって、ちょっと思ってしまいました。

ほんと、マイクさん、一緒に飲みましょうね! 対酌しましょう!

すべての思いを共有したい

マイクさん

胃瘻造設手術お疲れ様でした。気分はどうですか? ひょっとすると痛みがあって大変かもしれませんね。
ぼくの場合、いやがんの場合、進行しているにもかかわらず、痛みを伴わないというのが恐怖であり、不安でもあります。痛みというのは、身体がダメージを訴えてるんですよね。がんの進行にほぼ痛みを伴わないというのは、身体がダメージを感じてないということかな……。ですよね、きっと。「悪性新生物」などと言ってはみても、自分の細胞の一部なんですもんね。自分自身なんだ。だから痛みも感じない。異変は静かにひろがって、身体自身がダメージを訴えるようになると、状況はとんでもないことになっている。恐怖です。

バラの花1輪。マヤさんの心遣いうれしいですね。どんな状況にあっても、マイクさんをダンサーとして認め、受け入れようとする。すごいことだと思います。ぼくは胃瘻で栄養補強をしながらクローン病と向き合い、現役の競艇選手として活躍している人を知っています。マイクさんも胃瘻造設での傷が癒え、ちゃんと栄養補給ができ、体力が回復したら引き続きダンサーとして活躍できそうですね。楽しみにしています。

〈清水さんも 手術にするか放射線にするか抗癌剤やホルモンにするか。夫々の担当医の言い分の違いで迷わされてはいませんでしたか〉

たしかにそれはありました。前立腺がんの専門医は、ホルモン剤治療を主張しましたが、放射線医は放射線治療で十分と主張しました。その間を結構揺れましたし、悩みました。でも、放射線治療を受けると決めてからは迷いはありません。来年年明けからの治療開始で、がん発見から半年以上経過するわけですが、進行して手遅れにならないかと不安もなくはありませんでしたが、それまでPSAを測定してちゃんと観察しましょうという双方の医者の言葉で、今は安心もしています。やはりいちばんよくないのは〈不安〉だと思いました。わからないことに起因する恐怖と言い換えてもいいかもしれません。マイクさんが、自身の予後がどうなるのかわからないのが不安だと言っていたことを思い出します。

そう思うと、

〈生き地獄 介護地獄 転院地獄〉

の3つの地獄の中で、どれも経験したくはないけど、やはり〈生き地獄〉だけは避けたいなとぼくも思います。介護地獄、転院地獄については、いろんな人の状況を垣間見ることでなんとなく想像はできますが、〈生き地獄〉だけはどうにもこうにも想像も予測もすることができない、まったくの未知の状況です。怖いです。マイクさんの不安がどれほどのものか、もちろんわかるわけはないのですが、それを想像するだけで怖いです。

〈それよりもまずまずの楽しく生きていることを喜び過ごすことの方がいいのかも知れません〉

もちろんそうだと思います。今日生きていることを、まず喜びとする。そのことがいちばん大切だと思います。でももし恐怖や不安で押しつぶされそうになったら、そのままを伝えてください。どこまでできるかわかりませんが、自信はありませんが、どのような思いもひとつ残らず共有できたらと思います。共有したいと思います。

命の力を回復するため

マイクさん

〈今週のこの忍耐試練は過剰なリスク意識ではなかったのでは?〉

マイクさんの側に立った「忍耐試練」は実は、

〈3日前の朝食のミキサー食を酷く咽せ込んだのを看護師のカルテに書かれて、リハビリ療養士から問題視され、直ぐ絶食指示が医師から出て、その日の夕食から今朝まで2日半は点滴だけでした〉

という病院側のドタバタ劇だったんだなって、泰然自若としているマイクさんの姿が思い浮かんで、不謹慎ですが笑ってしまいました。〈過剰なリスク意識〉はいったいなんのためだったんだろうって。転院した病院では、胃ろう造設手術をする医師が、お腹減ってるでしょうからすぐに夕食にしましょうって、どんな形であれギリギリまで可能なことを追求するというのは大切なことだと思いました。

何かができなくなれば、それを何かで補うことができる。経口で食事ができなくなったら、胃ろうで食事する。それもできなくなれば点滴で栄養補給を……。それを延命というか、代替というか。確かに延命かもしれないけど、それこそ過剰なんじゃないかと思います。自立して、歩いて移動できなくなったら、車椅子で移動する。車が運転できる間は車で、自転車に乗れる間は自転車で。車椅子はちょっとねというなら、電動カーでって。移動手段なら、その代替を延命などとは言わないでしょうが、それだって同じことですよ。きっと。

何かができなくなれば、それを何かで補うことができるって言いましたけど、もうちょっと前向きな言い方に変えたいと思います。人は何かを失っても、その度に何かを得る。そうやって生きていくものだと。

ぼくの前立腺に再発したがん。前にもお話ししましたが、大腸がんを摘出した時の直腸の縫合部が前立腺と癒着しているので、手術の場合だと直腸も一緒にとらなければならず、人工肛門になる可能性が高いと。しかし、生きていくためにはがんを除去しなくてはならず……。人工肛門になったって生きていけるわけで、別に大きな問題ではないのですが、これから先まだまだアクティブに仕事を続けていくことを考えて、それを避け放射線治療を受けることにしました。

実はこれだって、放射線が縫合部にあたることで、なんらかの不具合が出るというリスクもあるわけですが、いずれにしてもがんの治療を避けて通れないのは明白です。何れにしてもリスクによって命が後退するというイメージがあるかもしれません。でも、ぼくは生きていくための選択だと思うし、がんによって後退を余儀なくされたぼくの命の力を回復するための選択だと思っています。

〈楽天と慎重の狭間〉

そういう意味では、ぼくもその狭間を揺れて生きているわけです。
あれができなくなったらこれ。これができなくなったらあれ。
そうやって命の力を回復していくのです。

ハードボイルドに! カッコウよく!

笑顔で手術室に入ったあの日。もう2年前だ……

マイクさん

〈たかがボデイピアスぐらいで〉

ちょっとニンマリしてしまいました。なんだかハードボイルドだなあって。フィリップ・マーロウでも現れそうですね。ボコッ! バキッ!て音が聞こえてきそうです。

そう思うと〈遣り過ぎ〉という言葉も、万全を期すという意味であっても、なんだか妙にハードボイルドに聞こえます。ぼくは自分の手術の前に執刀する若い医師にたずねました。1週間にどれほどの人数を切り刻むのかって。するとその医師はニタっと笑いながら、

「最近は切り刻むようなことはありませんよ。穴を開けて、そこからアームのようなものを突っ込んで……」

と、細かく説明してくれました。人数については「それなりの数を」と。患者に対しては合併症の恐怖、不安を煽って、それまでに口腔内のケアまでしろという割には、執刀する側は相手が変わるだけで、まあまあ日常なんだなと思いました。普通のことなんだと。じゃあ、こちらも必要以上に不安になることはないな。日常茶飯事の1コマにはまってりゃあいいんだと。

そんなことを思いながら読み進んで、

〈今朝から栄養剤点滴とラジカット点滴のルート(針)セットに6回も失敗。体重も昼には53kジャストに減っている。
なのに主治医は回診で、胃瘻の後は筋肉を沢山つけましょうと言う。ALS患者にそんなことできるのでした?〉

ここまできて、申し訳ないですが、プププププと噴いてしまいました。ハードボイルドというか、ブラックというか……。
こうなると、難しいかもしれませんが、不安かもしれませんが、すべて身を委ねてあるがまま、成るように成ると思うのがいいのかもしれませんね。

明日は明日の風が吹く

マイクさん。ハードボイルドに生きましょうよ。
カッコウよく生きましょうよ。

延命だと言われても

マイクさん

ほんとうに爽やかな季節になりましたね。とはいえ、鹿児島は1日に1年が詰まったような季節ですが。午前中は春、午後は夏、夕暮れから日没は秋、闇が降りている間は冬……、そんな感じです。朝夕は上着が必要ですが、日中はTシャツ1枚でも歩けそうな。

季節とは裏腹に、マイクさんは憂鬱な日々を過ごされているのではないかと、このブログを読みながら思っています。何をどう励ましても、目の前にある状況は変わらないのですから、言葉の持つ力の頼りなささを、言葉を使う者として痛切に感じています。とりわけ「頑張って」などという言葉の虚しさを。

今のぼくには、離れていても想いだけは共有したいし、しているつもりだとしか言えません。マイクさん、どうぞ生きてください。そう思いながら、気づいたことがあります。

「延命」

という言葉です。これって、本来ならここで終わりっていう命を、さらに延ばすってことですよね。じゃあこの「本来なら」って誰がどう決めるんでしょうねえ。私の命はここまでだと自分で決める!? あなたの命はここまでですと人に決められる!? どちらにしてもぼくにはとても違和感のある言葉です。

今のところ「死ぬ権利」はこの国では表立って認められていない。この延命措置を拒否するという緩やかな自死しか認められていないんですよね。自分で死ねない以上、この延命措置を受け入れるか拒否するかで、その後の苦痛、マイクさんの言う「生き地獄」を、回避できるかどうかが決まるということですね。それなら……。

とても乱暴なお願いをします。先に謝っておきます。すみません。
何かと言うと、その「生き地獄」ってやつがどんなものか、教えてくれませんか。もうしばらくすると、きっとコミュニケーションの方法が確立されるはずです。多くの研究者、エンジニアがその実現に必死になって取り組んでいます。はじめは会話をするようにコミュニケーションすることは無理でも、YES/NOからでも意思表示できるようになる日は近いと思います。

ぼくはマイクさんに気切が必要になる頃までに、マイクさんのそばでマイクさんのすべてを見られるような状況をつくりたいと思っています。「生き地獄」のような閉じ込めに風穴を開けるお手伝いができればいいなあと。それまで生きましょうよ。ぼくもそれまで頑張って生きたいと思っています。

おたがいに少しでも長生きしましょうよ。延命だと言われても。

じゃあ俺も頑張るかな

みづよさん

マイクさん

「他人の命の価値」を見つけようとしても、そんなこと無理なんじゃないかとぼくは思います。だって、これはぼくに限ったことですけど、自分の命の価値さへわからないのに、他人の命の価値なんてわかるわけないじゃないですか。他人の命の価値を理解しようというならまだしも、他人の命の価値を決めるなどということになると、それはとんでもないことにつながるのじゃないかな。ぼくなんかいちばんに言われちゃいそうです。

「あなたは生きている意味も価値もないから、早く死んじゃいなさい」

って。怖い怖い。そんなこと人に決められたくないし、人にも言いたくないし。人の言葉に左右されることなく、意味なんて、価値なんてわからなくても、自分で生きたいだけ生きたいと思います。もちろん死ぬ自由を担保した上での話ですが。

ちょっと前に脳性麻痺の画家の話をしましたが、今日は脳性麻痺のふつうのおばさんの話をしたいと思います。ふつうって変な言い方だけど……。だって障害を持ってるだけでふつうじゃない逆境を生きてるわけですからね。この場合のふつうていうのは、障害を持っていても画家として活躍している彼とは違うという意味です。毎日を淡々と生きているという意味くらいかな。

彼女の名はみづよさん。彼女も脳性麻痺で重度の身体障害と、60年以上向き合って生きてきました。生まれてずっとです。ようやく座れるくらいで、手も足も思い通りに動かせるわけではありません。ずっと車椅子で、ずっと人の手を借りて生きてきたのです。彼女も家族もずっと不老の連続だったと思います。ぼくらには、それがどんな苦労だったか、どれだけ辛かったかを想像することや同情することはできても、共感することはできないのではないかと思います。だってぼくらはそんな苦労を知らずに生きてきたのですから。

その彼女が10年ほど前急性骨髄性白血病だと診断されました。多くの人がなぜ彼女がと声を失いました。重度の障害を抱えた上に白血病に、と。しかし彼女は辛い治療に耐え白血病を克服したのです。その後再発することもなく、まわりのみんなが安心しかけた頃に、今度は乳がんが見つかりました。

「私も女だったぁ」

という彼女の冗談に、素直に笑えなかった自分を覚えています。しかし今度も彼女はがんに打ち勝ちました。今はとても元気に過ごしています。先だって久しぶりに顔を合わせて、おたがいの病気自慢をしたばかりです。ふたりともこうやってがんを繰り返して生きていくんだろうねって笑いながら。
ぼくははっきり感じています。彼女が生きていく意味、価値は、彼女の中にこそあるのだと。それは人の理解を超えているのだと。そうしてそのことが彼女の生きる力につながっているのだと。制度による保護を受け、大勢の人の手を借りて、病と闘いながら、障害と向き合いながら、ふつうに生きていく。不幸でも、悲劇でもない、ありのままの人生を、ありのままに生きていく。その姿の中に生きる意味があるのだとすれば、それはぼくらがちゃんと受け止めればいい。

〈若い障害者を見て、しかも他人の命の価値を見つけ出そうとしましたが、その思考の入り口にさえ辿りついていません〉

マイクさん
もっと単純でいいんじゃないでしょうか。ああ、頑張って生きているんだなって。じゃあ俺も頑張るかなって。
ぼくは安易すぎるでしょうか。

不遜に生きる

「かごしま酒場探訪」なる新企画をはじめました
マイクさん、鹿児島に来られませんか?
一緒に飲み歩きましょう

マイクさん

長く返信できずにすみません。ここしばらくのマイクさんの投稿を読んで、どんなふうに返信していいか、ちょっと悩んでいたんです。ひとつには雅子さんからマイクさんの様子を聞いて、嚥下障害がひどくなったり、言葉が出なくなったり、ああ、この間病院であった時よりもずいぶん症状も進行したんだなって、どう声をかけていいかわからないなって思ったこと。もうひとつは、

〈生きている価値や生き続ける価値まで定量化できるものならして見たいと思っているマイクですが、そんなこと考えるだけで不遜な人間だとは分かっているばかりに、妄想すらできません〉

という言葉に触れて、ぼくはぼく自身の〈人としての価値〉というものを考えてしまったのです。〈生きている価値や生き続ける価値〉と〈人としての価値〉はまったく違うなと思ったからです。〈人としての価値〉は死んでいなくなった後も残るんじゃないかと。じゃあ、ぼくはいったい何を残せるんだろうかと考え込んでしまいました。そんなことを考えるのはもっと不遜なのかもしれません。

たとえば40歳で安楽死ベルギーの車いすパラリンピック選手は、QOLと苦痛を考えた時〈QOL<苦痛〉という結論に立っただろうし、さらにはその間で可能な限り生きていくつかの生きた証を残せたと思ったんじゃないでしょうか。自分自身十分よくやった。よく生きたと。自分自身の〈人としての価値〉に納得したということなんでしょうね。他者からの評価ではなく、自身としての評価が明確になったとき、人は満足して死を選べるんだなって思いました。

ぼくはそこまでギリギリに生きているかと自問したとき、あまりにもちゃらんぽらん、いい加減な自分ばかりが目についちゃって自己嫌悪の泥沼にはまっちゃいました。で、マイクさんにも偉そうなことばかり言ってるなと。

でもひとつ思ったことは、何を思っても、何を言っても不遜になるなら、それでもいいかなって。あらためて、ぼくはこの往復書簡でマイクさんにいろんなことを教えてもらってるし、いろんなことを気づかせてもらってます。ここはとても大切な場所なんです。

誰にでも、これを失うと生きていけないという大切なものがあると思います。生き甲斐みたいなものかな。でもそれはそんなに簡単に見つかるものでもないなとも思います。ぼくは65年生きてきて、これがぼくの生き甲斐だと自信を持って言えるものはありません。でもマイクさんや、いろんな人との会話ややり取り、関係の中で、必ずそう言えるものを見つけ出したいと思っています。もちろん自分自身のために。

前立腺がんの治療は未だにはじまりません。年明け早々からの予定ですが、がんが見つかったのが6月。半年が経過することになります。ステージ2で見つかったがんが、その半年でどうなるのか不安がないと言えば嘘になります。でも医者が大丈夫だと言うので、それを信じてそれまでに自分にできることに全力を注ぎたいと思っています。12月には京都で写真展をやる予定でいます。並行して新刊の準備も進めています。さらに治療後の写真展の準備も進めています。臆病ながん患者ですが、忙しくすることで不安を蹴散らしたいと。

不遜ですが、マイクさんにお願いします。言葉が出なくなったら筆で、筆が持てなくなったら身振り手振りで、それもダメになったらあらゆる手段・テクノロジーを使って意思を表明してください。伝えることを諦めないでください。そのためにぼくに何ができるか、ぼくの仲間たちと何ができるか、話し合い試行錯誤を繰り返しています。

人からなんと言われようと、人がどう思おうと、ぼくはでかい顔をして不遜に生きていきます。自分の〈人としての価値〉を見つけるまでは。

ありのままに、全力で

東福光治さん

マイクさん

〈彼の様子を見ながら若者の患者とマイクのような年寄りの患者での生き続ける命の意味を考える機会を頂いたとの思いで〉の一節、ぼくもある人たちの生き様に触れて、同じようなことを考えていました。その前に〈豊かでもない人達が死を大げさに考える余裕がどこから生まれるのか〉の行でもちょっと考え込んでしまいました。とても素朴な疑問なのです。

死を大げさに考える余裕があるなら、なんで生をもっと大げさに考えないのだろうか、と。生きることを徹底的に考えた上で死を考えているのだろうか、と。

ぼくには重い障害と向き合いながら生きる友人が何人かいます。彼らの生き様をみながら思うのです。ぼくはちゃんと生きているだろうかと。そういう思いを持たせてくれる何人かの友人を、これから少しずつ紹介したいと思います。

東福光治さん(65歳)は重い脳性麻痺と向き合って生きてきました。自分の意思で動かすことができるのは左右の足だけです。が、立って歩くことはできません。車椅子を離れると座っていることすらできないのです。構音障害のために言葉を発することもできませんし、嚥下障害もあり普通の食事もままなりません。

彼は電動車いすのスティックを左足で操り自力で移動をし、音声発生器付きワープロのキーボードを足の指で入力し意思を伝えます。もっとも簡単なイエス・ノーの表明は、右足を高く上げるとイエス、上げなければノーと、そうやって65年を生きてきました。

いくつか、いやかなりの不自由を抱えながらも、ぼくとまったく同じ時間を生きてきたのです。ぼくとまったく同じ、酒が好きで、少々エッチで、冗談の好きなおじさんなのです。でも彼がぼくと違うところは、彼がれっきとした画家であるということです。これまでに鹿児島県県美展に何度も入選、入賞した経験を持ち、多くの尊敬を集める芸術家なのです。

彼がどのようにして絵を描くのかというと、自由のきく足に下駄を履き、特別な器具をつけてそこに絵筆をつけて絵を描くのです。はじめて県美展に入賞した時、審査にあたった審査員はその絵を純粋に評価しました。それどころか彼が重度の障害を持っていることなど知らされてはいなかったのです。後に審査にあたったは「東福さんの絵には生きる力と生きる喜びがあふれていると、誰もが感じたと思います。テクニックやうまさじゃない、ありのままの描きたいという思いが素直に表現されているんですよ」と話してくれました。

ぼくも彼の絵に秘められた力に惹きつけられたひとりです。鹿児島の出版社から出した本の表紙に彼の絵を使わせてもらい、何点かの挿画を描いてもらいました。その作業の合間に彼と話し合ったことは、今も忘れることができません。ぼくがつまらないことを聞いてしまったのです。

「もしあなたに障害がなかったら。あなたはどんな画家になっていただろうか……」
「障害があるなしは、絵を描くことに関係はない」
「関係ない?」
「障害があるから絵を描いているのではない。描きたいから描いている」
「でももっとすごい絵が描けたんじゃないか?」
「すごい絵ってなんだ」
そこでぼくは言葉に詰まってしまいました。
「重い障害があろうがなかろうが、自分の思いをありのままに表現することができるかどうか。それが問題なんだ。俺はありのままに生きて、ありのままに描きたい」

ありのまま……。ぼくはこの言葉に強い衝撃を受けました。ぼくはその頃、いえ、今だって、思い切り虚勢を張って、実際以上に自分を大きく見せようと必死になっているのです。ぼくのありのままって一体なんなんだろうって考え込んでしまいました。ぼくが黙り込んでいると、彼は言葉を継ぎました。

「俺だって、こんな身体じゃなかったらって、こんな障害がなかったらって、思わないことはない。でもそんなこと思ったって仕方のないことなんだよ。でもこれは諦めじゃないよ。今の自分の力を全部使って、全力で絵を描くってことなんだ。それしかできないんだよ」
ありのままは、全力で生きること。ぼくにそれができているだろうか……。答えはノーでした。

「でもな、全力を出したって、人の手を煩わせないと絵は描けないんだ」
イーゼルを立ててキャンバスを掛け、絵筆をつけ、絵の具を出し、筆を洗う……。そんないろんなことを誰かに手伝ってもらわないと、彼は絵が描けないのです。
「だから、全力で絵を描くんだ。手伝ってくれた人たちに報いるためにも」
ここでも彼は教えてくれました。ありのままは決してひとりで生きることじゃないって。それに、人は決してひとりで生きてはいけないと。

障害があろうがなかろうが、人は多かれ少なかれ人の力を借りて生きている、多くの期待があり、支援があり、その期待を超えた結果を産もうと全力をふり絞る。頑張るっていう言葉はあんまり好きではありませんが、自分自身をありのままに表現することなら、なんとなくできそうかな。彼と話していて、肩の力がすうっと抜けていくのを感じていました。

マイクさん

〈金額的に国の厄介に相当なっています〉

ぼくは国や人に厄介にならずに生きている人などいないと思います。東福光治さんの言葉を借りれば、たとえ厄介になってもありのまま、全力で生きればいいんじゃないかと思います。ぼくは彼のようにありのままに生きたいと強く思っています。

すぐに業火に焼かれるはずですから……

マイクさん
連投で、しかもつまらない内容です。笑ってください。

死に際に人の手を煩わせるというようなことを書いたからでしょうか、嫌な夢を見ました。記憶にしっかり残る夢です。大きなキャリーバグのようなキャスターのついた箱が、目の前に運ばれてきました。にこやかな男の人が黒づくめの衣装を着て立っています。

「なんですか?」とぼく。
「最新の商品をご紹介いたします」と男。
「それはなんですか?」
「コンパクトな棺桶です」
「身体を折りたたんで入るんですか」
「いいえ、このようにのびるんです」
男がボタンを押すと、その箱はスッと縦方向に倍の大きさにのびた。
「ほらあなた様なら、十分入れます」
男は蓋を開けて、ほうらというように中を指差した。綺麗なシルクで覆われた箱の中は、寝心地がとてもよさそうに見えた。
「寝心地はどうだろうと思っておられますね?」
「ええ、まあ……」
「どうぞお入りになってみてください。ものは試しと言いますから」
恐る恐る中に入り寝転んでみた。どうだろう、冷たくて、気持ちがいい。
「ただいまフルオプションサービス中で、ドライアイスを入れてございます。気持ちよござんしょ」
男は耳まで裂けたような口で笑った。と、その瞬間パタンと蓋を閉じた。暗闇に中で慌てるぼくに、男は箱の外から語りかけた。
「大丈夫ですよ。光採りの窓もございます。ほら」
顔のあたりに小さな窓が開き、光が差し込んだ。いつの間にか、シルクの布はぼくの身体にぴったりになり、いや、身体を押さえつけるように自由を奪った。ぼくは冷気に包まれていく。
「寒いです。身体が凍っていくみたいで……」
「大丈夫ですよ、すぐに業火に焼かれるはずですから」
男の口は本当に耳まで裂けていた。

とまあこんな夢です。
恐怖で目がさめた後もしばらパニックに陥ってました。
ぼくはどうもエンジョイ・デスとはいかないようです。情けないですが。

仕方がないなあという生き方!?

ある陶芸家の先生にいただいた骨壷。これだって骨を拾ってくれる人がいないと……。

マイクさん

「迷惑をかけたくない死に方を望むのが最近の終活の流行り」という一節に引っかかってしまいました。果たして人に迷惑をかけない死に方なんてあるのでしょうか。たとえば猫は死期を悟ると身を隠しひっそり死ぬと聞いたことがあります。もっと大きな動物では象もそんなことをすると聞いたことがあります。人でもそういうふうに、ひっそり誰の目にも触れずに死にたいと思う人もいるようです。富士山の麓の樹海に入って死ぬという人はそうなのかもしれません。でもそれにしたって、年に1回はそういう人に遺体を捜索するということが行われているようです。これって、ごっつう迷惑な話ですよね。

ぼくは思います。人間って社会的な生き物だと言われていて、その通りだとしたら、死んだら必ず人の手を煩わせるものだと。勘違いしないでくださいね、迷惑だと言っているのではありません。煩わせると言っているのです。煩わされて迷惑だと思うか、思わないかは、亡くなった人と見送る人の関係によるのじゃないでしょうか。迷惑をかけないというなら、何が迷惑で、何にが迷惑でないかを、ちゃんとわきまえておくことが大切じゃないかと。

ぼくには3人の子どもがいますが、早くに家族関係を解消したので、ぼくが亡くなったからといって子どもたちに後始末をしてくれと頼めば、これは言うまでもなく彼らにとって迷惑な話になるでしょう。だけどぼくにだってそれ以降の人間関係というものがあります。その関係の上で後始末を頼めば、まあまあ仕方ないなあと動いてくれる人もいるでしょう。そういう人たちに甘えなければ、自分の始末もつけられないのです。そう、人は誰でも自分の死んだ後の始末をつけられる人などいないのです。人に「迷惑をかけない死」などというものはありえないと思います。

だったらどうするか。迷惑をかけても、手を煩わせても、仕方ないなあと思ってもらえるような人間関係をつくるということではないでしょうか。「迷惑をかけない死」などというのは、幻想に過ぎないと思います。きつく言い放つと思い上がりだと思います。いや、ゴミのように扱ってくれたらいいんだと言っても、じゃあゴミ処理をする人にとっては迷惑ではないのか!?という話になります。

ぼくは思います。人間が社会的な生き物だという側面には、人の手を煩わせるとか、迷惑をかけるということも含まれているのだと。だったら甘えてもいいのじゃないでしょうか。甘える甘えられるというのも、人と人の関係の中ではとても大切なことだと思います。そういう関係を構築できるかどうか、それはその人の生き方にかかっていると思います。だからこそ人を大切にして生きていくことが大切なんじゃないでしょうか。甘えたいから大切にする。大切にするから甘えられる。ぼく、なんか、おかしいこと言ってますかね。

マイクさん

迷惑をかけてもいいんですよ。裏切りさへしなければ。