無頼を捨てて……。

マイクさん

台風の影響でしょうか。強い風音につつまれて返信を書いています。

ぼくは強い信念など持ち合わせていません。自分自身に頼るしかない生き方をしてきた結果ではないかと思います。カッコウをつけて言うなら無頼を気取って生きたきたのです。頼るべきものは何もいらない。自分だけを頼みに生きていく、と。それは言い換えると、究極の利己かもしれません。ただそこに社会と関わっていたいという願望があるのです。それがなくなっちゃうと、自分自身が存在する意味がなくなる……。そういうことです。

ぼくはとても弱っちい人間なのです。昨日もある女性の話を聞いて、激しく動揺してしまいました。その人のご主人は、ずいぶん前に亡くなられたのですが、大腸がんにはじまり、肺、肝臓、腎臓と続き、亡くなったと。その間ありとあらゆる治療を試みよくなったり悪くなったりを繰り返したそうです。彼女も共に立ち向かったけれど、最後はどうすることもできなかったと肩を落としました。

その話を聞きながら、ああ、ぼくも同じような道をたどるんだなとちょっと凹みましたが、その一方で母のことを思っていました。母も何度となくがんだと診断され、手術を繰り返し、そうして96歳のいまも問題を抱えながらも元気で過ごしている。そんな人生もあると思うと、ぼくもそこを目指そうとちょっと元気が湧いてきます。

でもそう思っても、無頼を気取っていたのでは、ひとりでは何もできないなというのも実感としてあります。共に立ち向かってくれる人がいれば、もっと勇気が湧いてくるんじゃないかと。だったら無頼など捨ててしまえばいいと。自分に頼るなんて、いちばん狭い生き方だなあと知ってしまったのです。そう、社会に関わり続けたいと思うのは、大勢の人の力を借りたいということと同じことなのです。自分ひとりの力ではどうにもできない。だったら人の力を借りよう。そんな思いなのです。

無頼と言えばカッコウいいかもしれませんが、ひとりぼっちだったのです。とても弱い人間だったのです。そのことに気づかせてくれたのが、がんという病気だったのです。

ぼくはいま大勢の人の支えで生きています。そのことがわかっただけでも生きる意味があるのかな、生きている意味があるのかなと思います。そうしてその意味をどういう形で実らせたらいいかを必死で考えているのです。

ぼくの信念なんて、とてもちっぽけです。この風に吹かれたら飛んで消えてしまいそうなくらい。こんな信念に振り回されて生きるより、大勢の人の中で、その人たちの力に支えられて生きる方がずっと幸せだと思います。それがたとえひとりの人であっても、共に立ち向かってくれる人がいる幸せを噛み締めたいと思います。無頼を捨てて……。

不良な療養生活

マイクさん

この往復書簡への時間も割けなくなってって……。ぼくにはちょうどいいタイミングになってきました(笑)充実の退院生活ですね。精力的に動き回るマイクさんの姿を思い浮かべて、ぼくも頑張ろうと思いました。ぼくはまだ治療の方針も立たず、宙ぶらりんのままというか、取り残されたままというか、はっきりしない時間を過ごしています。いまはただ、来週の写真展に向けてあれやこれやと準備に追われ、がんのことなど考えているヒマもないというのが、実際のところです。

ご夫婦での里帰りとご兄妹との再会、お墓まいり……。楽しい時間を過ごされたことが手に取るようにわかります。奥様と水入らずの道中、特に在宅療養のことについてどのような会話があったのか、とても気になるところです。ただ今回のポストを読む限り、マイクさんがご家族との時間を切望されていることが、ぼくにはよくわかります。マイクさんのことだから、どうしたら思いを遂げられるかいろいろと考えて、いろいろと試行されていることでしょうね。しかもこれからの時間を、社会との関わりを持ち続けるという視点で考えておられること、とても力強く感じました。

難病連を訪れて患者会の結成を探ったり、マヤさんのワークショップの広報をしたり、不動産屋を訪ねて「マイクの家」(ぼくの居場所も考えてもらったりして)の実現の可探ったり、そういう動きの積み重ねが、あの6月29日の「えんじょい・デス」のものすごい人の数に繋がってるんだなと思うと、これまでマイクさんが深く社会と関わってきた風景が鮮やかに浮かび上がりました。そんなマイクさんに「最後まで社会との関わりを諦めないで」などと……。まるで釈迦に説法でした。お恥ずかしい。

利己か利他か……。

ぼくは他者との比較で自分の在り方、立ち位置や境遇、さらには恵まれているかどうかなどを探ったり、確認したりというやり方を好みません。ぼくは徹底的に自分自身に集中したいと思っています。自分に徹するということです。ぼく自身がやりたいように、徹底的にやる。そのぼくが自分のことだけを考えているようなら、それはとんでもなく利己的な結果を招くでしょうが、そのぼくが社会との関わりの中で生きることをやめない限り、他を利することに繋がると思っています。そこではじめて利己・利他という二項対立を止揚できるのではないかと。そういう生き方をしたいと思っています。

こんな小理屈を書きながらも、「マイクと哲男の家」のことを思い浮かべて、ついニヤッとしてしまいます。マイクさんとひとつ屋根の下で議論したり、冗談を言いあったり、いろんな行動を起こしていく。なんだか楽しそうな感じです。

当たり前のことですが、楽しいことを考えることで、元気が湧いてきます。ぼくがそばにいたら、マイクさんがもし胃ろうになっても、お酒を入れてあげようと思います。ぼくがそうなったら、お酒を入れてくださいね。そんな不良な療養生活も面白いかも。お酒には申し訳ないですが(笑)

お金持ってたらいいんだ……。

マイクさん

人間ておかしなものですね。自覚症状なんてカケラもなかったのに、あなたは病気だと指摘されると、突然あちこち痛くなったり、違和感があったりで、突然重病人になった気分になります。病は気からとはよく言ったものです。って、ぼくは明らかに重病人なんですけどね(笑)

そうなると厄介なことに、気が滅入ったり、凹んだりするし、なんだか毎日が、身の回りすべてのことが、うまくいってないようで憂鬱な気分になります。そんな時ぼくはマイクさんの顔を思い浮かべます。今日は雅子さんから、マイクさんがまだ自転車で出かけていると聞き驚きました。握力ゼロの右手でブレーキは大丈夫なのかと。すると雅子さんが「もともとブレーキは使わない人だから」と笑ったので、つられて笑いましたが、くれぐれも気をつけてくださいね。ALSじゃなくて交通事故で死んじゃったなんていうの、やめてくださいね。

でもそこまでして、自分の思いを通そうというマイクさんの姿勢に、ぼくは励まされているし、断固支持したいと思っています。ぼくもマイクさんのように生きたいな、と。

ところでここ4回のマイクさんのポスト、興味深く読みました。で、自覚症状のことが頭に浮かんだのです。自分では何もわかってないんだなって。いや、病気のことじゃなくて、自分がどんな社会に生きているのかってことです。なんで医療費ばかりが問題になるのでしょうねえ。なんで高齢者がお荷物扱いされるんでしょうねえ。これって、高齢者に医療費をかけるのが国家財政の危機を招いているって、みなさんそういう認識なんですよねえ。だから抑制しろと。

そんな主張に賛同する人も多いから、社会全体がそういうものの見方になる。その結果、高齢者に冷たい社会になりつつある。ぼくはそう感じています。

「無駄」なんですよ。高齢者を生かしておくことが。LGBTに対する姿勢もほぼ似たようなものですし、障がい者、難病患者に対しても同じだと言ってもいいかもしれない。LGBT、障がい者、難病患者はまだ許せるんでしょうねえ。少数派、マイノリティだから。だけど高齢者はそうはいかない。社会の大多数が高齢者になっちゃう。だから始末しちゃえ……。

そんな感じかな。

高齢者、老人、年寄り……、呼び方はなんでもいいけど、そう呼ばれる人たちは邪魔者扱いされるような存在ではなく、逆にレガシーとして大切にされなければならない存在だと思います。多くを学ぶ経験と知識の宝庫で、尊敬の対象にすべきだと。96歳の母は、身体は思うように動かなくなってきましたが、頭の中は聡明でしっかりしています。学ぶべきことは山ほどある。たとえばこれが逆だとしましょう。身体は動くけど、認知症になっちゃったと。どちらにしても介護が必要なことに間違いはない。歳をとるというのは、生まれてから独り立ちするまでの子どものように、手がかかるものなのです。子どもは邪魔にしないのに(最近は邪魔にする親も多いようですが)、高齢者は邪魔だっていうの、ぼくは自分で自分の首を絞めてるようなものだと思えてならないのです。子どもだっていつかは高齢者になる……。

財政のことでいうと、医療費や高齢者福祉のことがすぐに抑制の対象にあげられますが、じゃあ戦車を買ったり、戦闘機を買ったり、道路や橋をつくったり、そこら中に新幹線を走らせたり、もっと早い列車を走らせたり、米軍を思いやったり、オリンピックをやったり、国内の災害復興にお金を費うより海外にばらまいたり、そんなことの中にもっと無駄はないのでしょうかねえ。

麻生さんももっと考えてくれたらいいのに。ん? 麻生さんも高齢者じゃないのかな……。あ、お金持ちだからなんの心配もないのか。あ、そうか。お金持ってたら人のことなんかどうでもいいんだ。お金持ってたらいいんだ……。

一か八かの決断?

マイクさん

〈何だか疲れの所為でか、酒がよく回っている様で……〉

いいですね。飲んでるんですね。魂を解放する薬ですからね。そう易々とやめるわけにはいきませんよね。と言いながらぼくは少々お酒を控えています。何を今更と自分を笑いもしますが、なんとなく酒がうまくなくて……。飲んでも酔えない、酔うと悪い酒になる。そんな具合なのです。酒に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

さて、目下のぼくの病状が明らかになってきましたので、ご報告致します。
大腸がん手術から2年を待たずに見つかった前立腺がんですが、これ自体は先だってもお話ししましたがステージ2で、まだまだ治療の選択肢もあり深刻な状況ではありませんでした。しかし、ではどういった治療方法を選択するかという段階になって、ちょっと複雑な状況になってきました。

複雑にしているのは、大腸がんでした。切除・縫合部分が前立腺に近く、特に縫合部分が前立腺に癒着しているようなのです。で、この縫合部分がほぼ直腸にあたっているというのが大きな原因なのです。これを治療法との関連で見ると

①手術:癒着を切り離すのが困難で、前立腺が取れたとしても癒着部分(直腸)も同時に取ることになり、結果として人工肛門になるリスクが高い。
②放射線治療:前立腺に照射すると縫合部分にも放射線が当たることになり、その影響が懸念される。具体的には縫合部が破れる可能性がある。それが数年後か10年後になるのかはわからないが、リスクは高い。
③ホルモン治療:進行を止めるだけの治療で、効果は数年だと考えられる。その後は抗がん剤などの治療が必要。

ということです。
どれもこれもマイクさんのいう「ギャンブル的」な治療になってしまうわけです。
「リスクがある」
「可能性は否めない」
まあ、何を選んでも一か八かの決断になりそうです(笑)

しかし、とぼくは思っています。
どうせ一か八かの賭けになるなら、いろんな人の話を聞き、情報を集め、納得の上で賽を振りたいと。同じような経験をしている人がいるはずです。同じような症例を診てきた医者がいるはずです。そういう人たちから実体験を含めていろんな話を聞きたいと思っています。でないと本当の一八勝負になってしまいますもんね(笑)

そうして思いました。これを乗り切れたら、次はぼくが自分の経験を同じような病状を抱える人に話をすることができたらいいなと。後ろ向きだった頃のマイクさんにずっと言ってきたことを思い出しました。

〈同じ悩みを乗り越えた人の経験から学ぶことが大きな力になる。だから生きてALSの事実を後に続く患者さん、その家族に経験として伝えることはALS患者としての社会的な役割じゃないでしょうか〉

今度はぼくがそれを自分に言い聞かせる番だと。

臆病を笑わないで

マイクさん

〈全粥の上に練り味噌で“Love”〉

ですか。いいですね。うれしくなって周りの人に見せているマイクさんの姿目に浮かびます。
愛はそうやって人を救うんですね。愛されているということは、生きる力につながるんだと思いました。

マイクさんのALSは体の変化を雄弁に語る嫌なやつですね。ぼくのガンちゃんは、医者に知らされるまで何も語ってくれませんでしたし、知らされた後も少しも本性を現しません。ガンちゃんの本性をぼくがみた時、ぼくの命はガンちゃんに横取りされてしまうのです。本当に恐ろしいやつです。憎らしいやつです。でも、そんなガンちゃんに魅入られたぼくは、ちゃんと定期的にガンちゃんの出現を警戒して早期発見に努めているのです。

前立腺に現れたガンちゃんは、医師の説明では「ステージ2、未だ前立腺内に止まって、他臓器や骨への転移などはみられない」ということでした。この話をみんなに報告すると、

「よかったじゃないですか!」

と異口同音に喜んでくれます。中には「運が良かったですね」と言ってくれる人も。これは最初の大腸がんの時もそうでした。まあ、処置ができる間に見つかったんだから、よかったんだろうなと思いますが、本当に運が良かったらがんなどにはならないのになと苦笑いをしてしまいます。〈でも、俺、がんなんだよなあ……〉って。

前回の返信で〈ただただ恐れるだけではなく、不安を募らせるだけなく、意味を明らかにし、本質を見極め、その病と向き合って生きていく〉などと大層なことを言いましたが、本当はビクビクしているのです。ぼくはこんなことを繰り返して、そのうちに命果ててしまうのだろうなって。あと何度こんなことを繰り返すのかなと。でも臆病を笑わないでくださいね。なんせ、立派ながん患者なのですから。

さっきも親しい人にこんなことを書いて送りました。
〈人前では、ヘラヘラしてるけど大腸ガン、前立腺ガン、さて次は……と考えると怖いし、ずっと平常心でいられる自信はない。ちょっと後ろ向きになると心が折れそうになる。情けないけどね。でも、頑張るって約束してるし、頑張るよ。立ち向かうよ。力つきるまで〉
自分自身の生きたいと思う気持ちを、支えてくれる人の愛で補強して、前へ進む。進むしかない。そう思います。だからぼくは神頼みではなくて、人頼みしたいと思います。

〈全粥の上に練り味噌で“Love”〉

ぼくにもそんな日々がいつか訪れるのでしょうね。
臆病なぼくは、ビクビクしながらそれを楽しみにしたいと思います。

病を得た意味はなんだろう

病室でくつろぐマイクさん 2019.9.3清水写す

マイクさん

久しぶりに会えてうれしかったです。1時間ほどの短い時間でしてが、それぞれの生存とまだまだ元気でいることが確認できたこともよかったなと思います。それに、おたがいの病状を思うのはもちろんですが、大変ですねなどという安っぽい言葉も、同情するような思いも出てこなかったことが、普通ぽくてそれもまたうれしいひとつでした。ぼくらはちゃんと病気を自分のものにして、ちゃんと生きていると。

最初のがんから2年経たずにふたつめのがんが見つかって、ぼくは最近とても考えるようになりました。

<ぼくが病を得た意味はなんだろう>

と。「体質かもしれんなあ。うちの血を継いだ」と、96年の人生で何回もがんの摘出手術を経験してきた母は申し訳なさそうに笑います。確かにそうかもしれないなあとも思いますが、そういうがんになった理由(わけ)ではなくて、意味を知りたいと思っているのです。

ぼくががんになったのは、体質だからか、偶然なのか、不運なのか、運命なのか、宿命なのか、そんなことではなく、何か意味があるはずだと思っています。自分にとっての意味。他者との関係にとっての意味、社会にとっての意味……。そういうひとつ一つの意味を解き明かしていくことで、がんという病気の本質が見えてくるのではないかと。

ただただ恐れるだけではなく、不安を募らせるだけなく、意味を明らかにし、本質を見極め、その病と向き合って生きていく。それががんという病とともに生きていく唯一の道だとも思っています。何せ、がんはもうひとつのぼく自身なのですから。ぼく自身に悪さをする、ぼく自身なのですから。それが何か、そうなっちゃった意味を知らずに、ただただ取り去ってなかったことにすると、果てしなくそれを繰り返してしまいそうな気もします。

「そんなことじゃ消えて無くなってやらないよ」

ほら、やんちゃなぼくが、臆病なぼくの身体のあちこちで笑っているような……。
このやんちゃなぼくを、ガンちゃんと名付けて、ゆっくり付き合っていこうかと。そう思うだけでなんとなく鬱陶しい気分も晴れていきそうです(笑)

「ああ、よかった」

マイクさん

ぼくはこの2カ月ほどとてもしんどい思いをしていました。自分でしんどいというのが、すでに弱っちいですが……。

6月26日、大腸がん摘出手術後1年半の検診を受けました。血液検査とMRIです。その結果を2日後の28日に聞きに行ったのですが、意外な指摘を受けました。腫瘍マーカーは正常な範囲内にあったのですが、MRIの画像診断では前立腺に影が出ているというのです。

「前立腺がんの疑いがありますね。PSA(前立腺の腫瘍マーカー)の検査を受けた方がいいですね」

「えっ、だって先生、ぼくはこの1年抗がん剤も飲んできましたよ」

「大腸がんの抗がん剤は前立腺には効果ないですから」

ということで、泌尿器科への紹介状を受け取り専門医を訪ねることになりました。その病院は前立腺がんの手術では全国的に有名で、検査施設、機材も最新鋭のものを揃えていましたし、医師もマスコミで何度も取り上げられ名医とされていました。特にロボット(ダビンチ)支援の手術では数多くの実績を残していると。つまりは手術をしたい病院ということなのです。

ところがなかなか予約が取れずに、結局月が変わり7月15日になってようやく病院へ。その日のうちに血液検査、MRIを撮りその上で、がんの疑いが濃厚なので入院して組織検査を受けるようにと言われました。そうして10日後の25日に入院、26日に組織採取のための手術を受けました。

この間に医者から聞かれました。自覚症状はありませんでしたか?と。

「自覚症状って?」

「おしっこが出にくくなるとか、頻尿になるとか、したいと思ったら我慢できなくなるとか……」

たしかに頻尿にはなっていたし、我慢もできなくなってはいたけど、それは歳のせいだと思っていました。同世代の友人、知人もみんな似たようなことを言っていたし……。

結果が出るまで2週間は必要だということでしたが、夏休みやお盆休みが入り結局8月21日になりました。待合室で長い時間を過ごし、身体も気持ちもヘロヘロになった頃にようやく診察室に呼び込まれました。医師は淡々と言いました。

「前立腺の組織を15カ所採取したうちの7カ所から悪性のがん細胞を検出しました。極めて危険度の高いものです。まず他臓器や骨への転移の有無を調べて治療の方針を立てましょう」

「そんなに悪いですか? ステージでいうと?」
「それをはっきりさせるために検査をしようということです」

その日のうちにCTスキャンを受け、骨シンチの予約を入れました。他臓器や骨に転移しているということはステージ4にあたるのかな……。そうなると手術も難しいっていうことだろうし……。治療は難しいだろうな……。その時点でぼくの頭の中は不安でいっぱいになりました。

その一方で、大腸がんの手術から1年半、何度となく検診を受け、身体もスキャンしてきたのに、なんで今頃と、疑問と憤りがごちゃ混ぜになったような気分でした。しかしどこかで、何かの間違いに決まっているとも。

そうして8月26日、骨シンチの検査を受けそのまま結果を待ちました。その待ち時間の長く不安だったことと言ったら……。

診察室に呼び込まれて医師の口から「他臓器、骨への転移はありませんでした」と聞かされた時、

「ああ、よかった」

と呟いていました。ほんとうによかった。医師は続けました。

「ステージでいうと2ですね。よかったです。ラッキーでしたね」
「ええよかったです。ラッキーでした」

そう答えるぼく。
おかしいですね。ほんとうにラッキーなら、がんになどにはならないのに。

それは前立腺がんという疑いをかけられて、白黒がはっきりするこの2カ月が思った以上にしんどくて、結果としては悪かったのに、最悪ではなかったということにホッとしてしまったということなんでしょうねえ。人間って弱っちいものですね。

ステージ2ですが、ぼくは間違いなく前立腺がんになったのです。大腸がん、前立腺がん、さて次は……と、まだ治療もはじまっていないのにそんなことを思ってしまいました。

そうして思いました、こうなったらぼくもスーパーながん患者になってやろうと。がん患者としての社会的な役割を探し出し、果たしていこうと思ったのです。

これは、たしかにマイクさんのおかげなのです。

なんだかんだ言いながら楽しもうとしています

作業を終えた麦の芽の仲間たち

マイクさん

「色々と濃くギリギリまでも」
ぼくは今まさにそんな心境です。

ご心配いただいていた前立腺の生検。結果は真っ黒でした。前立腺がんです。大腸がんからの転移か原発のものかは、現時点では不明です。非常に危険度の高いものだと指摘されました。然るべき治療法を決めるための検査に入りました。

正直にお話ししますと、少々のショックでした。大腸がんとの診断からほぼ2年。手術から1年と10カ月。ようやく普通の暮らしに戻り、さてこれから何をしようかといろんなことを考え、いろんな計画を立て、予定を埋めはじめていた矢先のことです。大きな見直しを迫られそうです。しかし、命と引き換えにできるものなどそうありません。思いました。

ぼくはこの状況を真正面から受け止め、淡々と生きていくしかない

と。生き長らえれば、また新たな時間も生まれてくるでしょう。その時にまたいろいろと考えればいい。その時まで生きることを最優先に考えようと思っています。幸いなことに、ぼくにもマイクさんのように支えてくれる友人知人がたくさんいます。そういう人たちに甘えてでも生きようと思っているのです。

「夢 仲間たちの明日」を読んでいただいたのですね。ありがとうございます。
ぼくが障害を持った人たちをはじめて取材させてもらった本です。これ以降ぼくは障がい者、難病患者との関わりを深めていくことになります。そうして彼ら彼女たちの生きることに真摯で貪欲な姿勢、あるいはありのままに自分を表現しようとする生き方に、衝撃といってもいいほどの感動をもらいました。それがあの後書きの一言ひとことに繋がっていくのです。

今のぼくががんという病を得て、彼らほど真摯で貪欲で、ありのままになれているかどうかはわかりません。でも、マイクさんの言葉の通り「色々と濃くギリギリまで」生きてみようと思っています。

先だっての返信「暮らしたいまちで最後まで」を思い返してみました。ぼくならそのまちはどこになるだろうと。で、思いました。ああ、やっぱり京都かなって。そうしたら、「マイクの家」じゃなくて「マイク&哲男の家」なんてのもいいのかな……、などとなんだかんだ言いながら楽しもうとしている自分に気づきました。

この「往復書簡」のお付き合いは、ぼくにとっても生きる力を与えてくれるものになっているようです。

暮らしたいまちで最後まで

マイクさん

スーパーALSってなんだ?! ぼくは考え込んでしまいました。
たしかぼくは、マイクさんにこんなふうに言いました。「マイクさんをALS患者のスターにする!」って。これにはいろんな解釈が成り立ちます。でもこの言葉を聞いた多くの人たちが思い描いたのは、あの「えんじょい・デス」の時のように、華々しくイベントを成功させ、メディアの注目を集め、ALS患者として有名、著名な存在になっていくマイクさんの姿ではないでしょうか。それは間違いでも、的外れでもありません。「えんじょい・デス」以後のマイクさんは、自らの存在と思量に自信を深め、文字通り綺羅星のごとく輝いてますもんねえ(ちょっと言い過ぎかな)。

実は何を隠そう、ぼくもはじめはそう思っていました。超有名になったマイクさんが、医療制度や介護保険制度、難病患者の療養支援の在り方などに発言することで、社会に対する影響力を行使するみたいな。そのためにメディアの世界とも関わりを持って生きているぼくの力を発揮していこうと。

でもぼくは今、ちょっと違った考え方をしています。それはマイクさんに注目を集める方法です。イベントで話題をつくって注目を集め、それがメディアに取り上げられることで、さらに注目度を高めていく。そんなことを考えていたのですが、ちょっと違うことを考えるようになったのです。
たしかにイベントというのは効果があるし、注目も集め、人も集まるだろうけど、結果としてマイクさんのための支援、サポートに具体的にどう結びついていくのかな、もう少し直接的な支援、サポートにつながる方法はないのかと考えるようになったのです。直接的に支援することから始められないだろうか、と。
並行して、スーパーALSってなんだろう? 何をもって「スーパー」って言うんだろうって考えたわけです。いろいろ思い悩みましたが、ぼくの結論はこうです。

どんなに症状が進行して、身体状況が悪くなったとしても、自分が暮らしたいまちで最後まで暮らす。どんなに思い難病、障害でも、向き合いながら地域社会に参加し続けること。これが「スーパー」と呼ぶにふさわしい条件じゃないかなと。つまり、マイクさんが暮らしたいまちで、普通に暮らし続けることこそ大切だと。それがぼくがサポートすべきことだと考えたのです。

イベントで話題をつくり、注目を集めてメディアに取り上げられる方が、インパクトは強いじゃないかという声もあります。もちろんそうですし、その方法を放棄するつもりはありません。大切なサポートのひとつとして考えています。しかし、先だっての「マイクの家」が実現し、マイクさんの自立生活が可能になれば、そちらの方がスーパーだし、インパクトは強いに決まってるじゃないかとぼくは思います。
あわせて、ALSに関する情報や知識をひろく流布していく取り組みもはじめていきたいと考えています。その情報や知識は、マイクさんの暮らしの中で蓄積されるものも含めてです。マイクさんには、ALS患者ではじめてのピアカウンセラーとして社会と関わるという道もあるのではないでしょうか。それがマイクさんの竟の仕事になるかもしれません。あるいは患者の立場で、福祉用具や機器、コミュニケーションツールの開発などに関わることも可能でしょう。
この暮らしと仕事を車の両輪にして、前に進んで行きたいなあと。

ぼくは鹿児島でこの2つを実現するために、仲間たちと動きはじめています。鹿児島でも同じことを考え、思いを共有できる人たちがいます。京都であれ、鹿児島であれ、1つの成功例をつくることができれば、その経験と知恵を全国にひろめることができます。それがALSにかぎらず、多くの難病患者さん、障害を持ったみなさんの希望になればいいな、それをマイクさんに担って欲しいなと思っています。

どんなに思い難病や障害があっても、暮らしたいまちで最後まで社会の一員として生き抜く。そんなことをスーパーだと思わなくてもいい、当たり前にできる社会になればいいと思います。

ぼくらは同じ水脈を一緒に生きている

マイクさん

「異物を受け入れないなんて」という言葉に、思わず反応してしまいました。異物を受け入れられてないのは、ぼくだって。いや、異物というより、もうひとつの自分といってもいいかもしれません。「がん」のことです。

「がん」は自分にとって異物であり厄介な「悪」なのですから、受け入れられなくて当たり前かもしれませんね。でもね、それでも自分の一部なのです。これが性格ならどうでしょう。人から「君は性格が悪い」と言われたとしたら、「何を言ってるんだか、お互い様じゃないか」などと笑ってすませたり、言われちゃったとしょぼんとしたり、仕方ないなと諦めたり、見抜かれちゃったとどきっとしたり、ああ自分が嫌になっちゃうなと思ったり、いろんな感情は持つけれど、まあ自分は自分だとそれなりに折り合いをつけて生きていけるものじゃないかなとも思います。性格が悪いっていうのも、人から見た自分の側面のひとつですから。

でもね、これが「がん」となると、紛れもなく自分の細胞のひとつ、自分の一部そのものなのに、まったく受け入れられない。当たり前です。命に関わる問題ですから。でももうちょっと突っ込んで考えてみると、性格が悪いっていうのもひょっとしたら命に関わる問題かもしれない……。でも「がん」の方がはるかに深刻だと誰もが考えます。で、その悪を排除する。異物は排除しないと、と。

でも「がん」ってほんとうに異物なんだろうか? 悪なんだろうか? そう考えた時、それが自分の一部だと思うと、自分自身を異物だ、悪だと否定しているような気分になってしまいます。

これを社会に置き換えたらどうなるか。マイクさんの投稿を読みながら考えてしまいました。
自分とは異なった外見、感情、意見を持つ人を、「異物」「悪」だと決めつける窮屈な、狭隘な社会になってしまっていると感じるのはぼくだけなのでしょうか。「がん」の例えで言うと異物を否定するということは、自分自身を否定することに他ならないのに。

そもそもぼくたちが暮らすこの国は、太古の時代から大陸の東の果てで様々なもの、文化、人々を受け入れながら歴史をつないできた社会だったんじゃないかと思います。異物を受け入れて、自分たちのものにする、そういう社会、歴史だったんじゃないかと。
だとすると、マイクさん流にいうと、異物=マイノリティこそが、この社会、歴史、文化を豊かにする原動力だったと言ってもいいんじゃないでしょうか。

「がん」だって排除するだけではなくて、排除するたびに心に得るものがたくさんあります。筋ジス患者轟木敏秀さんは、かつてぼくに、動かなくなる自分の身体を指してこう言いました。
「失うものがあっても、まだ得るものはたくさんある。何かひとつできなくなると、何かひとつ豊かになるような気がする」
と。どうして?と聞くと
「何かできなくなると、清水さんみたいな人が現れて、ぼくの手となり足となっていろいろやってくれるからね」
と笑いました。

ぼくらは誰でも同じ水脈を一緒に生きているのだと思います。
排除からは何も生まれない。異物を排除する前に、まず自ら一歩近づいてみる、寄り添ってみる。自分はそうありたいと思っています。