誰かに支えられて、誰かを支えて生きていく

家族の思いがつまってる……

マイクさん

3月25日に鹿児島MBC「ど~んと鹿児島」〈ENJOY DEATH 往復書簡が綴る生と死〉を見て、ドキッとしました。

往復書簡をはじめた1年前、あるいは〈生前葬「ENJOY DEATH」〉の去年6月29日、胃瘻造設の直後に病院に訪ねた時、年末にラジオのスタッフとお邪魔した時、そうして先だって禁を破って病院に押しかけた時と、1年を通してマイクさんの病状進行を目の当たりにしてきました。球麻痺、構音障害、嚥下障害、そうして文字を入力する右手の衰え、体幹、下半身の衰え……。改めてALSという病気の恐ろしさ残酷さを感じましたが、この45分の番組はそのプロセスをはっきり捉えていると思えたからです。

これはある意味、マイクさんが常々言っている「ALSという病気の真実を伝えることで、社会と関わる」姿そのものだと思いました。発信し続けることにはふたつの方法があると思います。自ら伝えることと、人を介して伝えることです。ALSに限らず難病患者はその障害によって自らの動きを制限されます。伝えたくても伝えられない状況に必ず行く手を阻まれます。自ら伝えられる時期は自ら伝える。伝えられなくなったら、人の手を借りてでも伝える。それでいいんだと思いました。MBCはそれをきちっとやってくれました。

「ALSという病気の真実を伝えることで、社会と関わる」。そのことをスーパーになってからの存在意義、生き甲斐にするというマイクさんです。これから先人の手を借りずして、それは不可能だと思います。じゃあ、どうやって手を借りて、どうやって伝えてもらうか。

ぼくはそれを可能にするのは共感の輪だと思います。マイクさん自身の生きたいという思い、伝えたいという思い、どんな状況になっても社会と関わり続けたいという思いに、ひとりでもふたりでも共感する人がいると、その人が思いを伝えてくれる、共有してくれる。きっとそんなことなんだろうなあと。新聞やテレビ、ラジオのメディアだけではありません。

マヤさんがインタビューに答えて言いました。「家族じゃないから」と。ぼくはそこにマヤさんの口惜しさと苦悩を読み取りました。もちろんぼくもマイクさん本人とご家族の思いがいちばん大切だと思っていますし、それを軸に動いていくべきだとも思っています。でも、明らかにマヤさんを中心とした仲間たちはマイクさんの共感者だし、マイクさんを支え、共に生きようとさえしていると思います。そういう人たちもたくさんいるということです。マヤさんが「マイクさん本人とご家族の思いが大切」というなら、逆にマイクさん(ご家族も含めて)もマヤさんたちの思いを大切にするべきじゃないかとも思います。彼らはマイクさんの暮らし、命を支えながら、共感の話を社会に広げようとしているのです。それがもっと強力に支える力になるから。

マイクさん流に命を価値に置き換えた冗談みたいな話をしますが、マイクさんには難病患者としての社会的保障や医療費などを考えるとかなりの税金が投入されています。これはマイクさんが私人であると同時に、社会によって生かされているということなのです。投入された税金に見合うだけの役割をこれから果たす義務もあるのじゃないかと。ご家族も含めてマイクさんがこれからどのような生き方をするかは、社会から注目されているということを忘れないで欲しいと思います。この国の制度の中で生きている人にすべて共通する話ですけど。

冗談はさておき、マイクさんがこのところ頻りに問題にするコミュニケーションの不調も、きっと寄り添ってくれる誰かが側にいることでしか解決できないと思います。

ひとりで生きるって、とてもさみしいし難しいと思います。人はひとりでは生きていけない。誰かに支えられて、誰かを支えて生きていく。

No life, no drink!

病院内でも、マイクさんは人気者

マイクさん

〈昨日は清水さんが面会禁止の病院に来て頂きました〉

はい。新型コロナウィルスの感染防止対策のための面会禁止措置ですから、実はとてもいけないことをしたのかもしれませんね。反省していますが、同時に、それでも近くにいるのだからせめてお顔だけでも見て帰りたいと思い、あんなことになりました。内緒ですよ。しかし、若い頃からダメだと言われるとつい……。感染予防策も徹底し、自分の体調管理もしっかりした上でのお見舞いでした。

〈病院でゆっくりしようと、昨晩はエネルギーを増強したのですが、ムセカエッテ逆流まで起こし、また肺炎かと覚悟して、何とか添加物を隠せて、当直医の世話で何とかなりました〉

やっぱり、食べることと飲むことが、この歳になると生きている楽しみの大きな部分になります。マイクさんの場合は楽しみはもちろんエネルギー増強剤にもなっているのですね。「おとうと」という映画で、吉永小百合が笑福亭鶴瓶演じるダメな弟の胃瘻から酒を流し込むシーンを思い出しました。ぼくも医者からは「あまり飲むな。ほどほどに」と言われているのですが、ついつい度を越してしまいます。気持ちよくなるまで飲まないと、酒を飲んだという気分にはならないので。そうなんです、ぼくは酔いを求めるより、エネルギーを求めるより、酒にはやっぱり気分を求めてしまうのです。

〈何しろ無茶を承知で隠れて、また覚悟してやるのが好きなのはいいのですが、段々ヤバくなっているようです。

元々マイクは自己管理能力が足りないのです。と言うよりギリギリのところでキープする、そんな楽しみを愉しむそんな男なのです〉

マイクさんのこの言葉にも表れているように、QOLは「覚悟・自己管理・楽しみ」の調和だと思っています。「酒」で考えるとよく分かります。なにがしかの病を抱えていて、医者からは制限されても、自分なりの覚悟を持って、ちゃんと自己管理をした上で、すべてにおいて自己責任を承知の上で楽しむのです。そのどれが欠けても楽しめないのは自明のことですね。ぼくは人に押し付けるつもりはありませんが、自分の思いとして

No life, no drink!

と強く表明しておきます。これは何が何でも酒を飲み続けたいということでは、決してありません。酒もうまく付き合えば人生を豊かにしてくれるということです。そういう意味で、酒は人生に欠かせないと。ええ、あくまでもぼくの人生にです。いい言葉をひとつ。

Candy is dandy, but liquor is quicker.

女性に甘いものをプレゼントしたら喜ばれるけど、アルコールの方が口説きやすい、って意味でしょうか。いろんな解釈があるけど、ぼくは手っ取り早く格好つけるのは面倒臭い、辛気臭いくらいの感じで理解してます。格好つけずに、自分のペースで楽しめばいい。そんなふうに思っています。

〈それより何より初めてのオムツを体験。この話はやめておきますが、ADL(activity of daily life)最悪の1日を飾るに相応しい恥ずかしいシーンシーンでした〉

いいじゃないですか。オムツをあてていても。そういうぼくだって、普段は尿もれパッド、長時間移動したり、仕事をしたりするときは履くタイプを使っています。使っていることだけを指せば、ちょっとかっこ悪いかなって思いますけど、仕事や遊びや何かに集中したいと思うとき、楽しみたいと思うとき、これを使うのは、ぼくにとってはいい選択なのです。これを使うことで、心配になったり不安になったりせずに飲み続けたりもできるのです。尿もれパッドや紙オムツは、それ自体決しておしゃれではないけれど、それを使いながら上手に格好良く楽しみを愉しむことができるとぼくは思います。

〈コミニュケーションは大変難しく思うけど、ALS仲間が近くにいるだけでホッとします〉

マイクさん

人間は弱い生き物です。決してひとりでは生きていけないと思います。では仲間という人に何を求めるのでしょうか。救いを求めているのでしょうか。ぼくは思います。おたがいが仲間だと呼びあえる人の中に、ぼくらは自分自身を見ているのではないでしょうか。そうして自分は決してひとりではないと実感しているのだと思います。自分の境遇にくじけそうになったとき、仲間の中のもうひとりの自分に励まされて、また生きる道を選ぶのでしょう。そう、ぼくらは決してひとりじゃないし、孤独でもないのです。

空腹感の話はまたこの次に。

こうやってぼくは生きていく

久しぶりに京都の病院にマイクさんを訪ねた。胃ろうで薬を注入中!

マイクさん

久々にお顔を見ることができて、よかったし、うれしかったです。表情は明るく、本来なら「お元気そうで」と言いたいところですが、病気のことを思うと全く元気ではないわけで、ぼくなら「がん以外は元気です」などと冗談にもできるのですが、そこがALSの厄介なところですね。ありのままだと理解すればすむことですが、う〜〜〜ん、なんとお声をかけていいかわからないというのが正直な気持ちでした。

その日の京都新聞夕刊に〈ガンの10年後存命率が向上した〉という記事が掲載されました。それによると、

〈国立がん研究センターなどは17日、2003~06年にがんと診断された人の10年後の生存率を発表した。大腸や胃などがん全体で57・2%で、昨年調査した02~05年(56・4%)より0・8ポイント改善した。部位別では、前立腺は100%に近かったが、膵臓(すいぞう)は5・3%で最も低かった〉

というのです。
この数字というやつは厄介です。確かにがん患者にはひとつの希望になるかも知れません。だけど、逆も言えるわけで、全体で43%の人は10年を待たずに亡くなっているわけです。その逆をどう見るかと言えば、やはり不安だとしか言いようがありません。この「不安」に打ち勝てない限り、がんという病を克服できないなとも思います。

じゃあどうすればいいのか。やはり前を向いて生きていくしかないのでしょう。いろいろあっても前を向き続ける。そのことを支えてくれるのは、ぼくの場合仕事を続ける、書き続ける撮り続ける動き続ける日常を忘れないことだと思っています。どんな状況になってもこの日常だけは変えない。手放さない。そう思っています。

もちろん、思ったように捗らなくなるでしょう。人の手も借りないと何もできなくなるでしょう。やりたいことの半分も、いえわずかのことしかできないかも知れません。それでもやり続けたいと思います。
ぼくもマイクさん同様、せっかちです。だからマイクさんが「『伝の心』はダメだ」と言われていたことに、多分ぼくもそうだろうなと納得しました。でもどうだろう。もし手が動かなくなって、声が出なくなったら……。右手がダメなら左手で、両手がダメなら足にペンをつけて、足もダメになったら口に咥えてでも、それもできなくなったらまた他の方法を!
そうやってでも書き続けたいと思います。

そんなふうにやって、絶対に前を向き続けるんだと心に決めています。
実は今日は朝から全身がだるくて、どうにもこうにもならない状態でしたが、こうやってパソコンに向かって文章を書いていると少々元気になってきました。こうやってぼくは生きていくのだと思っています。

自分なりの新しい世界を

新著表紙デザイン

マイクさん

ぼくはちょっと甘かったようです。ええ、放射線治療の副作用のことです。8週間に及ぶ放射線治療は、無事というか問題なくというか、とりあえず終了しました。その間、頻尿、排尿困難、残尿の末の尿もれという副作用があることはすでにお話ししました。でもそれも治療終了とともに収まるだろうなと思っていたのですが、違いました。

「副作用というか、後遺症は終わってしばらくしてから出てくると思いますよ」

医師の言葉通り、放射線火傷一歩手前の皮膚炎みたいなもの、排尿困難だけに止まらない排便困難がひどくなった気がします。ぼくは直腸の縫合部と前立腺がほぼ癒着していたので、縫合部へも放射線があたっていたことは想像に難くありません。そこに何らかの影響がないとは言い切れないと。だからくれぐれも注意を払うようにと医者からは言われています。しかし、注意しろと言われても、いったい何をどうしていいのやら……。

しかも、放射線治療でがんが根治できたのかどうかも不安です。当面PSA値は下がっとしても、がん細胞がわずかでも残っていたら、それがまたいつか芽吹かないとも限らない。それについては経過観察しかないというのです。
まあ、がんと一緒に、がんと向き合ってゆっくり生きていくしか術はないようです。

マイクさん、ぼくもこの1年を振り返ってみました。
マイクさんと会ったのは最初の手術から1年3カ月後でした。その前の術後1年の検査で肝臓に白い影が見つかり、鹿児島に戻り次第精密検査を受けることになっていました。結局それは血管腫で悪いものではありませんでした。マイクさんとの往復書簡をはじめる頃にはひとつ不安を乗り越えたぼくでした。ところが術後1年半の検査で、今度は前立腺に影が。しかも腫瘍マーカーのPSAは明らかに異常を示す数値でした。

「何でだ!? 抗がん剤治療にも耐えたのに……」
そういうぼくに医者はあっさり言いました。
「前立腺がんには関係ないですからね、お使いになってた抗がん剤は」と。
生検の結果は真っ黒。ステージ2の前立腺がんでした。で、外科的な手術ではなく放射線治療に。
それからの経過はご存知の通りです。で、今日があります。

この1年、ぼくが何を感じていたかというと、それは自身の加齢はどうしようもない事実だなということです。まだまだ若いつもりでいたのですが、正真正銘のじいさんになったなということでした。目も悪くなり、反射的な身体の反応も鈍くなりました。うまく言葉が出なくてイライラしたり、つい昨日のことが思い出せなかったり……。できないことがどんどん増えていくなって感じです。
でもね、これがいまのぼくなんだと思えばそれでいいことだとも思えるようになりました。

若い人と張り合って、いつまでも先頭を行こうとするのではなく、そう、いつまでも競争の中に身を置くのではなく、もうちょっとゆっくりしようかと。いろんなこともっと楽しもうと。仕事だって、この歳になったからこそできる仕事があると思います。そういう分野でいままで蓄積してきた力を発揮したらいいんだって。そんなことを感じるようになりました。

4月に新しい本が出ます。若い人たちに担がれて、新しい試みの末上梓できることになりました。それを機に、まったく新しい試みをしてみようと思います。まだまだ枯れる気はありません。自分なりの新しい世界を、大勢の人の力を借りながら切り開いてみようと思っています。マイクさん、これからですよ。どんな状態になっても前を目指しましょう!

がんになったことからはじめる

マイクさん

なかなか返信できず申し訳ありません。仕事をしながら14:00〜16:00の治療を続けています。この時間帯は仕事をしている時間としてはまさにゴールデンタイム。いちばん捗ったり、その日の重要な局面に差し掛かったりするその時間。なのに仕事を離れなければならず、けっこうもどかしい日々を過ごしています。
副作用はそんなに深刻なこともないですが、少々尿もれがひどくなり尿取りパッドもさらに分厚いものに変えました。でも尿もれで死ぬわけではないし、日常生活への支障はパッドが取り除いてくれます。はじめはちょっとカッコ悪いなって思いましたが、使いはじめるとけっこう快適で(笑)手放せなくなりそうです。
治療は32回を終え、あと5回を残すのみとなりました。それで前立腺がんが消えてくれたら言うことないのですが。

〈肺炎のそのものの所為か、必要以上の絶食ではないかと納得できない所為なのかどうかは確かではないが、兎に角体力気力が落ち込んでいるのは間違いないのです〉

ALSで最も大切なのは体力! それがマイクさんが強く言い続けてきたことですものね。胃瘻も体力維持のためにという思いが強かったと記憶しています。なのに胃瘻造設で2キロ痩せて、肺炎の絶食でもう2キロ。なんだか治療の一環なのか、窒息というリスク回避なのか、どちらが目的になっているのかよくわかりませんね。ぼくの抗がん剤治療とか放射線治療とかは、どんなに副作用が出ても生きるための治療だとはっきりしているので、納得して受けられるけど……。
振り返ってみると、マイクさんがいちばん大切にしてきたのはこの納得するということじゃないかと思います。ALSとはどんな病気なのか、予後はどうなるのか、胃瘻造設は、気管切開による呼吸管理は、閉じ込め症候群は……。一つひとつ調べ、聞き、考え、納得した上で次の段階に進むマイクさんの冷静さに研究者としての姿を見せつけられ、感情で動く自分をダメだなって何度感じたことかわかりません。

〈でも病院のままスーパーになっても、世間との繋がりは難しい。マイクの家ができたとして何が出来るか 何をしたいか次に考えてみたい〉
〈マイクの家(部屋)は閉じ籠る為ではない〉

ぼくは、これ大賛成です。ぼくはもとより「マイクの家」を療養のスペースとしてだけ提案してきたわけではありません。どちらかと言えば、エンジョイ・デスを全うする場、世間に発信するための場として「マイクの家」を考えてきました。病院のままスーパーになったとしても、病室をベッドの上をエンジョイ・デスを全うする場、世間に発信するための場としてとらえ、動いていければいいかなと思っています。だから、身体的介護、介助はもちろん大切ですが、そういう活動を支えることもちゃんとサポートしなければならないと思っています。

〈少しでも元気なうちに何をしたいか、何をすべきかを明日から考えます〉

マイクさん。ぼくも一緒に考えます。そのためにぼくに何ができるか。一緒に考えさせてください。

〈これはALSのお陰だとも〉

ぼくも同じようなことを思っています。がんになんてならない方がいいに決まってます。でもがんになってはじめて気づいたことや、知ったことがあります。がんになったお陰で、自分は恵まれているんだと知りましたし、幸せだと感じることさえあります。今は、がんになったことからはじめて何か新しいことを、あるいはがんになったからこそ何かできることをと思っています。

忌み嫌うべき病ですが、がんはぼくの一部でもあります。間違いなくぼくに何かをもたらしてくれるはずです。それを信じてちゃんと向き合っていきたいと思います。

ぼくが生きた痕跡に

目下の必需品。時間が経てば必要なくなると主治医は言うが……

マイクさん

抗がん剤や放射線治療に限らず、副作用というやつは投薬や治療の回数が増え、蓄積が進むと露になってくるようです。これは耐えるしかないですね。しんどいから、煩わしいからといって、やめるわけにはいきません。
ぼくは頻尿、排尿困難、残尿、尿もれがひどくなっています。治療15回目過ぎから尿もれパッドが必要になりましたが、それは備えという感じで、一番小さな20cc(ちょい漏れ用)を使いはじめました。ところが20回をすぎると、いつもれても不思議ではない状態で手放せなくなり、25回を過ぎた今、20ccでは足らず80cc用(中漏れ用)を使い、車で移動したりラジオ番組に出たり行動に融通がきかない場合は履くタイプを使うようになりました。体裁などかまっている場合ではなく、自分にとって何が必要か、しなければならないことをやるには何を選択すべきかを考えて行動しています。

〈気切体験で、一時的にスーパーになる勇気があっても、それは生き続ける覚悟ではないと清水さんに見透かされてしまいました〉

そんな中、ぼくはこの書簡の交換でマイクさんの冷静な思考・行動に驚きをもって接しています。マイクさんからはデータ重視の研究者と感情重視の文学者の違いだと指摘がありましたが、冷静にデータを求め、解析・分析し、行動しようというマイクさんに半ば憧れに近い気分で文章を追いかけています。
だから気管切開をする勇気はあっても、生き続ける覚悟ではないという言葉、実によく分かります。気管切開後の療養生活が具体的にどうなるのか、はっきり見えてこないからですよね。逆に言えばそれが見えて来さえすれば、生き続ける覚悟も十分にできるんだというとても前向きな気持ちだと受け止めました。

〈生き地獄はマイクが耐えればいいのですが、介護地獄は家族の負担です。それは運命とは言え家族の余計な負担になるどころか、やれない無理な大仕事かも知れません〉

やはりここですよね。自分は耐える用意があるけれど、家族にその負担を受け止めてくれとは言えないと。この思いやりはすごいと思いました。
ぼくはここしばらく反省していることがあります。母のことです。年老いた母の排泄について、母の気持ちよりも介護のしやすさとか、効率を中心にして考えていたのです。自分が尿もれパッドや紙オムツを使うようになって、はじめてわかったことです。尿もれで下着やズボンを汚したり、何度も慌ててトイレに駆け込むようなことはなくなりました。でも、いろんな不安が湧きあがります。周囲の人に匂いは気にならないだろうか、そんなのを使っていると知られると嫌がられないだろうか……。並べ上げたらきりがありません。使うことでプラスもマイナスもあるけど、マイナスはプライドとか尊厳(大げさかな)に関わる問題であり、他者から「何も気にすることなんかない」と言われても気休めでしかないなと。
母はもっと大変です。今、ほぼ車椅子で暮らしているので、トイレへの移乗を考えると紙オムツが便利だというのは介護、介助する側の都合なんですよね。幾つになっても女性ですから、母にだって恥じらいはある。自分がこんな状況になったからわかることです。なんと思いやりのない息子かと反省の毎日です。

〈こんな段階でマイクのためにマヤちゃん清水さんが真剣に考えて頂いているのです〉

このことも、気持ちを引き締め直しています。マイクさんがいよいよ大変な状況にさしかかっていくにつれ、自分の言葉の一つひとつが安易になっていないか。ちゃんと裏付けをもった言葉になっているか。そんなことがとても気になります。「生きましょうよ」「生きてください」「頑張りましょう」などという言葉は、ついつい無責任になりがちです。家族ではありませんから、最終的な責任は免れるわけです。でもぼくは、こんなことを言うととてもおこがましいですが、今までもこれからもちゃんと責任を持ってマイクさんに接していきたい、サポートをしていきたいと考えています。
でも決して自分が中心になるということではありません。あくまでも主役はマイクさんとご家族です。まずマイクさんとご家族が話し合って、結論を出すことが大切であることは間違いありません。ぼくたちはその結論を実現できるように、具体的なサポートを考えていきたいと思っています。そのために多くの人の力を集めたいなとも。
どこまでできるか分かりません。でも徹底的に考え、行動したいと思います。おそらくこのことは、後々ぼくが生きた痕跡につながるはずだとも思っています。

愛は生きる姿なのです

参加者全員の合作としてのマイクさんの生前葬ENJOY DEATH

マイクさん

〈結局家内は強かった〉

笑っちゃあいけないとは思いますが、笑っちゃいました。
マヤさんも、ぼくも、その他大勢の人がいろんなことを言い、いろんなアイデアを出し、いろいろ議論を深めても、そこに帰結しちゃうんですね(笑)
でもそれ、マイクさんの奧さんに対する愛なんですよね。何にも増して愛が優先するという感じですね。じゃあ別の解決方法を考えないといけないかなって、ちょっと思っています。

〈ここまで皆さんにマイクのことを考えて貰える幸せを感じます〉

もちろんマイクさんのことを考えてはいるのですが、それはご家族と切り離してマイクさんのことというわけではありません。ご家族と一体となった生活をするマイクさんのことです。だから、何をどう考えても、工夫しても〈結局家内は強かった〉という結論になるとしたら、さて、どうしたものかと思案にくれてしまいますね。

甲谷さんや、先行するスーパーALSの人たちの事例に学んだとしても、それはそれぞれ個別の状況にあるわけですから、そのまま取り入れるられないのは言うまでもありません。ならどうするか……。ENJOY DEATHグループでやっている議論の中に、ご家族、特に奥さんですね、を巻き込めるといいなあと思うのですが、なかなか難しそうだなと思います。ならどうするか……。

なるようにしかならない。できるようにしかできない。ということになってしまうのでしょうねえ。だったら「なる」「できる」範囲をできるだけひろげることを考え、そのために動くことが必要なんでしょうが、そこでやはり〈結局家内は強かった〉となると、もうお手上げって感じですね。このことを無限ループのように繰り返すと、

〈マイクが、また家族が、介護地獄や転院地獄の現実が訪れる事を知りだすと自暴自棄自死願望が湧いて起こったのです〉

という診断確定直後のマイクさんに戻ってしまうのじゃないかと心配です。そんなことにならないようにとマヤさんや大勢のお仲間が「ENJOY DEATH」の企画を立ち上げたり、具体的な支援としての行動ができるように研修を受けたり、資格を取ったりし、ぼくはぼくで精神的なサポートができないかと「往復書簡」をはじめたりしたわけです。で、マイクさんがスーパーALSへの入り口に立とうとしているまさに今、さらに具体的な支援ができないか、できるとしたら「マイクの家構想」はどうかという話になっている現状ですね。でも……。ならどうするか……。

〈スーパーALSを体験できる事を喜びと思う様にすることにしています〉

ぼくは〈体験できる事を喜び〉に思うんじゃなくて、それでも生きている、生き続けられるということを喜びと思って欲しいと考えています。可能な限り生き続けて、その姿でぼくたちに生きるってどういうことかを教えて欲しいと思っています。

愛の力が、マイクさんをよりよく生きることに向かわせてくれるよう祈っています。愛することは生きることだと思うから。マイクさん、愛しましょう。そして生きましょう。愛は生きる姿なのです。

いろんなことを学びたい

マイクさん

すみません。忙しくてなかなか返事を書くことができませんでした。
ぼくの放射線治療は21回を終えました。あと16回です。放射線科の主治医は副作用を心配しているようで、顔を見るたびに体調に変化はないか、倦怠感はないかなどとたずねてくれます。抗がん剤で激しい副作用を経験したぼくは、今回もとても不安でした。がそれほどではなさそうです。

倦怠感はありませんが、ずいぶん睡眠時間が長くなったので、ひょっとするとだるさくらいはあるのかもしれませんが、自覚はありません。ただ頻尿の残尿というのに悩まされています。頻尿なんだけど、全部出切らないんです。終わったと思っても、ちょこっと残ってそれが漏れ出てくるみたいな……。だから尿もれパッドが必需品になっています。これは前回も書いたかしら……。
ちょっとカッコ悪いなと思ったりしますが、生き続けるためですから、必要なものは必要だと割り切って使っています。でも主治医によると、治療終了後は時間がかかるとしても正常にもとるということですから、一時のことだと思います。

さてマイクさん
今日のマイクさんの書き込みでいろんなことを考えさせてもらいました。まずADLとQOLです。ADLは自分でできることの範囲だととらえればいいのかな。日常の生活動作でできることの範囲。QOLはADLでできないことをカバーした上で、さらに何がしたい、そのためにどのような支援が受けられるかという範囲だととらえればいいでしょうか。

ぼくは思います。ADLとかQOLとか、その正確な意味や実態はさておき、どちらも障害を持った人とか難病の患者にとっての言葉だと思われていないかと。これは健康な人、健常な人にとってもあてはまることではないでしょうか。エイジングがそのものズバリですね。歳を重ねるとできることができなくなる。これはあたりまえのこと。当世の話なら、運転免許証の返納がありますね。ADLでいうと運動能力が車の機能に追いつかない。だけどQOLでいうと車での移動は不可欠だ、みたいな。とするとADLとQOLは裏表の関係にある。いずれにしても、安心して人の手を借りることができたら、ほぼほぼ解決するような気がしますが。
でも人の手を借りるということが難しいんですよね。

ふたつ目に同病ピアから何を学ぶかということです。スーパーALS甲谷さんの暮らしを見学しに行かれるんですね。
ぼくは誤解を恐れずに言うと、マイクさんにとってベストなのは現状の宇多野病院に入院し続けることが、いちばん安心で快適なんだろうなと思います。しかし退院、在宅療養となった時のことを考えると、甲谷さんの暮らしに学ぶべきことは多いように思います。

甲谷さんの暮らしが、在宅療養のある一定の到達点だとすれば、どうすればそこまで到達できるか。何を解決しなければならないのかを、きちっと学ぶことが大切だと思います。たとえば気管切開後、24時間どんなケアが必要なのか。そのためにはどれほどの人員が必要なのか。公的介護を使うとしても、どれくらいの経費が必要なのか。それで主介護者たる家族の負担はどれほど軽減されるのか。そんなことをつぶさに見てきてほしいと思います。できればマイクさんの主介護者になるご家族も一緒に。

早すぎることなんてないと思います。だって、そうなること、それが必要になることは、マイクさんがALSだという診断が確定した時からわかっていたことですから。それだって支えてくれる人がいる限りちゃんと生きていけるということを、甲谷さんは教えてくれるはずです。そうして学んだことを、後に続く人たちに伝えてください。病気は違えどもぼくもその一人です。マイクさんの生き方にいろんなことを学びたいと思っているのです。

1日でも長生きしたいなあ

マイクさん

〈胃瘻造設でスッカリ痩せて筋力が落ちたのか、加速度的に弱っています〉

進行が思った以上に速いようで心配しています。ぼくがそうなのに、マイクさんご自身はもっと不安だろうなあと。どういうふうに声をかけていいかよくわかりません。ただ、まだまだ頑張ってほしいと思うばかりです。

ぼくはといえば13回まで治療を終えました。あと24回です。倦怠感とか体の不調とかといった副作用の自覚症状はありません。というか、自分では気づいてないだけかもしれませんが。強いて言えば排尿と排便が少々煩わしい状態になりつつあります。出が悪くなり、しかもどちらもいきたくなると我慢がきかなくなるという、少々困った感じですね。

車や電車で移動するときには、尿もれパッドが必要になっています(笑 こっちの方は、ぼくも加速度的に弱っているかもですね。ぼくの弱り方は少々滑稽だなと思いますが、それはぼくの性格にもよるのでしょうね。同じようなことで、深刻に悩んでいる人も少なくないですから。ぼくは自らのために尿もれパッドの換えと専用のゴミ袋を持ち歩くようになりました。

〈それに最近は殆ど意思疎通ができない状況を次々体験するばかりの日々です〉

なんだかマイクさんのいう〈生き地獄〉が徐々にはじまっているようですね。でもね、ぼくもそんな感じです。ぼくは〈がん〉という厄介者に魅入られたのかもしれません。いまは2つ目の〈がん〉と向き合っていますが、これが2つで終わるのかどうかちょっと不安です。でも、母も生涯(まだ元気で生きておりますが)で6つの〈がん〉と向き合ってきました。そのDNAを考えると、ぼくもそうなるのかなあと。

でも、落ち込んだり悲観したりとかはありません。〈がん〉も2つ目ともなると、そんなに動転も、右往左往もしないものです。腹がすわってきたというか。どうにかなるというか。どうにでもなれというか。そんな感じです。

〈ところでパーキンソンの話し易くする薬の効き目があれば 気切を急がなくなるかも知れませんが。もう少し喋れたらです〉

〈がん〉の治療法でもそうですが、難病の究明、治療法の開発、薬の開発など、はどんどん進んでいくように思います。それこそ加速度的にね。そこに希望を託すのも悪くないのではないかなと思います。だから1日でも長生きしたいなあと思います。

啓蟄を待つ

マイクさん

マイクさんはどんな「愛」を叫ばれるのでしょう。楽しみです。興味あります。先だって母のインタビューの一部を公開しましたが、やはり「愛」の力はすごい!と思いました。母の生きる力は、父への「愛」が支えているのです。愛する、愛されるというのは、とても大切なことだと思いました。だからマイクさんの「愛」にもとても興味があります。

〈世間には殺人を否定しても、価値で差別することに共感する者が多いのです〉

確かにぼくもそう思います。殺人は否定しながらも、重度の障害者や難病患者、高齢者の〈生産性〉を否定し、その上で安楽死を認めようというのです。係数としての〈生産性〉しか認められないのでしょうねえ。そういう人たちは、自らは死ぬ直前まで〈生産性〉を維持し、高め、係数で社会に貢献できると思っているのでしょうかねえ。

自分自身の〈生産性〉が否定されたとき、潔く安楽死を選択できるのでしょうかねえ。麻生さんに聞いてみたいですね。あなたが認知症になったり、その他の難病や病気でベッドに縛り付けられた状況になったら、自分をどう処しますか?と。
ああ、そうか、これは無駄な考察でした。彼らはうなるほどお金を持っているわけですから、お金をたっぷり使って介護を受けること自体が〈生産性〉を高めるわけですね。明らかなことでした。

〈法廷ではその様な差別を否定する哲学で無念を晴らして欲しいのです〉

ぼくもそう思います。〈生産性〉ではない、命そのものの価値、生きるという意味、価値を、追究して欲しいと。そうでなければ、あの事件で無残にも奪われた命を、犠牲者の命の価値を本当の意味で切り捨てることになるのではないかと思います。奪われた命の価値を取り戻すことこそ、この法廷に課せられた使命だと思います。

ぼくの闘病ですが、実はぼく自身闘っているという実感はないのです。治療に身を委ねている。そうとしか言えません。確かに少々ではありますが、身体に異変、変化が現れはじめているようです。だからと言って、何をどうするということもありません。どうにもならないものなら、耐えるしかないな……。その程度です。だから、

〈どんな闘病かは今まだ分かりませんが、そう心配せずその時その時を粉すことを・・・・〉

というマイクさんの言葉通りの状態になっているのです。ただ厄介なのは、気のせいか身体がだるくって、なんだかやる気が出ない感じがします。まあ、やる気はいつもてげてげ(鹿児島弁でちょうどいい感じ、かな)ですから、取り立てて言うことでもありませんが。だからやる気が出ないというのはぼくも同じです。

〈清水&マイクの部屋構想立ち上げや、友の会ピアネットの種撒きらしきことも出来ていません〉

これは焚きつけたぼくにも責任の一端があります。マイクさんだけじゃなくて、周囲のぼくらが、支えると言ったぼくらが、いえ、ぼくが、もっとちゃんと動かないとって思っています。3月まで待ってください。ぼくの治療が終わったら動きたいと思います。今はウゴウゴといろんなことを考え、動けずに悶々としています。まるで啓蟄を待つ土の中の虫みたいなもんです。春になれば一気に、元気よく動き出しましょう。
そのための闘病だと思って耐えていきたいと思います。