残された死に甲斐で生きる

1年前のマイクのブログ2018/5/5「生き甲斐より死に甲斐?」(死に方教えます)に 「死に甲斐」についての思いがあります

『1年前から SNSで 生き甲斐「IKIGAI」が 世界に発信されているとか
勿体ないや おもてなしに続いて 日本の心として 日本人にも意識されてきたようです

生き甲斐とは
LOVE(好きなこと)
GREAT AT(得意なこと)
PAID FOR(稼げること)
NEED FOR(世界が必要としていること)
だとか

死に方ばかりを考えるマイクですので この様な生きる意味については 多くの賢人にお任せしています
それより死に甲斐について このような簡潔な指針を作りたいと思います

「マイクの死に甲斐」とは
もう十分生きてきたことと 終末期が近いことを既に悟っており
苦しまないで死ねることを確信できれば安心して死ねる筈です
他人にお世話になっても 迷惑をかけたくないこと 感謝して死ねること
やりたいことは残り少ないし 疲れ切っていて 自分一人ではなしえないと諦められること
それでも最期に少しは それをなし得たと 錯覚でもいいから味わって死ねるならそれに越した幸せはない

「老人マイクの死に甲斐」には 生前の自己や社会の悪行を懺悔しながら生き永らえてきたので 死ぬまでには罪滅ぼしをしてから死にたいという思いが 根底にあるのです
特に 死ぬくらいなら 社会が必要なことを 死をかけてやれるのではないかと いつも思い探しているのです

SNSに発信できるような格好良い纏め方をしたいものです
死に甲斐が 高齢先進国の悩める日本が発する 日本人の心になる日は近いのです』

1年前のこのブログには 健康寿命を過ぎたことも 余命がまだ10年もあるなどと言うことも意識することなどもない元気さがあったのに また 誰もが人生100年時代と世の中は浮かれているのに マイクは生き甲斐より死に甲斐に関心があったのです

だからと言って 生き甲斐として やり残ししたことがない訳ではありません
生き甲斐と言うより 老人の責務として マイクは社会的にも 個人的にも懺悔すべきことを考え直し既に告白しています(HPなどで)
しかし 罪滅ぼしとして 閻魔様に許されるだけのことを十分したと言う自信は残念ながらありません
それでも余生にまだ充分の余裕があると漠然とした自信があり そうする積りでいました
マイクとしてどんな罪滅ぼしがいいか それを考えださねば それを実践せねばと言う思いが老人マイクの唯一の残された生き甲斐でした
それはマイクだけの思いではなく そう言う思いを持つべきと知人友人に幾度となく説いてきましたし 同じ思いの老人もいると信じています
そのような未練を残したまま安楽自死支援施設へ来た終末期老人には その願いを バーチャルな錯覚ででも叶えてあげたいと言う構想を考えているのです

実際に罪滅ぼしや そうでなくとも 誰かに仕返しをしてから死にたいと思う友人は沢山いますが 家族や世間体を考えて 元気な内はできないことばかりです
その無念を残したまま死なせたくないのです

2/6の告知の後の2月・3月の危険状態ではこのような未練がいっぱいで死に切れなかったのです
勿論二人の神様仏さんによって精神的延命されたことには間違いありませんが この未練があったからでもあるのです
その諦めかけた未練の具体化が これからのマイクの気力体力で足りるかは分かりませんが 励みにもなり ラッキーとハッピーが続いているのです
嬉しくもありがたいことです

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