濃縮に生きるなんて/見栄張ってでも❗️

高齢化に浮かれるだけで 老後が希薄になるならば 長寿を無条件に喜べません
だからと言って自分から程々にと言い切って 積極的に自死を実践したのは マイクが改めて見直している哲学者須原一秀くらいです
しかしマイクはALSという天命を得て 積極的ではありませんが 自らの死を設計し 計画的に 濃縮感と使命感で満たされるべき運命を任されたのです

ALSを3重苦3つも重なった9重苦が マイクへの天罰と受けとめながらも これをチャンスとして 天命と思い直すことができたので救われたのです
チャンスを得て 多くの方の支持とご支援で 果たすべき責務を負うのですが やれるかやれないかを掛けて 出来るだけやってみたく思います

3年前のマイクのブログ2016/4/2「生きているよりも死ぬ方がめんどう」(終わりよければ全てよし)を見直してみました

マイクには悩みがあります
家内とマイクとどちらが先に死ぬべきか
どちらが先の方が経済的で また面倒が少ないか

時々考えることがあるが 結論に至っていない
家内は稽古事での社中や付き合いも広く そこそこの葬儀を必要とする
そんな面倒なことをマイクはさせられたくない
現役でもないマイクは 自分が死んでも親戚葬だけでいいのだが 家内は体裁上それで済ますことはないだろう
葬儀と言うのは中々思うままにならないのです

どちらが先と言うよりも 関係者が少なくなるまで長生きして秘かに死ぬしかないように思う
或いは行方不明になるとかの方法も考えられるが 生きているよりも死ぬ方が面倒だと言うのは確かなようです

もう一つ 7年前のマイクのブログ2012/8/29「面白かったと言えない人に」(楽しい死とは)に

「ああ面白かったと言って死にたい―佐藤愛子の箴言集」佐藤愛子 海竜社(2012/7/1)
老人の価値は若者よりも沢山の人生を生きていることだと私は思う。失敗した人生も成功した人生も頑固な人生も、怠け者の人生も、それなりに生きて来た実績を抱えている。波瀾万丈の日々が紡ぎ出した人生の真実。

88歳の老人賛歌を 今朝の朝日放送ラジオのオハパソで道上洋三がこの本を紹介していた
美しいことだけを覚えていればいいのだと言う
終活本の類いですが 生きていて楽しかったと言える著者のような人だけに言える言葉で そう言えるくらいの人なら好きなように死んでゆかれるでしょうから 放っておいてもよいのです
しかしそんな人ばかりではない筈です
世の中には辛くて死にきれない人が殆どだから 皆ついつい長生きしてしまうのです
だから殆どの人に 最後だけだから出来る 許される楽しい死に方があるので それで長生きを諦めたらと教えてあげたいのです
そして皆 「ああ面白かった」と言って未練なく死ねる筈です
死にきれない人の為のことを考えるマイクなのです

こちらの本は
「一〇五歳、死ねないのも困るのよ」篠田 桃紅 幻冬舎 (2017/10/12)
とは言いながら 誰でも 幸福な一生になりえると言う ラッキーだけなのかは知りませんが 稀なハッピーを羨ましく思います

現実は
「死ねない老人」西浦敏之 幻冬舎 (2017/2/28)
「はやく死にたいよ」忍び寄る“老後悲劇”の足跡―他人事では済まされない!高齢者医療に25年間携わってきた医師が明かす「死にたくても死ねない高齢者」の悲惨な実態。

更にビックリ
2014/11/2「ヨハネの黙示録第9章にびっくり」(心満たされて死にましょう)
ヨハネの黙示録第9章に 「その時には 人々は死を求めても与えられず 死にたいと願っても死は逃げて行くのである」とあります

生きる事よりも 死ぬ事の方が儘ならぬことだけは確かなようです

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