ぼくをつくりあげているもの

マイクさん

それどころか自分がALSかどうかを忘れて走っているのです

ぼくはこのひと言に、激しく頷き同意してしまいました。
ぼくも時折、自分ががん患者であることを忘れています。時折というよりは、ほとんどの時間と言ってもいいかもしれません。

それを思い出すのは、定期的に血液検査やCTや内視鏡の検査を受ける前後、あるいは抗がん剤の副作用が後遺症のように足の指先に顕れる時くらいです。さらにはテレビドラマでがんに蝕まれた主人公などを見た時かな。それ以外の時は、私は健康ですみたいな顔をして、時には大酒を飲んだり、夜通し仕事をしたりしています。

ぼくは思います。
ぼくはがん患者という縛りを受ける必要はないと。がんに支配されているわけではないのです。不幸にしてがんなどという病気になってしまいましたが、それはぼくのひとつの側面に過ぎないのじゃないかと思っています。まあ、とっても深刻な側面であることには違いありませんが。

ぼくは文筆家であり、写真家でもあります。また、ラジオのパーソナリティや時折ですがタレントの真似事のようなこともしています。さらには様々な社会活動に関わったり、ボランティアとして活動したり、数えたらきりがないほどの側面を抱えています。人は誰しも様々な側面を抱えて生きています。身体的な特徴もそうだし、性格や個性もそういう側面のひとつだと思います。もちろん職業や趣味やあらゆるものを含めてです。そういう側面が一体となってぼく、清水哲男という人間をつくりあげている。ぼくはそういった側面の総体なのだと思っています。

逆に言うとひとつの側面に支配される必要はないということです。ひとつの側面はぼくという人間を語る場合の切り口にはなりますが、決してすべてにはならないということです。がん患者としての存在がぼくのすべてになんかなってたまるものですか。そういう側面もあると自覚していればいいし、必要なことをちゃんとしていればいいということだと思います。

程々かたっぷりかは思うようになれるとは限りませんが 少しは運命をコントロールできる自己責任ですがいい時代になったのです

程々かたっぷりか。ぼくは時間の長さよりも、自分の満足度や納得で自分の人生をはかりたいと思っています。そのためにもぼくは、自分の様々な側面ときちっと向き合い生きていきたいと思います。

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