そういう社会であって欲しい

マイクさん

命のコストの問題は、経済効率最優先のこの社会では、どうしても考えざるを得ないテーマですね。障がい者や高齢者の支援や介助に「サービス」という言葉が使われていることが、その典型でしょう。生きることにもお金がかかる社会、時代ですね。それは否定しません。ぼくががんの治療をしながら生きていくにもそれ相応のお金が必要だし、保険制度という社会システムに頼り、社会全体で支えてもらっていることも事実です。それを認めた上で、ぼくは思います。

ぼく自身の生きていく価値は、生きていくためにどれだけのお金が必要かというコストでは測られたくないと。
ぼく自身の生きていく価値は、ぼく自身で決めたいと。そうして自分の価値を他者との比較するのではなく、これがぼくなんだと自信を持って生きていきたいと思います。

以前NHKの「病院ラジオ」という番組の話をしたことがあります。
人気コントコンビのサンドウィッチマンが、東京・世田谷区にある、子どもに関するさまざまな病気を診る国立病院に出向き、2日間限定のラジオ局を開設。入院しながら難病に向き合う子どもたちや、闘病するわが子に寄り添う家族の、日ごろ言えない気持ちを、リクエスト曲とともに聞いていくというものでした。

その中でとても印象に残った男の子がいました。繰り返しになりますが、彼の話を。
その子はわずかでも紫外線に曝されと皮膚がんを発症する恐れがあるという難病と向き合っています。UVをカットする顔まで覆う帽子をかぶり、その上に日傘をさし、服は長袖、長ズボン、付き添っていた父親は、夏がかわいそうだとつぶやきました。

男の子は友だちからきかれたそうです。
「なんでそんな帽子をかぶってるの?」と。
男の子はその問いにすぐさま答えたそうです。
「これがぼくだもん」と。
この何気ないやりとりの中に、ぼくはこの男の子の勇気をものすごく感じました。ちゃんと自分を受け止めて生きて行こうとしているなと。難しい治療を続けながら、その上で不自由な生活を続ける。外で友だちと遊ぶこともできない……。でもそれがぼくなんだと。

「これがぼくだもん」
そのひと言は自分と向き合う力に溢れ、前を向いて生きていく自信を感じさせてくれました。
どれだけのコストをかけても、彼を救いたいと思うのは間違いでしょうか。間違いだという人がどれだけ多くても、ぼくは彼を救いたいと思うし、そういう社会であって欲しいと思います。

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