マイクさんがぼくを救ってくれているのです

マイクさん

「縁」という言葉に大きくうなずいてしまいました。
マイクさんとのおつきあいは、昨年末の京都での写真展を、僕の友人の紹介で観にきてくれたお嬢さん、雅子さんとの何気無い会話がきっかけでした。もうどんな会話を交わしたのか、その内容も記憶していませんが、拙著「死亡退院」を手渡しました。もしそれがなければ、マイクさんとのおつきあいもはじまっていなかったかもしれません。
年が明けて2月のかかりだったでしょうか、写真展の会場となったバーで雅子さんと偶然再会し、そこではじめてマイクさんにALSという診断がついたことを知りました。

「死亡退院」は、ひとりの筋ジス患者の療養生活を切り口に、決してあきらめないあきらめさせないという暮らしが、障がい者・難病者はもちろんですが、健常者にとってもとても大切だということを書いた作品でした。どんなに重い障害、症状を抱えていても、最後まで生を全うすることが、豊かな死につながると。

それを読んでくれた雅子さんとの相談ともつかない雑談の中で、マイクさんがALSの診断がついた直後からネガティブで、早く死ぬことばかりを考えていて、さらには「自死」しかないと親しい友人に自殺の幇助をしてくれとまで口にしていると聞かされました。そんな状態に家族も辟易としているとも。しかもマイクさんがこれまでに「自死」に深く興味を持ち、「自死」「安楽死」「尊厳死」について研究を積み重ね、一家言お持ちだということも知りました。そこでぼくのブン屋根性に火がついたことはすでにお話しした通りです。

マイクさんが言う「救いたい」とは少々違います。ブン屋根性に火がついたぼくは、マイクさんに深く興味と関心を持ちました。そうしてぼくよりも身近に死に直面した人の苦悩と本心を引き出したい。大げさにいうと、そのことをちゃんと社会に知らせることでマイクさんが生きた証を残してあげたいと、かなりおこがましいことを考えていたのです。手柄を立てたい、という野心を持っていたと言ってもいいかもしれません。それを「社会とのパイプ役はぼくがやります」などという綺麗な言葉でごまかしていたのです。

ところが、何がどうなったのか、ぼくは素直にマイクワールドに引き込まれてしまいました。多分マイクさんに「死ぬ意味」「生きる意味」を鋭く追及され、それにうまく答えられずにしどろもどろしている自分に驚くとともに、死についてそんなに深く考えてこなかった自分についつい自嘲してしまったところからそんなふうになっていったのだと思います。
今はこうやっておつきあいすることに、楽しみさへ見出していることももうご存知のことだと思います。それだけだはなく、マイクさんの気持ちの揺れに自分の揺れを見、それでも生きようとする姿に勇気をもらっています。つまり、ぼくがマイクさんを救っているのではなく、マイクさんがぼくを救ってくれているのです。これは間違いありません。

先だって、病室を訪ねて元気なマイクさんと過ごした時間はとても楽しかったし、ぼくにとっては大切な時間になりました。ありがとうございました。

この経過を思い返すと、これはもう「縁」というしかないと思えて仕方ありません。

ぼくがなぜ障がい者・難病者に感心を持つようになったかというおたずねですが、これは話すととても長くなりますので、折を見て少しずつお話ししたいと思います。

夜にもう少し書き足したいと思います。

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