本当は若くて元気なら生きたい この先に希望が見え愛が溢れているなら
そんな贅沢は云う積りありませんし そうでなくともこれまで死にたいなどと思ったことはありません
でも事実2万人かの人が自死し このままでは厚生省が2030年には死にたくても死ねない47万人が自死?するしかないと言うのです
個人や環境によって死にたいくらい辛い方がいるのです 増えるのです それも凄いことになるのです
天罰として自死願望者を経験したマイクには 天命として「死にたくないが死しか見えなくなっている人を救う」義務があるのです
そのために10年来 他人事として考えてきた安楽死を考え直して 自分を生贄にしてでも考え続けたいのです では 安楽死とはから
安楽死・安楽自死を見直したい
この往復書簡では 自死・尊厳死のことに限ってしかお話をしていませんでした
マイクの元々のブログ「マイクスタンディングのブログ」では 現実離れかも知れないと認識しながらも 安楽死だけを妄想のように考えてきました
安楽死が世間で注目を浴びるようになったことの大きな貢献者は「安楽死で死なせて下さい」文藝春秋 (2017/8/18)の橋田壽賀子に間違いない
多くの賛同もあるのは確実ですが批判も激しい
4月22日に「そこまで言って委員会」で取り上げられた批判を紹介しましたが もう一度上げておきます
⑴人の死に国家が関与すべきでない
⑵医療費削減や臓器移植の狙いに
⑶尊厳ある死とない死との線引きすべきではない
⑷死にそうな人に自己決定能力あるとは
⑸遺産を狙った犯罪
⑹気が変わったら
⑺認知症の人は
⑻死ぬ義務を義務化されるのでは(難病遺族会)
⑼障害者を死に追い込む
厚労省が2030年に看取られる場所なくて死ぬ人が47万人とする
病床が足りず 特養とかは一杯で だから在宅で死ねと言われても余裕ある家族があるはずもないのです
殆んどの人が橋田壽賀子のようにスイスへ行ける訳でもなく その他には自死しか考えられません
多分マイクの自死願望体験からして 家族や社会に迷惑をかけない自死をするには 殆どの人がそんな気力も体力もないはずです
その時点で安楽死や尊厳死が許されても 医者に任すだけでは追いつかないのです
赤ちゃんポストのような ホスピスのような専門施設として受け入れる体制がないと機能できないのです
安楽死支援施設は決して人を殺めるためではなく 赤ちゃんポストと同じくらい社会的に必要なのです
死にたくなっても 人は少しでも我慢できる限界まで施設があることで安心して生きることができます
支援施設がなければ 赤ちゃんを捨てるか殺すしかないし 自死願望者は迷惑構わずの自死しか思いつかないのです
勿論この自死は 誰にでも許されるものではなく 終末期老人だけをマイクは考えてきました
病人や障害者とか自死願望者などの弱者一般については考えを避けてきました
それは人権に絡み マイクの手に負えなかったから当面問題化する老人終末期だけに限るべく避けて済まそうとしたのです
でもはっきり言って 終末期に間違いないALSの老人マイクが自死願望者を体験したから 当の本人のことして必要だ(った)と言えるのだと思って 無責任でも 如何なることかは分かりませんが 安楽死について考え直して語りたいと思っています
尊厳死が去年2月に法制化された韓国では 4ヶ月で8500人が施行したという
公式には韓国が日本人の安楽死を受け入れる日を待つしかなくても 尊厳死が実際には日本でも容認されていることを考えれば 和民とか民間がヤクザ紛にやって貰いたいと昔から願っていました
そのようなことを思いつくだけを楽しんでいたマイクでしたが 実現不可能を感じて虚しくもありました
しかし今は そのような波が来ているような世相を感じます
もう一つ別の見方で考えたいことがあります
京北病院事件から20数年 これを振り返ることをマイクはこれまでしてこなかった
振り返るにはマイクが自分でするには限界がありますが 考えたいと思います
当時とは全く違う受け取り方ができるはずと思うからです