愛の表現はストレートに

マイクさん

この「往復書簡」の映像化、ラジオ化を喜んでいただけてうれしいです。でもこれはまだぼくの地元鹿児島ローカルだけでの企画です。マイクさんの尊厳死、安楽死に関する主張をもっと広く伝えるには、関西や首都圏、あるいは様々なメディアが取り上げてくれることがいちばんだと思い動いています。マイクさんの地元、京都、関西での動きは仏様マヤさんの企画に合わせて動いてみたいと考えています。一つひとつの問題を解決し、壁を乗り越えて、乗り越えられない時は穴を掘ってでも前へ進みましょう。

ところで、生前葬をした人は長生きするって聞きましたよ(笑

ここでもう一つ別の見方でマイクの心情を白状しますと、ALSそのものの悲惨さではなくて、この病を抱えて家族たちにどれほどの負担や迷惑をかけるかでした。その先の見えない症状を想像するにつけ 少しでも早く逝った方が良いと考えました。

マイクさん

はじめてあった時から、ぼくにはマイクさんの家族への思い、わかりました。
ぼくは大勢の難病患者さんを見てきたし、お付き合いをしてきました。そのほとんどの人が言葉は違えども同じことを口にします。それは「家族の負担になりたくない」、あるいは「家族に迷惑をかけたくない」ということでした。そんな彼らが「気管切開をして呼吸器をつけるのは嫌だ。早く死にたい」と口にするのは当然の帰結だと言えます。そこには愛があるからです。愛があるから、自分の命を縮める決断ができるのだと思います。

確かに自分の予後がどんなふうになるのかわからない。まるで生き地獄だと、絶望感に苛まれ早い死を望むということもあるでしょうが、マイクさんの場合は、そうは言っていてもご家族への愛があると思いました。特に奧さんには、我が家の事情とことわりながらも、「家内を拘束したくないため在宅でない療養施設を望んだ」とおっしゃってます。これは、どう読んでもラブレターだな、と思ってしまいましたよ(笑 マイクさんにとっては、愛は家族のために、そうして家族そのものがマイクさんの希望なのだと思いました。

だけど、マイクさんの愛情表現は、少し屈折してるかなとも思っています(笑 もっと愛をストレートに表現したらどうかな。そんなふうにも思います。

的外れだったらごめんなさい。

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