生きる義務はない?

昨日の埼玉のニュースに刺激され マイクには無縁と思っている人工呼吸器のことを 今朝もサイトで見てみました
学術論文や 患者さんの病歴と活動報告の詳細さとレベルの高さにビックリです
それと政府に対する陳情書など福祉活動に関わる現場の人たちの努力を知り頭が下がりました
何も知らずALSを生き地獄と決め込んでいるマイクとは別の世界観を見ているように思います
まるで人種が違うような

勿論です 今届いた返信「うれしい仲間」にあるお言葉通り こんな真似できそうもない人の真似なんかできませんし マイクは在るが儘 と言うよりもっとマイクらしく エンジョイ・デスのプライドにかけて 但し 生き地獄の前までは生続けて見せます

愛を信じられる 愛に甘えらえる人もいれば 逆に篭りたくなることもありました
その原因は自分にあるのかも知れませんし 寄り添うことを忘れた身勝手かも知れません
弱者を見る目は その人の何によってかは分かりません
社会の文化度の違い 倫理観の違いでもあるのでしょうし 環境や育ちによるので人それぞれで当たり前です
だからと言ってそれで済ます訳にはいきません
お互いに愛や優しさに頼らなければ社会は成り立ちません
そのような気持ちが誰にでも また元々マイクにもあったのか
いや マイク自身が 自分の生き地獄のさまを 卑下しているのを自覚しない訳にはいきません

憲法11条や14条を取り上げるまでもなく 弱者にも等しく人権をもっているのです
その権利は生きる権利だけでなく死ぬ権利でもあるのです
しかも生きる権利はあっても 生きる義務は必ずしもないのです?
また死ぬ権利はあっても 死ぬ義務もないのです?

好きなように最後は自分で決めたらいいと 憲法は保証しているのです?
死にたがりのALSのマイクの自死願望の話に素直に納得されるのは 医療・介護の現場の実態や矛盾を知る方々です
だからと言って その方々は絶対自死幇助をしません
それなら 西部邁の言う自裁死なる自死を許せるのでしょうか
死を自分で決める権利があっても 実際にできる 或いはしても良い死に方はあるのでしょうか
現実にはそれがないから 西部邁は単なる自死を 幇助者まで殺人罪にしてしまうしかなかったのです
それは世間が11条を無視しているからなのです
マイクも 家族を考えると自死できませんのも世間との矛盾の被害者なのです
こう考えると 安楽死は権利であり支援することこそ尊厳に値するのです

暫くはこんな話から遠ざかろうとしていたように思います
如何したことかついつい書き込んでしまいましたが 安楽死を考えることから離れられないマイクなのです
効くか効かないか分からぬリルテックやラジカットではなく 効き目のある新薬を待つよりも マイクには 安楽死を世間が認めるようになる方が早いような気がしています
しかし マイクが生き地獄になるより早いとは思えないのが悲しい

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