徹底的に生きてみる

はじめて会った日、パソコンを覗きながら熱心に話すマイクさん

マイクさん

僕がマイクさんとはじめて会ったのは、2019年3月22日でした。そうして3月26日に、この「往復書簡」が公開されました。そして僕は生意気にもこんなことを書いて送りました。

〈もう少し生きてみませんか〉

それはマイクさんに向けたひと言でしたが、実は僕自身に向けたひと言でもありました。

その頃の僕はガンの手術を受け、放射線治療を終えて、身も心も、なんとなくですがボロボロに近い状態でした。転移と再発の恐怖、抗がん剤の副作用、後遺症。そんなことが何重にも身を取り巻き、ヘトヘトになっていたのです。ただひとつ、命の時間を限られなかったということだけが、救いであり希望でもありました。

そうしてふたたび、気力を振り絞るようにしてペンを取り、写真を撮り、多くの人の前で発表した直後にマイクさんのことを知ったのです。

雅子さんから、ALSを告知されて自殺願望に取り憑かれたマイクさんの話を聞き、正直に言うと、雅子さんのSOSに答えるというよりも、個人的な興味からマイクさんに会ってみたいと思ったのです。

会って、ご自宅の2階のリビングでいろんな話をしました。マイクさんはまだまだ身体も動き、言葉もちゃんと出ていましたし、お酒も飲んでいました。普通のおじいさんでした。だけど、何度となく「自死」「安楽自死」「尊厳自死」と言う言葉が繰り返し出てきたことに、なんともやりきれない思いになったことを覚えています。

でも聞いているうちに思いました。マイクさんは僕の「負」の側面だと。後ろ向きの僕だと。僕はマイクさんよりだいぶ若かったからでしょうか。まだまだ人生に満足できていません。だから、まだまだ死ぬわけにはいかないと思っていました。だけど、これから訪れる死の恐怖から解放されるには、死んじゃうのが一番手っ取り早いなと思わなくもない自分がいました。

さっきヘトヘトになっていたと書いたのは、そんな思いを打ち消すことにヘトヘトになっていたということかもしれません。だからマイクさんに言ったのです。

〈もう少し生きてみませんか〉

と。

マイクさんは、僕の言葉に答えてくれるように、まわりのみんなが驚くように、その後1年半を貪欲に生きましたね。僕はその一部始終を見せてもらいました。そうして心に刻みました。マイクさんに恥じないように貪欲に生きようと。

マイクさん。僕も、もう少し、いや徹底的に生きてみることにします。

〈徹底的に生きなさい〉

マイクさんは今もそう言って背中を押してくれているような気がします。

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