敬意をもって

マイクさん

僕は今、穏やかなマイクさんの寝顔を見ながらこの文章を書いています。
マイクさんの意思は「呼吸器を着けない」でした。多くの人がその決断を聞いて、呼吸器を着けてでも生き続けて欲しい、どんな姿になっても生きていてほしいと思ったに違いありません。

僕もそんな人たちから同意を求められました。が、僕は同意しませんでした。これはあくまでもマイクさんが決断することであり、その決断に至る過程の中で十分にご家族とも話し合われてきたことだと思います。そこにただ生き続けてほしいという思いで口を挟むのは、決してしてはいけないことだと思いました。僕は敬意をもってマイクさんとご家族の決断を受け止めます。

マイクさん

あなたはずっと言い続けてきましたね。「死に方は自分で決めたい」と。僕もそう思います。しかし多くの人は「生き地獄を見たくない」「家族に迷惑をかけたくない」から、仕方なく呼吸器を諦めたのだと思っていることでしょう。でも僕は思っています。マイクさんの本心はすべてのことを飲み込んだその上で、いろんな人と話し、いろんなことを考えた上で「死に方は自分で決めたい」と言っているのだと。

マイクさんがそう決めた以上、静かに見守り静かに見送ることこそマイクさんの希望に寄り添うことだと思います。辛くてもそれを淡々と受け止めて、一緒に最後の時を数える。それが唯一僕にできることです。それが支えることになると思っています。そうすることで、僕は約束を守りたいと思います。最後までひとりにしないという約束を。

そうしてこの〈往復書簡〉を続けます。
そうしてマイクさんの最後の決断に至る日々をトレースしておきたいと思っています。

マイクさん、これからもよろしく!

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