いろんなことを学びたい

マイクさん

すみません。忙しくてなかなか返事を書くことができませんでした。
ぼくの放射線治療は21回を終えました。あと16回です。放射線科の主治医は副作用を心配しているようで、顔を見るたびに体調に変化はないか、倦怠感はないかなどとたずねてくれます。抗がん剤で激しい副作用を経験したぼくは、今回もとても不安でした。がそれほどではなさそうです。

倦怠感はありませんが、ずいぶん睡眠時間が長くなったので、ひょっとするとだるさくらいはあるのかもしれませんが、自覚はありません。ただ頻尿の残尿というのに悩まされています。頻尿なんだけど、全部出切らないんです。終わったと思っても、ちょこっと残ってそれが漏れ出てくるみたいな……。だから尿もれパッドが必需品になっています。これは前回も書いたかしら……。
ちょっとカッコ悪いなと思ったりしますが、生き続けるためですから、必要なものは必要だと割り切って使っています。でも主治医によると、治療終了後は時間がかかるとしても正常にもとるということですから、一時のことだと思います。

さてマイクさん
今日のマイクさんの書き込みでいろんなことを考えさせてもらいました。まずADLとQOLです。ADLは自分でできることの範囲だととらえればいいのかな。日常の生活動作でできることの範囲。QOLはADLでできないことをカバーした上で、さらに何がしたい、そのためにどのような支援が受けられるかという範囲だととらえればいいでしょうか。

ぼくは思います。ADLとかQOLとか、その正確な意味や実態はさておき、どちらも障害を持った人とか難病の患者にとっての言葉だと思われていないかと。これは健康な人、健常な人にとってもあてはまることではないでしょうか。エイジングがそのものズバリですね。歳を重ねるとできることができなくなる。これはあたりまえのこと。当世の話なら、運転免許証の返納がありますね。ADLでいうと運動能力が車の機能に追いつかない。だけどQOLでいうと車での移動は不可欠だ、みたいな。とするとADLとQOLは裏表の関係にある。いずれにしても、安心して人の手を借りることができたら、ほぼほぼ解決するような気がしますが。
でも人の手を借りるということが難しいんですよね。

ふたつ目に同病ピアから何を学ぶかということです。スーパーALS甲谷さんの暮らしを見学しに行かれるんですね。
ぼくは誤解を恐れずに言うと、マイクさんにとってベストなのは現状の宇多野病院に入院し続けることが、いちばん安心で快適なんだろうなと思います。しかし退院、在宅療養となった時のことを考えると、甲谷さんの暮らしに学ぶべきことは多いように思います。

甲谷さんの暮らしが、在宅療養のある一定の到達点だとすれば、どうすればそこまで到達できるか。何を解決しなければならないのかを、きちっと学ぶことが大切だと思います。たとえば気管切開後、24時間どんなケアが必要なのか。そのためにはどれほどの人員が必要なのか。公的介護を使うとしても、どれくらいの経費が必要なのか。それで主介護者たる家族の負担はどれほど軽減されるのか。そんなことをつぶさに見てきてほしいと思います。できればマイクさんの主介護者になるご家族も一緒に。

早すぎることなんてないと思います。だって、そうなること、それが必要になることは、マイクさんがALSだという診断が確定した時からわかっていたことですから。それだって支えてくれる人がいる限りちゃんと生きていけるということを、甲谷さんは教えてくれるはずです。そうして学んだことを、後に続く人たちに伝えてください。病気は違えどもぼくもその一人です。マイクさんの生き方にいろんなことを学びたいと思っているのです。

Share this...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です