清水さんからの返信をしっかり読み返しました
何でも比較したがるマイクを懸念しての有り難いお言葉です
今 病室に全く意思疎通できない患者が居られるのですが その方 他人の命を価値をマイクが詮索できません
ましてや ランキングする意味もありません
いのちはそのひとだけのものです
その方の家族を見ると(本人より)家族のものです
だけどそんな尺度があるならマイクのQOLとして知ってみるのも面白い
自分の幸せと 誰彼への感謝となるかも知れません
マイクが価値比較をできるものならと期待したのは 元々 終末期を迎えた老人に限っての安楽死の価値を比較のためです
しかも社会的に それが必要な時期が迫って来ると推察してのことです
勿論清水さんのお母さんの様な元気老人には無用なことです(考えておいた方がいいに決まってますが)
老人のことでなく障害者のことでは相模原事件を考えない訳にはいけません
意思疎通できない障害者には生きる価値がないとする植松哲学を否定する論客が現れるのを待っているのですが 3年経って未だ植松は堂々と正当化している
間違いなく殺人については 罪であるのは明白です
本人自ら殺人を詫びていますが 障害者の無価値論は全く変えていない
弁護士は大麻精神病による無罪とする戦略ですが 植松哲学をどう論ずるのかに期待しています
検察側も単なる殺人の量刑では済まされない
被害者の無念を晴らすには社会の障害者差別を明かにしなければならない
世間には殺人を否定しても 価値で差別することに共感する者が多いのです
法廷ではその様な差別を否定する哲学で無念を晴らして欲しいのです
なのに法廷で被害者が匿名で闘うのは悲しい
返信には 清水さんからマイクの価値を痛く持ち上げて頂くばかりで恥ずかしい限りです
意思疎通が極めて困難になったマイクは 指差し文字盤から タブレット入力読み上げ にこれからチャレンジします
2/1に 京都芸術センターで 前田耕平(コンテアーティスト)企画の パフォーマンスに参加します
テーマLove Noise でグランドに集まった目標500人が 「愛について」声を発する
その映像が作品化される
マイクは音声読み上げの文章をこれから・・