胃瘻造設は簡単でも胃瘻生活は大変です

相模原事件で思うところを書き始めても 直ぐに行き詰まるのは毎度のことです
マイクには障害者の領域を考える思考能力がないことに気付くかからです
障害者当人になったのですからとの思いがあるのに!
元より 安楽死について考えるのも 終末期の老人だけに限っています
人の(命の)価値を数量で認識することが 将来財政的に必要な時代になるとするベッカーや麻生の社会的見方に マイクもそれに染まりかけなのを清水さんが懸念されているのです
その程度の思考レベルでしかないのですが 夢も愛も欠けた現実思考だからなのでしょう

清水さんからの返信で昨日気がついたのは 命の価値を一般論で理解しようとすることの間違いを指摘されて目が覚めたかもしれません
しかし多様な命の個性をランキングするほど不埒なことを望んでいる訳ではありません
他人のことでなく マイクが自身の価値を知り得るものなら知り 自分の価値を実感・納得して生きたいと思うからです
その為には先達の一般的な基準があれば参考に出来ないかと思った時にベッカーを知ったのです
絶対比較の意味はありませんし 出来ないでしょう
自己満足としての自分の価値を求めているのだけなのです

ここまでで書いたところで 実はふらふらなのです
今日の朝食後エンシュア500ccの胃瘻注入を終えて ベッドで寝転んでいたら 胃液が逆流して それをうがいしたら誤嚥してしまいました
相当苦しく昼食をやめたくらいです
胃瘻注入の後は寝転ぶのはまずいとリハビリ療養士から事後注意されました
入院生活で胃瘻造設後は色々と問題があります
胃瘻後は気切まで ゆるゆると体力が落ちるだけかと思っていましたが 殆ど会話が通じなくなり 右手の使い勝手も殆ど使えません
これからはもう新参者でなく 既に生き地獄の入り口らしき雰囲気なのです
胃瘻造設は簡単でも胃瘻生活は大変かも
気切はもっと大変なのです
本当言うて 知らんけど・・・

これはもう新参者でなく 既に生き地獄の入り口らしき雰囲気なのです

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