今日1/17は 阪神・淡路大地震から25年になるのですね
天災や事件は避けられない運命なのですが その運命にも何故か人に幸不幸の違いを神は付けるのです
マイクは25年前 会社の在宅酸素(濃縮器)事業部門がレンタル先の患者宅を隈なく訪問確認するのを手伝って 現場を沢山見る機会がありました
現場で損壊した家と何でもない立派な家が隣り合っている現実を沢山見て 果たしてそんな隣同士で助け合いがあっただろうかを知りたく思ったのが 今も脳裏に残るのです
ボランティアの話は報道の話題になるが近隣・地域同士の助け合いの様子をニュースが扱っているかとずっと意識して探して来ましたがありません(25年間?)
ボランティア支援より 大丈夫な家が近隣の潰れた家を支援する事が何よりも急がれる筈です
災害の助け合いは先ず自分で自分を 次に隣近所町内で 自治会レベルで その後公共からの支援に期待したいものです
ボランティアの前に自分でできることできないことを明確にすることが大事なのです(必要な支援を)
25年前には 自治会のことなど考えたこともなかったので 災害前提に近隣との付き合いの大事さを考えたことなどありませんでした
最近はマイクも自治会役員するなどで災害での自治会の役割活動が進化しているのを見ています
コミニュティの意識の変化が防災だけでなく広く生活に根付いてきていると言えると思います
防災だけでなく社会福祉や共生社会の向上もコミニュティマインドが必須なのです
震災がボランティアや防災で日本の地域力を育て 社会を進化させるイメージが見えるように思えます
今テレビで小泉環境相が育休とるとのニュースで100%実施の会社の紹介と 公的病院統合推進に 地方病院を含めるよう厚労省指示があったと
日本人が忘れた家族や地域の助け合いが蘇らせる動きを感じます
震災で 忘れられない話をもう一つ
会社の芦屋の独身寮の近くの神社の鳥居が倒れたのを 寮生がこんなにひどい地震とは思わず 鳥居に立ち はしゃいで写真を撮って 後で罪悪感に苛まれたと言う
彼らを慰める言葉を誰も掛けなかった