Re:難病病棟は修行の場に

マイクさん

早速のお便りありがとうございます。
リハビリ、お疲れではないですか。ゆっくりぼちぼちいきましょうね。

全員車椅子でマイクより高齢の女性が多く介添えのいる方もおられる
ベッドにはもっとキツイ方がおられるでしょうし
入院前からそのことをマイクがどう捉えるか
心配でもあり辛さを予感していたのです

マイクさんがそう感じられるの、当然だと思います。
ご自分がこの先どのような道を歩んで行くのか、それは気になって当然のことだと思いますし、しかも医療側の人たちは、もちろん気を使ってのことですが具体的な道のりについて多くを語ってくれない場合が多いと思います。
では、マイクさんがいつも気にしておられる「私はどのように死に行くのか?」を探ろうと思えば、ご自身より重症の患者さんに学ぼうとされても当然のことではないでしょうか。
しかし、大切なことは、それは標準化できないということです。それぞれの患者さんに個別の症状、個別の状況があると思います。それぞれの患者さんは、過酷な闘病をそれぞれの状況の中で闘っておられるということではないでしょうか。

食べながら不遜にももとより関心があった相模原事件を思い出しました
マイクは自分をクオリティオブライフで見るばかりか
他人までそう見てしまう習性が抜けない
老人と若い人では見方考え方が違うことも分かっているのですが
現場にいて考えがどう揺れ動くか焦らずに修行のつもりで悩んで見ます

ぼくはこの一節を読んで、マイクさんがQOL=quality of lifeを生きる価値ととらえられているんじゃないかと思いました。
QOLは生きる価値ではなく、文字通り生活の質の問題だと思います。ぼくは、それを高めることがQOLの意味だと思っています。でも、その質が高いかどうかなんて人それぞれ感じ方が違うのではないでしょうか。そこは他者との比較ではなく、つまり他人を見るのではなく、自分自身の中に生きる意味、生きる価値を見いだすことが大切なのではないでしょうか。少なくともぼくはそう思って日々を生きています。

ぼくにとっての生きる意味、生きる価値については、またあらためてお話ししたいと思います。

僭越な物言いをお許しください。

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