対酌しましょう!

マイクさん

ぼくはいま、自分の口でものを食べ、酒を飲んでいるという、この当たり前のことがすごく幸せなことなんだと感じています。幸せなことであり、とても大切なこと。生きていくために必要欠くべからざることなんだと。いままでそんなこと微塵も思ったことありませんでした。

毎日、ただ口を開き、食べ物を放り込み、咀嚼し飲み込む。無意識の行動、行為。だから、つくってくれた人の思いを慮ったり、感謝したりなどという心の動きや豊かさを蓄積し、人生の豊かさにしていくのではなく、ただただあれはうまかった、これはもうひとつだなどという、どうでもいいようなことを口走り、それが豊かさだと錯覚していたような気がします。

〈元気な頃の対酌してた頃を思い出します〉

対酌、楽しかったですね。何を飲んでいるとか、何を食べているとかじゃなく、誰と向き合っているのかが、その楽しさの根っこにあると思います。たとえPEGからの注入でも、それが可能ならマイクさんとの対酌を楽しみにしたいと思います。一緒に飲みましょうよ。

痛みが早く取れるといいですね。PEGが早く身体の一部になって、自然になって、マイクさんが自分でお酒を注入している姿を思い浮かべて、ふふふと笑っています。そうすると、人工肛門を拒絶した自分は何なんだろうなって、ちょっと思ってしまいました。

ほんと、マイクさん、一緒に飲みましょうね! 対酌しましょう!

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胃瘻拒否ってあるの?/たかがピアスを?

昨日のPEG造設は呆気なく終わりベッドに戻って目が覚めてからは努めて動かないようにしています
ジッとしていれば痛くも痒くもありませんが姿勢を変えると腹筋に力が入り確かに痛みますが 痛み止めは断りました
後は点滴か食事で体力回復ですが見通しが付きません

造設前の日の夕飯までで一応の食事は終わり それからは栄養剤点滴500g86カロリーしかないのを日に一回と言うのがどう考えてもおかしい
昨日の造設の日の朝一と 今朝の朝一は 止血の点滴500gと抗生剤点滴100gがありましたが 計算するまでもなくエネルギー源が足りていない?
それでも大筋完了で いつから胃瘻食が取れるのかを待つのも楽しみです?
昨晩からは従来通りの食前食後の錠剤を潰してPEGから注入しています
絶食中なのに時間合わせて!

それよりも何よりも早くボデイピアスを自分の目で見たいのですが 左肋骨の下は自分では見辛くまだシッカリ見ていません
これでは自分一人で栄養剤を調合しPEGから注入できるのかどうか不安です
これからの栄養管理や生活指導などがある筈だともいますが これで家族が食事の手間が少なくなるものだと思っています
但しお酒の注入くらいは自分でしたいものです

清水さんからの返信に
「どのような思いもひとつ残らず共有できたらと思います。」
と ありました
元気な頃の対酌してた頃を思い出します
口で味わい 栄養剤をPEGから注入で また酒もチビリチビリと十分酔えるのですが 乳房を隠すように赤ちゃんに乳をあげるように ひと前でマイクはピアスをどう隠したらいいのか?

ALSにとって PEG造設については 大事な筈の関門ですが意外と死生観を語るほどのことではなかったのです
この程度の想いしかなく 清水さんと共有するほどではないかも知れませんが 多分ゆとりを持って元の病院ベッドに戻れるように思います
一人部屋は退屈します
せめて食事で時間を潰したいのですが いつからでしょう

すべての思いを共有したい

マイクさん

胃瘻造設手術お疲れ様でした。気分はどうですか? ひょっとすると痛みがあって大変かもしれませんね。
ぼくの場合、いやがんの場合、進行しているにもかかわらず、痛みを伴わないというのが恐怖であり、不安でもあります。痛みというのは、身体がダメージを訴えてるんですよね。がんの進行にほぼ痛みを伴わないというのは、身体がダメージを感じてないということかな……。ですよね、きっと。「悪性新生物」などと言ってはみても、自分の細胞の一部なんですもんね。自分自身なんだ。だから痛みも感じない。異変は静かにひろがって、身体自身がダメージを訴えるようになると、状況はとんでもないことになっている。恐怖です。

バラの花1輪。マヤさんの心遣いうれしいですね。どんな状況にあっても、マイクさんをダンサーとして認め、受け入れようとする。すごいことだと思います。ぼくは胃瘻で栄養補強をしながらクローン病と向き合い、現役の競艇選手として活躍している人を知っています。マイクさんも胃瘻造設での傷が癒え、ちゃんと栄養補給ができ、体力が回復したら引き続きダンサーとして活躍できそうですね。楽しみにしています。

〈清水さんも 手術にするか放射線にするか抗癌剤やホルモンにするか。夫々の担当医の言い分の違いで迷わされてはいませんでしたか〉

たしかにそれはありました。前立腺がんの専門医は、ホルモン剤治療を主張しましたが、放射線医は放射線治療で十分と主張しました。その間を結構揺れましたし、悩みました。でも、放射線治療を受けると決めてからは迷いはありません。来年年明けからの治療開始で、がん発見から半年以上経過するわけですが、進行して手遅れにならないかと不安もなくはありませんでしたが、それまでPSAを測定してちゃんと観察しましょうという双方の医者の言葉で、今は安心もしています。やはりいちばんよくないのは〈不安〉だと思いました。わからないことに起因する恐怖と言い換えてもいいかもしれません。マイクさんが、自身の予後がどうなるのかわからないのが不安だと言っていたことを思い出します。

そう思うと、

〈生き地獄 介護地獄 転院地獄〉

の3つの地獄の中で、どれも経験したくはないけど、やはり〈生き地獄〉だけは避けたいなとぼくも思います。介護地獄、転院地獄については、いろんな人の状況を垣間見ることでなんとなく想像はできますが、〈生き地獄〉だけはどうにもこうにも想像も予測もすることができない、まったくの未知の状況です。怖いです。マイクさんの不安がどれほどのものか、もちろんわかるわけはないのですが、それを想像するだけで怖いです。

〈それよりもまずまずの楽しく生きていることを喜び過ごすことの方がいいのかも知れません〉

もちろんそうだと思います。今日生きていることを、まず喜びとする。そのことがいちばん大切だと思います。でももし恐怖や不安で押しつぶされそうになったら、そのままを伝えてください。どこまでできるかわかりませんが、自信はありませんが、どのような思いもひとつ残らず共有できたらと思います。共有したいと思います。

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転院は地獄でないかも?

転院先への引き継ぎに 幾つか 例えば食事と点滴の考え方の違いなのか内容の喰い違いがあるまま行ってしまえの転院でした
その為にか体重が51キロまで減りましたが 明日の胃瘻造設には体力はそこそこあるでしょう

清水さんも 手術にするか放射線にするか抗癌剤やホルモンにするか
夫々の担当医の言い分の違いで迷わされてはいませんでしたか
結構病気そのものの事よりこんなことで悩まされます

今日は明日のPEG造設待ちの日曜日です
これがなければ 今日はマイクもKDEとして明倫自治会主催の明倫フェスティバルで踊ることになっていたのです
マヤちゃんがその時に使う予定だった薔薇の花を病室にわざわざ持ってきてくれました

マイクの体の調子を昨日話しました
今日は久しぶりに この先のことを考えて見ましょうか
これまでのマイクは 生き地獄 介護地獄 転院地獄が ALSマイクにとって言わずと知れた「3大地獄」であり これを怖がっていたのです
この中で逃げようにも逃げられないのは この世の天罰である 「生き地獄」です

(難病と言っても 原因が分からず治療法も頼りないALSのような病は多くないのです
特定難病333の殆どが原因不明でも 「生き地獄で死ぬようなものではない」のではと最近勘付いたのですが 調べようがないのでそうではないかと思っているだけです
難病から本当に逃げられないのはマイクが逃病するしかないと言っているALSで それでも相当初期症状なら最近は幾つかある治験中の処方があって その可能性を祈ることぐらいは気休めになるでしょう)

マイクは天罰と受け止めており諦めがつくのですが でも生き地獄だけは避けたくはあります
痛みが続く大変な難病もあるのですが 難病の中でひとつだけ選ぶとすれば ALSはそんなに悪いものではないとこれまで何度も話してきました
きつくはないのに永く治らずの難病は幾つか知っています
その難病はその病気で死ねないどころか何時迄苦しむのか分からないような 不安とがあります
その点ALSは徐々に いや適当な速さで老化が進むような病ですが マイクは生き地獄について実はまだ予測想像できていません
医師は最もなりたくない病のトップに挙げているそうなんです
多分医師として生き地獄を大勢看取ってきただけあって それを危惧してのことだと思います 相当きついのだと

あと二つの地獄は 初めの頃はこちらの方が怖かったのです
どうした事かまだマイクには迫ってきていません
老老介護などが当たり前の「介護地獄は親族の倫理を問われる」難しさがついて回りますし 厚労相が在宅療養を勧めるですが そうできる裕福な人は1割ほどとか
特にマイクは家庭の事情から在宅が難しい悩みがあるのです

また厚労省の医療費削減でベッド数を減らすなどでの「転院地獄も深刻なのです」が どうした事か 今回の転院体験はとても楽しめました
転院地獄など以ての外と思っていましたのに 新鮮な体験ができて癖?になりそうです

こう考えてみると 生き地獄をなんとなく想像しているだけで定かでは無いのです
隣のベッドの若者や スーパーALSになった高齢の方を見ながら想像しているのですが 呼吸器をつけるかどうかの時の呼吸の苦しさと スーパーになってからの体の辛さやコミュニケーションが思うようにならない辛さなど 今のマイクが想像することなどまだ 必要ないかも知れません
それよりもまずまずの楽しく生きていることを喜び過ごすことの方がいいのかも知れません

何でもすれば済むと言うものでは/数字で!!

今日もいつものように励ましを頂いてありがとうございます

清水さんの前では 少しでも格好つけて置かなければと思っているので この往復書簡の為にふと思いついた言葉を普通ならメモしておくのですが ベッドの上で書いたメモは既に書けない読めないのです
折角閃いた言葉をメモに残そうにも思い出そうにも一月前から儘ならないのです
今日明日は土日で検査も何もないので 胃瘻のことでなく最近急に進んだマイクの手足の症状についてお話しします

文字盤を持ち歩かないといけないほどの構音と 胃瘻を急ぐほどの嚥下の障害だけではなく 最近急に右手の筋力ダウンが相当進んでいます
一月程前から 右手指の摘む力が全くなくなり ガラ携などは左手で取り上げても畳んだのを右指で広げるのに苦労します
それでも左手は先ず先ずなのが救いでしたが 最近は言うことが効かなくなってから右手指の役目や器用さ便利さを思い知ります
その左手も確実に握力ダウンは始まっていますが 力が弱くても右指手の器用さでなんとかやれていたことが 今は出来ないことが増えました

でもこの程度ならまだまだぼやくほどマイクではありません
いつだったか このブログでリハビリ室で右手指のハンドリング検査で自分の不器用さを笑ってしまったことを思い出します
他人がこうも不器用にやっているのを見ると可哀想と見てしまうのを 自分のことなら笑えたのです
自虐的性格のマイクではあるのですが ALSになってからのマイクの人間性の向上ではないかと悦に入っていました

下半身は 右足の筋肉は痩せていても 気にせず立ち振る舞いできるのですが ALS告知前からの腰痛もあって 歩くのは辛いのです
それより何より 姿勢が悪い これの方が辛いのです
元よりマイクは首が前に落ち出ていて平身低頭 背中が猫背!
次男とは言え商売人の息子なのです
商売人には謙虚なこの姿勢は欠かせないのです?
しかしダンサーとしては?恥ずかしくも 変えようにも変えられません
(もう一つ 両足の脹脛は太過ぎて格好悪いのです
学生時代の山男のもので 50代にやってたマラソンやトライアスロンの仲間からは走りの足ではないと蔑視されていました)

更に気になるのは 右手指の5本とも曲がったままで 真っ直ぐに開けず握りももできず掴めないのです
問題は これくらいは我慢するしかないのですが 左手のがどの程度かでも進むと 全くサポートできなくなる右手では 極めて日常生活に支障あると思い知ります
しかも急に両手が!何も!それよりそう成るのは何時頃か?

こんなことより当面の胃瘻造設後は?も少しお話しします
余り心配していません
食事は一寸でも口で味わい 嚥下しないで吐き出せば それで大いに味覚満足と思っているのです
しかも今程見舞いに来た下の娘が 神奈川の高塚医師が障害者施設「リエゾン笠間」内で 胃瘻から とろみビールを患者に許可している動画を!

さてまた序でに 清水さんからの返信で マイクが胃瘻措置とか処置と言っているのを「造設」と言われていることを知ったことを!
流石に詳しいこの分野のことでと申したら失礼になる位ですが マイクのいい加減さに恥ずかしくなりました
この病院の医師から渡された資料には PEG(内視鏡的胃瘻)造設とありました
看護師もPEGペグと言っていたので 調べてみて分かっているのに何の略かを意地悪に聞いてみました
チューブ状の物なので 短いのにカテーテルとも言い 看護師学生に宿題にして知ったバルーン型(交換1週間)とバンパー型(半年)があることは 娘の教えてくれたサイトで呼び方を知ることに
夫々長短がありそうですが バンパーの方がピアスらしい?

追伸: 昨晩からの食事は3食ともそのゼリー食とは 80カロリーくらいのデザート2品だけ 点滴もなし
これでは明後日の造設に体力は持ちそうもない!
昼食の後 看護師にそう言うとお粥を追加しますと言う
それから86カロリーしかない点滴500gもプラスして貰いましたが喜ぶほどか?

造設の前 いつまで(空腹にして置かなければ?)どれだけのカロリー?(1日3食と点滴1回では300もないのでは?)
明日は完全に休みだから 造設までこのままと覚悟
成るがまま 成るように成る ケ・セラ・セラ!

いや 成るように成るのは当たり前で 延命にはなる術かも知れませんが この数字では満足どころか納得できませんのに!

夕食にミキサー粥が付いていました
100gでした
これまで270でしたのに
今測ったら体重は51.3です
54.5あったのです ここ数日前は

命の力を回復するため

マイクさん

〈今週のこの忍耐試練は過剰なリスク意識ではなかったのでは?〉

マイクさんの側に立った「忍耐試練」は実は、

〈3日前の朝食のミキサー食を酷く咽せ込んだのを看護師のカルテに書かれて、リハビリ療養士から問題視され、直ぐ絶食指示が医師から出て、その日の夕食から今朝まで2日半は点滴だけでした〉

という病院側のドタバタ劇だったんだなって、泰然自若としているマイクさんの姿が思い浮かんで、不謹慎ですが笑ってしまいました。〈過剰なリスク意識〉はいったいなんのためだったんだろうって。転院した病院では、胃ろう造設手術をする医師が、お腹減ってるでしょうからすぐに夕食にしましょうって、どんな形であれギリギリまで可能なことを追求するというのは大切なことだと思いました。

何かができなくなれば、それを何かで補うことができる。経口で食事ができなくなったら、胃ろうで食事する。それもできなくなれば点滴で栄養補給を……。それを延命というか、代替というか。確かに延命かもしれないけど、それこそ過剰なんじゃないかと思います。自立して、歩いて移動できなくなったら、車椅子で移動する。車が運転できる間は車で、自転車に乗れる間は自転車で。車椅子はちょっとねというなら、電動カーでって。移動手段なら、その代替を延命などとは言わないでしょうが、それだって同じことですよ。きっと。

何かができなくなれば、それを何かで補うことができるって言いましたけど、もうちょっと前向きな言い方に変えたいと思います。人は何かを失っても、その度に何かを得る。そうやって生きていくものだと。

ぼくの前立腺に再発したがん。前にもお話ししましたが、大腸がんを摘出した時の直腸の縫合部が前立腺と癒着しているので、手術の場合だと直腸も一緒にとらなければならず、人工肛門になる可能性が高いと。しかし、生きていくためにはがんを除去しなくてはならず……。人工肛門になったって生きていけるわけで、別に大きな問題ではないのですが、これから先まだまだアクティブに仕事を続けていくことを考えて、それを避け放射線治療を受けることにしました。

実はこれだって、放射線が縫合部にあたることで、なんらかの不具合が出るというリスクもあるわけですが、いずれにしてもがんの治療を避けて通れないのは明白です。何れにしてもリスクによって命が後退するというイメージがあるかもしれません。でも、ぼくは生きていくための選択だと思うし、がんによって後退を余儀なくされたぼくの命の力を回復するための選択だと思っています。

〈楽天と慎重の狭間〉

そういう意味では、ぼくもその狭間を揺れて生きているわけです。
あれができなくなったらこれ。これができなくなったらあれ。
そうやって命の力を回復していくのです。

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楽天と慎重の狭間にお任せしか/結果次第?

2週前に新築移転の総合病院に 胃瘻造設のために早朝に転院しました
3日前の朝食のミキサー食を酷く咽せ込んだのを看護師のカルテに書かれて リハビリ療養士から問題視され 直ぐ絶食指示が医師から出て その日の夕食から今朝まで2日半は点滴だけでした
荷物をまとめ手続きするのも全て娘なのですが 疲れだけでなく空腹感も急に出てきました
今は明々後日の手術前の検査の腹部CTを早くと待ちながら 病室のベッドで休んでいます
この疲れは朝からの転院のために点滴ができていないためのエネルギー不足なのでしょう
これを察してここの医師は明日でもできる手術を 明日の土日は出来ないので月曜までの点滴より 直ぐに夕食にしましょうと言うことになりました
3日前から慎重を期して絶食をしてきたのに エエッつと思ってしまう
誤嚥しないように注意するのは勿論 食事レベルをゼリーにしてもらいました
今週のこの忍耐試練は過剰なリスク意識ではなかったのでは?
楽天と慎重の狭間にあるのは 運不運と言うほど大袈裟ではありませんが 成るがままで済ましたくない気持ちが残ります

もう一つびっくりしたのは 担当医は消化器内科でした
前の病院で説明を受けておられるでしょうけどと言って胃瘻造設の説明を詳しくして頂きました
睡眠剤注射と局部麻酔と胃カメラとで 内視鏡で臍の左斜め上から胃の内側まで通る細いシリコンパイプを通し そのパイプを太くし両側で開く事で腹壁と胃壁を固定する
20分も掛からないと聞いて それで内科治療なのだと納得
造設後痛みが残るが3日ほどで帰れるとか 半年毎に簡単に交換するなど詳しく聞く
25日月曜の退院可能まで話できました
何だか呆気なく 安堵も混じってベッドに横たわっています

と言うような訳で まだCT検査を待っています 15:30
その間 この新築病棟のことを
多分全室個室なのだと
最上階4階  景色はいいが ひとりは一寸寂しい 確実に
ナースセンターは部屋でなく 廊下とオープンスペース

16:00 CT検査終了で戻りました
マシンは最新式に買い替えている
よほど儲かっているのですねと言うと検査員はハイと!
機械は新しいが人は古いままですがと笑うw

今日はこれくらいにして 夕飯のセリー食を待ちながら一休みする事に

追伸:転院に紛れまして 清水さんからの嬉しいメッセージを読んでからでしたのに 清水さんへのお言葉もなしに送信してしまいました
いつもながらの気の利かないマイクで済みません

もう一つ CTの結果 胃腸の位置に問題なく造設出来ますと また血液検査で凝固も問題無いと医師が言いに来られました
序でに マイクは麻酔が効きにくい事を 何故かもお聞き頂きました
任しといてと言われ もう心配なことは何もありません 17:00

ハードボイルドに! カッコウよく!

笑顔で手術室に入ったあの日。もう2年前だ……

マイクさん

〈たかがボデイピアスぐらいで〉

ちょっとニンマリしてしまいました。なんだかハードボイルドだなあって。フィリップ・マーロウでも現れそうですね。ボコッ! バキッ!て音が聞こえてきそうです。

そう思うと〈遣り過ぎ〉という言葉も、万全を期すという意味であっても、なんだか妙にハードボイルドに聞こえます。ぼくは自分の手術の前に執刀する若い医師にたずねました。1週間にどれほどの人数を切り刻むのかって。するとその医師はニタっと笑いながら、

「最近は切り刻むようなことはありませんよ。穴を開けて、そこからアームのようなものを突っ込んで……」

と、細かく説明してくれました。人数については「それなりの数を」と。患者に対しては合併症の恐怖、不安を煽って、それまでに口腔内のケアまでしろという割には、執刀する側は相手が変わるだけで、まあまあ日常なんだなと思いました。普通のことなんだと。じゃあ、こちらも必要以上に不安になることはないな。日常茶飯事の1コマにはまってりゃあいいんだと。

そんなことを思いながら読み進んで、

〈今朝から栄養剤点滴とラジカット点滴のルート(針)セットに6回も失敗。体重も昼には53kジャストに減っている。
なのに主治医は回診で、胃瘻の後は筋肉を沢山つけましょうと言う。ALS患者にそんなことできるのでした?〉

ここまできて、申し訳ないですが、プププププと噴いてしまいました。ハードボイルドというか、ブラックというか……。
こうなると、難しいかもしれませんが、不安かもしれませんが、すべて身を委ねてあるがまま、成るように成ると思うのがいいのかもしれませんね。

明日は明日の風が吹く

マイクさん。ハードボイルドに生きましょうよ。
カッコウよく生きましょうよ。

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たかがボデイピアスぐらいで

何しろ手術をするのが初めてです
清水さんの経験された癌に比べれば至極軽いものだと 全く不安はありません
だけど手術の前に 窒息の可能性を避け 肺炎で体力を落とさぬようにと絶食までして待たなければならないのです
患者に余計な心配をさせない為か 主治医から手術の心構えなど訊いてみましたがなにもない
でもリスクを最小にと 遣り過ぎではと思ってしまうほど万全の処置をするのが医療行為の原則なのです
たかがボデイピアスぐらいで

在るが儘 成るように成る 卓越した気持ちになって天命に従うことがマイクにとってとても難しいことと何度もここで白状したように思います
主治医からこの程度の説明で身を任せてしまうのです
元々人間不信と言う程の性格ではない筈なのですが まあいいか
北陸生まれの他力本願 お任せの信心が身に付いているのです

今朝から栄養剤点滴とラジカット点滴のルート(針)セットに6回も失敗
体重も昼には53kジャストに減っている
なのに主治医は回診で 胃瘻の後は筋肉を沢山つけましょうと言う
ALS患者にそんなことできるのでした?

向かいのベッドの胃瘻設置のパーキンソンの方は 昨日のプリンでか誤嚥性肺炎になって39度になり ベッドのままレントゲンを撮り 絶食が始まりました
そして流動栄養剤を注入するのを見て 来週からのマイクの姿を想像することに

延命だと言われても

マイクさん

ほんとうに爽やかな季節になりましたね。とはいえ、鹿児島は1日に1年が詰まったような季節ですが。午前中は春、午後は夏、夕暮れから日没は秋、闇が降りている間は冬……、そんな感じです。朝夕は上着が必要ですが、日中はTシャツ1枚でも歩けそうな。

季節とは裏腹に、マイクさんは憂鬱な日々を過ごされているのではないかと、このブログを読みながら思っています。何をどう励ましても、目の前にある状況は変わらないのですから、言葉の持つ力の頼りなささを、言葉を使う者として痛切に感じています。とりわけ「頑張って」などという言葉の虚しさを。

今のぼくには、離れていても想いだけは共有したいし、しているつもりだとしか言えません。マイクさん、どうぞ生きてください。そう思いながら、気づいたことがあります。

「延命」

という言葉です。これって、本来ならここで終わりっていう命を、さらに延ばすってことですよね。じゃあこの「本来なら」って誰がどう決めるんでしょうねえ。私の命はここまでだと自分で決める!? あなたの命はここまでですと人に決められる!? どちらにしてもぼくにはとても違和感のある言葉です。

今のところ「死ぬ権利」はこの国では表立って認められていない。この延命措置を拒否するという緩やかな自死しか認められていないんですよね。自分で死ねない以上、この延命措置を受け入れるか拒否するかで、その後の苦痛、マイクさんの言う「生き地獄」を、回避できるかどうかが決まるということですね。それなら……。

とても乱暴なお願いをします。先に謝っておきます。すみません。
何かと言うと、その「生き地獄」ってやつがどんなものか、教えてくれませんか。もうしばらくすると、きっとコミュニケーションの方法が確立されるはずです。多くの研究者、エンジニアがその実現に必死になって取り組んでいます。はじめは会話をするようにコミュニケーションすることは無理でも、YES/NOからでも意思表示できるようになる日は近いと思います。

ぼくはマイクさんに気切が必要になる頃までに、マイクさんのそばでマイクさんのすべてを見られるような状況をつくりたいと思っています。「生き地獄」のような閉じ込めに風穴を開けるお手伝いができればいいなあと。それまで生きましょうよ。ぼくもそれまで頑張って生きたいと思っています。

おたがいに少しでも長生きしましょうよ。延命だと言われても。

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